【Mobile World Congress 2015】

富士通に聞く、モバイル業界初の虹彩認証の投入の理由

 富士通は、今年のMobile World Congressにおいて、モバイル業界初の虹彩認証を体験できるデモンストレーションを実施している。開発機ではあるが、一般的なスマートフォンのサイズ感でありながら、ほぼ瞬時に虹彩形状を読み取り、ロックを解除していく様子は、商用製品と言われてもおかしくないほど、完成度の高さを感じさせた。

 もともと富士通と言えば、フィーチャーフォン時代から指紋認証を搭載してきたメーカー。生体認証を得意とする同社が新たな技術である虹彩認証をどう活用していくのか。Mobile World Congressのホットトピックスを交えつつ、富士通のユビキタスビジネス戦略本部長代理 商品企画・プロモーション担当の松村孝宏氏に話を聞いた。

――富士通は毎年出展されていますが、今年のMWCはどうでしょうか。

富士通の松村氏

松村氏
 富士通は前の会場(MWCは2年前に会場を移転している)のときから出展してきていますが、コンシューマー向けの華やかな展示会ではなくなってきたな、と感じています。もっと多様な感じになりました。スマホのスペックなどが前面に出ていましたが、だんだんと企業向けの人がMWCに集まり始めていて、それに応える出展内容に完全に切り替わったな、と感じています。企業ソリューションなどが重要になりつつあるので、コンシューマ一本の会社に比べると、富士通はやりやすくなっている面もあります。

――虹彩認証のデモを体験しました。企業向けのニーズにも応えられそうな、完成度の高さを感じました。

松村氏
 虹彩認証はまず120%コンシューマーから展開します。そのあとに企業向けになるのは明らかですが、新技術をいきなり法人で導入、というのは厳しい。コンシューマーで揉まれないといけない。富士通による虹彩認証の最初の製品はコンシューマー向け商品になる予定です。

――虹彩認証搭載の製品は2015年度中に登場とのことですが、どのシーズンでしょうか?

松村氏
 できるだけ早く、としか申し上げられません。富士通は生体認証を古くからやってきていますが、ほかの機能と異なり、生体認証は本当に人が使って大丈夫なのか、という検証が必要です。学術的に大丈夫と言われていても、多くの人で試験をしないとユーザーには使ってもらえません。そういった試験を乗り越える山が残っています。かなりファイナルに近い段階ですが、まだいくつかハードルが残っているかもしれません。

――虹彩認証は、使える人、使えない人がいるのでしょうか?

松村氏
 指紋認証は年齢や手の湿り具合で認証精度が変わることがあります。一方、虹彩はそうした変化がありません。ただ、目の細い方がいるので、そこをなんとかしようと苦労しているところです。

――目を大きく開かないとダメなのですか。

松村氏
 瞬時に認証できるように、「しっかり登録」「瞬間認証」という方針をとっています。登録だけキッチリとやっていただければ、認証は目が細い状態でも大丈夫です。

――かつては携帯電話の生体認証といえば富士通の独壇場でしたが、最近になって他社も指紋センサーを搭載し始めました。指紋認証の技術を持っていた会社がアップルに買収され、技術を使いにくくなったという経緯もあります。今回も虹彩認証で提携された会社があるとのことですが、そこが買収されるリスクにはどう対応されるのでしょうか。

松村氏
 はっきりとお答えすることはできませんが、そういったことがないように、いろいろ手を打とうとしています。指紋認証のときのように、独占的なことがおきないようにしたいと思います。

 静脈認証も虹彩認証もそうなのですが、指紋認証と異なり、センサーを搭載すればOK、というものではありません。LEDの照射の仕方やフィルタの入れ方など、さまざまなところにかなりのノウハウがあります。そのあたりは売り物になりづらい部分でもあります。パターン認証エンジンは外部のものを使っていますが、これからも富士通が全部を手がけるのではなく、メーカーがやれることが残っているので、そこをやっていけば良いと考えています。

実験機はスマホにモジュールを外付けする形で実現している

――実装する難易度は高いのでしょうか。

松村氏
 はい、指紋認証とは比べものになりません。

――画像処理は専用チップではなく、ソフトウェア処理とうかがっています。カメラとLEDをモジュール化すれば、実装はもうすこし簡単になるのでは。

松村氏
 そこまでいくには、まだいくつか山を超えないといけません。数シーズン経たないとダメなのではないでしょうか。

――モジュール以外の部分も重要なのでしょうか。

松村氏
 富士通自身は企業ユースで鍛えられており、必要な要素がわかります。これは極端な話ですが、たとえば指紋も虹彩もパターンの生データを扱うわけにはいきません。万が一、登録データが外部に流出したとしても生データではないので問題がない、というように作っています。また、今後は端末内だけでなく、クラウドでの認証も絡んできます。そのとき、外部でどうやって生体認証を使って認証するか。いろいろやろうとしています。

――今年のMWCではテーマとして5GやIoTがありますが、展示を見ると、決済系も1つのトレンドのようです。そういったところでは生体認証がマッチするのでは?

松村氏
 富士通のユビキタスグループでは、安心安全セキュリティとモビリティを手がけています。今後は生体認証がないとモノを買えないというような時代が来るでしょう。そのとき、富士通だけ対応できない、といった状況はいけません。端末だけではなく、背後のシステムやサービス、クラウドでどうやってセキュリティを保つかも、当社の大きなテーマになります。

――Apple Payなどが発表され、海外でもモバイルペイメントが流行の兆しを見せつつありますが、端末側だけでなく、それを支えるネットワーク側も重要なのですね。

松村氏
 そこが整備されないと普及しない、とも言えます。そこは富士通は鍛えられている分野です。当然、端末などのユーザーインターフェイスを使いやすくデザインすることも重要ですが、それだけでは済ませられない時代へ確実に入っていきます。

――虹彩認証以外の話になります。日本ではMVNO向けや法人向けBTOなどのスマートフォンも手がけるようになっていますが、富士通の端末事業にとって、キャリアだけが“お客さま”ではなくなっているのでしょうか。

松村氏
 何も変わらずにいられたら幸せかもしれませんが、やはり世の中が変わってきています。僕たちだけでなく、キャリアさんもいろいろな環境にあわせて変化しています。そうした変化に合わせることが重要です。MVNOというキーワードがメジャーになるかどうかはわかりませんが、確実にキーワードになっているので、そこにニーズがあれば対応したい。しかし、キャリアさんが成長するところと一緒に富士通も成長できれば、安定したビジネスになると考えています。

――たとえばLTEのカテゴリー6やLTE-Advancedなど、新しい通信方式が登場すると、キャリアと一緒に端末を作る必要があるのでしょうか。

松村氏
 キャリアと一緒に作るというのはその通りです。そして通信方式はずっと進化を続けていて、それはこれからも変わりません。そこは必死になって食らいついていかないといけないポイントです。

 技術の革新は、ニーズとマッチしているから生まれることもあれば、技術ができたから新しいニーズが生まれることもあります。引っ張ったり引っ張られたりする。僕は、アナログモデムで300ボーとか言っていた時代から関わっていますが、無線でこれだけの通信速度が実現し、それが必要とされるようになったなんて、そのころから見ると信じられないでしょう。しかし5年後も同じことを言っているのではないかと思います。

――日本国内では2020年のオリンピックに向けて通信を変えていこう、という動きがあります。富士通での取り組みは?

松村氏
 全体的に、これが決定事項、というような戦略はありません。しかし日本らしいイノベーションの見せ方は、間違いなくやらないといけない。さまざまなナショナリティの人が感じるハードルがスマートフォンでなくす、というのが共通のテーマなのではないでしょうか。言葉の問題もありますし、初めて訪れる場所で、いかに苦労なく、目的地まで行くのか。そのあたりには富士通が貢献できると思っています。

――日本市場におけるフィーチャーフォンはどうなるとお考えでしょうか。

松村氏
 会社がなくなるまで永遠にやります。

 なぜかというと、ほかの会社と富士通が圧倒的に違うのは、らくらくホンがあることです。フィーチャーフォンは何が何でも供給しないといけないし、らくらくホン以外のユーザーでもフィーチャーフォンを使い続けたい人がいます。おそらく、本当に会社がなくなるまで辞めないのではないでしょうか。

――フィーチャーフォンのプラットフォームはどうなるのでしょうか。日本ではシャープがau向けにAndroidベースのAQUOS Kを出しましたが。

松村氏
 そもそもAndroidをフィーチャーフォンのプラットフォームとして使う必然性はありません。しかし世の中のアーキテクチャがAndroidに寄ってきてしまったので、フィーチャーフォンの皮を被せてみた、と。フィーチャーフォン向けのプラットフォームが動くチップセットで新製品があるわけではありません。

 フィーチャーフォンを作るとき、何が必要かを考え、最適な選択してフィーチャーフォンの皮を被せる、ということはあり得る話です。つまりフィーチャーフォンを提供するのであれば、プラットフォームは何でも良い、という考えです。

 フィーチャーフォンに対するニーズの中に、「プラットフォームはAndroidが良い」ということはありません。必要な機能が載っていれば良いのです。お客さまがフィーチャーフォンに求めていることのレベルが落ちないように商品を供給しないといけないと思っています。

――(富士通がフィーチャーフォンで採用しているプラットフォームの)Symbianを今後も継続して利用し、いまのチップセットを使い続けると?

松村氏
 そうではありません。そもそもフィーチャーフォン向けではないプラットフォームにフィーチャーフォンの皮を被せて供給することは、あまりに当たり前の話です(Symbianはもともとスマートフォンのプラットフォームでもある)。

――Symbianを採用したときのように、もう一度、別のプラットフォームにフィーチャーフォンの皮を被せることは違和感のある話ではないということですね。

松村氏
 ITRON(国産の組込機器向けOS)だろうがSymbianだろうが、そしてAndroidだろうが、フィーチャーフォンをお届けする上では何のこだわりもありません。極端な話、Symbianが安泰でチップセットが供給され続けるならば、Symbianで作り続けます。それがなくなるなら仕方ない、という話です。

――今年はWindows Phoneも少しずつ話題になっています。日本においては富士通のWindows Phone端末が最新、という状態が長く続いていましたが、富士通としてはいまのWindows Phoneをどう見ていられるのでしょうか。

松村氏
 やりたくて仕方がありませんでした。ずっとです。ただ、いろいろな条件が合わず、断念してしまったという面があります。

 なぜWindowsかというと、やはり富士通の会社としての出自からすると、企業に使って欲しいということがあります。コンシューマー向けにも頑張って作られているので、それをお届けしたということは変わりません。しかしボリュームのあるところでないと、というのが率直なところです。まずは地盤固めというステージなのではないでしょうか。

――国内でWindows Phoneを投入するメーカーがでてきましたが、そのあたりで市場が動いてきたら?

松村氏
 繰り返しになりますが、やりたいです。しかし納得できるビジネスの条件が整わないと難しいです。

――Windows Mobileは法人用途が強かったところ、Windows Phone 7ではコンシューマにシフトしすぎた印象があります。しかしWindows 10になって揺り戻しのような動きが見えてきました。

松村氏
 Officeが動きます、というあたりは、AndroidでもiOSでも同じですのでアドバンテージにはならない。僕らがいちばん力を発揮できるのは、企業のシステムにシームレスにつながり、既存のシステム上で運用できる、といったところです。そういった戦略に戻ることができれば可能性がないわけではないでしょう。

――本日はありがとうございました。

白根 雅彦