落としどころが見えてきた? 携帯マルチメディア放送のゆくえ

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 7」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 本誌でも何度となく、取り上げてきた「携帯向けマルチメディア放送」。アナログ放送終了後の空き周波数帯域の一部を使い、携帯端末向けに提供が検討されている放送サービスのことだ。総務省が打ち出した“1枠の免許”を巡り、NTTドコモが主導するmmbi陣営と、KDDIが主導するMediaFLO陣営が激しい争いをくり広げてきたが、ここに来て、予想外の落としどころも示されている。これまでの流れをおさらいしながら、携帯マルチメディア放送のゆくえについて、考えてみよう。

携帯向けマルチメディア放送とは?

 ここ数カ月、携帯電話業界でもっとも注目を集めている話題の1つと言えば、「携帯向けマルチメディア放送」の免許割り当てだ。本誌でもくり返し、取り上げてきたので、読者のみなさんも記事を目にしたことがあるだろう。

 ただ、数多く報道される一方で、いったい何が争われているのか、なぜ争うような状況になっているのか、ユーザーにとって、どんなサービスが提供されるのかが今ひとつピンと来ない人も多いのではないだろうか。ここでは、携帯向けマルチメディア放送について、今までの流れを少しおさらいをしながら、解説をしよう。

 現在、国内では以下の図のように、90~108MHz、170~222MHz、470~770MHzという3つの帯域を使い、地上波のテレビ放送が提供されている。すでに多くのメディアで報じられているように、2011年7月24日、国内ではアナログ方式によるテレビ放送が終了し、地上デジタル放送に完全移行する。そのため、図で示すところの90~108MHz、170~222MHz、710~770MHzの部分については、今までとは別の使い方ができるようになり、他の用途に周波数を再割り当てすることになっている。

 これらの再割り当ての帯域の内、「VHF-Low」と呼ばれるVHF帯の90~108MHzの18MHz幅、「VHF-High」と呼ばれるVHF帯の207.5~222MHzの14.5MHz幅については、移動体向けのマルチメディア放送に割り当てられることになっており、VHF-Highの14.5MHz幅の帯域が今回の「携帯向けマルチメディア放送」の対象として、議論がくり広げられている。

 この携帯向けマルチメディア放送についての議論の始まりは、2007年夏までさかのぼる。2007年6月、地上デジタル放送移行によって、空く周波数帯域の有効利用のための技術的条件について、一部答申が取りまとめられたのを受け、2007年7月に「『携帯端末向けマルチメディア放送サービス等の在り方に関する懇談会』の開催」が告知されたのが実質的なスタート地点だ。この懇談会は全13回に渡って催され、2008年5月に報告書がまとめられている(実際には、報告書に対する意見募集の結果を報告する会合が第14回として催された)。

 報告書では、VHF-Highを全国向け放送、VHF-Lowを地域ブロック放送に割り当てる方針が示され、免許割り当て後の世帯カバー率を「5年後に9割」を参入条件として考えることも掲げられた。さらに、従来のテレビ放送が地域ごとに異なる周波数を利用しているのに対し、携帯端末向けマルチメディア放送の全国向け放送では、単一周波数(SFN、Single Frequency Network)を利用する方向も示された。

 2009年8月には、報告書の内容をほぼ踏襲する形で、携帯向けマルチメディア放送の基本方針が総務省から公表され、2009年10月には情報通信審議会で検討されていた技術的条件についても公表された。技術方式については、「携帯端末向けマルチメディア放送サービス等の在り方に関する懇談会」の段階から統一の是非が論じられてきたが、議論の場を情報通信審議会に移しても統一されることはなく、結果的にそれが現在の混乱にも影響を残す要因となっている。

 明らかにされた基本方針と技術的条件に基づき、2009年11月には参入希望が明らかにされ、全国向け放送を行なうVHF-Highについては、無線免許を受け、放送設備を持つ受託事業者として、ISDB-Tmm方式を採用するマルチメディア放送(mmbi)、MediaFLO方式を採用するメディアフロージャパン企画が参入を目指していることが明らかになった。

 そして、今年2月3日、総務省から「無線設備規則の一部を改正する省令案等の電波監理審議会への諮問及び当該省令案その他の携帯端末向けマルチメディア放送の実現に向けた制度整備案に対する意見募集」という報道資料が発表されてから状況は一変する。それまで、周波数を割り当てる事業者数を1~2としていたものが明確に「1事業者」にすることが示されたからだ。これ以降、NTTドコモを中心としたmmbi陣営とKDDIを中心としたMediaFLO陣営の争いは激しさを増し、6月と7月に行なわれた公開説明会では両陣営が自らの方式のアドバンテージをアピールしつつ、相手の方式の弱点を積極的に追求するようなアピールが続けられている。

携帯向けマルチメディア放送が目指すもの

 さて、アナログテレビ放送停波に伴う空き周波数の有効活用、有識者による懇談会を経て、総務省がまとめた方針など、携帯向けマルチメディア放送の大まかな背景はお分かりいただけただろうが、ユーザーの視点から見ると、やや疑問に感じられる部分がないわけではないだろう。

 たとえば、携帯電話で受信できる放送としては、すでに現在でも地上デジタル放送をベースにしたワンセグが広く普及しており、国内で販売される通常端末のほとんどに搭載されているほか、カーナビやメディアプレーヤー、電子辞書、ポータブルテレビなど、他のモバイル機器にも搭載されている。これだけ普及したワンセグというメディアがありながら、なぜ携帯向けマルチメディア放送が必要なのだろうか。

 ただ、少し視点を変えてみると、通常のテレビについても地上波、BS、CSがあり、BSやCSでは有料放送も存在する。少し形態は異なるが、CATVにも基本サービスのほかに、有料コンテンツが存在し、最近ではIPネットワークを利用したIPテレビサービスも登場している。つまり、ワンセグが地上デジタル放送とベースにした無料放送を前提としているのに対し、携帯向けマルチメディア放送は有料放送と無料放送の組み合わせが可能なものとなっている。

 また、ワンセグはあくまでも地上デジタル放送と同じ『放送』だ。データ放送なども提供されているものの、番組情報などの付加情報を提供しているに過ぎない。これに対し、携帯向けマルチメディア放送は、ニュースや天気予報、スポーツ中継といったリアルタイム放送だけでなく、交通情報や災害情報などの提供、電子教材などの教育や福祉、新聞や雑誌などを含む電子書籍配信、映画やドラマなどの蓄積視聴といったサービスを実現しようとしている。つまり、携帯向けマルチメディア放送は、画像や音声、データなど多様なデータを扱い、時間帯や容量に合わせ、柔軟なサービスを提供できる。言葉としては今どき、少々チープなイメージもあるが、その名の通り、「マルチメディア」な放送を目指しているわけだ。

 たとえば、現在のテレビやワンセグであれば、単純にリアルタイムで放送を視聴するしかないが、携帯向けマルチメディア放送では、視聴する人が少ない夜間にデータを放送波で流しておき、翌朝以降、受信した対応端末でデータを再生する「ファイルキャスティング」が利用できる。もし、それが映画やドラマ、電子書籍などの有料コンテンツであれば、データは放送波で受けておき、コンテンツのカギだけを携帯電話の通信のみで決済するといったことも可能になるだろう。特に、新聞や雑誌のように、現在でも多くの人に一斉に配布されているようなメディアは、放送波によるファイルキャスティングを利用することで、効率良く配布できるようになる。このファイルキャスティングに注目すると、対応端末もケータイやスマートフォンだけでなく、iPadのようなタブレット端末や電子書籍ビューアー、電子辞書、カーナビ、Wi-FiルーターのようなWi-Fi転送端末など、多彩な応用が考えられる。絶対的な母数はケータイが稼ぐことになるのだろうが、それ以上に多様な端末でのサービス提供が可能になるわけだ。

 さらに、MediaFLO陣営のみが規格化しているサービスだが、通常のファイルキャスティングとは別に、特定の端末のみに指定されたデータを配信する「IPデータキャスティング」も提供される。ファイルキャスティングがすべての対応端末に対して、一斉にデータが配信されるのに対し、特定のIPアドレスを持つ端末に対し、放送波を利用して、データを配信することが可能になる。たとえば、ユーザーがあらかじめ選んだコンテンツの最新情報を一定の間隔で受信できるため、株価情報や交通情報、天気予報などが提供しやすくなる。

 これらのことからもわかるように、携帯向けマルチメディア放送はその名の通りの『放送』サービスである一方、『通信』的な要素も多分に含まれており、今まで『放送』の概念だけでは解釈しきれない部分がある。同時に、放送と通信の要素を掛け合わせた新しいサービスを目指しているからこそ、今まで以上に選定が難しいという見方もできる。現在、1枠の免許を争っている両陣営には、携帯電話事業者と放送事業者、両業界の関連企業が数多く名を連ねており、それぞれに構成する企業の特徴を活かしたアピールが行なわれている。

mmbi陣営とメディアフロージャパン陣営の違い

 単なる放送、単なるケータイ向けだけでなく、さまざまな可能性、多様なモバイル機器にも応用できる新しいサービスとして、期待が寄せられる携帯向けマルチメディア放送だが、ここ数カ月、その進捗は急速に滞りつつある。それが前述の免許割り当ての「1枠」を巡る争いだ。

 当初、携帯向けマルチメディア放送は2011年以降のサービス開始を目指し、2010年半ばにも割り当てが決められるというスケジュールだった。無線免許を受け、放送設備を持つ受託事業者として、1~2事業者が想定されていた。ところが、今年2月に総務省が示した「207.5MHz以上222MHz以下の周波数を使用する特定基地局の開設に関する指針案」では、割当事業者が1事業者のみとされ、複数の事業者が申請をしたときは総務省が審査のうえ、1事業者を選定するとされた。

 この1事業者のみに割り当てようとした背景には、今回、割り当て可能な周波数帯域が14.5MHzとあまり広くなく、複数の事業者に割り当てると、1事業者あたりが利用できる帯域が狭くなるうえ、2事業者が似通った技術を使ってサービスを提供すると、インフラが二重に構築されてしまうことなどが勘案されたという。なおかつ、今回は申請する事業者が携帯電話事業者の2陣営に分かれているため、1台の端末では基本的に片方のサービスしか受信できず、結果的に「マルチメディア放送の事業者を選ぶこと=携帯電話事業者を選ぶこと」になってしまうことを避けようという考えもあるようだ。技術面については、mmbiが採用するISDN-Tmm方式も、メディアフロージャパンが採用するMediaFLO方式も技術基準を満たしており、どちらの方式も携帯向けマルチメディア放送に適しているとしている。

7月のWIRELESS JAPAN 2010のドコモブースで展示されていたISDB-Tmmのデモ電子書籍デバイスのような端末も

 では、この2つの方式は、具体的にどのように違うのだろうか。ここでは技術的な差異は割愛するが、それぞれの事業者の背景や今までのデモンストレーションの状況について、筆者の印象もまじえながら、紹介しよう。

 まず、放送方式については、前述の通り、mmbiが地上デジタル放送のISDB-T方式をベースにした「ISDB-Tmm方式」、メディアフロージャパンが採用するのは米クアルコムが開発し、米国でもサービスが提供されている「MediaFLO方式」となっている。技術的にはそれぞれに違う部分があるが、ともに変調方式にOFDM、映像コーデックにH.264/MPEG-4 AVCを採用するなど、似通っている部分もあるとされる。ただ、過去の公開説明会などでも何度となく指摘されてきたように、ISDB-Tmmは規格の策定が現在進行形であり、まだ見えない部分があるのに対し、MediaFLOはすでに米国で商用サービスの実績があり、国内でも沖縄のユビキタス特区での実証試験を実施するなど、実績面ではかなりリードしている。一般ユーザーが視聴したければ、場所は限定されるが、原宿のKDDI DESIGNING STUDIOでデモを体験することができる。もちろん、ISDB-Tmm方式も展示会や報道関係者向けのデモでは視聴できていたが、内容や場所が限定的で、今ひとつ説得力に欠けた印象が残る。

米国で商用化されているMediaFLO対応機種

 端末については、mmbi陣営は仕様策定中ということもあり、既存端末をベースにした試作レベルのものでデモが行なわれてきたが、メディアフロージャパン陣営は米国で商用サービスを提供していることもあり、通常のケータイをはじめ、専用受信機、クルマ用、iPhone用ジャケットタイプ端末など、多彩な端末でデモを行ってきた。

 また、エリアのカバーについては、両陣営のカラーが非常に色濃く出ている。NTTドコモのほか、フジテレビジョン、ニッポン放送、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、スカパーJSATなど、民放キー局などが株主に名を連ねているmmbi陣営は、東京スカイツリーから強力な電波を発射して、広いエリアをカバーする大規模局に、すき間部分を埋める中規模局やギャップフィラーを組み合わせ、コストを抑えながら、カバーしたいとしている。ある意味、既存の放送サービスの発想に近いアプローチと言えそうだ。

 これに対し、メディアフロージャパン陣営はコスト負担が増えるものの、携帯電話の基地局と同じように、中規模局を中心に構成し、屋外だけでなく、屋内の世帯カバーも考慮した精度の高いエリア計画を立てているという。KDDIと米クアルコムが出資していることもあり、通信的な発想で着実にエリアを構成していこうという考えだ。

 どちらが優れているという判断は一概にできないが、かつてワンセグケータイが登場したばかりの頃、ある技術者の方から「通信は電波が届かないとユーザーに怒られるし、キャリアも届くように努力をするけど、放送サービスは映らなくてもわざわざテレビ局がアンテナを立てに来ませんからね」と、通信と放送の電波の扱いの違いについて、説明を受けたことがあった。まさにそれに近いようなスタンスの違いが垣間見える。

 コスト面についても両者の考え方の違いが出ている。mmbi陣営はNTTドコモの山田隆持社長が、プレミアムコンテンツでは付加料金を設定できる可能性があるとするものの、「我々はBeeTVで、130万人のユーザーを獲得した経験から言うと、利用料金が安くないと、絶対に普及はしない。BeeTVの月額300円がひとつの目安になる」とコメントしたのに対し、メディアフロージャパンの増田和彦社長は「伝送するコンテンツの種類、サイズ、時間帯など、いろいろな要素があるのだから、料金体系もいろいろなものがあって然るべき。1000円のものもあれば、100円のもの、500円のもの、あるいはパッケージで1000円というコンテンツがあってもいい」とコメントしている。もちろん、ユーザーとしては利用料金が安いに越したことはない。その一方で、さまざまな活用例があることを考慮すれば、多様な料金体系が組めるようなサービスになっている方が望ましいのではないだろうか。

 さらに、このコストと密接に関わる委託事業者の負担についても開きがある。mmbi陣営は1セグメントあたり年額4.5億円、1MHzあたりでは年額10億円(5年契約)を想定しているのに対し、メディアフロージャパンは5年契約で1MHzあたり年額29億円、10年契約で1MHzあたり年額21億円と算定している。mmbiはメディアフロージャパンの料金が高額と指摘する一方、メディアフロージャパンは提供するサービスの形態次第で、もっと細かい単位での料金体系も考えられるだろうとしている。

 また、8月3日に開催された民主党議連の勉強会では、総務省側が、今回の携帯向けマルチメディア放送の委託放送事業者には、ベンチャーのような企業も参入して欲しいとコメントしていたが、年額で数億円の金額をベンチャー企業が簡単に計画できるものなのだろうか。たとえば、筆者はImpress Watch Videoの番組「ケータイしようぜ!」に出演しているが、仮に、この30分未満の番組を毎週、配信するために、1年で数億円レベルの事業計画が描けるかと言えば、「到底、不可能」と言わざるを得ない(番組のクオリティは別にして)。ただ、実際に30分程度の映像コンテンツであれば、携帯向けマルチメディア放送のファイルキャスティングで配信すると、もしかすると、ほんの数分で伝送できてしまうかもしれない。その場合でも億単位の料金が設定されるのであれば、「ベンチャーに参入して欲しい」などという発言は、残念ながら詭弁にしか聞こえない。今回の割り当ての選定が受託事業者を対象にしたもので、実際のビジネスモデルを描く委託事業者が考慮されていないことも関係しているのだろうが、審議のプロセスにおいても本当にベンチャー企業が「その気になる」ような内容を語るべきだったように感じられる。

割り当ての1枠を巡る争い

 それぞれに特徴を持つ2方式の携帯向けマルチメディア放送だが、前述のように、当初、予定されていた2010年半ばを過ぎても受託事業者が決まらない状況が続いている。

 こうした周波数割り当てに関する争いについては、UQコミュニケーションズとウィルコムに割り当てられた2.5GHz帯の免許争いを見てもわかるように、通信業界では過去にも競争した経緯があるのに対し、放送業界は免許割り当てのために争ったことがない。8月3日に行なわれた民主党の情報通信議連主催のワーキンググループにおいて、岸本周平衆院議員からも「今まで、放送業界では新しい技術が登場する度、赤字を出してもいいから、新規参入を防ぐように動いてきた」と指摘されていたが、確かに一般ユーザーの目から見ても放送業界には、あまり競争がないように見受けられる。だからこそ、今回のような「選べない」「選びきれない」事態を招いたという見方もできる。

ドコモ山田社長(8月3日の民主党議連勉強会にて)KDDI小野寺社長(8月3日の民主党議連勉強会にて)

 また、割り当ての1枠をどちらが勝ち取るのかという話題に対し、今年2月以降、不透明な噂も多く聞かれた。あくまでも噂レベルなので、真偽のほどは定かではないが、2.5GHz帯の免許取得時にKDDIが参画するUQコミュニケーションズが獲得したので、今回の携帯向けマルチメディア放送はNTTドコモが主導するmmbi陣営が獲得する順番だといった噂だ。本当に、こんな不透明な判断があってはならないわけだが、そういう噂が立ってしまうほど、ユーザーである国民には見えにくく、わかりにくい形で、審議が進められてしまった印象は否めない。総務省としては公開説明会などで、透明性を確保しようとしたのだろうが、岸本議員がワーキンググループ後の囲み取材で指摘したように、審議会という見えない場所で審議が進められたことは、ユーザーだけでなく、関係者にも必要以上の不信感を与えてしまったように見える。

民主党の岸本周平議員

 民主党の情報通信議連のワーキンググループでは、「本当に1枠に絞ることがいいのかどうか」という疑問が提示されるとともに、「本来なら、電波オークションでやっても良かったのではないか」といった意見も出された。携帯向けマルチメディア放送は、今までの放送サービスとも通信サービスとも異なる新しいジャンルのサービスになる可能性があるが、もし、与えた1枠がうまくサービスとして普及せず、失敗してしまえば、元も子もない。特に、携帯電話が関係する放送サービスについては、過去に「モバHO!」という苦い経験があるだけに、もっと慎重になるべきではないだろうか。

 さらに、通信行政という視点で見てみると、ユーザーとしては「その選択は正しかったのか?」と問いただしたくなる事例がいくつもある。たとえば、2.5GHz帯の免許割り当てではウィルコムの事業計画の内、資金面を不安視する声があったのにもかかわらず免許を割り当てたが、結局、XGP方式は資金難から本サービスがスタートせず、今年に入り、ソフトバンクがスポンサーとして、救済するという事態に陥った。2005年に実施された携帯電話事業への新規参入では、2GHz帯でアイピーモバイルに免許が与えられたが、同社は2007年に破産し、免許も返上されている。その後、アイピーモバイルに割り当てられていた周波数帯域は、TDD方式による技術的条件が審議でまとまったものの、今のところは何もサービスが提供されていない。

 すべての選択を成功させるのは難しいことかもしれないが、国民の貴重な共有資源である電波の利用方法を決めるのだから、官僚は責任を持って選ぶべきであり、なおかつ、その選択のプロセスと理由をもっと国民にわかりやすく開示していく必要があるだろう。特に、責任という部分については、ワーキンググループでも岸本議員が「役人は責任を取らないし、取れない。なぜなら、政策に間違いがあってもわかったときには、担当が変わっているからだ」と指摘していたが、どういう形であれ、官僚は政策や選択に責任を持つべきであり、失敗すれば、民間と同じように、きちんと責任を取ってもらいたいというのが国民の心情ではないだろうか。

 最終的に、携帯向けマルチメディア放送の割り当てが当初の予定通り、1枠になるのか、あるいは民主党議員が指摘するような2枠という落としどころに落ち着くのかはまだわからないが、ユーザーである国民が後に「あの選択は良かった」と納得できるように、誰にとってもわかりやすい形でまとまることを期待したい。

 



(法林岳之)

2010/8/10 14:35