SIMロック解除は実現するのか? 必要なのか?

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 7」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


2日の「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング」

 4月2日、総務省において、「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング」が催された。本誌記事でもお伝えしたように、ユーザーの求めに応じて、SIMロックの解除が選択できるようにするという方向性が示され、そのためのガイドラインがまとめられることになった。

 SIMロックの解除については、ヒアリングの前後から各方面で報道され、話題になっているが、ユーザーにとって、どんなメリットとデメリットが生まれてくるのだろうか。一連の報道に対する解釈も踏まえながら、日本のケータイ市場とSIMロック解除について考えてみよう。

これまでの流れ

 2007年に行なわれた「モバイルビジネス研究会」、そこで審議された内容をまとめた「モバイルビジネス活性化プラン」を受けて導入された「分離プランによる新販売方式」により、日本のケータイ市場はわずか2年半ほどの間で、大きく様変わりしてしまったが、このモバイルビジネス活性化プランで「2010年の時点で最終的な結論を得る」とされていたのが「SIMロック解除へ向けた検討」だ。

 今回、総務省で行なわれた「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング」は、この2年半前に掲げられた「SIMロック解除へ向けた検討」の最終的な結論を得るためのヒアリングということになる。ただ、ヒアリングを前にした一部メディアの報道をはじめ、ヒアリングでの各通信事業者や団体の言い分、ヒアリング後の関係者のコメントなどが報道されるにつれ、携帯電話事業者やメーカー、関係企業、ユーザーの間には、一連の動きに対する困惑や期待、憤りなどが伝わってくる。筆者自身は幸い、ヒアリングを傍聴することができ、直後の総務副大臣の囲み取材も直接、聞くことができたが、正直なところ、その流れで見聞きしていても、ちょっと不思議というか、不可解な印象が残ったのも事実だ。

 さて、実際にSIMロック解除が実施されるのか、どのようなメリットとデメリットがあるのかといったことを語る前に、今一度、SIMロックと解除、市場の状況などについて、おさらいをしてみよう。

SIMロックとは?

 まず、SIMカードについては、「SIMカード」「USIMカード」「UIMカード」と呼ばれることもあるが、携帯電話番号などの契約情報が書き込まれたICカードのことだ。国内では、NTTドコモのFOMAやボーダフォン(当時、現ソフトバンクモバイル)の3Gサービスの開始以来、標準的に採用されており、auにおいても若干、仕様が異なるものの、2005年からau ICカードが採用されている。

ドコモのFOMAカード

 3GサービスのUSIMカードのベースになっているのは、ご存知の通り、GSM方式の携帯電話で採用されているSIMカードであり、欧州では広く利用されてきた。欧州を中心にSIMカードが広く普及した背景には、多くの国が国境を接しており、国境を越えて移動することが多いため、他の国に移動したときに、移動先の国の携帯電話事業者と契約したSIMカードに差し替えて利用するようにしたことに起因するという。その後、各国の事業者がローミング契約を結んだことで、SIMカードの差し換えはどちらかと言えば、ローミング料金の節約のためなどに利用されている。ちなみに、日本ではあまり馴染みはないが、海外ではプリペイド契約のSIMカードが数多く販売されており、SIMロックされていない端末と組み合わせる形で広く利用されている。

 次に、SIMロックについてだが、これは簡単に表現すると、「特定の通信事業者のSIMカード(USIMカード)のみで端末が動作するようにすること」ということになる。たとえば、NTTドコモのFOMAとソフトバンクの3Gサービスは同じ通信方式を採用しているが、FOMAカードをソフトバンクが販売する携帯電話に挿しても動作しない。つまり、端末そのものに、他事業者のSIMカードを挿しても動作しないようにする制限を掛けているわけだ。ただ、同じ事業者が提供する同じ通信方式やサービスに対応した端末であれば、一部の例外を除いて、基本的にSIMカードの差し換えは自由となっている。

 なかにはセキュリティの観点から制限をさらに厳しくし、あらかじめ端末に登録したSIMカードでしか動作しないようにするSIMロックも存在する。具体的には、auのau ICカードのSIMロックがこれに該当する。

なぜSIMロックが掛けられているのか

 では、なぜ携帯電話事業者はSIMロックを設定した端末を販売しているのだろうか。SIMロックそのものについては、前述のように、セキュリティの観点で設定されることもあるが、販売面で密接に関わっているのが販売奨励金や開発コストの存在だ。

 ケータイを利用するには、当然のことながら、端末が必要になるが、端末が高価であると、ユーザーは端末を購入できなかったり、購入を控えたりするため、結果的に携帯電話サービス(回線)の契約をしない。そこで、国内外の携帯電話事業者では販売奨励金を使い、自社と携帯電話サービスの契約をするユーザーに対し、端末の価格を割り引くという手法を採用している。たとえば、本来の販売価格が5万円の携帯電話も3万円の販売奨励金を使うことで、2万円で購入できるようになるわけだ。

 ただ、購入したユーザーが契約後、短期間で解約してしまい、他事業者と契約してしまうと、携帯電話事業者としては提供した販売奨励金がムダになってしまう。そこで、携帯電話会社は販売する端末に対し、基本的に自社のSIMカードのみで動作失する「SIMロック」という制限を掛けているわけだ。

 また、販売奨励金以外の金銭が関わってくる例もある。たとえば、現在、国内で販売されている端末の多くは、携帯電話事業者が端末メーカーに対し、開発費などを提供していることが多い。しかし、同じように端末を購入したユーザーが解約してしまい、他事業者と契約したり、他事業者のユーザーに譲渡してしまうと、間接的ではあるものの、開発費がムダになる。特に、国内の場合は各携帯電話事業者が提供するサービスとの連動性を高めた端末が多いため、その観点からもSIMロックが掛けられている面が強い。

 ところで、SIMロックが語られるうえで、よく引き合いに出されるのが海外の事情だ。この点については「海外ではSIMフリーが当たり前」といった声もよく耳にするが、実際のところは必ずしもそうとは言い切れない。国によって事情は異なるが、基本的には携帯電話事業者が販売する端末は一定期間の契約(利用)を約束するためにSIMロックが掛けられ、安価な価格設定(無料のことも多い)になっているのに対し、メーカーブランドなどで販売されている同一仕様の端末はSIMロックがない代わりに、数万円の価格が設定されているケースが多い。

 SIMロックの解除についても一定期間(1~2年程度のケースが多い)を契約を継続した後で、ユーザーの求めに応じて、解除できるケースもあれば、まったく解除を受け付けない契約もあるという。解除についても有料と無料があり、なかには一定期間の契約後に無料で解除できる国もある。

 ただ、このSIMロック端末とSIMフリー端末の価格設定を比較するとき、注意しなければならないのは、新品として販売されているものと契約期間経過後にSIMロックを解除した端末の価格を混同しないことだ。たとえば、携帯電話事業者が販売奨励金を積極的に出さないため、ある端末の販売価格が400ドルだったとしよう。ところが、市場では一定期間経過して、SIMロックが解除された新品同様の端末が200ドルで売られていたり、端末メーカーが同一仕様のSIMフリー端末の在庫を捌きたいために、一時的に300ドル程度で販売し、結果的にSIMフリー端末の方が安いという逆転現象が起こることがある。これを元に、「SIMフリー端末が安い」と捉える向きもあるようだが、それはあまり正しい見方とは言えないだろう。

 また、SIMロックの是非についてもいろいろと議論されることが多いが、これも国や地域によって、さまざまな解釈や商習慣があり、一概にどれが正しいとは言えない面もある。たとえば、国によってはSIMロック解除を必須条件としているところもあれば、ユーザーの求めに応じて、解除できるようにする自主規制のような地域もある。モバイルビジネス研究会のときにも海外との違いが報道されたが、国際ローミングが身近な欧州のような地域と、日本のように陸続きでは他国と国境を接していない島国とでは、必ずしも同じ次元で語れない部分もある。さらに、その国や地域において、どのようにケータイが利用されているのかによっても違いがある。たとえば、通話がメインであれば、端末の機能がシンプルなため、SIMロックを解除しても大きなトラブルはなさそうだが、高度なサービスが提供されている地域では、SIMロック解除による影響が広範囲に渡ることが予想できる。

 ちなみに、国内ではSIMロック端末のみが販売されていて、SIMフリー端末が存在しないように言われることもあるが、かつてノキアが「E61」などの端末をSIMフリーで販売したことがあり、スマートフォンを国内事業者に数多く供給するHTCも自社ブランドでSIMフリー端末を数機種、国内市場向けに販売した。ただ、いずれも、とても成功したとは言えない状況で、両社とも各携帯電話事業者向けの供給に注力するしかなかった。ノキアについて、2008年末に自らの強みを十分に活かせないまま、日本市場から撤退してしまった。

 少し変わった例ということになるが、ウィルコムのHYBRID W-ZERO3は、2つのSIMカードスロットを備えている。その内の1つは海外渡航時に後述するプリペイドSIMカードの装着を想定し、部分的なSIMフリー端末となっている。

なぜSIMロックを解除したいのか

 SIMロックにはいくつかの理由があり、実際には端末が安くなるとは限らないのに(むしろ高くなる可能性が高い)、どうしてSIMロックの解除が求められるのだろうか。

 「制限されているものは解除したい」という漠然とした欲求は別として、やはり、もっとも多く期待されていることの1つは、海外での利用だろう。現在、国内で販売されている多くの端末は国際ローミングに対応しており、海外でもそのまま利用できる。しかし、国際ローミング利用時の通話料や通信料は国内で利用したときよりも高く、音声通話については着信時に国際転送料もかかる。これに加え、国内では適用されるパケット通信料の定額サービスや家族間無料通話サービスなどは、海外滞在時は適用されない。ただ、この制限はどこの国のユーザーにとっても基本的には同じで、海外のユーザーが日本に来れば、日本国内での利用には国際ローミングの料金が適用される。

 それでも海外での携帯電話の通話料や通信料を安くしたいとなると、渡航先の携帯電話事業者と契約するしかないのだが、ここで使われることが多い、もしくは使いたいのがプリペイド契約のSIMカードということになる。海外の空港やコンビニエンスストアなどでは、プリペイド契約のSIMカードが販売されており、これをSIMフリーの端末に挿し、アクティベーションをすれば、渡航先の携帯電話事業者の料金体系で利用できるわけだ。もちろん、携帯電話番号は渡航先の携帯電話事業者のものになってしまうが、渡航先で頻繁に通話やメール、インターネット接続などを利用するユーザーにとっては、非常に便利ということになる。ところが、私たちが普段、利用している国内のケータイは、SIMロックが掛けられており、こうしたプリペイドSIMカードを利用できないわけだ。

 もっとも海外でプリペイド契約のケータイやプリペイドSIMカードを購入するのは、ある程度、スキルのあるユーザーに限られており、ケータイ市場全体から見れば、それほど大きなニーズではないという見方もある。仮に、SIMフリー端末を持っていて、プリペイドSIMカードを利用できたとしても国内で利用している携帯電話番号宛の着信は受けられないからだ。

 もう1つの理由としては、接続する携帯電話ネットワークのエリアやパフォーマンスなどが挙げられる。国内ではNTTドコモ、au、ソフトバンク、イー・モバイルが携帯電話サービスを提供しているが、それぞれに通信方式や割り当てられた周波数帯、設置された基地局、仕様などが異なり、当然、ケータイとしての「つながり具合い」には差がある。

 一概にどこが優れていると比較できるものでもないが、ひとつの目安として見れば、NTTドコモのFOMAハイスピードは人口カバー率100%であり、実際につながり具合いにも定評もある。同じように、携帯電話サービスは一般的にサービスを提供している年数が長い方がエリアも充実すると言われているため、DDI-セルラーとIDOがcdmaOneの全国サービスを展開してきた時代からのネットワークを継承するauもアドバンテージがあると言われている。

 また、エリアと密接に関わる周波数帯については、有利とされる800MHz帯が割り当てられているのはNTTドコモとauであり、その他の事業者は800MHz帯よりも電波の直進性が強く、ビルなどへの浸透や回り込みで不利とされる2GHz帯や1.7GHz帯が割り当てられている。これらのことを鑑みれば、当然、ユーザーはエリアが充実した携帯電話事業者と契約したいわけで、端末がサポートする通信方式や周波数帯という問題が残されているものの、SIMロックが解除されれば、よりネットワークの充実した携帯電話事業者に移行しやすくなる。

SIMロック解除で何が起きるのか

 今回、「携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング」が行なわれ、本誌記事でも取り上げたように、3.5世代の端末からユーザーの求めに応じて、原則的にSIMロックを解除する方向で動くという。この経緯については、少し異論を残すが、実際にSIMロック解除が実施されると、どのようなことが起きるのだろうか。

 まず、事業者やメーカーを問わず、全体的に見ると、通信方式や周波数の違いという制約が残るものの、携帯電話事業者と端末を自由に組み合わせて利用できる。ただ、実際には通信方式として、NTTドコモとソフトバンク、イー・モバイルがW-CDMA/HSPA(HSDPA)を採用しているのに対し、auはCDMA 1X/CDMA 1X EV-DOを採用するため、基本的に同じ通信方式を採用する事業者間でしか、同じ端末は利用できないということになる。

 これに加え、NTTドコモは800MHz、2GHz、1.7GHz(東名阪のみ)を利用できるのに対し、ソフトバンクは2GHzのみ、イー・モバイルは1.7GHzのみが利用できる。つまり、仮にユーザーが番号ポータビリティ(MNP)で契約する携帯電話事業者を移行し、SIMロックを解除したとしても実際に利用できる端末の組み合わせは、かなり限られることになる。利用できるサービスも通話とSMS、データ通信のみくらいで、公式サイトのコンテンツをはじめ、各携帯電話会社のネットワークと連動するアドレス帳のバックアップサービスやリモート制御のセキュリティ(遠隔ロックなど)、ニュース配信サービス、おサイフケータイ、アプリなど、いわゆる日本のケータイらしいサービスはほとんど利用できないと考えられる。

 もう少し具体的に考えてみると、携帯電話会社別では、やはり、ソフトバンクがもっとも影響を受けることになりそうだ。アップルのiPhoneは今のところ、ソフトバンクのみで契約でき、同社の主力商品となっているが、同じ2GHz帯でサービスを提供するNTTドコモのネットワークにも接続できるため、iPhoneがSIMロック解除の対象となれば、MNP(携帯電話番号ポータビリティ)とSIMロック解除を利用することにより、NTTドコモの契約でのiPhone利用が実現される。

日本でのSIMカードの現状(KDDI資料より引用)ソフトバンクモバイルが指摘するロック解除の影響点の1つは「利用できるサービスが限られること」

 また、イー・モバイルについては、昨年発売したHuawei製「Pocket Wi-Fi D25HW」が好調な売れ行きを記録しているが、これもSIMロック解除の対象になれば、NTTドコモやソフトバンクのネットワークで利用できることになる。イー・モバイルは1.7GHz帯でしかサービスを提供していないが、Pocket Wi-Fiそのものは2GHz帯(世界的には2.1GHz帯と表記される)もサポートしている。

 通信方式が違うことで、メリットもデメリットもないように見えるauも動向によって、端末ラインアップなどに影響が出てくる可能性がある。auでは2008年からGSM方式に対応した「GLOBAL PASSPORT GSM」対応端末をラインアップしているが、他社同様、SIMロック解除の対象となれば、GSM方式のみを利用する端末として、海外で利用されたり、転売される可能性もある。他事業者の端末とはプラットフォームなどの仕組みが異なるため、簡単には実現されないかもしれないが、SIMロックが解除されることがわかっているのなら、auとしてもラインアップする対応モデルを減らす方向に動かざるを得ないかもしれない。

 こうなってくると、SIMロックの解除を打ち出すことで、結果的にネットワークの充実した携帯電話事業者ばかりが有利になり、端末についてはSIMロック解除の対象になっても影響を受けにくい端末ばかりが増えることになりそうだ。特に、ネットワークの充実度については、基本的に設備投資額に大きく左右されるわけで、そうなると、より大規模にサービスを展開し、財務的に強い携帯電話事業者が強くなり、結果的にその事業者にユーザーが集中してしまうことになり兼ねない。極端な話を言えば、携帯電話事業は『知恵の勝負』ではなく、『金の勝負』『体力勝負』になってしまうかもしれないわけだ。

 もちろん、ビジネスである以上、資本が大切なことはわかる。ましてや、もっとも影響を受けると予想されるソフトバンクは、設備投資を抑えながら、「過去最高益を更新」とアピールしているのだから、単純に利益を削ってでも設備投資をするしかないわけだが、本来、「モバイルビジネス活性化プラン」は各社の競争を促し、その名の通り、モバイルビジネスを活性化することが狙いだったはずだ。しかし、今回の方針は、さじ加減をひとつ間違えると、単なる寡占市場を生み出してしまうことになりかねない。これで本当に健全で世界に通用するモバイルビジネスを成長させることにつながるのだろうか。

 また、国内市場でSIMロック解除が進み、SIMフリー端末が増えてくれば、海外メーカーの安価なSIMフリー端末が国内市場にも流通するという見方をする向きもあるが(特に新聞記事に多い)、これについてはかなり難しいのではないだろうか。元々、欧米の市場に比べ、日本市場は規模が小さいうえ、日本市場に参入するには日本語化に始まり、日本の技術適合基準への対応など、技術面での課題が数多く存在する。これに加え、販路の確保、プロモーションなど、かなり積極的に取り組まなければ、日本市場での存在を示すことは難しい。そんな中でもかなり健闘しているのがサムスン電子とLGエレクトロニクスということになるのだが、両社はグローバルモデルをそのまま、日本向けに展開するのではなく、日本市場にカスタマイズしたモデルを投入することで、市場の評価を獲得している。

SIMロック解除が抱える料金の問題

 一方、SIMロックが解除される端末だけでなく、SIMフリーとなった端末に挿すためのSIMカード、つまり、各携帯電話会社との契約が必要になるが、実はここにも大きな課題を抱えている。基本的には各社の既存の契約体系が活かされることになりそうだが、注意しなければならないのは、パケット通信料の定額制サービスの位置付けだ。

 現在、各携帯電話事業者は、通常のケータイやスマートフォン向けに、パケット通信料の定額制サービスを提供しているが、その起点となったのは2003年にauが提供を開始した「EZフラット」にさかのぼる。このEZフラットの発表時、パケット通信料の定額制を実現できた理由として、KDDIの小野寺正社長(現在は代表取締役社長兼会長)は、「自分たちが端末の仕様を決め、送受信するメールや写真、映像のサイズを決められるからこそ、実現できた」と述べている。つまり、ネットワークや端末の仕様に基づいた計算があって、パケット通信料定額サービスを実現できたわけだ。

 その後、各社がパケット通信料定額サービスに追随し、現在は基本的に全社が同様のサービスを提供しているが、わずか5~6年ほどの間にパケット通信で送受信されるデータ量は飛躍的に拡大したため、ここに来て、各社ともトラフィックが多いユーザーに対し、転送量の制限を実施する方針を打ち出している。また、auが2008年冬モデルの一部から搭載したトラフィック制御機能(周囲の混雑時に自動的に通信速度を制限する機能)からもわかるように、端末などにも制限の仕組みを一部、取り込み始めている。NTTドコモもパソコンを接続しての定額データ通信サービス、あるいはスマートフォンでのパケット通信料定額制サービスに対し、それぞれ専用のアクセスポイントを提供し、利用できるアプリケーションも制限することで、定額制を実現している。

 もし、本当にSIMロックが解除され、他事業者の仕様の端末が接続されることになると、パケット通信料定額制サービスを実現するための前提条件が崩れてしまうため、各社ともSIMカードのみの契約を希望するユーザー向けに、別の料金プランを設定したり、ネットワークの転送量制限もより厳格に適用してくることが考えられる。逆に、こうした制限を何も設けないということになると、以前にもこのコラムで紹介した「スーパーヘビーユーザー」のトラフィックが帯域を圧迫することになり、平均的なユーザーのケータイ利用において、つながりにくいなどの影響が出てしまうリスクもある。

国際競争力との関わり

 また、SIMロック解除が携帯電話端末の国際競争力向上につながるという指摘もあるが、この点についても疑問が残る。確かに、国内メーカーの多くは海外事業から撤退し、現在は中国などに展開するシャープ、北米向けに展開するカシオ、同じく北米向けの京セラ、欧州向けの東芝、富士通がNTTドコモと共に台湾に展開している程度に限られている。

 ただ、端末に限った話ではないが、海外事業の成功は商品そのものの魅力だけでなく、販路の確保やプロモーションなど、さまざまな要素が絡んでくるものだ。SIMロック解除が国際競争力向上につながると言えるほど、単純なものでもないだろう。むしろ、海外では携帯電話事業者の提供するサービスと密接に関わるなど、言わば“日本的”とも言える関係を持ち、それぞれの国や地域にマッチした端末を提供することで、メーカーとして成功している例もあるくらいだ。

 SIMロック解除の可能性を否定するつもりはないが、何でもSIMロック解除に結びつけようとするのは、いかがなものだろうか。もう少し、冷静な分析を期待したいところだ。

SIMロック解除はガイドラインなのか、強制なのか

 ところで、ヒアリング後の本誌記事や本稿でも触れたように、今回のヒアリングでは「3.5世代の端末から、ユーザーの求めに応じて、原則的にSIMロックを解除する方向」が示された。新聞などでは「SIMロック解除に各社が合意」などと報じられているが、ヒアリング以前からの流れを見ると、どうも半ば、強制的にSIMロック解除の合意がまとめられたような印象すら持ってしまうのだ。

 まず、ヒアリングではNTTドコモ、au、ソフトバンク、イー・モバイルの主要4社、MVNOとしてサービスを提供する日本通信、メーカーを代表する情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)、ユーザーを代表する立場になる東京都地域婦人団体連盟がそれぞれに立場に基づいた意見を述べた。詳細は本誌記事をご参照いただきたいが、各参加者の説明と若干の質疑応答があった後、内藤総務副大臣から主要4社に対し、「基本的にオペレーター(携帯電話事業者)さんとしては、ユーザーが決めるということであれば、その他にいろいろな条件があるとは思いますが、SIMロック解除には反対ではないということでよろしいですね」と確認を促し、SIMロック解除は法制化ではなく、事業者間の協議によって、総務省とガイドラインを作成するという方向が示された。

4月2日の公開ヒアリングにおける内藤副大臣

 ヒアリングが終了し、記者や関係者が退席した後、内藤正光総務副大臣は報道陣の取材に対し、「総務省としては、ユーザーの求めに応じて、SIMフリーに応じてくださいということになる。3.5世代を視野に入れて、ガイドラインを作る」「複数の事業者がいるのに、特定の事業者だけが応じないのでは意味がない。努力義務とは言いながらもすべてのオペレーターさんには等しくSIMロック解除に応じていただき、ユーザーに使ってもらえるようにしなければならない」と述べた。対象となる機種については「総務省としては、原則、今後発売する端末はすべてSIMフリーにしていただきたい」と、事実上、ほぼ全面的にユーザーの求めに応じて、SIMロック解除ができる環境を整える考えであることを明らかにした。「モバイルビジネス活性化プランでまとめられていたため、法制化するかどうかを2010年に決めなければいけなかった。国が法律で定めなくても民間でやっていただけるものであるならば、そこに期待したいと思う。しかし、努力義務が果たされないのであれば、それなりの対応が必要になってくるかもしれない」と法制化にも含みを持たせた。

 なかなか当日の様子をすべて文章で伝えることは難しいのだが、やはり、総務省や副大臣としては「モバイルビジネス活性化プランでも方向性が示されているのだから、事業者やメーカーにいろいろな条件があるにせよ、SIMロック解除を推し進める」という考えのようだ。ガイドラインを策定するという枠組になるものの、実質的には総務省を中心に、半ば強制的にSIMロック解除へ持っていこうとしているように見受けられた。「ユーザーの求めに応じて」というエクスキューズは付いているが、実質的には事実上の強制を考えているという印象だ。もちろん、実際には最低でも6カ月、長ければ、1~2年程度の契約を拘束する期間が認められる見込みのため、即座にSIMフリー端末ばかりの市場を迎えるわけではないが、今のままではかつての新販売方式導入のときと同様、もしかしたら、それ以上にドラスティックに市場を変革させてしまうかもしれない。

 また、このヒアリング後、関係者の間でインターネット経由のやり取りがあったことも報じられた。ヒアリング当日の深夜、ソフトバンクの孫社長が原口総務大臣に対し、Twitterを通じ、「ロック解除は、端末代が4万円値上げになる。強制すると、またしても総務省が原因で端末が売れなくなる。」「iPhone 16GBは、月々割などで実売価格¥0。世界一安価。強制ロック解除だと大量に海外に横流しされ大被害。」とSIMロック解除反対のメッセージを送ったところ、原口総務大臣が「総務省がビジネス・モデルを強制することは、ありません。」と答えた一幕があった。

 孫社長がTwitterを通じて、総務省に対する陳情とも受け取れる発言をしてしまうのもいかがなものかという印象もあるが、原口総務大臣が同じくTwitterで、それに返答してしまうというのも通信行政を巡るやり取りとして、本当に適切なのかどうかという疑問が残った。Twitterであるところが今どきの通信行政らしいと言えなくもないが、本来、こうした意思表示はもう少しきちんとした手順を踏んで、相手に伝えるべきものであるはずだ。仮に、両者が個人的に面識があったとしても公開メッセージとして、相互にやり取りする内容ではないように見えるのだが……。付け加えるなら、こうした公式か、非公式かもわからないような個人間のコミュニケーションをわざわざ新聞がニュースとして取り上げ、記事にしていることも不思議な印象だ。

 また、内藤副大臣も自らのブログにおいて、ソフトバンクモバイルの松本徹三副社長がSIMロック解除に対して、反対の姿勢、もしくは慎重な対応を求める姿勢を示していることに対し、「公然と論拠不明の理由を掲げながらユーザー不在の囲い込みビジネスモデル堅持を主張するのはどうにも釈然としません。」と批判するエントリーをポストしている。今度はこれに対し、松本副社長が「NTTご出身の内藤副大臣がブログでソフトバンクを公然と非難されていますが、これに逐一反論していいものかどうか迷っています。何しろ我々は総務省監督下の認可事業者なので、あまり憎まれて、周波数の割当とかで意地悪をされたら大変ですから。」とTwitterでつぶやくなど、ヒアリング終了後も『場外乱闘』をくり広げている。筆者は政治を取り上げる記者ではないので、何とも言えないが、監督官庁の担当副大臣の発言としては、ちょっと刺激が強すぎるように思える。

 さて、ヒアリング終了から一週間が経過し、6月末にはガイドラインをまとめる方向で検討されていることも報じられ、この数カ月はいよいよ総務省や関係各社の動きから目が離せない状況になりつつある。この一週間、メーカーや携帯電話事業者、販売店など、さまざまな立場の関係者に話を聞いているが、自らの立場や企業としてのスタンス以前に、今のまま、SIMロック解除がひとり歩きをしてしまうと、多くのユーザーにいろいろな形で混乱を与えてしまう可能性が高いと指摘する人が多い。

 我々ユーザーとしては、「フリー」や「解除」といった目先の単語だけに惑わされることのないように、本当の意味において、ユーザーにメリットのあるSIMロックの解除なり、各携帯電話会社との契約なりが実現できるように、各社や関係者の動向、発言などをじっくりと見極めていく必要がありそうだ。

 



(法林岳之)

2010/4/8 19:45