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ウィルコムは再生できるのか

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


昨年8月に社長に就任した久保田幸雄氏。多くのメディアへの露出が会社更正法適用の説明となった

 2月18日、ウィルコムは東京地方裁判所に会社更正法の適用を申請した。昨年9月、事業再生ADR手続きを申請し、私的整理による再建を目指していたが、今後は会社更正法により、法的な整理をすることになった。同社のサービスは今後も継続して提供されるが、400万以上のユーザーを抱える事業者が会社更正法を申請するというのは、過去に例がない。DDIポケットとして、サービスの提供を開始してから約15年間が経つが、なぜ、ウィルコムはこのような事態に陥ってしまったのだろうか。今回はウィルコムの会社更正法適用申請について、考えてみよう。

「XGP」への投資負担が招いた会社更正法の適用申請

 約400万強のユーザーを抱える通信事業者が会社更正法の適用を申請するという、過去に例のない厳しい事態を招いてしまったウィルコム。現在、提供されているサービスは今後も当面、継続して提供されることがアナウンスされているため、ユーザーとしてはとりあえず、ひと安心できそうだが、「なぜ、こうなってしまったのか」と考える人も少なくないだろう。特に、最近の業績推移を見ると、2006年(平成18年)3月期、2007年3月期の決算は、それぞれ273億9600万円と9億8200万円の経常損失を計上しているものの、2008年3月期は18億6500万円、2009年3月期は64億100万円と経常利益を確保している。つまり、直近では黒字を確保しているにもかかわらず、会社更正法適用を申請することになったわけだ。

 こうした事態を生み出した背景には、ウィルコムが開発を進めてきた「XGP」への投資があるとされる。会社更正法適用申請の会見でも久保田社長は「既存サービスで得たキャッシュフローで、XGPへの投資、開発ができる見込みだったが、競争環境が激化したことにより、それが難しくなった」と説明していた。

 しかし、そこに至るまでの中で、ここ数年間のウィルコムのサービス提供やラインアップ展開などを見ていると、必ずしもXGPへの投資だけが原因ではないようにも見える。ここでは筆者なりの視点で、ウィルコムが会社更正法適用を申請しなければならなかった要因を探ってみよう。ちなみに、会社更正法の適用申請の詳しい内容については、すでに本誌の記事が掲載されているので、そちらを参照していただきたい。

・ウィルコム、会社更正法の適用を申請
 http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20100218_349743.html
・ウィルコム久保田社長、更正法適用の背景を説明
 http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20100218_349819.html

ドラスティックにユーザーを入れ替えてきたウィルコム

ウィルコムの契約者数とユーザーシェアの推移

 読者のみなさんは過去に、ウィルコム、あるいは旧DDIポケット時代に同社のサービスを契約したり、利用したことはあるだろうか。2010年1月末現在、ウィルコムの契約数は424万800件で、携帯電話・PHSを合わせた全体の約3.7%のシェアを持つ。過去にもっとも契約者数が多かった2007年7月の465万9000件と比較すると、約1割減の約40万契約のマイナスで、それほど大きな減少ではないようにも見える。

 しかし、実際にはこの400万強のユーザー以上に、同社のサービスを利用してきた(体験してきた)ユーザーは多いはずだ。というのもウィルコムは旧DDIポケット時代から事ある度に、ドラスティックにユーザー層を入れ替えながら生き残ってきたからだ。たとえば、1995年7月にサービスを開始して、わずか2年で300万契約を突破し、1998年7月には最初のピークとなる361万7000契約を記録する。このとき、当時のDDIポケットの急成長の立役者となったのは、ご存知「ピッチ(PHS)とピッチでPメール」の「Pメール」であり、その主要ユーザーはポケットベルから移行してきた女子高生ユーザーだった。当時の印象としては、ビジネスユーザーをはじめとする「大人」のユーザーがケータイを使い、高校生などの若年層のユーザーがPHSを使うというイメージが強かった。


ケンウッド製エッジ対応PHS端末「Hyper XIT(ハイパーザイト) ISD-E7」 セイコーインスツルメンツ(現セイコーインスツル)製のPCカード型PHSデータ通信カード「AirH" Card」(MC-P300)

 しかし、1999年に携帯電話でもiモードをはじめ、メールやコンテンツ閲覧サービスが登場し、料金の低廉化が進んだこともあり、1998年7月をピークに、契約数は漸減傾向が続くことになる。1999年7月にハイブリッド携帯通信「H"(エッジ)」、2000年11月の「feelH"」の提供開始により、一時的に回復の兆しを見せたが、頼みの綱だった若年層のユーザー離れは止まらなかった。

 こうしたPHSの漸減傾向は、2001年6月にパケットデータ通信サービス「AirH"」が開始されたことで、大きく流れが変わる。それまで、PHSはDDIポケットの「α-PHS32」やPIAFSなどで、データ通信サービスを提供してきたが、AirH"では32kbpsながらもパケット通信定額サービスを実現し、これがモバイルユーザーに支持されることになった。特に、データ通信端末が定額で契約できることは法人ユーザーにとって、予算が組みやすいなどのメリットがあり、AirH"を機にDDIポケットには急速に法人ユーザーの割合が増え、わずか数年で主要ユーザーが大きく入れ替わったと言われている。当時、ある関係者は「まるで別の会社が変わったかのように、お客さんの層が入れ替わった」と話していた。

 次なる転機となるのは、読者のみなさんも一度は触ったことがあるであろう「AH-K3001V」と「W-ZERO3」の登場だ。2004年5月に発売されたAH-K3001Vは、国内に一般的な携帯電話・PHSとして、はじめてのフルブラウザとなる「Operaブラウザ」を搭載し、パケット通信定額サービスのAirH"との組み合わせにより、端末のみでPCサイトを好きなだけ閲覧できるということで、モバイルに積極的な個人ユーザーを獲得することに成功した。その市場は2005年12月に発売された「W-ZERO3」に受け継がれ、スマートフォンという新しいジャンルを切り開くことになる。


“京ぽん”の愛称で親しまれた「AH-K3001V」 国内のスマートフォン市場を牽引した「W-ZERO3」

ウィルコム定額プラン

 こうしたモバイルユーザーの拡大とは別に、もうひとつ新しいユーザー層が増えた動きもあった。それは2005年5月に開始された「ウィルコム定額プラン」だ。月額2900円の基本使用料で、ウィルコムユーザー同士の音声通話は24時間定額(後に対象をPHSの070番号同士に拡大)という今までの携帯電話・PHSにはないサービスを提供した。きっかけとなったのが2004年10月に行なわれたアメリカの投資会社「カーライル」による買収だ。それまで、DDIポケットはKDDIグループ傘下ということで、データ通信サービスをコア事業に位置付けられ、音声通話はあまり積極的に展開できなかったが、米カーライルの買収によって、KDDIの出資比率が10%になり、KDDIグループの移動体通信事業(au及びツーカー)との競合をあまり気にする必要がなくなった。そして、2005年2月には社名もウィルコムと改め、いよいよ本格的に攻めるべく、打ち出してきたのがウィルコム定額プランによる音声通話定額だったわけだ。

 この音声通話定額の登場により、ウィルコムは音声通話の需要が高い学生など、若年層に再びユーザー層を拡大することになる。契約数の推移を見ると、2005年半ばからピークを迎える2007年7月までの契約数の急速な伸びが顕著に見て取れる。そして、昨年からは中高生向けに基本使用料を半額にする「新ウィルコム定額プランS」の提供も開始し、さらに若年層への拡大を図ろうとしている。

 携帯電話では2006年10月から番号ポータビリティ(MNP)が開始されたことで、各社のユーザーは少しずつ動き、変化をしつつあるが、ウィルコムはここまでの説明からもわかるように、提供するサービスや周囲の環境などによって、ユーザー層をドラスティックに入れ替えながら、事業を継続してきた。しかもその間、約400万前後の契約数を確保し続けてきたのは、競争の激しい移動体通信業界において、ある意味、スゴいことなのかもしれない。

ウィルコムの誤算

「AirH"」から「AIR-EDGE」へ

 サービス開始から約15年、紆余曲折を経ながら、事業を継続してきたウィルコムだが、会社更正法の適用申請に至ったのは、ここ数年、彼らの強みとしてきた要素が他事業者のサービスなどにより、急速に切り崩されたことに関係する。

 まず、ひとつめはAirH"から「AIR-EDGE」に名称を変更したデータ通信だ。サービス開始当初、32kbpsという決して高速とは言えない環境ではあったものの、データ通信を定額で利用できる環境はたいへん魅力的で、モバイルユーザーの支持を得てきた。しかし、2007年3月にイー・モバイルが開業し、定額データ通信サービスを提供したことで、状況は一変する。新規参入のため、当初はエリアが限られていたが、数Mbpsクラスの高速通信が月額5000円程度で利用できることもあり、エリアの拡大とともに都市部のモバイルユーザーが移行していった。イー・モバイルの定額データ通信サービスに対抗する形で、NTTドコモやauも同様のサービスの提供を開始したうえ、2009年2月にはウィルコムのXGPと同じ時期に2.5GHz帯の免許を受けたUQコミュニケーションズが「UQ WiMAX」のサービスを開始したため、現在では従来にも増して、競争が激化している。特に、NTTドコモのFOMAハイスピードは人口カバー率100%の安心感もあり、データ通信契約のユーザーを急速に増やしている。ウィルコムも2008年2月から月額3800円の完全定額制のデータ通信プラン「新つなぎ放題」を開始するなど、対抗策を打ったが、携帯電話のデータ通信サービスへのユーザーの流れを食い止めることはできなかった。頼みのXGPもエリアが東京・山手線の内側と狭いうえ、データ通信アダプタにUSB接続のものがなく、ユーザーとしては手を出しにくい状況が続いている。

 2つめは、やはり、2007年1月に発表されたソフトバンクの「ホワイトプラン」による音声通話の定額サービスだ。1〜21時、ソフトバンク同士の音声通話が無料で利用できるというもので、2005年以降、着実に支持を拡げてきたウィルコム定額プランによる音声通話定額のユーザーを奪われることになった。ユーザー数もウィルコムが400万前後であるのに対し、ソフトバンクはホワイトプラン導入時でも約1566万、現在では2185万契約まで拡大しており、無料になる相手の数が桁違いに多い。しかもソフトバンクは通称「スーパーボーナス一括」と呼ばれる端末を安価に販売し、ユーザーが基本使用料のみ(一時はS!ベーシックパックとユニバーサル使用料のみ)で使うこともいとわないようなアグレッシブな販売施策を展開したため、結果的にウィルコムはかなりユーザーを奪われることになった。そして、2007年にはソフトバンク、2008年にはauとNTTドコモが相次いで、家族間の通話を24時間無料にするプランを打ち出したため、家族内という制限はあるものの、ウィルコムの音声通話定額はアドバンテージを失ってしまった。さらに、auは2009年8月から、あらかじめ指定した3件までのauユーザーに対し、月額390円で24時間、話し放題になる「指定通話定額」(現在は「ガンガントーク」で展開)を開始した。つまり、家族+3人程度の範囲であれば、同じauユーザーという条件があるものの、ほぼウィルコムの音声通話定額と変わらない状態を作り出すことも可能となっている。

 こうして自らの強みを切り崩されたウィルコムだが、時を同じくして、2.5GHz帯の免許を各社と争い、2007年12月に無事に取得することに成功した。しかし、勢いを失った現行PHSサービスの収益だけでは、XGPの開発・投資をまかなうことができず、本サービス開始の遅れを招き、結果的に今回の会社更正法の適用申請に至ってしまったわけだ。これは今回の会見でも指摘されていたことだが、2.5GHz帯の免許申請時、資金計画を不安視する声に対し、ウィルコムは「問題ない」と回答していた。ところが、実際には現行PHSサービスの収益から次世代サービスの開発・投資をするという「自転車操業」的な運用(言い方は悪いが……)であり、結局、無理な取り組みだったことが証明される形となってしまった。

 XGP展開に必要な資金の調達については、当初から出資元であるカーライルのサポートが期待されていたようだが、カーライル自身もリーマンショック以降の金融危機の影響をモロに受けたようで、思うように資金を調達できなかったと言われている。むしろ、どちらかと言えば、「米カーライルとしては早く売却したかったのではないか」という分析もあるくらいだ。カーライルには日本法人があり、日本のスタッフも数多く活動しているようだが、どうもウィルコムへの投資と会社経営はうまく噛み合わなかったようだ。かつて、ボーダフォン日本法人が英Vodafoneからソフトバンクに売却されたときも感じたことだが、どうも外資と日本の通信事業者は今ひとつ相性が良くないのかもしれない。

ウィルコムに足りなかったもの

 ウィルコムが会社更正法適用の申請をするまでの流れを追ってみたが、この他にもウィルコムとしての取り組みにいくつか疑問が残る点があったのも事実だ。


W-ZERO3(WS004SH) W-ZERO3[es]
Advanced/W-ZERO3[es] WILLCOM 03

 たとえば、端末ラインアップもそのひとつだ。ウィルコムの端末には通称「京ぽん」の相性で親しまれたAH-K3001Vをはじめ、さまざまな人気機種があるが、なかでも近年、インパクトが大きかったのが2005年10月に発表された「W-ZERO3」。発表直後からたいへんな人気を集め、2005年12月の発売から数カ月は、入荷までに1カ月待ちになるほどのヒットを記録した。それまでの国内市場に販売されていたものとは一線を画したエポックメイクな端末だったが、初代モデルの発売から半年後の2006年6月6日には同じボディで内蔵フラッシュメモリーを強化した「W-ZERO3(WS004SH)」が発表される。その1カ月後の2006年7月4日には二代目モデルの「W-ZERO3[es](WS007SH)」を発表。続いて、1年後の2007年6月7日には三代目モデルの「Advanced/W-ZERO3[es](WS011SH)」、さらにもう1年後の2008年5月26日には四代目モデルの「WILLCOM 03(WS020SH)」に続く。つまり、初代モデルの発表からわずか2年半ほどの間に、5機種も同じシリーズの端末をリリースしたことになる。

 確かに、W-ZERO3シリーズは、国内市場におけるスマートフォンの先駆者的な存在に位置付けられた端末だが、元々、スマートフォンの市場が十分に形成されていない状況において、これだけの短期間に、これだけのバリエーションをリリースするのは、業界第4位のポジションのウィルコムとして、本当に良かったのかどうかは疑問が残る。もちろん、それぞれの端末は完成度も高く、現在でも街中で利用する人を見かけるが、業界第4位の事業者が取り組むにはちょっとハイペースだったように見える。

 仮に、このペースで展開するとしてもより幅広いユーザー層に使ってもらえるような施策が必要だったのではないだろうか。これは最近のスマートフォンの売れ行きを見ている中でもよく語られることだが、かつて国内ではザウルスやPocket PC、Palm、CLIEなど、数多くのPDAが家電量販店の店頭に並んだことがあった。なかでもPalmとCLIEは非常にユーザーからの支持もアツく、新モデルが発売されるごとに好調な売れ行きを記録したと言われていた。しかし、実際にユーザーの消費動向を見ていると、実は同じユーザーが新モデルが出る度に買い換え、思ったほど、市場を拡大していなかったという。結局、ユーザーはPDAからケータイなどに移行し、PDA市場そのものも衰退してしまった。もちろん、現在と当時では市場を取り巻く環境が違うため、一概に比較はできないが、最近のスマートフォンを見て、かつてのPDAのくり返しになるのではないかという見方をする人も多い。W-ZERO3シリーズも同じパターンに陥った印象が強いのだ。


初代「HONEY BEE」 nico.

 また、ウィルコムは前述のように、音声通話定額というアドバンテージを持っている。しかし、音声端末の拡充はなかなか進まず、ここ数年である程度のヒット商品に成長したのは「HONEY BEE」シリーズくらいで、これに少し前の「9(nine)」「nico.」が続く程度だ。HONEY BEEについては音声通話定額を利用したい高校生や大学生などに支持されているそうで、シリーズで100万台前後のヒットを記録したという情報もある。もし、この機種の売れ行きが好調でなければ、ウィルコムはもっと早くギブアップすることになっていたのかもしれない。

 ただ、音声通話定額を活かすのであれば、もうひとつ取り組むべき市場があったはずだ。それはシニアやシルバーと呼ばれる人たちをターゲットにした市場だ。PHSは元々、音声通話の品質が良く、相手の声もクリアで聞き取りやすい。しかも電池の持ちもケータイに比べると、格段にいい。こうした特徴を活かし、画面サイズが大きく、使いやすさと聞きやすさにこだわった端末をラインアップに加えても良かったはずだ。携帯電話に対抗するほどのハイスペックを追い求めるより、自らの高音質・低電磁波という特徴を活かし、利用できる場所を選ばない、安心して使える端末をラインアップに加えるべきだったのではないだろうか。

WILLCOM D4

 端末について、もっとも迷走した印象が残ってしまったのが2008年4月発表の「WILLCOM D4」だろう。Windows Vistaを搭載した新しいモバイル端末の市場を目指した製品だが、残念ながら、反響は今ひとつという結果に終わってしまった。CPUにAtom Z520を搭載し、Bluetoothや無線LANまで搭載するという、当時のモバイルPCとしてはなかなか奢った仕様だったが、如何せん、価格が高く、ユーザーにはなかなか手を出しにくい製品だった。ちなみに、その後、2008〜2009年へ掛けてのモバイルPCの市場は、Atom搭載のネットブックが市場を牽引したことからもわかるように、製品の方向性としては間違っていなかったことは確かだが、ウィルコムのような立場の企業(通信事業者)が取り組むべき製品だったかどうかは、かなり疑問が残る。

 さらに、料金プランについても気になることが多い。ウィルコムは従来からユーザーのニーズに合わせ、さまざまな料金プランを提供してきたが、現在は音声向けに「新ウィルコム定額プラン」、データ通信向けに「新つなぎ放題」を主軸に展開している。どちらの料金プランも魅力的と言えば、魅力的と言えなくもないが、各携帯電話会社が2年契約を条件に、基本使用料を半額にしたり(しかも無料通話分を残したまま)、パケット通信料の二段階定額制の開始額を390円に下げてきている現状を鑑みると、やはり、物足りない印象は否めない。

 しかも前述のように、携帯電話事業者はある一定の条件の下に、家族間通話を無料にしたり、同じ携帯電話事業者のユーザーに対し、24時間、話し放題にするなどの割引サービスなども提供しており、音声通話定額のためだけにウィルコムの回線を追加で契約するのは、少し敷居が高くなっている。通常、どのサービスでも回線契約をすれば、月々の基本使用料などが掛かるが、ウィルコムの場合、学生向けの新ウィルコム定額プランS、通話先3カ所限定の安心だフォンを除けば、いずれも2000円以上の月額料金が掛かる。これに対し、携帯電話事業者は割引サービスの組み合わせとは言え、月々の負担を1000円前後に抑え、しかも無料通話分を含ませることで、事実上、ユーザーに負担がないように見せている。実利用が伴えば、ウィルコムの料金プランが割安になることも十分に考えられるが、すでに携帯電話を持つユーザーが追加で持つことを考えると、現在のウィルコムの料金プランは正直なところ、負担が大きいと言わざるを得ない。現在の市場環境を鑑みれば、最低でも月額1450円の新ウィルコム定額プランSや新ウィルコム定額プランG(HYBRID W-ZERO3専用)程度の負担で、気軽に回線を維持できるような料金プランが必要ではないだろうか。

 また、今となっては如何ともしがたいことなのだが、通信方式がまったく違うとは言え、もし、携帯電話事業者といっしょにMNP(番号ポータビリティ)に参加できていれば、もう少し違った状況になっていたかもしれない。当時のDDIポケットがMNPの対象にならなかったのは、親会社であるKDDIが必要ないと判断したためで、NTTパーソナルから継承されたNTTドコモのPHSサービスも同様の判断が下されており、総務省は「ユーザーのニーズが顕在化していない」と対象にすることを見送っている。ただ、当時の「携帯電話の番号ポータビリティの在り方に関する研究会」の報告書には、個人からの「PHSも含めて欲しい」という意見がいくつか掲載されており、実は潜在的にそういうニーズがあったことをうかがわせる。

イノベーションを次なるビジネスに結びつけられるか

 現在、国内ではNTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、ウィルコム、イー・モバイル、UQコミュニケーションズの6社が携帯電話・PHS・モバイルブロードバンドサービスを提供している。各社ともそれぞれに特徴を持っているが、なかでもウィルコム及び旧DDIポケットは、いろいろな形で業界に大きなイノベーションを起こしている。

 たとえば、今やほとんどの携帯電話に搭載されるカメラも携帯電話とPHSを含めれば、1999年に発売されたDDIポケットの京セラ製端末「Visual Phone VP-210」が先駆けであり(携帯電話ではJ-フォンのシャープ製端末「J-SH04」が最初)、一般的な端末でPC向けのWebページが閲覧できるフルブラウザも通称「京ぽん」の名で親しまれた京セラ製端末「AH-K3001V」がOperaを搭載してから、広く普及が進んだものだ。iPhoneやAndroid、Windows Phone、BlackBerryなど、さまざまなバリエーションが増えてきたスマートフォンも日本においては前述のシャープ製端末「W-ZERO3」の登場が市場拡大の素地を作ったと言えるだろう。昨今、よく話題になる固定網と移動体通信を連動させる「FMC(Fixed Mobile Convergence)」もコードレスホンから発展したPHSは、すでに10年以上前にベースを実現していた。マイクロセルによるネットワークも契約者数が増え、トラフィックが増えてきた現在の移動体通信の実状を考えると、技術的にも大きなアドバンテージになるはずだ。

 ただ、こうして振り返ってみると、ウィルコム及び旧DDIポケットが起こした多くのイノベーションは、結果的に他の携帯電話事業者やメーカーが継承してしまい、自らはそれをうまくビジネスに結びつけられていない印象が残る。それに加え、自らの強みである定額データ通信サービスや音声通話定額を十分に活かすことができず、結果的に自らの窮地に追い込んでしまったように見受けられる。おそらく、ウィルコムが先行したサービスなのに、追随した他社が成功を収めたり、自らの強みを十分に活かせないウィルコムを見て、歯がゆく思ったユーザーも多いのではないだろうか。

 会社更正法の適用を申請したウィルコムは、企業再生支援機構に加え、スポンサー候補として、アドバンテッジパートナーズ有限責任事業組合が提供するファンド、ソフトバンクにも支援を要請しており、今後、裁判所及び監督委員兼調査委員の監督のもと、事業再建を進めていく予定だ。最終的に、どのような形に落ち着くのかはまだわからないが、要請通り、ソフトバンクが出資することになれば、間接的とは言え、ソフトバンクは免許を受けられなかった2.5GHz帯の免許を手にするうえ、NTTドコモのFOMAネットワークを利用したMVNOにも参入することになる。XGPの展開も含め、今後、ウィルコムがどのような形で生まれ変わり、新生ウィルコムとして、どのようなサービスを提供していくのかをじっくり見守るしかない。いずれにせよ、ユーザーに今以上の不安と負担を与えないように、本当の意味で「ユーザーに近いキャリア」になってくれることを期待したい。

 



(法林岳之)

2010/2/23 19:16