海外版ケータイは日本で利用できるのか?

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 ここ数年、日本だけでなく、海外でも3Gサービスが普及し、対応端末が増えてきたことで、海外で販売されているケータイが話題になることが多い。なかでもスマートフォンについては日本語が表示できる機種もあり、何とか国内で利用したいというユーザーの声もよく耳にする。今回は海外で販売されているケータイが日本で利用できるのかどうかについて、取り上げてみよう。

増えてきた海外版ケータイ

 現在、私たちが日本で利用しているケータイは、その多くがNTTドコモやKDDI、ソフトバンク、イー・モバイル、ウィルコムといった携帯電話事業者から販売されている。HTCやノキアの日本法人が端末メーカーとして、国内向けに端末を直接、販売した例はあるが、いずれも各携帯電話事業者が販売した台数と比較すれば、ごくわずかでしかない。

 しかし、その一方、ここ数年、日本だけでなく、海外でも3Gサービスが普及してきたこともあり、海外で販売されるケータイが話題になったり、海外版ケータイが日本向けにローカライズされて、市場に投入されるケースが増えてきている。

 身近な例を挙げれば、2008年7月にソフトバンクから発売されたアップルの「iPhone 3G」は、基本的に欧米各国向けと共通仕様の端末が日本向けに供給されており、先日、NTTドコモから発表されたソニー・エリクソン製端末「Xperia」も昨年、グローバル向けに発表されていたものが日本向けに販売されることになったわけだ。この他にもNTTドコモの「BlackBerry Bold」(RIM製)や「HT-03A」(HTC製)、ソフトバンクの「X01SC」(サムスン製)や「X05HT」(HTC製)など、多くの海外製端末が日本向けに投入されている。

2009年11月に海外向けとして発表された「XPERIA X10」(ソニー・エリクソン製)。ほぼ同型のモデルがNTTドコモから2010年4月に発売されることになった

 逆に、日本メーカーが海外向けとほぼ共通の端末を国内向けに供給した例もある。たとえば、東芝がNTTドコモ向けに供給する「T-01A」、ソフトバンク向けに供給する「dynapocket X02T」は、同社がグローバル向けに販売する「TG01」を日本向けにローカライズしたものだ。

 これらの例を見てもわかるように、日本で販売されている端末とベースになる海外版ケータイは基本的に共通仕様で作られており、スマートフォンの中には海外版でありながら、日本語を表示できるものもあり、一見、日本向けとまったく差がないように見える。細かい部分で言えば、対応する周波数帯の問題はあるが、SIMロックが設定されていなければ(解除されていれば)、海外版ケータイに国内の携帯電話事業者のUSIMカードを挿してもそのまま動いてしまいそうだ。

 そうなってくると、国内では販売されていない海外版ケータイを日本で使ってみようと考えるユーザーも増えてきても不思議ではない。料金面など、実用上のリスクはあるが、先般、Googleが販売を開始した「Nexus One」のように、日本で販売されていない端末をいち早く試してみたいだろうし、iPhone 3GSもソフトバンクのUSIMカードではなく、NTTドコモのFOMAカードを挿して、使ってみたくなるかもしれない。

海外版ケータイは日本で使えない?!

 さまざまなメーカーが世界各国で販売しているケータイ。通信方式や周波数帯の問題がクリアされていれば、こうした海外版ケータイはそのまま、動作するはずであり、ユーザーとしても非常に興味のあるところだろう。しかし、残念ながら、こうした海外版ケータイは、基本的に国内で利用することができない。それは「法律」や「約款」という問題がクリアされていないからだ。

 まず、法律については、大きく分けて、2つの法律が関わってくる。1つは「電気通信事業法」、もう1つは「電波法」だ。筆者は法律の専門家ではないので、ここでは取材した内容を大まかにかみ砕いて説明するが、各携帯電話事業者の携帯電話網に接続する端末(ケータイ)は、各社とも電気通信事業法とそれに関連する総務省令で定められた技術基準に適合していることを条件としている。技術基準に適合しない機器については、ユーザーが携帯電話事業者に対して、必要な書類とともに接続を申請することも可能だが、一般のユーザーが技術情報を簡単に用意ができるわけもないので、これは事実上できないと考えていいだろう。

auのGLOBAL PASSPORT CDMAに対応した「SH003」は、電池パック装着部のシールにTELECのロゴや番号に加え、FCC IDも印刷されているauの「Cyber-shotケータイ S001」はGLOBAL PASSPORT CDMA/GSMの両対応のため、CEマークとFCC IDの両方が印刷されている

 では、どうして、技術基準に適合した端末のみを接続できるようにしているのかというと、これは電気通信回線の設備を損傷したり、他のユーザーに対して、迷惑を掛けたりすることがないようにするためだ。同時に、通信事業者の設備とユーザーの端末機器の責任の分界点を明確にすることも理由に含まれている。そのため、各携帯電話事業者の契約約款では、接続されている端末に異常が認められたり、サービスの提供に支障をある場合は、接続する端末の検査を求めることができ、検査によって、技術基準に適合していないと認められたときは端末の回線への接続を拒否(取り外し)ができるとしている。わかりやすく言えば、国内で利用するために定められた技術基準に適合しないケータイを使い、トラブルが起きたときは、最悪の場合、携帯電話事業者側から接続を切断されたり、回線を停められたりするということだ。

 ケータイというより、パソコンのモデムなどを触ったことがあるベテランの読者なら、ご記憶にあるだろうが、かつてパソコン通信全盛期やインターネットが国内でも普及し始めた頃、インターネットには電話回線からダイヤルアップで、その都度、接続していたのだが、当時は国内と海外で販売されているモデムの価格差が2倍以上もあったり、新しい規格に準拠した高速モデムがいち早く海外で発売されたことなどもあり、海外から高速モデム(と言っても所詮、28.8kbpsや33.6kbps程度なのだが……)を個人輸入したり、輸入モデムが秋葉原などのショップ店頭に並んだことがあった。当然、これらの輸入モデムは国内の回線に接続する技術基準を満たしていないため、通称「無認可モデム」などと呼ばれ、各方面で問題になり、さまざまな議論を呼んだ。技術基準を満たしていない海外版ケータイを国内で利用するという行為は、まさにこれと同じことになるわけだ。

 ただ、厳密に言ってしまえば、電気通信事業法での扱いについては、ユーザーの利用が法に触れるというより、あくまでも携帯電話事業者が端末の接続を拒否できるというもので、ユーザーと携帯電話事業者の関係性に関わってくる問題だ。ちなみに、この件に関し、海外版ケータイの利用が考えられるNTTドコモとソフトバンクにコメントを求めたところ、基本的にはここで解説した内容と同じ答えで、やはり、「技術基準に適合した端末を利用して欲しい」とのことだった。

 

罰則規定もある電波法

左(ブラック)が香港版、右(ホワイト)が日本版。ボディカラーが違うのみで、どちらのiPhoneも外観はまったく変わらないように見える

 さて、もう一方の電波法はどうだろうか。電波法は国内での電波の利用を定めた法律で、ケータイはもちろん、テレビやラジオ、業務用無線機など、電波を使うさまざまな用途について、定められている。

 携帯電話事業でも周波数の割り当てなどが話題になることがあるが、無線LANなどに一部の例外はあるものの、電波法では電波を出す機器のユーザーに対し、無線局の免許を与えており、免許を受けた者はその条件の範囲内で、電波を利用することになる。たとえば、どこかの誰かが「800MHz帯で携帯電話サービスを提供したい!」とぶち上げても総務省から免許が付与されていなければ、電波を出すことはできない。

 ただ、免許の付与については、いろいろな形があり、ケータイの場合、端末を利用する個々のユーザーに対して、免許が付与されるのではなく、携帯電話事業者が包括して、免許を受けている。そのため、携帯電話事業者が受けている免許の範囲内で、ユーザーは端末を使うことになる。

 では、具体的にその包括免許において、どのようなことが決められているかというと、ユーザーが利用する端末については、「技術基準適合証明」を受けていることが条件となっている。実際には、「特定無線設備の技術基準適合証明及び工事設計認証」なども含まれているが、いずれにせよ、国内で利用する端末については、技術基準適合証明を受けている必要があり、読者のみなさんが利用しているケータイにも必ず、通称「技適マーク」と呼ばれるロゴがプリントされていたり、シールが貼られている。

 裏を返せば、この技適マークがない端末については、国内で利用すると、電波法に触れることになり、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金の対象となる。たとえば、iPhone 3GSも国内でソフトバンクが販売するものについては、技適マークが背面にプリントされているが、並行輸入という形で流通している香港版iPhone 3GSについては、米国の連邦通信委員会の「FCCマーク」やEU加盟国の基準である「CEマーク」が付いているのみとなっている。

香港版の背面は米国のFCC、EU加盟国のCEのロゴとともに、FCC IDもプリントされている。日本版はTELECとVCCIのロゴがプリントされている。VCCIは一般財団法人VCCI協会(従来の情報処理装置等電波障害自主規制協議会)による電気通信機器や情報機器の自主規制。

 ところで、こうした国内と海外の技術基準などについては、相互承認をする制度があるというのを耳にしたことはないだろうか。これは「MRA(Mutual Recognition Agreement)/相互承認協定」と呼ばれ、相手国向けの機器の認証(技術的要件を満たしていること)を自国向けで実施することを可能にする二国間で結ばれる協定を指す。MRAを締結することにより、通信機器や電気製品の輸出入が円滑なり、二国間の貿易を促進するというメリットを持つ。現在、日本は欧州共同体(EC)、シンガポール、米国との間で相互承認協定を結んでいる。

 このMRAが結ばれていることから、海外で販売されているケータイもそのまま、日本で利用できるという拡大解釈をしてしまう例もあるが、MRAはあくまでもメーカーなどが自国外に製品を輸出する際、自国で認証が受けられるというもので、端末を利用するエンドユーザーが関係する協定ではない。たとえば、日本のA社という端末機器メーカーが国内の携帯電話事業者向けにケータイを納入するのに加え、同一のケータイを米国や欧州に輸出したり、国際ローミング対応にする際、相手先国の技術基準の認証や証明については、日本で手続きができるというもので、日本国内向けにしか認証や証明を受けていなければ、海外では基本的に利用することができないか、相手国の判断を個別に仰ぐ必要がある。今回の海外版ケータイについて言えば、MRAを利用することで、海外の端末メーカーが日本の技適マークを自国で取得できるというもので、海外版ケータイを日本でそのまま使っていいという意味にはならない。

 このMRAは前述の『無認可モデム』が国内に流通していたこととも関連している。当時、海外の通信機器メーカーは「日本市場により多くの製品を投入したいが、自国で認証や証明を受ける際に作成した技術資料がそのまま利用できず、日本国内の指定機関でテストし直さなければならない」と話していたが、その後、MRA法の施行や規制緩和などが進み、現在では海外の通信機器も日本市場に参入しやすい環境が整ったというわけだ。

 

国際ローミングならOK

 しかし、海外と日本の間のやり取りということを考えると、もう1つ気になるのが国際ローミングの問題だ。日本で販売されている多くのケータイについては、国際ローミング対応のものであれば、必ず、前述の技適マークと同じところに「FCCマーク」や「CEマーク」がプリントされている。逆に、海外で利用しているユーザーが旅行や出張などで日本を訪れ、海外版のケータイを国際ローミングで利用するときの解釈はどうなのだろうか。たとえば、筆者も海外で販売されているケータイを何台か所有しているが、いずれも日本の技適マークは付いていないが、こうした端末を持つ海外のユーザーが日本に国際ローミングで訪れたときは、電波法に触れないのだろうか。

 この点について、総務省の総合基盤局電気通信事業部にたずねたところ、海外版ケータイを国際ローミングで日本国内で利用するケースは、特に問題がなく、最終的にはサービスを提供する携帯電話事業者の管轄になるのだという。国際ローミングについては、本誌でも「○○○(携帯電話事業者)は▲月■日から◎◎◎(海外の国や地域)で国際ローミングが利用できるようになります」といったニュースが取り上げられるが、国際ローミングでは海外事業者とローミング協定を結び、その結果を総務省に届け出るという仕組みになっている。このローミング協定には、どのような端末がどのような形で国際ローミングで来るのか、その際の料金体系はどうするのか、トラブルが起きたときはどのように対処するのかといったことも含まれており、海外版ケータイを日本で使えるかどうかは、最終的にそのローミング協定を結んだ事業者同士の判断によることになる。

 たとえば、某国のB社という携帯電話事業者が日本の携帯電話事業者と国際ローミングの協定を結んだとしよう。その際、B社は日本の携帯電話事業者に対し、「当社の契約者はこのような仕様の端末を持って、日本にローミングでうかがいます」といった情報を伝えるが、日本の携帯電話事業者が「CEマークがついている端末であれば、問題ありません」と言うこともあれば、「国際ローミングで持ち込む端末はすべて技適マークが必要」と主張することもできる(現実的にはあり得ないのだが……)。仮に、B社のユーザーが日本を訪れ、国際ローミング中に日本の携帯電話事業者のネットワークを損傷したり、他のユーザーに迷惑を与えるような通信をしたときは、日本の携帯電話事業者が国際ローミング元のB社と対応を協議し、両社が責任を持つことになるわけだ。

米Amazonが販売する「Kindle」。日本のAmazonからも注文して、購入することができる。3Gネットワークに接続する機能を搭載している

 こうした国際ローミングの利用で、なかなか興味深いのが米Amazonの販売する電子ブックリーダー「Kindle」だ。Kindleは3Gネットワーク経由で電子ブックをダウンロードできるが、エンドユーザーが回線契約をする必要もなければ、別途、パケット通信料を払うこともない。しかも日本を含む100カ国以上で販売されており、世界各国で3Gネットワーク経由でKindleを利用できるようにしている。Kindleは米Amazonが米AT&TとMVNOのような形で契約し、Kindleシリーズの端末をユーザーに販売している。日本のAmazonからも注文することができるが、製品は米国から届き、購入したユーザーは日本に国際ローミングする形で利用することになる。ちなみに、Kindleは技術基準適合証明を受けており、背面にはおなじみの技適マークがプリントされている。こうした形で、海外の端末が日本でも利用できるようになれば、面白いのだが、なかなかそういった事例は少ないのが現状だ。

背面を見ると、各国の技術基準に対応したロゴがプリントされている

 

ユーザーが利用しやすい環境が求められる

 さて、ここまで説明してきたことからもわかるように、海外で販売されているケータイを国内でそのまま使うことは、物理的かつ技術的に可能であっても法律や約款といったルールの上では難しいという結論となった。最近、インターネット上でも海外版ケータイを国内で利用する術などが語られるケースはかなり増えているが、こうしたリスクを抱えている行為であることは十分に認識した方がいいかもしれない。

 ただ、取材中に複数の関係者との間で、こんな話も聞かれた。「厳しく言えば、電波法違反になるが、即座に逮捕されるわけではない。ただし、法に触れる行為であることは十分に意識する必要があるし、リスクを負っていることを理解するべき」「むしろ、正しい情報を伝えないまま、海外版ケータイの利用をアピールしたり、使うことを促すことの方が問題」といった話だ。

 筆者としても、法律や約款といったルールを杓子定規に捉え、「海外版ケータイはダメ!!」と糾弾するつもりで、この記事を書いたわけではない。ただ、一部のメディアでは平然と国内で海外版ケータイを使っている事例を紹介したり、さも自慢気に語られているケースを見るにつけ、ユーザーが何も知らないまま、使うようになってしまうと、いつかトラブルになる可能性があると考え、今回取り上げた次第だ。個人がブログなどで情報を発信することは否定するつもりはないが(もちろん、使うことは法に触れるわけだが……)、やはり、責任あるメディアは襟を正して、情報を発信するべきだろう。それが同じ電波法で免許を受けているメディアなら、事の重要性はなおさらわかるはずだ。

米Googleが販売を開始したAndroid端末「Nexus One」。TELECマークがなく、残念ながら、国内ではそのまま、使うことができない

 正直に言えば、かく言う筆者も海外版ケータイを何台も持っているし、海外旅行に出かけたときには便利に活用している。昨年末、本誌の「みんなのケータイ」コーナーで、グアムに旅行したことを紹介したが、実は国内の携帯電話事業者の端末を国際ローミングで利用する一方、SIMロックのない香港版iPhone 3GSを持ち込み、現地のdocomo PacificのプリペイドSIMを挿して、たいへん便利に使うことができた。国内で利用するiPhone 3GSと同じように日本語が表示され、使い勝手も変わらないうえ、通話や通信料は現地事業者のレートが採用されるため、現地内での通話やメールはとてもリーズナブルだった。おそらく、海外でケータイを利用した中で、もっとも快適に使えたケースだったと言えるかもしれない。だからと言って、その香港版iPhone 3GSを日本国内で使うのは法に触れるわけで、日本ではソフトバンクの販売するiPhone 3GSを利用するのが筋ということになる。

 今から約2年前。総務省はモバイルビジネス研究会を経て、モバイルビジネス活性化プランを発表した。そこには2010年をメドに「SIMロックの解除による端末の多様化」を実現することを目指すとしている。冒頭でも触れたように、海外でも3Gサービスがかなり普及し、さまざまな端末が市場で販売され、なかにはGoogle/HTCの「Nexus One」やモトローラの「Droid」などのように、まだ見ぬ魅力的な端末も数多く存在する。こうした端末をいち早く体験したい、触りたいというユーザーも存在し、インターネットというメディアを軸にした市場の展開もかなり動きが早くなってきている。本当に多様な端末が流通できるような市場を創出し、新しいモバイルビジネスの世界を切り開く方針なのであれば、こうしたユーザーの声にもきちんと応えていく必要があるだろうし、法制度などの面でも今まで以上に迅速な対応が求められるだろう。ユーザーとしてはいつまで経っても『お預け』はうれしくないわけで、もっと利用しやすい環境が作られることを期待したい。

 



(法林岳之)

2010/1/28 19:13