【英国大使館 ビジネスフォーラム インタビュー】

「企業が嘘をつけない時代」~Ustwoの考えるソーシャル戦略とは


 2011年の国内IT業界を語る上で、絶対に欠かせないキーワードと言えば「スマートフォン」だ。これまでもアップルのiPhoneが大きな存在感を示していたが、2010年末ごろからはAndroidが急速に台頭。今や、フィーチャーフォンを押しやるほどの勢力となっている。

 そしてもう1つのキーワードが「ソーシャルメディア」だろう。2008年4月にはすでにTwitterのパソコン向けサービスが日本語版で開始されていたものの、以後、段階的にモバイル対応を拡大。テレビや雑誌で取りあげられるようになり、一般ユーザーにも少しずつ認知を広げていった。

 世界を見れば、極めつけは2011年初頭の“アラブの春”。北アフリカ・中東での反政府運動を影から支えたインフラがTwitter、そしてFacebookといったソーシャルメディアであることが広く知られるようになり、その潜在能力を改めて示した。一方の日本でも、東日本大震災で大いに活用された。

 このように、ハードウェア、ソフトウェアの両面で激変しているモバイル市場だが、そこでのビジネス展開は今後どのような形になっていくのだろうか。そして、どう向き合っていくべきなのだろうか。今回は、英国貿易投資総省主催のビジネスフォーラムのために来日した英Ustwo社 ビジネス・ディベロップメント・ダイレクターのジュリアン・エアハート氏に話を伺った。

Ustwo社のジュリアン・エアハート氏

キャンペーンゼロでダウンロード500万件達成、これがソーシャルの実力

 エアハート氏がボードメンバーとして在籍するUstwo社は、デジタル系のデザインスタジオ。デジタル機器のユーザーインターフェイスの開発やデザイン実務を手がけるだけでなく、スマートフォン向けアプリそのものの開発も行う。従業員は約100名ほどだが、顧客の多くは、国際規模で展開する大企業だという。

 エアハート氏が最近の開発実績として示したのは、日本向け展開でも知られる国際服飾ブランド「H&M」との提携だ。同ブランドのソーシャルメディア戦略に携わるほか、スマートフォン向けアプリの開発も担当。ダウンロード件数はiPhone版が400万、Android版も100万件を達成しているという。

 エアハート氏は強調する。「これだけのダウンロード数を達成できたが、マーケティングキャンペーンは一切やっていない。すべてはカスタマー間のコミュニケーションで広まっていったことになる。」

 エアハート氏は、商品PRにモバイルやソーシャルメディアを活用することで、マスメディアでのCMや広告といった従来型マーケティングは行わなくても済む段階へ到達したと断言する。「もう実際に、500万人ものカスタマーのポケットを(独自チャネルで)狙えるんです」と、机上の空論ではないことを重ねて強調した。

 このH&Mのアプリには、洋服カタログのほか、掲載内容をメール、Twitter、Facebookなどで共有できるシェア機能を搭載。ソーシャル的な機能が完全に統合済みだ。今後は、アプリからの直接販売、いわゆるeコマースやモバイルコマースにもチャレンジしたいという。

 ただし、オンライン販売の実現のためにはH&M自身が物流設備を構築しなければならない。エアハート氏は「まずはカスタマーとのエンゲージメント(接触、関わり)をアプリで醸成していきながら、同時に物流プラットフォームの完成を目指したい。100万ポンドも投資していただいたのだから、いずれは1週間で100万ポンドの売上げを得られるようにならないと」と、ジョークを交えつつも、強い決意を示した。


顧客の声を聞き、“エンゲージメント”を醸成せよ

 エアハート氏は、スタジオ全体で常日頃から心がけていることとして「お客様との真のエンゲージメント」を挙げた。このエンゲージメントという言葉は、約40分のインタビューの中で度々口にしていたが、その言葉が意味するところは何なのだろうか。

 「例えばコカ・コーラでは、CMなどを通じて『爽やか』といった好印象を顧客に与えるために、さまざまなコンセプトを立てて、時にはちょっと変わった手法をとる。でも、基本的にはそれだけ。顧客は(メッセージを受け取りはするものの)エンゲージメントを感じることはない」(エアハート氏)。この手法はメディアから顧客への情報伝達としては一般的だが、一方通行とも言える。エアハート氏はこの手法を、ニューヨークにある広告業者の集積地の名前になぞらえて「マディソン・アベニュー型」と評した。

 対してエアハート氏は「カスタマーと繋がって、彼らの声を聞き、話をする。時には彼らの声を代弁する、あるいは潜在ニーズを分析してそれを叶えるアプリを作る。そうしたことを何回も繰り返していくことで、エンゲージメント、繋がりを深めていくことが重要」との観点を示す。つまり顧客との継続的な対話で、円満な関係を築くことがUstwo社の本分だとした。エアハート氏が語る“エンゲージメント”を強引に日本語訳するなら、“絆”あるいは“信頼感”という言葉が適当だろうか。

 しかし、顧客の声に耳を傾けると一口にいっても、企業側からしてみれば耳の痛い話を突きつけられることもあるだろう。ただ、それでもエアハート氏は「いまやそれがルールになっている。国際的に成功している企業は、“聞く”ということを真剣にやっている。Twitterやヴァージン アトランティック航空はそのいい例だろう」と語る。一方通行での発信ばかりを行う企業は、現在にあっては、将来の見通しも暗いと断じる。

 不満を抱えた顧客が、企業に対してそのメッセージを伝えてきたなら、企業はそれに対して真剣に答える。あるいは企業自ら手をさしのべることによって、その顧客が一転してファンになる可能性はある。さらにソーシャルメディアが発展した現代においては、その対応の良さが一気に広まりもする―─。エアハート氏は、リスクはもちろんあると認めながらも、ソーシャル時代にはそうしたチャンスも多いとした。


ソーシャルメディアの登場により、もはや企業は嘘をつけない

 ソーシャルメディアの普及著しい時代とはいえ、特に日本においてはテレビ番組で取りあげられたり、テレビCMを放送したりすることによる経済波及効果はいまだ大きいように思える。対して、エアハート氏は「私はマーケティングという言葉はあまり好きではない」「従来型マーケティングはいずれ死にゆく」とも語り、ソーシャルメディアを中心とした世界への大胆な転換を予測する。

 もちろんエアハート氏自身も、現段階においては英国でも従来型マーケティングが一定規模で存在すると指摘する。しかし同時に「間違いなく言える事実として、企業が嘘をつけない時代になっているのではないか」と説明する。

 一例として同氏が挙げたのが、タバコだ。「タバコのCMで雄大な風景や素敵なライフスタイルをいくら映したとしても、事実としてタバコは健康に害を与える。CMと現実のギャップは、まさしく嘘であり、結果としてCMの放送が法的に規制された」と説明する。

 エアハート氏は「ソーシャルメディアが登場したことによって、真実しか語れなくなった。でも、これはいいことだと思う。例えば映画館に行った場合、オープニングクレジットが終わるまでの冒頭10分間くらいを見れば、その映画が面白いかひどいか分かり、さらにそれらの評判はソーシャルメディアで即座に広まっていく」と語る。

 かつて、人々が口伝えで映画の感想を語る時代なら、その感想が広まるまでに数週間かかった。評論家のレビューが登場するにも時間がかかった。映画は間違いなくつまらないのに、それを知らない顧客は映画館へ足を運ぶ。この期間、映画配給業者のマーケティング担当者は世論を操作していたともいえる。ソーシャルメディアはこういった状況を塗り替え、真実をあっという間に伝えるメディアだと、エアハート氏は評する。

 その上でエアハート氏は「正直なコミュニケーションができるようになったという意味においては、『従来型マーケティングが死にゆく』という表現は決してきつい言い方ではなく、良いことだと思う」とその真意を説明。「それだけに、真に良い製品を我々も作っていかねばならない」と気を引き締めていた。


モバイル×ソーシャル、その威力

 一方、モバイルの魅力は、その即時性の高さだという。「電車が事故で遅れてひどい目にあった時、今ならそれをすぐにソーシャルメディアへ書く。しかしモバイルがない時代だったら、家に帰る頃には電車のことなど忘れている」とエアハート氏は苦笑する。そして書き込みが素早ければ、それを見た読み手の反応も素早くなる。

 英国において人気のあるソーシャル系サービスはTwitterやFacebookなど。スマートフォン向けのアプリを開発する際、両サービスへの対応は絶対に欠かせないとした。ビジネス系SNSとして知られる米国のLinkedInもよく利用されているという。

 また、英国のティーンエイジャーの間では、BlackBerryのメッセンジャー機能が多用されているという。こういった背景もあってか、8月にロンドンで暴動が起こった際、街中で無軌道な略奪行為を行う若者らがBlackBerryで連絡を取りあっていたことも明らかになったという。

 BlackBerryは通信内容の秘匿性が高く、暴動の容疑者の摘発を困難にした事実もあるという。また、SNSはさまざまなプロフィール情報を登録してオープンにすることに意義があるが、かといってオープンにしすぎてもプライバシーの問題が出てしまう。

 エアハート氏も、これらに関する問題は、英国でも大論争になっていると説明。「“アラブの春”では、ソーシャルメディアが独裁政権の打倒に寄与したことについて、英国内から賞賛の声が多かった。しかし、いざ自分の国の暴動で使われると、政府や議会が規制を検討し始めてしまった」と、その皮肉な状況を嘆いていた。


モバイル市場の国際化がさらに加速

「Whale Trail」を紹介するエアハート氏

 エアハート氏は、かつて6年ほど日本で仕事をした経験を持つ。「当時は2つ折りの携帯電話が主流。テンキーで漢字も入力する機械なんて、絶対日本人しか作れないと思った(笑)。しかし今はiPhoneにしろAndroidにしろ、日本国外で売っている端末とほぼ同じものが店頭に並んでいる」と現在の日本市場を分析。モバイル関連のマーケットが世界共通になっている点を改めて指摘した。

 エアハート氏が所属するUstwoでは、外部企業から依頼された仕事に加え、独自のアプリ開発も行っている。プリクラ風の撮影が楽しめる「Happy Snapper」は日本や韓国などで50万ダウンロードを記録。また、ゲームアプリが幅広くユーザーに受け入れられている現状を踏まえ、「Whale Trail」(ホエール トレイル)というシンプルなゲームも、このほど配信を開始したばかりだ。

 「我々のような比較的小さな会社でも国際的に展開できる。これはまさにiOSとAndroidのアプリマーケットによるものだ」と、エアハート氏はそのインパクトの大きさを語る。一方、アプリの販売地域に合わせた翻訳、内容のカスタマイズも必要になると説明する。

 モバイル、そしてソーシャルメディアに大きな期待を寄せるエアハート氏だが、顧客の個人情報とプライバシーの保護に冠しては特段の配慮を見せる。「特に若い子供達がよく考えずに個人情報をオープンにしてしまう。企業、政府などが一丸となって事故や事件を未然に防がなければ」と説明する。

 また、企業がビジネスを進める上では、顧客の声に耳を傾けることの重要性を再度強調。「声を大にして叫ぶだけでなく、エンゲージメントの醸成に務め、必要な投資をきっちり行い、なにか問題を指摘する声が上がったら即座に対応する。小さな火は早いうちなら消火器で消せるが、大火は止められない」とし、顧客対応のあり方をソーシャル時代に合わせたスタイルへ変えるべきだと訴えた。




(森田 秀一)

2011/11/2 06:00