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ソニー「CROSS YOU」開発者インタビュー

“タッチして繋げる”技術、誕生の経緯と特徴を聞く


 NTTドコモの2009年夏モデルでは、携帯電話同士のFeliCaロゴマークをかざしあうとBluetoothのペアリングが成立して対戦ゲームなどが楽しめる「iアプリタッチ」という新機能が導入された。この仕組みを実現したのは、iアプリ(Starプロファイル)の仕様と、ソニーが開発した「CROSS YOU(クロスユー)」というプラットフォームだ。

 今回、「CROSS YOU」の開発に携わった、ソニー FeliCa企画開発部門の小林秀樹氏、石川泰清氏、FeliCaデバイス事業部の宮林直樹氏に開発の経緯や製品の仕組み、今後の展開などについて聞いた。


10年以上の開発を経て誕生

――まずは経緯から教えてください。

小林氏
 ソニーでは、「いかにワイヤレスを簡単に使うか」という観点から、ソニーコンピュータサイエンス研究所内とソニーで研究が進められていました。もう10年ほど前のことです。当時は、この機能のことを「FEEL(フィール)」と呼んでおり、2001年11月に米国で開催された展示会イベント「COMDEX Fall」において、当時の社長である安藤(国威氏)が紹介しました。

――今にしても思えば当然のことかもしれませんが、当時なぜ「ワイヤレスを簡単に使う」ということになったのでしょう。

小林氏

小林氏
 きっかけとしては、さまざまな考え方があります。たとえばケーブルで繋ぐというのは煩雑ですし、ケーブルと言っても当時はメーカー独自形状のものもありましたので、結果的にユーザーにとっては不便な状況でした。Wi-Fi(無線LAN)やBluetoothといった技術はまだまだの段階でしたが、将来的にワイヤレスになるということは当時も自明のことでした。ただ、ワイヤレスと言ってもそう簡単には使えないので、「手を打っておこう」ということで研究がスタートしたのです。

――“かざしあって繋ぐ”という方法は、当時から構想にあったのでしょうか。

小林氏
 安藤の講演では、「近寄ったら繋ぐ」という形で紹介していました。ですので、タッチして繋ぐというのは非常に似たものですね。ただし、10年前にはFeliCa自体が携帯電話などに搭載されていませんでしたから、赤外線通信などで最初に繋げて、BluetoothやWi-Fiに繋ぐなど、さまざまな方法が検討されていました。我々では、最初にペアを作る通信を“ファーストキャリア”、Bluetoothのようにデータの受け渡しをする通信を“セカンドキャリア”と呼んでいます。

――CROSS YOUで実現している機能は、これまで次世代の非接触IC「NFC」で実現する、と説明されることが多かったと思います。NFCは、FeliCaとMIFARE(海外で普及している非接触IC規格)に対応していますね。

小林氏
 業界団体のNFCフォーラムを立ち上げる中で、ソニーには「FEELがある。これはNFCのコンセプトに非常に近い」ということで、アプリケーションの1つとして提案し、同フォーラムで議論が進められてきました。自社製品だけしか使えない規格では意味がありませんから。この機能は、NFCでは「コネクションハンドオーバー(Connection Handover)」と呼ばれています。

――なるほど。このタイミングでリリースされたのは、なぜでしょう?

小林氏
 CROSS YOUは「タッチして繋がる」というものですが、対応機種が数多くなければタッチする相手がいません。そういう意味で、日本の携帯電話はおサイフケータイが6000万台近く存在し、1つのインフラと呼べるレベルになっていますから。もしもっと早い段階に投入したとしても、繋げる機器はありません。おサイフケータイがちょうど広がって、うまくCROSS YOUを市場に導入できたという形ですね。


仕組み

――CROSS YOUの仕組みを教えてください。

宮林氏
 「CROSS YOU」そのものは、1つのプラットフォームの名称です。今回は携帯電話に搭載されましたが、端末メーカーさんは、既にFeliCaチップやBluetooth、Wi-Fiに関するソフトウェアを保有されていますので、当社からはFeliCaとBluetooth/Wi-Fiを結びつける部分を「Handover Toolkit(ハンドオーバーツールキット)」として提供することになりました。

CROSS YOUの概念図

 「Handover Toolkit」は、NFCフォーラムで定められた「コネクションハンドオーバー」規格部分と、ソニー独自仕様の2つで成り立っています。独自仕様の部分では、機器同士を接続した後に、どのようなアプリケーションを呼び出すか決める機能と、ログ情報の記録・管理機能が用意されています。ただし、ドコモさんの2009年夏モデルではログ管理機能は実装されていません。

――FeliCaのチップやアンテナなどハードウェアの仕様・特性に変更は加えられていないのですね。

宮林氏
 はい、ハードウェアは従来通りです。機器間で行われる通信内容は非常にシンプルです。お互いにBluetoothなどのアドレスや認証情報を含むパケットの交換さえできれば良いのです。

――当初からリソースの限られたモバイル機器で動作するよう設計されていたのでしょうか。

宮林氏

宮林氏
 モバイルであってもパソコンであっても、全ての通信機器に入るソフトウェアサイズですし、もともとFeliCaそのものが高性能な動作環境を要求しないものです。

――今回、携帯電話に搭載されるにあたり、苦労した点は?

宮林氏
 動作検証の部分ですね。FeliCaとBluetoothの連携だけではなく、今回は対戦ゲームなども可能になっていますので、きちんと自動的に認証が完了するか、ギリギリまで検証を行いました。デバイスに電源を入れてからBluetoothで接続するまで自動化されますので、機種によってそのタイミングの調整は難しかったですね。


使い方も提案

――ソニー独自の仕様を搭載することで「具体的な用途を決定する」という部分が実現しているということでしたが……。

宮林氏
 ハンドオーバーという技術そのものは、FeliCaやBluetoothといった技術を組み合わせて実現しているものですが、機器を繋げる部分だけの開発に留まっていれば、メーカーの垣根ができるかもしれません。やはり多くのユーザーに利用して欲しいと思っていますので、機器間の接続に加えて、具体的な使い方も含めようと。

小林氏
 NFCフォーラムでは機器を繋げるところまでです。その上のレイヤーにあたるアプリケーションとしては、写真の転送、ファイルの受け渡しなどが想定されていますが、アプリケーションの標準化までは為されていません。

石川氏

石川氏
 重要と考えていたのは、ユーザー視点からの利用シーンです。機器をワイヤレスに繋ぐ技術自体は「CROSS YOU」以外の技術もあると思います。しかし、「タッチして繋ぐ」ということは、どういった使われ方をするのか、具体的に考えていかねばならないと思いました。

 開発段階の初期には、音楽関連の機能を実現したいと考えていました。「タッチしたら、そのとき聞いている楽曲をシェアできる」というものです。そういった具体的な使い方を考えていきました。具体例がなければユーザーには受け入れられませんし、逆に具体例があれば、商品としても展開しやすくなります。

――他の機器ではなく、携帯電話へ搭載されたのはなぜでしょう。

石川氏
 携帯電話に限らず、機器単体で価値を生み出していくのは大変な時代です。携帯電話には「CROSS YOU」に対応するFeliCaやBluetoothといった素地はありましたが、機器同士が繋がることで、用途が広がり、さまざまなアプリケーションの可能性が広がり、ビジネスとしても広がります。

小林氏
 安藤が2001年の講演で「FEEL」を語った後、社内でも盛り上がりましたが、商品として実現させるまではいかなかった。研究所のスタッフを何人か知っていますが、私自身も「タッチで繋ぐ」ということ自体は見込みがある技術だと思っていました。そこでFeliCa事業部に乗り込んで開発を進めようと考えていた時、石川がちょうど「こういう使い方どう?」と「CROSS YOU」の世界観とビジネスプランを持ってきて、商品化の話が勢いに乗ったわけです。さきほど10年ほど前に研究していたと述べましたが、実際に研究所の人間はその前から携わっていますから、15年以上経って、具体的なアプリケーションとともに実現したということになります。

ドコモのiアプリタッチ対応機種では、「いっしょにデコ」というアプリが用意されている。タッチして2台の携帯電話を繋げると、同時に写真を加工できる、というものだ

――iアプリタッチ対応の携帯電話では、「いっしょにデコ」というiアプリがプリセットされています。プリセットアプリ「いっしょにデコ」では、プリントシール機のように撮影した写真を2台の携帯電話で装飾できるそうですが……。

石川氏
 「いっしょにデコ」も我々からアイデアを出した“具体例”の1つです。ユーザー視点のアイデアが必要ということで、ソニー・ミュージック・エンタテインメントから1人のスタッフに「CROSS YOU」プロジェクトへ参加してもらいました。グループ会社ではありますが、技術的な話はわかりませんし、FeliCaのことも知らない。ただ、技術を知らずとも、流行の中心となる10代〜20代の若年層のことは知っている。技術とは異なる視点からアプリケーションを考えていこうということで、プリントシール機のように使う「いっしょにデコ」を産み出したのです。

小林氏
 「FEEL」と呼ばれていた当時、開発に携わっていた人材は現在40歳前後ですから、「いっしょにデコ」を見せても「これって何が楽しいの?」となる。当時の開発者が今の市場から求められるアプリケーションを理解できるとは限りませんので、「CROSS YOU」というプラットフォームを牽引する上で、ソニー自らがアプリケーションを開発することになったのです。

――今後の課題、展望は?

石川氏
 今回、機器間を繋げる技術と具体的な使い方を提供することになりましたが、今後はサービス系への展開も検討しています。ログ管理機能は現在使われていませんが、「機器接続の履歴」がわかるようになると、行動履歴をチェックしてオススメ商品を紹介するサービスのように、いろいろと新たなビジネスが発生するだろうと思います。そこでFeliCaの強みである「ネットとリアルの融合」が活きてくるのでしょう。ただし、ユーザーの理解を得ながら展開するにはどういった形が良いか、今後の大きな検討課題だと思います。

――なるほど。本日はありがとうございました。

 



(関口 聖)

2009/7/9 11:25