世界のケータイ事情

米国の超私的テレビ事情

 筆者は日頃、仕事で米国のCATVやOTTなど、TVサービスの市場動向をウォッチしている。しかし、実際に米国でTVを観ているわけではないため、実情はどうなのか、超私的に米国在住の友人たちに訊いてみた。米国滞在経験のある方々にとっては旧聞に属するが、お許し願いたい。

 米国にはいわゆる4大ネットワーク(ABC、CBS、NBC、FOX)等の地上波放送があるが、これらも有料放送のパッケージで配信されることも多い。したがって、有料のCATVや衛星TVに契約する家庭が多く、契約世帯数は全米のほぼ9割にのぼる。

 CATVといえば、ComcastやTime Warner Cableなどが知られているが、これらはチャンネル数も多く(多すぎて観たくないチャンネルまでパッケージされると評判が悪い)、それゆえ料金も割高である。顧客サービスもいまひとつとの話も聞く。

 そこへ2009年、Netflixが登場する。自前の放送・伝送設備を持たず、通信会社やCATVのブロードバンド回線を利用して映像を配信する、オンライン映像事業者(OTTと呼ばれる)だ。料金は月額10ドル以下とリーズナブルなため(CATVの契約は、電話やインターネットも含まれるとはいえ、数十ドルから100ドル以上である)、CATV等を解約して(ケーブルを切るという意味で、コードカットと称される)Netflixを契約する利用者もいる。

 オンライン映像配信は、スポーツやニュースなどリアルタイムのコンテンツが弱いという弱点はあるものの、最近ではオリジナルドラマを意欲的に制作し、人気を博している。ヒット作を一挙に放映するので、視聴者はその魅力に勝てず一度にシリーズ全話を観てしまうと言い、Binge-watching(bingeには大酒を浴びるように飲むという意味もある)という言葉まで流行した。昨年9月に日本に進出したのも記憶に新しい。

 Netflixの加入者は、2015年末の時点で全米で4300万(全世界では7500万)を数え、CATV最大手Comcastの2500万を抑えて堂々の1位。人口の15%を占めるわけだから、米国では誰もが見ているという感じなのか……。

 と思いきや、甚だ私的な話で恐縮であるが、米国人の友人数人に尋ねてみたところ、Netflixを契約している人はいなかった……。筆者の友人の年齢層が高いということもあるのだろうか。「Netflixって知ってる?」と訊くと、「もちろん知ってる。でも、契約してない」みたいな感じである。

 アメリカ人男性と結婚し、LA在住20年の友人S子(日本人)にも尋ねてみた。S子夫婦は大手通信会社Verizonの電話、インターネット、携帯、TVのパッケージを利用し、Netflixは契約していないと言う。しかし、映画やドラマ好きの彼女は、Netflixのドラマのファンで、特にエミー賞も受賞した政治サスペンスドラマ“House of Cards”が大好き、主演のKevin Spaceyも大好きだそうだ(Netflixとの契約はしていないので、これはVerizonのビデオオンデマンドサービスで全シリーズ購入して視聴したそうだ)。

 ちなみにNetflixは、視聴者の行動(コンテンツの再生回数、巻き戻しや停止した箇所、視聴率が高い俳優や監督など)をデータとして蓄積し、それに基づいてドラマを制作すると言われている。サスペンスもの、政治もの、Kevin Spaceyの視聴率が高いなどの条件を網羅したのが“House of Cards”だ。ヒットは必然なのである。

 他にも親しい米国人家庭(シアトル近郊)を訪ねた折に訊いてみたところ、Comcastと契約し、TV、電話、携帯、ブロードバンドのパッケージだった。しかも、ホームセキュリティまでComcast(XFinity Home)で、タブレット端末のようなものが玄関に置いてあり、玄関ドアやバックドアが開く度ピンポンと緊張感のない音が鳴り、タブレットに開いたドアの場所が表示されていた。そもそもTVはニュースとアメフトとカーレースくらいだし、Netflixは全く出る幕がない。

Comcastのホームセキュリティサービス加入を示す看板(玄関前の庭にさして立ててある)
Comcastのホームセキュリティ用端末

 とはいうものの、昨今の米国メディアでは、Netflixのみならずブロードバンド回線経由での映像視聴について、盛んに取り沙汰されている。

「Go90」の広告(Verizon HPより)

 昨秋、Verizonがモバイル端末で、無料(広告付き)の映像視聴ができる「Go90」(映像を観るためにスマホを90度回転させることからネーミング)というサービスを始めて話題になった。ある調査によると、既に昨年末時点で200万加入を得たという。AT&Tも今年中に同様のサービスを始めると発表した。

 日本では通勤電車の中でスマホをいじるのは日常茶飯事で、ゲームをする人も多いし、映像を観ている人もよく見かける。日本は電車通勤が多く長時間乗るので、いい時間つぶしになると思うが、筆者が知る米国はクルマ社会であり、スマホで動画など観る場面などないのでは、と勝手に思っていた。

 そこで、前述S子だが、携帯はVerizonだそうだから「Go90ってどう?」と訊いてみた。彼女は「Go90? 聞いたことない」と言い、ご主人にわざわざ契約がないことを確認してくれた。若者をターゲットにしているサービスではあるようだが。

 たまたま今回、若い人と話ができなかったので、S子が教えてくれた新聞記事(3月23日付Los Angeles Times)を引用する。

――会計事務所デロイトの調査結果では、米国人の70%が一度に平均5エピソードを一気に視聴し(Binge-watching!)、35%のミレニアル世代(18~34歳くらいまでの若者層)はそれを1週間に一度のペースで行う――

 やはりネット動画視聴を牽引していたのは若者だったのだ。しかも、若者たちはただ一気に観ているわけではなく、何と9割が視聴しながらネットサーフィン、SNS、メールチェックを同時に行っていると言う。今どきのクールな若者と親しくなるには、ネット動画視聴とソーシャルネットワークにかける時間を増やすこと、というのが記事の結論であった。

 しかし、この記事からも、若者にとって携帯はTV視聴というよりもSNSの道具であるように推測されるのだが……。今度渡米する機会があったら、積極的に若者に事情聴取をしてみたくなった。

 筆者は米国の映像市場のニュース記事を一生懸命追いかけてはいるが、実際にドラマなどは観ていない。前述S子のご主人は“Game of Thrones”が好きでPCで視聴し、別の友人(米国滞在経験あり、東京在住)は“Walking Dead”にはまって徹夜で一気に観た(Binge-watching!)と言う。先日久しぶりに妹に会ったら“Downton Abbey”(現在NHKでも放映中)は面白過ぎると言っていた。みんなお気に入りのドラマを持っている。

 筆者もこの春ははまるドラマを探して、楽しく(?)米国映像市場をウォッチしたいと思っている。