法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」

テレビを変えるモバイルプラットフォーム

 1月6日から米国・ラスベガスで開催されている「2015 International CES」。今年はスマートフォンの新製品発表などがないため、モバイル関連は今ひとつ盛り上がりに欠けると言われているが、そんな中、モバイルと関わりの深いプラットフォームがテレビの在り方を大きく変えようとして、注目を集めている。

主要メーカーがスマートテレビ向けOS採用製品を出品

 改めて説明するまでもないが、International CESは「Consumer Electronics Show」という名前からもわかるように、コンシューマ家電の展示会だ。ただ、ひと口にコンシューマ家電と言っても洗濯機や冷蔵庫などの白物家電もあれば、コンピュータなどのIT関連もある。ここ数年のInternational CESではスマートフォンやタブレットが注目を集め、昨年はスマートウォッチをはじめとしたウェアラブル端末や自動車関連、今年はIoT(Internet of Things)と呼ばれる製品群が話題となっている。他の展示会と比べ、どちらかと言えば、IT色の強いInternational CESだが、出品される製品のバリエーションは今まで以上に拡がってきた印象だ。

 しかし、そんな中においても常にコンシューマ家電の主役であり、常に大きな存在感を示しているのがテレビ関連だ。なかでも今年は、主要テレビメーカーが相次いで、モバイルと関わりの深いプラットフォームを採用したスマートテレビを出品し、注目を集めている。『スマートテレビ』という言葉そのものはスマートフォンが注目を集めた数年前のInternational CESでも製品が登場したが、ユーザーにとってはまだメリットが見えにくく、各社ともあまり芳しい結果は得られなかった。

 これに対し、今回、出品されたスマートテレビは、スマートフォンなどで利用されてきたプラットフォームをベースにしており、コンテンツや他製品とのコネクティビティを確保することで、ユーザーにも「スマートフォンと同じようなことができそう」という環境を見せている。同時に、テレビの解像度が『UHD』とも呼ばれる4Kへの移行が進もうとしていることと相まって、今まで以上のリアリティを持って、スマートテレビが注目を集めているようだ。

モバイルプラットフォームを活かすスマートテレビ

 では、具体的にどんな製品が出てきたのだろうか。各製品の詳しい内容については、僚誌AV Watchの記事をぜひ参照していただきたいが、ここでは主要メーカーが出品した製品について、説明しよう。

画面下段にメニューが並び、中段にコンテンツのサムネイルが並ぶ形式

 まず、今回の2015 International CESで先陣を切ったのは、LG Electronicsだ。同社はすでに「webOS」と呼ばれるプラットフォームを採用したテレビを販売しており、今回は内容を「webOS 2.0」を搭載したモデルを発表した。このwebOSはモバイルにあまり関わりがないと考えられがちだが、実は1990年代後半にPDA「Palm」で高い人気を得たPalmが開発した「Palm webOS」の流れをくむプラットフォームで、2013年にLG ElectronicsがHPから事業を取得し、テレビのプラットフォームとして採用している。

リモコン中央にはマウスのようなホイールを装備
LG ElectronicsはwebOS 2.0を採用。

 次に、シャープは同社の液晶テレビ「AQUOS」で、Googleが開発した「Android TV」を採用したモデル2機種を2015年に投入することを発表した。Android TVは2014年6月にGoogle I/Oで発表されたもので、Android 5.0(Lolipop)をベースに、TV向けのAPIなどを実装し、Chromeブラウザを組み合わせたプラットフォームとなっている。Google Playからのアプリのインストールや音声検索など、Androidスマートフォンとほぼ同じような使い勝手をテレビ上で実現する。

シャープはAndroid TVを採用。コンテンツのサムネイルが並ぶホーム画面
米国向けに販売される「UE30」でAndroid TVを採用。60インチ、70インチ、80インチをラインアップ
タッチパッドを備えたシンプルなリモコンを採用

 同じくAndroid TVを採用するのがソニーのBRAVIAだ。2機種のみを投入するシャープに対し、ソニーはGoogle I/OでAndroid TVが発表された段階で、2015年から同社製テレビにAndroid TVを全面採用することを表明しており、今回も4K対応モデルやフルHD対応モデルなど、Android TVを採用したモデルを数多く発表している。タッチパッドを備えたリモコンでの操作が可能で、リモコンに話しかけての音声検索や音声操作などにも対応する。現在、外付けタイプが販売されている「Chromecast」と同等の機能も標準で実装されている。

ソニーは2015年に北米向けに発売するモデルで、全面的にAndroid TVを採用。
プレスカンファレンスではワンフリックでコンテンツを楽しめる快適な操作性がアピールされた
4K対応のコンテンツを扱うため、新たにMediaTekと共同で開発したX1 Processorを搭載。

 そして、VIERAブランドのテレビをラインアップするパナソニックは、Mozilla Foundationが開発した「Firefox OS」を搭載した4Kテレビを発表した。Firefox OSと言えば、auがFirefox OSを搭載したスマートフォン「Fx0」を発売したばかりだが、基本的には同じ流れをくむプラットフォームで、アプリなどのユーザーインターフェイスも円を基調としたデザインで表現されている。

パナソニックはFirefox OSを採用。スマートフォン向けと同様に、アプリのアイコンなどを円で表わすデザイン
パナソニックのプレスカンファレンスでは、auのFx0発表時にも来日したMozilla CTOのAndreas Gal氏のビデオレターによるメッセージが披露された
Tizen搭載テレビのアプリケーション一覧画面

 最後に、北米をはじめ、世界各国でテレビ事業を展開するサムスンは、「Tizen」を採用したスマートテレビを発表した。Tizenと言えば、昨年と一昨年、AndroidとiOSに代わる「第3のOS」として注目を集めたLinuxベースのプラットフォームで、NECやPanasonic、NTTドコモなどが開発していた「LiMo」、インテルなどが開発を進めていた「MeeGo」など、多くのLinux系プラットフォームが合流したことで、幅広い環境への普及が期待されていた。しかし、NTTドコモが昨年1月、Tizen搭載端末の発表直前で採用を取りやめ、その後はサムスンのウェアラブル端末に採用されるに留まってしまっていた。他社がそれぞれ異なるプラットフォームをスマートテレビに採用する中、サムスンがどう動くのかが注目されていたが、自らがもっとも関わりの深いプラットフォームを採用したことになる。Tizen搭載テレビで少しユニークなのは、スマートフォン向けでもおなじみの「Playstation Now」に対応していることが挙げられる。つまり、同社のTizen搭載スマートテレビを購入すれば、ハードウェアなどを追加せずに(コントローラーなどは必要だが……)プレイステーションのゲームを楽しめることになる。

サムスンはもっとも関わりの深いTizenを採用

スマートテレビがプラットフォームを求めたのは

 今回の2015 International CESで主要テレビメーカーが揃って、モバイルと関わりの深いプラットフォームを採用したテレビを出品したが、なぜ、このタイミングでテレビがこうしたプラットフォームを求めているのだろうか。

 まず、最初に考えられるのがスマートテレビのスマートたる部分をもっとも簡単に実現しやすいことが挙げられる。たとえば、これまでのテレビであれば、テレビ放送を見ることが本来の用途であり、日本で言えば、外部入出力端子にビデオデッキやレコーダーなどを接続してきた。放送波そのものも地上デジタル放送、BS/CSなどの衛星放送に限られていて、大きな転換があったのは2012年にアナログ波を停波した地上デジタル放送くらいだ。これに対し、米国などのテレビ放送は、番組制作と放送ネットワークが切り離されているうえ、ケーブルテレビも広く普及しているため、非常にチャンネル数が多い。これに加え、Netflixのようなビデオ・オン・デマンドサービスが数多く提供されており、多様なスタイルでテレビを楽しむことができる。そのため、「テレビを付ける」「チャンネルを選ぶ」といった単純な視聴スタイルだけでなく、見たい番組やコンテンツを検索して、視聴するといったスタイルも確立している。

 ただ、インターネット経由などで利用できるビデオサービスは、それこそスマートフォンで展開されるネットサービスと同じように、次々と新しいサービスが登場する。こうした状況に対し、これまでは各サービスプロバイダが専用のセットトップボックスなどを提供したり、ある一定時期から販売されるテレビに機能を追加することで、対応してきた。

 しかし、スマートフォンのプラットフォームをベースにした環境を採用することにより、スマートフォンと同じように、アプリを追加することで、次々と登場する新しいネットサービスに対応したり、機能を追加できるようになる。言わば、かつてのフィーチャーフォンがスマートフォンに置き換わったように、テレビも組み込み型の仕様が決まった製品からオープンなスマートテレビに移行しようというわけだ。

 特に、現在のように、視聴者のニーズが細分化、ロングテール化している状況を鑑みると、決められたチャンネルのみを視聴するスタイルはユーザーに支持されなくなることが確実視されている。たとえば、2020年に開催される東京オリンピックにおいて、ややマイナーな競技をテレビで視聴しようとしても現在のシステムではチャンネル数が限られているため、リアルタイムでは視聴できないだろうが、Ustreamのようなネット中継のしくみが利用できれば、中継設備などの手間があるものの、テレビでも簡単に視聴できる環境が整うことになる。

 また、実際の使い勝手の面でもアドバンテージがある。今や私たちは何か知りたいことがあるとき、すぐにインターネットを検索するが、ここ数年で音声検索の質が向上したことで、多くの人が音声検索を当たり前のように使うようになってきた。

 ところが、従来のテレビでは番組表で何かを検索するとき、画面に表示された『テレビ仕様』のソフトウェアキーボードを使い、テンキーやカーソルキーを駆使しながら、番組名やチーム名、アーティスト名、人名などを入力しなければならない。これに対し、今回出品されたスマートテレビであれば、スマートフォンをベースにしたプラットフォームを採用しているため、リモコンに備えられたマイクを使い、音声入力で検索することもできれば、検索内容も番組だけでなく、インターネット上や他のサービスプロバイダが提供するサービス内の関連情報なども自由に調べることが可能だ。最終的には各社の製品及びプラットフォーム次第だが、番組に関連する情報を検索するだけでなく、ニュースや天気予報、スポーツに関連する情報などもテレビの大きな画面で調べたり、確認することができる。テレビのリモコンを手に持ち、「今日の千代田区の天気を教えて」と話せば、スマートフォンで使っているGoogleの音声検索と同じような内容が表示されるわけだ。

 さらに、今回の各社の発表やプレゼンテーションで使われていた「4K Streaming」というキーワードも関係する。4K対応テレビについては、これまでも製品が発表され、販売されてきたが、対応コンテンツが少ないうえ、ユーザーにコンテンツを届ける手段も限られていた。たとえば、国内でも4Kの試験放送が行なわれているが、衛星放送のスカパープレミアムサービスを利用したものであり、地上波での4K放送は今のところ、検討されていない。ところが、昨年あたりから4K対応のコンテンツも増え始め、米Netflixや米Amazonなどが4K対応コンテンツのストリーミング配信を開始しており、今回出品されたスマートテレビはこれらのサービスにも対応する。国内でも4Kのストリーミングサービスがいくつかスタートしている。数十Mbpsの回線速度が必要になるが、放送波という限られた帯域で4K対応コンテンツを放送するより、インターネット経由でストリーミング配信をする方が効率も良く、ユーザーの幅広いニーズに応えやすい。同時に、4K対応コンテンツを扱うとなれば、従来のテレビよりも高いパフォーマンスが得られるチップセットが必要になるため、スマートフォンをベースにしたプラットフォームも採用しやすくなるわけだ。

 そして、もうひとつ見逃せないが今回の2015 International CESでも注目されている「IoT(Internet of Things)」の存在が挙げられる。IoTはさまざまなものをインターネットを介して接続することで、相互に情報をやり取りする製品やサービスを指すと言われているが、ユーザー自身にとってはまだ今ひとつピンと来ないかもしれない。かく言う筆者自身も同じレベルの理解だが、今回の2015 International CESで、米クアルコムが出品していたデモを例に挙げて、説明しよう。

 そのデモでは、あるユーザーが医者から渡されたIoT対応ピルケース(薬入れ)を持っていて、決められた時間に薬を飲まなかったとき、医療機関に情報が通知され、それを受けた医療機関がユーザーにきちんと薬を飲むようにユーザー宅のテレビの画面にメッセージを表示するという内容を見せていた。その後、薬を飲まない状態を続けていると、今度はユーザー宅の室内灯が点滅し、さらに注意を促すというオチまであったのだが、ここで大切なのが「ユーザー宅のテレビの画面にメッセージを表示する」という部分だ。

 当然、これまでの組込型、かつ拡張性のないテレビであれば、こういったIoTを利用した新しいサービスが登場しても、ある時期まで対応することができないうえ、相互接続性も動作保証などの問題が残るため、なかなか対応しない状況が続くことが十分に考えられる。しかし、スマートフォンのプラットフォームをベースにした環境であれば、スマートフォンと同じようにある程度、自由に拡張できるため、こうした通知メッセージの表示なども実装しやすく、コントロールもしやすい。特に、IoTのように多様な製品やサービスが登場してくることを考えると、柔軟性の高いシステムを採用したテレビが望ましいわけだ。

相互作用で進化するスマートフォンとスマートテレビ

 スマートフォンやケータイのユーザーにとって、これまでテレビは単なる番組を見るものでしかなく、Miracastなどの機能を使い、スマートフォンの画面をテレビに映し出す程度の活用しか現実的ではなかった。しかし、スマートフォンなどで育まれてきたプラットフォームがテレビに搭載されることで、スマートフォンと同じような感覚で便利にテレビが活用できるようになり、同時にスマートテレビに対応したコンテンツやサービスが充実してくることで、スマートフォンとの連携も一段と深くなり、よりシームレスに使いやすい環境が育ってくることが期待される。スマートフォンが成熟した今だからこそ、今回の各社の発表は重要なターニングポイントになるのかもしれない。

 もちろん、モバイルプラットフォームを活かしたテレビにも課題は多い。テレビを視聴中に、再起動がかかったり、製品のライフサイクルが長いテレビで、プラットフォームのバージョンアップなどはどうするのかなど、気になることはたくさんある。しかし、今回の各社のスマートテレビは、それを補って余り有るポテンシャルを持っており、テレビそのものの在り方を大きく変えてしまう可能性を秘めている。

 かつて、モバイルの世界ではフィーチャーフォンからスマートフォンへ、大きく舵を切り、業界そのものを大きく変えることになったが、今度はモバイルのプラットフォームがテレビの世界を大きく変えることになるかもしれない。今後の各社の動向をぜひチェックしておきたい。

法林岳之

1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 8.1」「できるポケット docomo AQUOS PHONE ZETA SH-06E スマートに使いこなす基本&活用ワザ 150」「できるポケット+ GALAXY Note 3 SC-01F」「できるポケット docomo iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット au iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット+ G2 L-01F」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはこちらImpress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。