世界のケータイ事情

木に化ける基地局

 YouTubeなどに日本の街並みを撮影した動画が投稿されると、時に外国の方などから「日本の街は電柱や電線が多い」という感想が付いたりする。さほど足繁く海外へ行っているわけではないが、振り返って見ると、確かにヨーロッパの街中から見上げた空に電線は少なかった気がする。詳しいことはよく分からないが、街の風景から電柱や電線を無くすのは容易いことではないらしい。だが、「違和感を減らして目立たなくさせる」のであれば、そのハードルも少しは下がるだろう。

 さて、街の景観という観点で見たとき、電柱とよく似た立場に置かれるのが、携帯電話の基地局である。基地局にも色々な形状があるが、大きいものは、高さ30メートル近い鉄塔になる。これが閑静な住宅街や自然公園の森の中にドンと立っていたら、やはり違和感はある。自治体によっては景観条例に抵触するかもしれない。そこで携帯キャリア各社は、コンプライアンスのため、あるいはCSR活動の一環として、基地局をそこにあってもおかしくないものに「カモフラージュ」するのだ。

 よくあるのは「木に似せる」こと。例えば、カナダの携帯電話事業者Bell Mobilityの場合はこんな感じだ。

 遠目には、まっすぐに伸びる針葉樹の巨木にしか見えない。但し、ロッキー山脈ならともかく、アリゾナの砂漠のど真ん中に針葉樹が立っているのは別の意味でおかしいので、その場合はやたらと巨大なサボテンに扮装する。さらにフロリダに行けば、これが椰子の木に代わる。あくまで「そこにあってもおかしくないもの」にカモフラージュするので、土地柄には合わせる必要があるのだ。このような木に見せかけた基地局は「Cell Tower Tree」などと呼ばれる。

 基地局が化けるのは木だけではない。こうしたCell Tower Treeの写真を集めたサイトを眺めていると、基地局は、国旗掲揚のポールになってみたり、教会や給水塔の一部に紛れてみたり、芸術的なモニュメントになってみたりもしている。何とも多芸だ。

 さて、そんなCell Tower Treeだが、テキサスではちょっと恐ろしい事件を引き起こした。椰子の木に扮した基地局が強風で折れて、走行中の乗用車を直撃したのだ。勿論、本当の樹木であっても起こり得るだろうし、危険には変わりないが、ましてや鉄の塊が落ちてきたらたまったものではない。ドライバーは幸い軽傷で済んだようだが、いくら繕っても、やはり本質は鉄塔なのだと思い知らされる。

 最後に、こうした携帯キャリアの努力と真逆の方向を突っ走ってしまった事例を紹介しよう。

 ひとつは、アメリカ最大の通信事業者AT&T。無線部門は頑張って基地局をカモフラージュしているというのに、固定通信部門は、冷蔵庫サイズの屋外機器をサンフランシスコの路上にむき出しで設置したため、環境保護団体に訴えられてしまった。訴訟にまで至ったのは、市が定める環境レビューを特別に免除してもらった背景があったりもするのだが、それだけではない。この機器はそのままでもかなり違和感を醸し出すが、どうも要らぬ落書きまで誘ってしまうらしい。おかげで、とてつもなく汚い物体になってしまったのだ。第1審では環境保護団体が勝ったようだが、まだ最終決着はついていない(参考:San Francisco Beautifulの記事)。

 もうひとつはアメリカのケーブルテレビ事業者Comcast。彼らも、AT&Tと同じような冷蔵庫サイズの屋外機器を、ワシントンD.C.郊外の高級住宅地ジョージタウンでも歴史的な建物の残る通りに設置して、住民から批判を浴びた。こちらは、その後の話し合いによって撤去が決まった。埋設型の機器に変えるそうだ(参考:Georgetown Patchの記事)。

 そう簡単なことではないだろうが、サンフランシスコの落書き塗れの機器の姿を見ると、景観と調和することは、サービスのひとつの側面として大切なものだと思わされる。

KDDI総研 堺原いずみ

(株)KDDI総研 調査1部 海外市場・政策グループ。米国通信市場の動向調査を担当。北米ソノラ砂漠に生息する世界最大級のサボテンは高さ20m超とのこと。確かに基地局に化けても違和感はないが、碌々雨も降らない地でかくも巨大な植物が育つとは。図らずも、自然の力強さを痛感した。