「モバイルプロジェクト・アワード2009」受賞者に聞く

予測不可能を覆したWNIの「ゲリラ雷雨防衛隊」


 昨年、ウェザーニューズは「ゲリラ雷雨メール」で、“予測不可能”と言われていたゲリラ雷雨を見事に的中させた。ゲリラ雷雨は、局地的かつ急速に雨雲が発達するため、従来の手法は通用しない。そこで活用したのが、“ユーザーの目”だ。同社はサイト上でユーザーを募り、「ゲリラ雷雨防衛隊」を結成。ケータイから送られた情報を、瞬時に配信する仕組みを整え、サービスへと昇華させた。結果として、ゲリラ雷雨メールは77%の的中率を記録したという。

“隊員”の力で不可能を可能にした「ゲリラ雷雨メール」

ウェザーニューズ、取締役、石橋知博氏

 「ゲリラ雷雨メール」は、ウェザーニューズが提供していた「10分天気予報」を発展させたサービスだ。同社は昨年の6月に10分単位の天気予報をメールで配信するサービスを開始していた。この仕組みを、ゲリラ雷雨に応用したというわけだ。ウェザーニューズの取締役、石橋知博氏は次のように話す。

「ユーザーに天気を報告してもらい、それを元に予報を出すという『10分天気予報』を、昨年の6月に始めた。ゲリラ雷雨は予測不可能と言われており、お手上げという状況だったが、この仕組みを活かせばいけるということが見えてきた」

 仕組みは非常にシンプルだ。あらかじめ観測場所を決めた「ゲリラ雷雨防衛隊」のユーザーに、隊長(というキャラクター)からメールが配信される。ユーザーは同社の用意したフォームにアクセスし、「現在の天気」「雲のある方角」「雷鳴の有無」などを報告。これらの情報を同社が集約し、「ゲリラ雷雨メール」を配信する。観測のタイミングと最終的な判断はウェザーニューズ、現在の天気の方向はユーザーという役割分担だ。

ゲリラ雷雨防衛隊のトップページ

 「終わったあとに隊長から報告があったり、成果を振返る掲示板があったりと、自分たちの仕事の重要性を感じさせる仕組みは入れている」(石橋氏)というが、金銭的な報酬や、ポイントが貯まるような仕掛けは一切ない。むしろ、「ゲリラ雷雨防衛隊」の参加には、サイトの有料会員になり、“お金を支払う”必要がある。

 ボランティア的に情報を提供するのは、ユーザーが達成感を感じているからだ。石橋氏は「みんないいことをしたい、ちょっとした努力で人のためになることをしたい。そんな環境が意外なほどないのではないか」と分析する。また、“隊長”“隊員”という設定も、ユーザーのモチベーション向上に貢献しているようだ。石橋氏は「隊長から、晴れて何もなさそうな空を見張っていろと言われることもあり、隊員の方は結構大変なはず」と苦笑しながら話す。


モバイルプロジェクト・アワードも隊員に授与された

「習い事も仕事も苦しいだけだと続かない。だからこそ、少しでも楽しんでもらいたいという発想がある」(石橋氏)

 ちなみに、同社は「モバイルプロジェクト・アワード2009」のコンテンツ部門で、最優秀賞を受賞したが、その際も石橋氏は「私はあくまで防衛隊の代理」と述べていた。また、サイトの文言など、いたるところにユーザーの一体感を高める仕掛けが散りばめられている。石橋氏は「意外と工夫はしていない」と控えめだが、実際に同社のサイトを使ってみれば、こうした細かな積み重ねの1つ1つも、モチベーション向上に一役買っていることが分かるはずだ。


雲の色や成長具合などをフォームで報告隊員気分を味わえるメールが送られる

人間の目は機械が絶対にかなわない優秀なセンサー

成果のまとめで達成感を味わえる

 このようにして防衛隊から届いた情報のジャッジは、「半自動でやっている」(石橋氏)といい、人間が判断するのはリポートが少ないときなどに限られる。「リポート数が多く、明らかにゲリラ雷雨がきそうなときは機械的に判断して、メールを飛ばす」(同氏)という基準があるようだ。ユーザー発信の情報と聞くと、いたずらに近い投稿もありそうだと考えがちだが、石橋氏は「クオリティ管理は徹底的にできている」と話す。公式サイトで有料登録する場合、少なくともある程度の個人情報が渡っているため、必然的にユーザーの意識が高くなるそうだ。

 その結果、「ゲリラ雷雨メール」は、冒頭述べたように77%という驚くべき的中率をたたき出すことに成功した。これは、機械の予測より、人の感覚の方が優れていることの証明だという。石橋氏は、人の目を「ものすごい精度のセンサー」と例え、次のように語る。

「五感は信頼のおけるセンサー。人の目は、広いところ行けば、相当遠くまで捉えられる。それこそ、ここからなら(海浜幕張にあるウェザーニューズの本社)、静岡ぐらいまでは見えてしまう。レーダーだと反射で違う情報を取ってきても判断できないが、人の目は違う」

 このセンサーを、常時ネットワークに接続し、プッシュで情報のやり取りができるケータイで束ねるという発想が、ゲリラ雷雨メールの原点だ。石橋氏は「ケータイでネットワークに常時接続される時代だからこそ、人の感覚は観測機になれる」という。検索エンジンやソーシャルブックマークが人々の知識をまとめ上げた「集合知」なら、さながら「ゲリラ雷雨メール」は、人の感覚を束ねた「集合感覚」と呼べるのかもしれない。

防衛隊の増加や独自開発レーダーの投入で的中率を上げる

 7月には、この夏に向けて2度目の「ゲリラ雷雨防衛隊」が結成された。今年は昨年の77%を大きく上回る「90%の精度を目標にしている」(石橋氏)という。サービスリリース初日で約1万4000人が隊員に志願したこともあり、石橋氏は自信をのぞかせる。

「人数が倍になれば、単純計算に解像度が倍になるということ。やはりこのサービスには量の拡大が必要」

 加えて、「ゲリラ雷雨が発生する前に、突然大気が変わる。そこから10~15分でドバっとくる」(石橋氏)という昨年の経験を活かし、報告フォームに「生暖かい風がきた」といった項目も加わった。

今年は高性能なレーダーを導入する

 今年は“秘密兵器”も用意している。それは、ウェザーニューズが独自に開発した超小型レーダーだ。レーダーには移動型と固定型の2つがあり、合計で25台を導入するという。「国のレーダーは5分間隔だが、今回開発したものは6秒おきにモニタリングする」(石橋氏)と性能も高いことがうかがえる。「今までのレーダーは、高度2km以上しか見られないので、ゲリラ雷雨の雲を捉えることができなかった」(同氏)という欠点も解消済みだ。もちろん、この技術も隊員のサポートがあって、初めて活きてくるもの。レーダーは「隊員が怪しいと思った方角にだけ向ける」(同氏)ため、効率が飛躍的に向上する。

 このようにサービスをブラッシュアップしつつ、将来的には“情報の出力先”を広げていく構えだ。例えば、iPhoneやスマートフォンもその1つ。「iPhoneに機種変更したユーザーから、『ゲリラ雷雨防衛隊』に参加したいというお問い合わせもいただいている」(石橋氏)という。「24時間365日その人のエリアを監視するサービスなので、メールの回数という結果に関わらず、同じ労力がかかる」(同氏)ため、iモードなどのように月額課金の仕組みが整っていないとサービスを展開しづらい面はあるが、「スマートフォンにも積極的にチャレンジしていきたい」という。PC向けに24時間天気情報・番組を配信する「ソラマド」も、ユーザーの声を吸い上げる有力なツールになる可能性を秘めている。

 間もなく、ゲリラ雷雨が本格化する季節が到来する。残念ながら、すでに北九州や中国地方では集中豪雨によって死者、行方不明者が出てしまった。被害に遭われた地域の一日も早い復旧をお祈りするとともに、こうした被害を少しでも減らせるよう、「ゲリラ雷雨防衛隊」の積極的な活動に期待したい。




(石野 純也)

2009/7/30 13:33