気になる携帯関連技術

UI開発から電子出版に展開するヤッパ


ヤッパの伊藤社長

 株式会社ヤッパ(YAPPA)は、ケータイやスマートフォンのユーザーインターフェイス(UI)などを手掛ける企業だが、最近はiPhone向けの「産経新聞」や「週刊手塚治虫マガジン」など、電子出版分野での協業も目立つ。今夏よりは電通と業務提携し、電子雑誌の配信サービス「MAGASTORE」も開始する。

 ヤッパが電子出版に進出する狙いはどこにあるのか。同社の伊藤正裕社長にお話を伺った。

――まず、ヤッパがどうして電子出版の分野に進出されたか、その経緯をお聞かせください。

iPhone向けの産経新聞
Android端末向けの「週刊:手塚治虫マガジン」
開発中のWindows Mobile向けアプリ

伊藤氏
 基本的には、ケータイやカメラ、テレビなどの組み込み機器のためのUIのライブラリ開発がメインの事業です。たとえば、現在は今夏以降のドコモさんのほとんどの端末に当社のライブラリが使われています。

 5年ほど前から、こうしたライブラリ開発ビジネスからのスピンアウトとして、電子新聞をパソコン向けにやってきました。UIの開発で培った2次元画像の技術が活かされています。ただ、こちらの事業は、まだそれほど成功していません。パソコンで新聞を読むというシーンがあまりなかったからだと考えています。

 しかし、これを発展させ、昨年から産経新聞さんとの共同プロジェクトで、iPhone向けに電子新聞を開始しました。当初はiPhoneでも新聞はそれほど読まれない、とも思っていたのですが、予想外に評判が良く、現在でも毎日多数の新規ダウンロードがある状況です。iPhoneは面白いプラットフォームになってきました。

 当社の考え方としては、「ワンソース・マルチプラットフォーム」というものがあります。産経新聞を例にすると、データを1カ所に置くことで、パソコンやiPhoneなど、あらゆるプラットフォーム向けに配信できるようになっています。

 もちろん、新聞だけではなく、ほかの分野にも展開したいと考えています。そこで現在、目をつけているのが雑誌です。電通さんと共同プロジェクトを立ち上げ、電子雑誌の配信サービス「MAGASTORE(マガストア)」を立ち上げました。まずはiPhone向けに開始しますが、ほかのプラットフォームでも、いつでも開始できるように準備を整えています。

 たとえばAndroid向けには、まず手塚治虫さんのマンガを配信する「週刊:手塚治虫マガジン」を提供します。これはiPhone向けに提供しているものと同じですが、産経新聞同様に、操作UIなどはiPhone版と同じものを実装しています。ただしAndroidはiPhoneとは違ってバックグラウンド実行に対応するので、スケジュールを設定して自動ダウンロードが可能です。

 スマートフォンだけでなく、通常のケータイにも展開します。こちらにご用意しているものは、まだテスト段階のアプリですが、産経新聞を見られるようになっています。十字キーでの操作も可能ですが、タッチ対応のケータイならば、タッチで操作することも可能です。ここにお持ちしているのはたまたまソフトバンク版ですが、ドコモ版もau版も準備しています。

 もちろん、Windows Mobile版も準備しています。たとえばT-01Aは画面が大きく速度も速いので、電子出版のビューアーには非常に向いています。

 このように、ひとつのソースが同じUIのまま、さまざまなプラットフォームで見られるように作っています。それぞれのプラットフォームでいかに軽快・簡単に使えるか、楽しい世界観を作っていくかが、ヤッパにとっての大きな課題です。

さまざまなプラットフォームで動いているヤッパの電子出版アプリ

――スマートフォンだけでなく普通のケータイにも展開されるとのことですが、普通のケータイだとスペックなどの面で制約があったりするのではないでしょうか。

伊藤氏
 現時点で開発中のバージョンで、3年前くらいの、だいたい903iシリーズあたりまでサポートできています。メモリ容量の問題さえなければ、スペック的に普通のケータイでも問題はありません。あえて言うならば、画面の解像度的に、元の紙面が大きい新聞はハードルが高いのですが、それほど大きな問題はありません。

――現在、iPhone向けに提供されているアプリですと、産経新聞と週刊:手塚治虫マガジンはそれぞれのコンテンツごとに別アプリになっています。ビューアーアプリが共通なら、複数のコンテンツを同じアプリで見られるようになるのでしょうか。

伊藤氏
 MAGASTOREでは1つのアプリになります。各雑誌を購入するとクラウド上からダウンロードして追加できる仕組みです。iPhoneの場合、アプリの制限が10MBくらいなので、新しいものがどんどんキャッシュされ、古いものは消えていきますが、一度購入した雑誌はいつでも再ダウンロード可能です。ほかのプラットフォームで、技術的制約でこうしたクラウドが使えない場合は、ローカルの保存領域を利用します。

――そういえば現在、iPhone向けに提供されている産経新聞は、バックナンバーを読めませんね。

伊藤氏
 ここはビジネスを見据えて、あえてサポートしていないというところがあります。技術的には難しくありません。現在は無料で提供していますが、バックナンバーに有料ビジネス化のチャンスがあるかもしれませんので。

――テキストの検索などはできないのでしょうか。

伊藤氏
 MAGASTOREでは対応します。初期バージョンの機能としては、まず普通に雑誌と同じ見開き表示ができますが、そこから特定の記事部分を選び、テキスト表示ができます。これは出版時のデータにテキストがメタデータとして埋め込まれているので、それを表示させるというものです。このテキストから検索ができます。あとは目次表示や目次から各ページへ飛ぶことにも対応します。

――検索は便利ですね。

伊藤氏
 検索を活用したアプリとしては、もっと面白いものが9月に登場する予定です。アプリ内に検索用のインデックスデータを作るので、ものすごく速く動くものになります。

 検索はもともと技術的に可能だったのですが、やはり必要なときに取り入れよう、と考えていました。辞典や図鑑ならわかりますが、普通の1冊の本から検索をするのも、あまり効果がありません。これはUIの面でも重要です。機能の選択肢を増やすと、ユーザーが混乱する可能性があります。1割の人がその機能を使うとしても、9割の人が混乱するようならば意味がありません。シンプルにする、というのがヤッパの開発コンセプトでもあります。

iPhone向けのMAGASTORE
MAGASTOREのテキスト表示モード
MAGASTOREでは目次も使えるようになる

――マルチプラットフォーム展開と言うことですが、パソコンでも展開されるのでしょうか。

伊藤氏
 MAGASTOREはパソコン版も完成していて、やろうと思えばすぐに対応できます。配信するコンテンツは出版社の人がサーバーにアップロードするのですが、そのとき出版社側で確認するためのビューアーアプリがパソコン用に存在しています。

――マンガなどのコンテンツは海外でも人気がありますが、海外展開はあるのでしょうか。

伊藤氏
 もちろん海外展開も視野に入れています。iPhone向けのMAGASTOREも、原則的には全世界向けのApp Storeに掲載されます。海外展開時には内容的に各地域の宗教や文化に配慮しないといけないので、慎重にやらないといけないところですが、積極的に検討しています。

 アプリとしては、多言語にも対応できるようになっています。たとえばマンガの場合、吹き出しを押すと下にその国の言葉を表示させる、といったことが可能です。マンガの吹き出しは、書き直すとなると絵も変わることがあり、原作者の意向も絡むので、時間と手間がかかってしまいます。そこで、タップ字幕による対応を検討しています。

――逆に海外の雑誌をMAGASTOREで国内に持ってくるというのは?

伊藤氏
 すでに外資系の出版社さんからも問い合わせをいただいています。しかし、とくに配信の2次利用で海外提供となると、多くの雑誌が対応していないので、そこがネックになっています。ケータイの場合だと、GPSがあるので、場所による表示制限なども可能なのですが。

――GPSなどケータイならではの機能と組み合わせられると面白いですね。

伊藤氏
 MAGASTOREのような雑誌そのままの配信の次にくるのは、そうした旧メディアの誌面を維持しながら、インターネットとのマッシュアップをいかに自然にするか、でしょうね。

 たとえばタウン情報誌から、すぐにGoogle Mapsを表示させたり、予約サイトに飛んだり、そういった機能が欲しいですよね。雑誌の誌面はいわばパッシブ=受け身なメディアなので、インターネットにはないような、思わぬ出会いがあります。こうした雑誌のパッシブさを利用しつつ、そこからの深掘りにインターネットやGPSといったものを使えるのが、将来の形だと考えています。

――雑誌や新聞の一部を切り出し、スクラップしたりすることは?

伊藤氏
 技術的には可能です。私たちは独自のDRMとして、スクランブル化されたJPEGを使っているのですが、アプリを拡張すれば、その状態でクリッピングしたり、ブログやTwitterに貼ってコンテンツを買った人だけで共有することもできます。クリッピング機能は著作権がハードルになりがちですが、そこをクリアしやすいように技術開発をしています。

――ケータイやスマートフォン以外、ゲーム機などへの展開はどうでしょうか。

伊藤氏
 MAGASTOREはゲーム機でも展開します。ただ、ユースケースはどうなるかというのが問題です。ポータブルゲーム機はケータイにかぶる部分もあります。テレビについても、雑誌はみんなで読むものでもありません。我々の現在のターゲットは、ハードコアゲーマーではありませんが、わいわいゲーマーとも違います。まずは、1対1でゲーム機に接する人が最初のターゲットです。わいわい読むものには、別のコンテンツが必要だと思っています。しかしやりすぎると、絵本からゲームになってしまいます。結局はコンテンツの問題なのですが、棲み分けを考えつつ、研究をしているところです。

――海外では電子ブック専用のビューアーデバイスがありますが、そういった読書用のハードウェアについてはどうお考えでしょうか。

伊藤氏
 まさにそこについては、デバイスメーカーさんと議論をしています。専用端末という可能性もありますし、ケータイを雑誌が読みやすいようにデザインする方法もあります。こういった方向は増えてくると考えています。

 弊社のイメージとしては、ケータイとは別に持つ端末として、電源を入れるとすぐに本屋さんにつながり、何でもすぐに買える、といったものを想定しています。メーカーとレベニューシェアができて2万円くらいで実現できれば、マーケットはあると考えています。

 あと、海外では電子インクを使った端末もありますが、あれはユースケースが違うかな、ととらえています。やはり最初は娯楽的なコンテンツとして雑誌が良いのですが、雑誌を動画などと組み合わせると、電子インクでは不可能です。電池は毎日充電すれば電子インクでなくても問題ありません。通勤中と自宅で少し使うくらいならば、普通のタッチパネル液晶でも問題はないでしょう。

 家ではテレビやパソコンと競合し、通勤中は音楽と競合します。その中で5時間以上も電子書籍に割くコアユーザーは、それほど多くはないでしょう。こういったところをロジカルに考えた戦略が必要です。

――これまで御社が手掛けられていたのは、UIのライブラリなど、あまりコンシューマに直接かかわるところではありませんでしたが、今後はMAGASTOREなどでコンシューマに直接サービスを提供されるような形が増えるのでしょうか?

伊藤氏
 増えるとは思いますが、主にどこかとパートナーシップを組んで、ということになると思います。当社が単独でコンテンツプロバイダとなるにも、そういったノウハウがありませんし、そうなることは無いと思います。ただし、コンテンツプロバイダオンリーではなく、トータルな設計がこれからは重要になると思います。ハードウェアの話があるように、いかにトータルで考えるかがキーになってきます。

――本日はお忙しいところありがとうございました。



(白根 雅彦)

2009/8/21 11:00