ケータイ用語の基礎知識

第666回:ビームフォーミングとは

 一般的に、機器のアンテナから発射される電波は、一定の方向だけではなく(無指向)、どの方向にも飛んでいきます。

 今回紹介する「ビームフォーミング(beamforming)とは、この電波を細く絞って、特定の方向に向けて集中的に発射する技術です。この技術を使えば、基地局(電波を発射する装置)と端末との間での電波干渉を減らし、より遠くまで電波を届けられるようになるのです。たとえば無線LANのビームフォーミングでは、利用可能なエリアが従来より3~4割程度広がることになる、とされています。

受信側に届く電波が強くなる

 beamは「光の束」のこと、またformは「形づくる」を意味する動詞ですから、光の束のように特定の方向に集中的に発射する、という意味になります。

 送信側からは、受信する端末の距離や方向を判別して、電波を受信側に向けて届けます。スマートフォンやタブレットなど受信側にとっては、より確かな信号を受けることができるようになります。

 また、この技術を使用することで、同じ周波数の電波を使って近くにいても通信同士の干渉を避けることができる、難しく言うと「空間多重度を上げる」ことが可能になるということがメリットの1つに挙げられます。最近の無線規格では、ビームフォーミングを利用することで、機器同士で互いに相手のいる場所に向けて、機器のいる場所だけ、つまりスポット的に、通常よりも信号強度を向上させるような通信をしているものが多くあります。ビームフォーミングによる空間多重効果によって、複数の送信・受信機が同じ空間にいても周波数を再利用でき、周波数利用効率を大幅に高めることを可能にしたのです。

 たとえば、携帯電話の規格であるLTEやLTE-Advancedではこのビームフォーミング技術が採用されています。無線LANでも、2003年に標準化されたIEEE802.11nからビームフォーミングがオプションとして採用、最新のIEEE802.11acでは標準で対応しています。

ビームフォーミングの原理

 「ビームフォーミングとは、送信側から受信器のアンテナに向けてビーム的に信号の強い地点を作ってやることだ」というのは先に説明したとおりですが、仮に受信側の位置がわかったとして、送信側はその地点だけ電波を強くするというのはどのように行うのでしょうか。

 その原理として、電波が波の性質を持っていることを利用します。波には、「位相」というものがあり、同じ位相の波同士をかけあわせると強められ、逆位相の波をかけあわせると打ち消されたりできるという性質を持っています。電波も、複数のアンテナから電波を出してやると、その電波が強く受信できたり、逆に受信できないという地点が出てきます。これを利用して、アンテナから送信される電波の電力や、位相といった要素を調整すると、特定の地点でのみ電波感度が最適化されるようにコントロールできるのです。

 理想としては、端末の存在する地点でのみ、もっとも強い信号を、そうでない地点ではすべて信号が受信できないようにできればよいのですが、実際には建物や壁などがあって、そうはなりません。まだらに「信号がもっとも強い場所」「ある程度強い場所」「非常に弱く信号が拾えない場所」などができます。

 ちなみに、受信側のアンテナがどこにいるのか、どのようにすれば強い信号で受信側に届けることができるか、推定する方法はどうなっているでしょうか。携帯電話向けのLTE(現在主流のFDD-LTE)、LTE-Advanced、あるいは無線LANのIEEE802.11acでは送信側(基地局や無線LANアクセスポイント)から端末に向けて試験用の信号を流し、その受信状況を送信側にデータ通信で伝え、その状況から受信側の位置やそこへの電波の届き方を推定します。

 この状況の情報はMIMOの効率を向上させるためにも再利用できるため一挙両得と言える反面、「試験信号を流し、受け取った側と通信して、推定」という一連の作業が必要となるため、この作業で時間がとられてしまう可能性があります。

 また、この作業が行えるように端末側も「試験信号を認識し、信号状況を伝える」という機能に対応していることが必要で、実際にIEEE802.11ac対応の端末でもビームフォーミングに対応した端末でなければ、無線LANのアクセスポイントによるビームフォーミングの恩恵を受けられません。

関口 聖

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)