第431回:拡張現実(AR) とは

大和 哲
1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我 ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連の Q&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)


ITの力で「知覚」を強化

 人間は、見たり聞いたりして、外界からの刺激を受けたとき、それに意味づけをしています。これを「知覚」と呼びますが、現実の知覚に、さらに情報を加えることで、強化した知覚を提供する技術が登場してきています。

 それらの技術のこと、あるいはその技術を使った状況のことを「拡張現実」、あるいは同じ意味の英語「Augmented Reality」、それを略した「AR」と呼びます。または「強化現実」などと呼ばれることもあります。

 コンピュータで映像、音声などを作成し、全くそこには存在しないものでも仮想的に体験させる「バーチャルリアリティ」(VR、仮想現実)とは対を成す概念となる「拡張現実(AR)」は、そこに存在するものをより深く知覚させるための技術です。

 ただ、バーチャルリアリティと同じように、IT、特にコンピュータグラフィックスや、データベースからの検索技術などが、拡張現実を実現するために、深く関わっています。

 ARの一例としては、専用メガネ(HMD・ヘッドマウンドディスプレイ)やHUD(ヘッドアップディスプレイ)を使って対象物を見ると、対象物にデータを仮想的に重ね合わせて表示し、より細かな情報を人間に伝えるという使い方をされます。

 この手の研究としては、1993年に行われたコロンビア大学のKARMA(Knowledge-based Augmented Reality for Maintenance Assistance)が有名です。KARMAはレーザープリンターをメンテナンスする保守担当者用の補助システムで、ヘッドマウントディスプレイには、超音波センサーが検知した、人間には目視できないレーザープリンターの内部機構に関する情報を表示します。担当者がヘッドマウントディスプレイを使うことで、本来見えないプリンタの機構などを確認し、作業をより確実に行えるようしたわけです。

 ARは、発想としては古くからあり、コンピュータ研究の初期、すでに1960年代にはARのような技術のために使う、シースルー(現実に見ているものを、画像表示部分の先に透けて見えさせる)ヘッドマウントディスプレイなどの開発が始まっていました。

 それだけに、SF、フィクション、テレビアニメーションの題材としてこのような技術を使ったデバイスが登場しています。たとえば、人気漫画の「ドラゴンボール」で登場人物たちが敵の戦闘能力を計る機器「スカウター」や、NHKで放送されたアニメーション「電脳コイル」の電脳メガネなどは、ARと同等の発想による小道具だと言っていいでしょう。

身近にあるデバイス、携帯電話で拡張現実を

ドコモがWIRELESS JAPAN 2009で展示していた“拡張現実”アプリ

 これまで拡張現実を実現するための機器として、主に人間の頭部にとりつける眼鏡型のシースルーディスプレイやヘッドマウントディスプレイが検討されてきました。

 しかし、現代人にとって最も身近で、誰でもが持っていて、しかも高度なコンピュータであり、通信機能や表示機能を持っている機器……ということで、最近では携帯型の情報端末、特に携帯電話を使った拡張現実も実験としてよく行われるようになりました。

 2006年からは、ルーヴル美術館と大日本印刷(DNP)が取り組んでいる「ルーヴル-DNP ミュージアムラボ」というプロジェクトがあります。これは、携帯電話を持って博物館の展示物を見ると、その場所で展示作品の作られた年代や様式などの情報が提供される、という美術作品の新しい鑑賞方法を提案するプロジェクトです。

 携帯機器関連では、アップルのiPhoneを使った「セカイカメラ」などが話題となったほか、2009年7月に東京ビッグサイトで行われた展示会「WIRELESS JAPAN」では、NTTドコモがこの拡張現実を実現するアプリを紹介していました。これは、Androidケータイ「HT-03A」を使ったデモで、見ている方向に横向きにしたHT-03Aをかざすと画面上には、実際に見えている景色に対して、店舗情報やランドマークなどの情報を付加して表示するというものです。また、友人のいる方向を示す「友達レーダー」といった機能も備えています。これなどは、現実には見えなくてもその方向を示すことができる、まさに拡張現実のメリットを生かしたデモであるといえるでしょう。

 携帯電話関連では、KDDIも「実空間透視ケータイ」という拡張現実サービスのβ版を提供しています。これは、ケータイをかざした先にあるスポット情報などを仮想的に透視できるアプリケーションで、携帯電話に内蔵されているGPSや加速度センサー、電子コンパス(地磁気センサー)で測定し、ユーザーの現在地やケータイの向きにあわせてディスプレイ仮想空間表示を行います。

 このサービスは、電子コンパスを搭載しているau携帯電話 G'zOne W62CA や、G'zOne CA002が対応しており、今後発売される新機種にもさらに対応する製品が登場する予定になっています。

 



(大和 哲)

2009/7/28 12:22