ケータイと電波

KDDI総研 菊池紳一
(株)KDDI総研 顧問。ここ何年か休みの折など時間を見つけては美術館や博物館に出かけている。本物は時代を超えて存在するものであることをいつも思わせてくれる。


 今の時代、全然意識しない方も多いのだろうが、「いつでも」「どこでも(どこへでも)」「誰でも(誰とでも)」「何でも」という言葉は、未来の情報社会のキャッチフレーズだった。ハンディ型ケータイの登場から約四半世紀、情報通信技術(ICT)の進歩は加速度を増して進んでいる。

 最初の3つは「ユビキタス」社会として定着し、4つ目の「何でも」も、テレポートはまだSFの世界の専売特許だが、デジタルコンテンツの領域では確実に未来の扉を開きつつある。とはいえ、現実世界では、スマートフォンのブレークにより、インターネットアクセス・ビデオコンテンツ利用がトラフィックデータを急激に増加させてきており、米国では、連邦通信委員会(FCC)が2010年3月に公表した「National Broadband Plan(NBP)」の中で、北米におけるモバイルデータトラフィックの伸びは2009年から2014年で20数倍から40数倍と予測している。

 また、日本でも2010年11月の総務省「ワイヤレスブロードバンド実現のための周波数検討WG」のまとめによると、2007年から2017年で第3.9世代移動通信システムの導入によるトラフィックの伸びを約200倍と推計している。

 こうしたモバイルデータトラフィックの急増は、主潮流であるスマートフォンやタブレット端末の急速な普及と表裏一体と見ることができるし、互いに関連し合って、取り扱うコンテンツの情報量を増加させ続けている。そして利用主体においても「マシンtoマシン(M2M)」の分野へと拡大しつつある。

 ケータイは電波を利用し、電波はルールに則り使用しない場合には他への干渉妨害を引き起こすという排他的な性質を有することもあって「有限な資源」といわれている。急増するモバイルデータトラフィックに対応し、ストレスを感じることなくケータイを使えるようにするためには、大容量コンテンツを扱えるより高度化されたケータイシステムの導入や周波数の再編を含み利用できる新たな電波を捻出することなどが必要となってくるが、どんな対応がなされているのだろうか? 世界を見渡すと、ブロードバンドをいつまでにどの程度普及させるか、という国家的プロジェクトの中で、この電波の課題が位置づけられ、必要な取組みがなされてきている。

 米国では、2020年に1億世帯が下り100Mbps以上、上り50Mbps以上のブロードバンドを利用可能とすることなどを柱とする「NBP」の中で、2020年までに無線ブロードバンド用に500MHz幅の周波数の追加割当を勧告し、うち300MHz幅はモバイル向けとして2015年までに割当てを実施することとしており、また、周波数を自主的に返還する免許人に対して周波数オークション収益の一部を還元するインセンティブオークションの導入や連邦政府の利用周波数についてもブロードバンド用に再割当対象とすることを予定し、実現のための手順策定や再割当可能性評価などに取り組んでいる。ホワイトハウスは2011年2月、これらを支持する内容となるオバマ大統領の提唱する「National Wireless Initiative」に関するファクトシートを公表している。

 EUでは、2010年5月に策定された「A Digital Agenda for Europe」において、2013年までに全市民がブロードバンドを利用可能とし、2020年までに全市民が30Mbps以上のブロードバンドを利用可能、50%以上の世帯が100Mbps以上のブロードバンドに加入可能とするEU域内の超高速インターネット実現に向けて、周波数政策計画の立案や調和のとれた周波数割当てによる目標達成のための加盟各国の政策実施を掲げており、EU各国政府はこのデジタルアジェンダに基づいて各国事情に沿った実現計画を進めている。

 例えば英国では、2010年12月に公表された「Britain's Superfast Broadband Future」によると、次世代技術を採用したモバイルサービスの周波数利用の加速化や次の10年間において5GHz以下で500MHz幅の無線ブロードバンド用の周波数確保計画の検討が進められている。

 日本では、総務省が2010年8月に「光の道」構想を公表し、2015年頃を目途に、すべての世帯におけるブロードバンド利用の実現を目標とすることとし、この中で無線ブロードバンドにも一定の代替的役割を期待し、2015年に300MHz幅以上、2020年に1500MHz幅以上の周波数確保に取り組むとしている。

 国際連合の機関として電気通信を所管する国際電気通信連合(ITU)においても移動通信システムの標準化や必要な周波数の割当が実施されてきている。2007年10月~11月に開催された世界無線通信会議(WRC-07)においては、第3及び第4世代移動通信システム(IMT)に使用する新たな周波数確保の議題に関し、計428MHz幅が確保され、加盟各国が使用したい周波数でIMTを実現することとされた。2010年10月には第4世代移動通信方式として「LTE-Advanced」と「WirelessMAN-Advanced」の2つが決定。「LTE-Advanced」は既に実用が開始された「LTE(Long Term Evolution)」を、「WirelessMAN-Advanced」は「WiMAX」を発展させたいずれも次世代の方式だ。

 無線を含むブロードバンドに関する国家的プロジェクトにおいて、各国ではICT利活用の課題にも積極的に取組みがなされており、社会レベルにおいて教育、健康・医療、環境などの分野が注目されてきているし、安心・安全という視点からもICT利活用は重要な課題となっている。また、個人レベルにおいても蓄積・カスタマイズされた情報による行動支援という側面で変化がもたらされてきている。こうした多面にわたる質的・量的変化の傾向はより強まっていくことだろう。同時に電波の果たす役割も一段と大きくなり、個別・単独での使われ方から、シームレスに互いに連携しあう使われ方へと変遷していくものと思われる。

 ケータイの電波はそうした変化の主役であるが故に、みんなにとって「ケータイと電波」を今一度考えてみる機会になれば、と思っている。

(菊池紳一)

2011/3/30 06:00