気になるケータイの中身

シャープのソフトバンク端末に登場する「ケータイ係長」の謎


シャープのソフトバンク向けハイエンドモデルに搭載された「ケータイ係長」

 ケータイの内蔵コンテンツといえば、ペンギンや犬、クマといったようにカワイイ動物をテーマにしたものが多い。そんななか、シャープのソフトバンクモバイル向け最新モデルでは「係長」というオヤジキャラが設定されている。そもそもなぜ、係長なのか。コンテンツを制作したプライムワークス モバイルソリューション事業部 コンテンツ部長の長嶋朗氏と、シャープ 通信システム事業部 パーソナル通信第二事業部 副事業部長の吉高泰浩氏に聞いた。

 「ケータイ係長」はプライムワークスが開発したFlashをベースとした独自のソフトウェアエンジンにより、時間軸やストーリーに沿ってキャラクターが活躍する待受機能だ。シャープでは940SHなどの冬春モデルに搭載。プライムワークスは「キャラタイム」というサービス名称で展開している。

――ケータイ係長はどのような経緯で開発されたのですか?

長嶋氏
 2年前に、我々から待受画面上でキャラクターを動かす提案をシャープさんにしていました。テーマはケータイの中にキャラクターを住まわせることで、シャープのケータイに愛着を持ってもらうというのが原点にありました。

 シャープの技術の方とキャラクターが生きている表現をどのようにすべきかを議論してきました。中途半端に作っても、生きている感じを作り出すのは難しく、簡単には認めてもらえませんでした。そこで、議論を重ね、我々なりの方法で生きている感じを出すということから始めました。

 技術の方からは動物のアルゴリズムもしくは人工知能的なものを入れないと難しいかもという話をされましたが、我々としては映画やドラマのようにシナリオをしっかりすれば、生きている感じを出すのは可能ではないかと思っていました。

(左から)シャープの吉高泰浩氏とプライムワークスの長嶋朗氏

――実際、どのような仕組みで動いているのでしょうか?

長嶋氏
 係長にスケジュールを設定していて、この端末を何年も使っても、ある程度、周期のリズムを持って行動するようにしています。1週間のスケジュールで動く『生活リズム』と、トイレに行ったり飲みに行ったり、また風邪をひくといった『生理リズム』を絡めています。これらに加えて、クリスマスや正月といった季節連動のイベントも設定しています。

 さらに端末が持っている情報をトリガーにしたシーンもあり、不在着信があれば係長が電話をとり、メールを受信すると係長が書類をさばくようにしています。また充電中になると、係長のステータスが出てきて累計通話時間や歩数計などの端末使用状況を表示します。係長はユーザーにケータイを使ってもらう役割も担っているため、あまりケータイを使っていないと部長に呼ばれて叱られるようなイベントも用意しています。

 イベントの中で、最後に電話がかかってきた人の名前を言ったり、さらには、その人の噂話をしたり、陰口をたたいたりする設定も入れています。陰口に関しては、もう少し表現をマイルドにしたほうがいいかもと、最後の最後まで調整を重ねていましたが、最終的にシャープさんには一番とんがっているものを採用してもらえました。

――ネットワークからの情報とも連携しているのですか?

長嶋氏
 端末がYahoo!の天気情報を取得していれば、実際の天気と同じように待受内で雨が降ったりもします。係長が自宅に居るときは、画面では自宅上空を俯瞰したのち、中庭、さらに部屋の中に入るというカット割りになるのですが、雨の日は雨が降っているようになり、時刻によって日が沈むようにもなっています。

 中庭のシーンでは犬が出てきて「この日、何の日」というデータを表示します。このデータはシャープさんがあらかじめ持っていたため、ローカルに保存されているデータを引っ張ってきています。

――他社でも動物を使った生きているような待受キャラクターがいたりします。かなり研究はされたのでしょうか。

長嶋氏
 企画当時は他社にキャラクターものがありましたので、意識をしていないというのは嘘になります。しかし、まずはそれを超えるものを作りたいと思っていました。

 研究には相当な時間を費やしました。他社のキャラクターだけでなく、ロールプレイングゲームのなかで「町の人はなんで生きているように見えるんだろう」という疑問を抱き、ゲームも徹底的に研究しました。その結果、ゲームのシナリオ力という結論に達しました。有名なアニメ映画も参考にし、カメラワークやデザインテイストについて大きな影響を受けています。

ケータイ係長の企画書

 そもそも、ケータイ係長は大人でも持ってもらえるように、最初から2色構成で行くつもりでした。また、かつてマチキャラを開発していたためか、視点は固定すべきという意識があったのですが、Flashを使っているということで、別に視点の位置を変えてもいいし、動的にしてもいいということになりました。

 そこで、改めてアニメ映画を見てみると、すべてその手法が使われていたんです。そのため、ケータイ係長では、電車やオフィスなどでは俯瞰からクレーンで降りてくるようなシーンを盛り込んでいます。

――そもそもなのですが、なぜ「係長」というキャラクターなのでしょうか?

長嶋氏
 当初、こんなアイデアは全くありませんでした。2008年5月には動物系キャラクターか、ストーリーを追求したものか、あるいは何かを生活させようかというところになっていました。

 そんななか、なぜ係長になったかというと、365日24時間キャラクターがケータイのなかに住んでいるとなると、架空のキャラクターではユーザーが共感を持てないということになりました。しかし、おじさんであれば、一番身近でありながら、気になる存在にすることができます。

 自分たちのスケジュールを振り返ると、朝起きて、電車乗って、仕事して、帰って、寝てというシンプルな生活でした。休みの日もある程度行くところが決まっている。制作上、毎日違うパターンを入れ込むのは難しいですが、サラリーマンであれば、月曜日は会議が多く、金曜日は飲みに行くというパターンがなんとなくあります。

 そんな理由から、我々のなかではサラリーマンに決まり、その時からケータイ係長というネーミングに落ち着きました。しかし、シャープさんに提案に行ったら、賛否両論どころか、否ばっかりだったという印象がありました(苦笑)。

吉高氏
 プライムワークスさんから企画を提案されたとき、「それ、面白いね」と言っていたのは、私と実際の担当者くらいでした。周辺からは「なぜオヤジなんだ」「サラリーマンである必要があるのか」と猛反対を受けました。誰もがみんなかわいいキャラクターを連想していたようで「これは何だ」ということになりました。企画書にはストーリーも書かれていましたが、キャラクターが強すぎて、(周辺は)イメージが沸かなかったようです。その説得が大変で悩ましかったです。

シャープ関係者を説得するために作られたというケータイ係長の人形

長嶋氏
 関係者を説得するにあたり、アニメを作ろうかという話になりましたが、大変だったので「係長の長い一日」という紙芝居を作りました。新聞を読む、通勤するなどある一日を追っかけたものを数日でかけて作成して説明しました。しかし、やはり絵が動いていないと伝わらないのか、これでもダメでした。

 なかなかOKがもらえなかったので、(シャープがある)広島に行く前の日に会社のベランダで吹き付けたりして、係長フィギュアも作ったりしました。いろんなおもちゃを組み合わせて作り、持参していきました。

――周囲から反対されても、採用したいという理由は何だったのでしょう?

吉高氏
 とにかく他社と同じようなもの、二番煎じになるのだけは避けたかったのです。シャープとしてやるからには、新しいことをしたかった。

 何よりも、初めて見たときの(ケータイ係長の)個性が強く、女性が見たらカワイイと思ってくれるという直感が働きました。実際、社内の女性には評判はとても良かったんです。しかし、男性陣からは頭ごなしにだめ出しされるなど猛反対でした。

 社内のユーザーに近い年齢層に何回も調査をすると7割ぐらいが評価をしてくれていました。しかし、採用への了承が一向に降りない。何度も反対されていたんですが、ようやく「(ユーザーが待受に設定するかしないかを選べるように)選択の余地を持たせるなら載せてもいい」ということになったんです。そこで一気にゴーサインを出していきました。

気になる係長の「昇進」は?

――係長の生活を見ていると、いろいろと気になることがあります。家族でありながら、あまり奥さんが出てこない。また係長は一人で寝ているのに、子どもができたりもしています(笑)。

長嶋氏
 そこは実は反省しているポイントだったりします。制作に携わっているスタッフがそもそもあまり奥さんに会っていないので……(笑)。

 係長の周辺だけでイベントがいっぱいになってしまい、あとで気がついて盛り込んではいったのですが足りなかったようです。最初は奥さんは吹き出しのコメントだけの出演にとどめる予定でしたが、制作中に私に子どもが生まれたことで生活が劇的に変わり、もっと家族を取り入れようということになりました。休日は家族でいっぱい遊んでいってもらおうと、スケジュールを詰め込んでいるんです。

謎の登場キャラクター「モトミヤ」

――また、モトミヤという人もでてきますが、あれは何者なのでしょうか。

長嶋氏
 ほのぼのとした世界観のコントラストとして、謎めいたキャラクターが必要でした。「モトミヤ」という命名は、弊社が創業時から入居していたビルが「モトミヤビル」だったので、そこからいただきました(笑)。ちなみに、係長の会社名も「株式会社モトミヤ」だったりしますが、この関連性などについては、謎のままとさせてください。

――通常は2色でのアニメーションでありながら、時々カラー表示になります。なぜでしょうか。

長嶋氏
 食事にはすべて色を付けています。食べ物はどうしても単色だと美味しそうに見えないので、色を増やしています。本来は2色で行きたかったのですが、ご飯を食べると時と歓楽街は自分で作ったルールを破りました。テレビのラーメン特集を見ると食べたくなるという感覚に近づけたかったのです。

――係長が見ているテレビを凝視すると、実際のニュース番組で見覚えのあるキャスターが登場しますね。

長嶋氏
 当初はキャプチャーでできれば苦労がなかったのですが、当然、権利の問題もあるので、自分で描きました。よく見るとドットで描かれているのがわかります。同じ時間帯でも日によって違うニュース番組を見ており、有名なアナウンサー風になっています。

 落語とジャズについては、係長がこよなく愛しているという裏設定で、頻繁にテレビに出てきます。

――今後、昇進とかあるのでしょうか。係長が部長、さらには社長になることはありえますか。また入院することありますが、死んでしまうこともあり得るとか?

長嶋氏
 とにかく皆さんに良く聞かれます(笑)。小さなイベントだけでは飽きてしまうので、大きな流れも用意していることだけは確かです。(昇格や生死については)みなさんのご想像におまかせします。

――どれくらいのアニメーション、セリフ数になっているのですか?

長嶋氏
 デジタルなので厳密なアニメーション数というのは難しいのですが、動画としては3万枚近くを描きおこしています。ファイルサイズが大きくなってしまったため、開発終盤には、シーンごとカットした程のボリュームとなりました。

 セリフは会話ジェネレーターにより、ばらばらの単語をアルゴリズムで組み合わせ、文章として面白くなるようにしています。単語数は思ったほど仕込んでありませんが、セリフのパターンは1000万通り以上で、出てくる会話はほぼ無限に近くなります。特にオススメは会議のシーンです。

――キャラタイムというプラットフォームは今後、他社に開放していく予定はあるのでしょうか?

長嶋氏
 今はまだ準備ができていないという状況です。ぜひそういう方向にしていきたいとは考えています。

――今後、ケータイ係長はソフトバンクモバイル向けのシャープ端末に標準搭載されると考えていいのでしょうか。新機種が出てきたときはイベントの追加や別キャラクターの登場のようになるのでしょうか。

吉高氏
 できる限り載せていきたいと思い、周囲には「がんばります」と言っています。ただ、今入っているプリセットのコンテンツは、まだこの先のストーリーを見ておらず、私自身も係長の将来は知らない状態です。新製品を投入した際、同じものが入っていてもいいと思うし、また違っていても変だし、そこは悩んでいます。ただ、ケータイ係長の認知が進めば、またいろいろな要求が出てくると思いますし、そこには応えていきたいですね。

 地味でいいので、じわりじわりと広がり、シャープのソフトバンクさん向けケータイを買ったら、どれにでも入っている存在になれればと思っています。一発屋で終わらせるものではないと考えています。

――ありがとうございました。




(石川 温)

2010/2/10 17:04