NEC携帯部門とカシオ日立の統合から見える各社の事情と課題

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 9月14日、NECとカシオ計算機、日立製作所の3社は、携帯電話端末事業を統合し、2010年4月に「NECカシオモバイルコミュニケーションズ株式会社」を設立することを発表した。すでに、一部のメディアで先行報道されていたこともあり、『衝撃的』というほどではなかったが、今後の国内の携帯電話市場を行方を左右する動きとして、各方面から注目を集めている。ここでは今回の統合から見えてくる各社の事情と課題について、考えてみよう。

3社が統合を目指した背景

写真左から、CHモバイル大石氏、NEC大武氏、カシオ高木氏、日立の渡邊氏(設立発表会見より)

 8月28日、一部のメディアでNECとカシオ計算機、日立製作所の3社が携帯電話事業の統合を検討しているというニュースが報じられてから2週間。いよいよ3社の携帯電話事業統合が正式に発表された。統合の詳しい内容については、本誌の記事をご参照いただきたいが、ここでは少し違った側面から今回の統合について、考えてみよう。

 まず、なぜ統合するのかという点についてだが、これは言うまでもなく、市場環境が大きく変化してきたことが挙げられる。たとえば、一昨年のモバイルビジネス活性化プランに端を発し、国内では新販売方式が導入され、販売環境が大きく変わってしまった。月々の基本使用料は低廉化が進んだが、端末の販売価格は大幅に高騰している。その結果、ユーザーの買い替えサイクルが長期化し、すでに年間の販売台数も落ち込んでいる。契約数が1億を超え、いわゆる実働世代にはほぼ1人1台近く行き渡った計算になり、今後はデータ通信アダプタやスマートフォンなどの2台目需要や法人需要など、契約増を望むことができる市場は限られている。そして、昨年来の金融不安による景気悪化が拍車を掛け、国内の携帯電話市場は、かなり厳しい状況にあると言われている。

 こうした状況下において、携帯電話事業を今後も継続的に発展させるには、事業の効率化を図るため、さまざまなリソースを共有しようとしたり、販売先の拡大を検討することになる。そこで、NEC、カシオ計算機、日立製作所は、携帯電話事業の開発や生産などを統合し、効率良く、今後も事業を進めようと考えたわけだ。

 国内の携帯電話市場はトップシェアのシャープを筆頭に、パナソニック モバイルコミュニケーションズ、NEC、富士通、東芝、ソニー・エリクソンなどが続いており、シャープ、パナソニック、NECは俗に「3強」などと呼ばれることもある。この3強の内、シャープは全事業者に端末を供給してきた実績があり、パナソニックもNTTドコモ、au、ソフトバンクに端末を供給しているが、NECはNTTドコモとソフトバンクに限られている。ソフトバンク向けも2008年夏モデルから仕切り直しのような形で、新たに端末の供給を開始したものの、ソフトバンクで大きなシェアを持つシャープに加え、iPhoneの参入などもあり、あまり結果を残せていない。ちなみに、パナソニックはau向けの端末を開発するため、一時期、カシオ計算機からソフトウェアの供給を受けていたが、KCP+採用端末では自社で開発を進めており、着実に主要3事業者への供給体制を整えつつある。

 一方、カシオ計算機と日立製作所は、2004年に両社が共同で出資する形で「カシオ日立モバイルコミュニケーションズ」を設立し、au向けに端末を供給してきた。カシオ計算機はタフネスケータイのG'zOneをはじめ、au初のカメラ付きケータイなどを開発してきた実績があり、auのラインアップの中でもユーザーから常に高い支持を受けてきたブランドとして認知されている。

 これに対し、日立製作所はcdmaOne開始当初、唯一のWAP対応端末の開発をはじめ、au初のカラー液晶搭載端末、CDMA 1X WIN対応端末1号機を開発するなど、ネットワークやデバイスに強みを発揮してきたメーカーと認識されていたが、ユーザーからの人気という部分では他社に一歩、譲っていた感もあった。カシオ日立モバイルコミュニケーションズが設立される際、ある関係者は「合弁によって、日立製作所ならではのケータイが作れるかどうかがカギ」と話していたが、その後、2006年4月から本放送が開始されたワンセグ対応端末の開発で見事に結実し、有機ELディスプレイ搭載端末や3D液晶搭載端末、今夏のMobile Hi-Vision CAM Woooなど、映像に強いケータイというポジションをを確立しつつある。

北米で販売されている「EXILIM Phone C721」

 ただ、au向け端末の開発においては、一昨年から共通プラットフォーム「KCP+」が採用され、ユーザーインターフェイスやアプリケーションが共通化されたこともあり、メーカーごとの個性が見えにくい状況になりつつある。特に、カシオ計算機は2005年と2006年に2年連続顧客満足度No.1を獲得した原動力となった使いやすさやユーザーインターフェイスの部分において、アドバンテージが発揮しにくくなりつつある。

 その一方で、カシオ計算機は2006年から米ベライゾンワイヤレス向けに、日本市場でのノウハウを活かしたタフネスモデル「G'zOneシリーズ」を供給し、大規模ではないものの、着実に販売数を伸ばしている。世界的に見て、端末開発メーカーがあまり多くないというCDMA2000陣営の事情の影響も少なからずあるが、昨今、取り沙汰されている日本メーカーの海外進出という点では、本来、もっと評価されるべき成功例の一つとも言われている。

 こうした状況からもわかるように、国内市場での手詰まりやLTE時代へ向けた展開を考え、各社ともいろいろな形での連携を模索しているわけだが、今回、NECとカシオ計算機、日立製作所は、NECの携帯電話部門とカシオ日立モバイルコミュニケーションズを統合するという形で、生き残りを目指そうと考えたわけだ。

見え隠れする裏事情

折りたたみのN(N503i)

 では、どうして、この3社の組み合わせなのかという点だが、一つはカシオ計算機のソフトバンク向け端末のプラットフォームとして、NEC製のものを採用したことがきっかけとなっている。カシオ計算機としては、米ベライゾンへの供給などがあるものの、実質的にCDMA2000 1Xのプラットフォームしか開発していないため、W-CDMA/UMTSへの参入を検討していた時期もあったようだが(2006年に米クアルコムからライセンスを受けている)、結果的に自社での開発を断念し、NECとの協業を選択している。

 これに対し、NECは前述のように、W-CDMA/UMTSの環境しか開発しておらず、CDMA2000 1Xのプラットフォームには参入できていない。FOMAではパナソニックとの協業により、世界でもっとも早くW-CDMA/UMTSの端末を開発できたが、その後の市場の流れを見ると、NTTドコモ向けでは後発のシャープがトップシェアを獲得し、シャープはそれまで開発したことがなかったCDMA2000 1Xにも自社開発での参入を実現している。これはまったく想像の域を出ない話だが、NECは国内シェア拡大のため、auへの参入を検討していたと推察される節があり、その流れの中でカシオ日立モバイルコミュニケーションズとの接点が生まれたのかもしれない。

 この通信プラットフォームの補完関係からもわかるように、今回の事業統合は相互に得意分野を補う関係ができている。たとえば、通信プラットフォームはNECがW-CDMA/UMTS、カシオ日立モバイルコミュニケーションズがCDMA2000 1Xを持つ。端末開発ではNECが薄型化や省電力に長けているのに対し、カシオ計算機はカメラやタフネス&防水、日立製作所は映像への強みを持つ。特に、防水については、NECはNTTドコモの端末を供給する主要4社(NEC、シャープ、パナソニック、富士通)のうち、唯一、防水端末を開発した実績を持たない。通信事業者はNECがNTTドコモとソフトバンクに供給するのに対し、カシオ計算機はauとソフトバンク、米ベライゾンワイヤレス、韓LG Telecom、日立製作所はauへ供給している。NECはパソコンやプロバイダー(BIGLOBE)などのパソコンとインターネットのブランドを持つのに対し、カシオ計算機はEXILIM、日立はWoooなどのコンシューマブランドを持つ。統合するパートナーとしては、きれいなほどに補完し合える最適な相手と言えるのかもしれない。

 ただ、今回の統合にはもう一つ気になることもある。それはどちらが統合をより強く求めていたのかという点だ。統合後の新会社のイニシアチブをNECが取ろうとしていることを見ると、シェアの大きいNECにカシオ日立モバイルコミュニケーションズが吸収されるような形に見えるが、実はNECとしても積極的に統合したかったのではないかと見える部分もある。

NEC埼玉

 少し脱線した見方になるが、最近、他の業界を見ていて、必ずしも企業の規模やシェアだけで統合は語れないものだと考えさせられた例がある。現在、食品飲料業界でキリンとサントリーが経営統合を交渉中であることが報じられているが、企業規模で見た場合、キリンは国内食品メーカーの最大手であり、ビールでもアサヒに猛追を受けるまでは常にトップシェアを獲得してきたメーカーとして知られる。対するサントリーは洋酒やビールのメーカーとして知られ、近年はお茶やコーラといった清涼飲料水で国内2位のシェアを獲得しているが、規模としてはキリンに一歩、譲るという見方が一般的だ。今回の経営統合の交渉は少子高齢化によって、国内の市場規模が縮小すること、海外でのM&Aを優位に進めることなどを目的としていると言われているが、実は国内の工場体制を比較してみると、キリンは4工場を閉鎖して、11工場体制であるのに対し、サントリーは4工場体制。今後、国内市場が縮小することを考えると、どちらの工場がたいへんなのかは素人目にもよくわかる。

 この図式をNECとカシオ計算機、日立製作所の携帯電話事業統合に当てはめてみると、NECは埼玉日本電気のみで生産しているのに対し、カシオ日立モバイルコミュニケーションズはカシオ系の山形カシオ、日立系の東海テックに加え、海外のEMS(Electronics Manufacturing Service/電子機器受託生産メーカー)も活用するなど、分散させている。国内市場が縮小してきたことを考えると、規模が大きいだけに、NECとしては埼玉日本電気のビジネスをどのように確保していくのかも一つの課題となっていると推察される。だからこそ、今回の統合で設立される新会社には、埼玉日本電気も含んでいるということなのかもしれない。

新会社はどんなケータイを作りたいのか

Mobile Hi-Vision CAM Wooo

 まるでパズルのピースががっちりと合うように、補完関係が成立するNECとカシオ日立モバイルコミュニケーションズだが、今後の事業展開はうまく進むのだろうか。今回の会見で得た印象から判断すると、正直なところ、若干の不安が残る。

 ここまでの説明を見てもわかるように、確かに両陣営は見事なまでの補完関係が成立する。しかし、それはお互いが持っていないものを相手が持っているという意味であって、それをどう活かすかがまったく見えてこないのだ。会見の席では記者から「それぞれのブランドが他事業者に参入するようなことがあるのか」という質問に対し、NECの取締役執行役員専務の大武章人氏は「キャリアの要望があれば、検討するが、現実的にはあまり考えにくい」と否定的な見解を示した。つまり、NTTドコモ向けのカシオ計算機製端末が登場したり、au向けNEC製端末、ソフトバンク向け日立製作所製端末といった組み合わせは、当面、考えられないというわけだ。

 そうなると、両陣営がそれぞれに供給してきた通信事業者は通信方式が異なり、プラットフォームも違うため、開発面では統合による効率化があまり望めないことになる。もう少しわかりやすく言えば、統合後、au向けのケータイを開発するのに、NECのノウハウを活かそうとしてもプラットフォームが違うから、あまり活かしようがないわけだ。もっとも省電力技術や薄型化技術、防水、カメラ、ワンセグなど、個々の技術面については、お互いに活かせる要素があるだろうが、それは統合しなければ、実現できないというほどのことでもなさそうだ。

 また、両陣営の企業風土の違いも気になる。NECは旧電電ファミリーの1社であり、どちらかと言えば、戦略的にも手堅い手法と採ってきた印象がある。端末の開発は折りたたみの元祖と言われるが、基本的なスペックや仕様を重視する傾向が強い割に、新しい機能やトレンドを生み出してきたという印象は薄い。通信事業者からのウケは確実にいいようで、NTTドコモのラインアップの中でも常に中心的な存在となっている。

 対するカシオ日立モバイルコミュニケーションズは、日立製作所が旧電電ファミリーの1社であるものの、どちらかと言えば、デジタルカメラのQV-10などのエポックメイクな製品を生み出してきたカシオ計算機の自由闊達な雰囲気が根付いているように見受けられる。端末の開発もカメラや防水・耐衝撃、ワンセグといった得意分野を持っているが、実はカシオ計算機のケータイで掲げられている「Heart Craft」というモノ作りの思想からもわかるように、ユーザビリティや持つ楽しさを重視する傾向が強く感じられる。

 これらはあくまでも筆者が受けた印象に過ぎないが、水と油とまでは言わないものの、企業風土や端末開発に対する考え方にはかなり違いがあるように見え、統合後の新会社でこれがうまく融合できるのかが非常に気になるところだ。今回の会見では、両社が補完関係であることが十分にアピールされたものの、その補完する要素をお互いがどのように活かし、どんなケータイを作っていきたいのかといったことがまったく示されていない。報道関係だけではなく、IR向けの会見もいっしょに行われたことも関係しているのだろうが、統合によるメリットが事業体質の強化とコスト削減以外にあまり見えてこないのだ。多少、『絵に描いた餅』になったとしても「来年のNEC製端末には、EXILIMの画像処理エンジンを組み合わせたカメラを搭載したい」くらいのリップサービスが聞きたかったが、そういった視点の具体的なアピールはまったく聞けなかった。

 冒頭でも触れたように、国内の携帯電話市場は非常に厳しい状況にあり、メーカーが連携し、海外市場への展開を模索するか、事業統合を考えるかという分岐点に差し掛かっている。その意味において、今回のNECとカシオ計算機、日立製作所の携帯電話事業の統合は、ある意味、自然な流れということになるのだろう。ただ、今回の会見を見る限り、3社の事業統合は現段階ではどうも『足し算』でしかなく、会見でしきりに訴えられていた『シナジー効果』を生み出すには、上層部の意識改革も含め、多くの課題が残されているように見受けられた。

 NECとカシオ計算機、日立製作所に続き、近いうちに他のメーカーも統合や連携を発表するのではないかと推測もあり、今後の業界再編はも含め、各社の動向が非常に気になるところだ。ただ、この3社の統合発表の内容を見てもわかるように、単なる数合わせでは本当の意味での統合は実現できず、ユーザーにとってもあまりメリットのない形になってしまう可能性もある。業界各社が生き残りを賭けていることはよくわかるが、実際にケータイを使うユーザーに対して、便利さや楽しさ、面白さといったアドバンテージをきちんと提案できなければ、本当の意味で業界で生き残っていくことは難しいのではないだろうか。我々ユーザーも各社の統合が『足し算』なのか、『シナジー効果』が生まれるのかをじっくりと見極め、自分がお付き合いするメーカーを選んでいく必要がありそうだ。



(法林岳之)

2009/9/17 13:53