記事検索
インタビュー過去記事

キーパーソン・インタビュー

KCP3.0に移行するauのプラットフォーム戦略


KDDIの中馬和彦氏(サービス・プロダクト企画本部 プロダクト企画部 ラインナップ企画グループリーダー 課長)

 いま、携帯電話市場で注目の的といえば、iPhoneを筆頭としたスマートフォンだ。タッチパネルが実現する直感的操作、OSアップデートを前提とした継続的機能向上など、従来型携帯電話にはない利便性が、先進ユーザーを中心に人気を集めている。

 しかしながら日本の携帯電話は、進化の方向性こそスマートフォンと異なるものの、ワンセグ、非接触IC通信などの最新機能をどんどん取り入れ続けた。こういった高性能携帯電話が、ITリテラシーの低い層にまで行き渡っている市場は、日本以外にはないとされる。

 複数のメーカーから、先進機能満載の製品が年4回以上リリースされる――ここまでのエコシステムを生み出すためには、スマートフォン専用OSならぬ“開発プラットフォーム”の存在が欠かせないという。

 今回は、KDDI サービス・プロダクト企画本部 プロダクト企画部 ラインナップ企画グループリーダー 課長の中馬(ちゅうまん)和彦氏に、auの携帯電話開発プラットフォームについて話を伺った。2010年夏モデルで導入された高速CPU搭載のチップセット「Snapdragon」の採用意図、新プラットフォーム「KCP3.0」へ移行する狙いとは、どんなものなのだろうか。

世界で唯一? キャリアが端末プラットフォームを開発

――auでは2010年夏モデルに合わせて、新しい開発プラットフォーム「KCP3.0」を採用した「T004」「S004」を発表しました。これまでのプラットフォームといえば「KCP+」が知られていますが、「KCP3.0」導入には、どのような経緯があったのでしょうか。

5月17日の夏モデル発表会で示された「KCP3.0」の概要

 「KCP+」がなぜ生まれたかを説明するために、そのさらに前に構築されていた「KCP」の事からお話ししたいと思います。

 KCPが導入された2005年ごろは、“機能進化=商品差別化”という構図があり、ワンセグや高ビットレート音楽再生などの最新機能を、いかに早く携帯電話へ盛り込むかが課題でした。

 当時は、KCPのOS的な位置づけだったクアルコムさんの「BREW」は、バージョンが3.1でした。BREW 3.1上で動作するミドルウェアを端末メーカーが開発し、さらにその上で動作するブラウザーなどのアプリはauから別に供給していました。アプリを単独で動作させる場合は、これでも特に問題はありません。

 しかし徐々に時代が流れ、ブラウザーやメーラーなど複数のアプリを連携させる必要が出てきます。このためには、ミドルウェアの作り込みがどうしても欠かせませんが、端末メーカー側が直接その作業を担うと負担は重くなります。

 この状況を踏まえ、「ミドルウェアの開発を端末メーカーに任せるのではなく、キャリアで主導したほうが、端末の進化スピードが早くなる」と、当時のauは判断しました。これがKCPの成り立ちです。ちなみに、当時はほとんどの端末にクアルコムさんの「MSM6550」というチップセットを採用していました。

――その後、2007年末ごろに「KCP+」へと進化するわけですね?

 はい。クアルコムさんの主力製品が「MSM7500」へと変更されたこともあり、プラットフォームは「KCP+」に改めました。CPUはARM11ベースに強化され、BREWが4.0になったため、ここでは大規模な開発作業が発生しました。auとしては、ソフトウェアのマルチタスク化(マルチプレイウィンドウ)をぜひ導入したいと考えていたのですが、BREW 4.0になっても、その仕様がもともとありませんでした。au側で独自に、OSとは別の開発を行なって、マルチタスク化を実現しました。

 しかし、アーキテクチャーがBREW 4.0に進化しても、BREW 3.1時代に作られたアプリをそのまま動作させる“下位互換性”は確保しなければなりません。クアルコムさんにAPIの引継ぎをお願いすることで、下位互換性を確保できました。

 LISMOやPCサイトビューアーは、シングルタスク前提のBREW 3.1時代に登場したアプリです。これを“継続的”にサポートするための方策が、KCP+だと言えます。(チップセット+OS+ミドルウェアが統合された)プラットフォームを、(端末メーカーではなく)携帯電話キャリアが持つというケースは、世界的に例がないと思います。

――基地局やネットワークの運用が本業であるKDDIが、プラットフォームを自ら構築するのは、苦労も多かったと思いますが?

 NTTドコモさんと激しく競争していますから、製品の差別化は至上命題です。当時Androidがあれば導入していたでしょうが(笑)、現実にはBREWにマルチタスクのスタックがない状態でした。そうなると、プラットフォームをキャリアが持つか、端末メーカーが持つしかありません。さらにサービスの垂直立ち上げや端末ごとの差別化、下位互換などを考慮すると、先例がなくてもやらざるをえなかったのだと思います。

KCP+の反省踏まえ、KCP3.0は中位機種から導入

――KCP+立ち上げの当初は、対応機種で不具合が続出するなど、トラブルが続きました。

 プラットフォームの立ち上げには、大変な苦労があるというのが率直な感想です。LiMoやAndroidといった他社の動きを拝見していても、初号機は動作パフォーマンス的に苦しいように見えます。プラットフォームの熟成には、どうしても時間がかかってしまうのが実情かもしれません。

――携帯電話に詳しいユーザーであれば、プラットフォーム創設期の苦労は多少想像できます。しかし、市場の圧倒的多数を占める一般ユーザーに、こういった事情は伝えづらいですね。

 ご契約いただくユーザーのほとんどは、プラットフォームについてご存じないとは思います。ですが、実際にKCP+端末をお買い上げになった方のご不満が、店頭で実際販売を担当するスタッフに伝えられますので、結果的に、その他のお客様への販売も慎重になります。この時期は本当に大変でした。

 また、プラットフォームそのものもなかなか安定しませんでした。端末メーカーは自社端末の性能を向上させるために、パフォーマンスや消費電力を改善するためのパッチを当てるのが通例ですが、こういった対応についても、KDDIで主導しなければなりませんでした。開発のあらゆる場面でKDDIがイニシアチブをとるという発想の転換に時間がかかりました。

――結果論でありますが、KCP+導入を先送りするといった対応もあったのでしょうか?

 下位互換や端末ごとの差異をプラットフォーム側で吸収し、お客様に極力わかりやすく提供するのがKCP+のポリシーであり、考え方として良い悪いはないと思います。ただし、具体的な手法については、いろいろ方策があったかもしれません。

 例えば、2005年9月に発売された、初のおサイフケータイ対応端末「W32H」「W32S」は、KCPの初導入モデルでもありました。全部入りの最上位機種ではなく、同時期に発売されていた端末と比較するといわゆる“ミッドティア”、中位機種にあたるモデルでした。

 これに対してKCP+導入時の「W56T」「W54S」「W54SA」3機種は、すべて“ハイティア”(上位機種)でした。プラットフォーム移行と同時に新機能も数多く追加したため、問題の切り分け自体が困難で、結果的に中下位機種にも影響が出てしまいました。

 こういった反省から、今回、「KCP3.0」初導入モデルである「S004」「T004」は、新CPU「Snapdragon」の導入を主目的とするため、端末企画スタッフが主導する形で、従来機能を踏襲した普及価格帯モデルとしました。

 Snapdragon移行(チップセットはQSD8650)により、パフォーマンスの改善が図られました。お客様から見た場合のベネフィットもわかりやすいものになっているはずですし、幅広い方に今後の期待感を持ってもらえると思います。機能追加については、年度内にもリリース予定の「KCP 3.1」以降のモデルで行う予定です。

――KCP+がようやく安定した今、KCP3.0へ移行するのは早すぎませんか?

 これには、チップセットの半導体プロセスルール(配線幅)が影響しています。MSM7500は90nm(ナノメートル)で製造されていますが、チップセットメーカー各社とも年月を経て技術進化していますから、製造工程的にもメリットのある65nmチップの製造へ移管しているのです。(※編集部注:一般的には、プロセスルールの微細化が進むと、同じ面積の部品内により多くのトランジスタを内包できるので、性能向上に直接的な影響を与える)

 45nmもすでにありますし、さらに28nmも視野に入っておりますので、適宜、プロセスルールの進化にあわせたチップの性能向上を享受すべく、プラットフォームの進化を考えていきます。

 クアルコムさんは定期的に新チップや、それにともなうOSをリリースしています。たとえば新チップのQSD8650に合わせて、「BREW Mobile Platform(BMP) 1.0.1」というプラットフォームがリリースされました。しかし独自ミドルウェアの件に加え、KDDIの人的リソースや投資回収の兼ね合いもあるので、新チップセットに順次対応するのではなく、2〜3年ごとに1回のプラットフォーム刷新を行う格好になっています。

 もう1つの理由としては、MSM7500に対して行ってきたパフォーマンス改善の取り組みが熟成し、数ミリ秒単位での速度改善しか望めなくなってきた事もあります。ソフトウェア面の改良がほとんど出尽くし、一方でデバイス、例えば内蔵カメラの高画素化などはまだまだ進んでいます。ハードウェアの刷新を行うには、今がちょうどいいタイミングでした。

――2〜3年単位での刷新を前提とすると、LTE(3.9G)への準備を今から行うという意味合いもありますか?

 移行のタイミングは柔軟に判断しています。とはいえ、Snapdragonの登場はクアルコムさんにとってもメジャーアップデートですので、(クアルコムとのつきあいが深い)KDDIとしても対応していきたいです。

 来年度には、“デュアルコアScorpion”を採用したMSM8660搭載の商品が登場する予定ですが、auとしての次のプラットフォーム刷新は、LTEの開始に合わせた時期になると思います。

スマートフォン登場で、フィーチャーフォンが見劣り?

――新チップセットは仕様的に高機能とはいえ、技術的に未知数の部分も大きいと思いますが、そうした先端性を常に取り入れなければ市場では勝てないのでしょうか。

 (これまでは)“最先端のものを導入しなければ市場で勝てなかった”のでしょう。というのは、日本では、フィーチャーフォン(高機能携帯電話)で競争してきた中で、iPhoneの登場でがらりと変わったと。

 スマートフォンは確かに世界的に注目を集めていますが、それは恐らく、SMSしか送受信できないような端末を海外で長年使っていた海外のユーザーが、ネットも見られてEメールも使えるというiPhoneに触れて、劇的な進化を実感したからだと思います。

 対して日本は、マルチメディアをはじめとした新機能を継続的に端末に取り込み、スマートフォンとは別の“スーパーハイフィーチャーフォン”を実現していたわけです。しかし、iPhoneは、これまでの携帯電話と仕立てをまったく変えることで評価を集めました。

 auは下位互換を保証しながら長期的にプラットフォームを進化させてきましたが、それがイノベーションと思っていただけない、ということが急激に起きている状況なのでしょう。

――“敗北宣言”のようにも聞こえますが……。

 変化の早いIT業界において、短期的な勝ち負けは当然起こりえることと思いますので、そこまで大げさな認識ではありません。ただ、ドコモさんが産みだしたiモードを、3Gで先行したKDDIが先進機能の投入で進化させる、といった流れで発展してきた日本固有のケータイ文化が、ある種のパラダイムシフトにぶち当たっているのは確かかも知れません。

 良い意味でのガラパゴスを構築してきた日本であっても、我々のやったことがすべて正しいわけではない、興味を持たれなくなっていると評価されている現状は、認めなければならないと思います。ただし、あくまでも市場シェア的な意味では、従来からのフィーチャーフォンがなくなることはないと思います。

――ITリテラシーが高いユーザー層が、フィーチャーフォンよりもスマートフォンを好むようになった理由をどう分析されていますか?

 フィーチャーフォンは、「ものづくり」に長けた日本メーカーが“単体”の製品として長年に渡って成熟させてきました。一方のスマートフォンは、インターネット接続を前提とする形で“製品が進化する”といった形を提示できたことが、高リテラシー層の心を掴んだのかもしれません。

KCP3.0では、回路設計もプラットフォームに取り込み

――先日、Snapdragon搭載の「S004」開発者にインタビューしたのですが、比較的スムーズに開発できたという印象を受けました。なにか秘訣があるのですか?

 実はKCP3.0では、KDDIからのリリースを一部ハードウェア関連にまで拡大しました。後続メーカーは独自部分の差違化により集中できるようになったはずです。

 というのも、ハードウェア・ソフトウェア両面の進化が著しいため、KDDI側で提供するソフトウェアをベースに、端末メーカーさんが独自デバイスの搭載を行う際、その難易度が上がっているという環境変化があります。

 KDDIに協力いただいている端末メーカーさんは、基本的にはいずれも“家電メーカー”です。「無線」や「映像」、「音楽」など特定の分野で強みを持つメーカーは多いですが、「ソフトウェア全般」あるいは「マルチメディア」という意味で“圧倒的な強み”を持つのはなかなか難しいところです。

 携帯電話は、ネットワーク接続をも統合した“究極のマルチメディア家電”になってしまいました。そのような製品を、従来から作っている部門はどのメーカーにもないのです。さらに、マルチタスクを前提とした、ユーザーインターフェイスの表現などをサポートできるエンジニアの数は限られる、という事情もあります。

 一例としてはカメラがあります。かつては、ひたすら高画素のカメラを内蔵する流れでしたが、近年は画像処理やブログ/SNSなどのネットワーク連携機能など、ソフトウェア的な機能も要求されています。そういった状況ですので、必要な機能や仕様を端末メーカーからヒアリングし、KDDI側で開発してあらかじめプラットフォームに組み込むような試みを始めているのです。

――開発効率も上がりますし、端末メーカーの負担も減りますね?

 はい。ですので、我々としては今の状況をまったく悲観していません。iPhoneのような製品を(auで)売るということももちろんできますが(笑)、やはり究極の製品差別化は、プラットフォームをスクラッチで開発することだと思います。心意気はありますので、今後も追究していきたいですね。

――ハードウェア設計の規定だけでなく、ミドルウェアも提供するとなると、いまのプラットフォームを“au OS”のような名称でアピールできるのは?

 そういった考えもありました(笑)。ただし、今のプラットフォームは5年近く利用し続け、その上でさらに下位互換も重視して進化させてきました。プログラム構造的にも積み上げに積み上げを重ねた状態で、ロジック層と表現層が別れておらず、現在のスマートフォンで必須となるタッチパネル前提の操作感を効率的にサポートできないといった課題もあります。過去のしがらみに囚われず、現在の時間軸で私たちが表現したいものを、完全スクラッチで実現したいと考えています。

Snapdragon採用でなにが変わった?

中馬氏がインタビュー時に持参した、KCP3.0開発用の試験機。1GHz CPUのSnapdragonを駆動させていたため、サムネイルの一覧表示動作などがあきらかに早い。なお製品版では、バッテリー時間とのバランスからパフォーマンスの最適化が図られている

――新CPUのSnapdragonですが、実装にあたっての苦労はありましたか?

 やはり消費電力ですね。端末の電池パック容量は一般的な端末なら830〜870mA前後ですが、「T004」「S004」では930mAに増強しました。そのため、端末のサイズにも影響が多少出ています。

 またCPUやマルチメディア処理、GPS関連のコードが相当変更されましたので、ラッパーレイヤーにも処理を加えないと、APIが呼び出せなくなりました。ここがもっとも大変な部分で、1年以上クアルコムさんに詰めて修正しました。これが発表会の席などでは“最適化”の一言で済まされてしまうと、開発陣にも申し訳ない思いです(笑)。

――KCP3.0によって、はじめて利用できるようになった機能はありますか?

 チップセットの機能進化に依存するものなど、予定はありましたが、先述した通り、今回はプラットフォームの安定した移行を第一義としたため、新機能・新サービスは今年度下期以降のリリースにご期待ください。

――auでは今年の秋に、通信方式のマルチキャリア化(EVDOマルチキャリア)による通信速度の向上を予定していますが、KCP3.0では対応していますか?

 マルチキャリア対応については、まさに「KCP3.0」における進化の1つです。インフラ進化にともなう、サービス面での拡張も予定しています。

――ファームウェアアップデートなどで、今回の「S003」「T004」がマルチキャリアに対応する可能性もありますか?

 マルチキャリアについては、ハードウェアや電波法への適合申請なども関わるため、少なくとも今回の2機種は非対応となります。

 もちろん、au携帯電話にはケータイアップデート機能がありますので、新機能追加パッチの配布は理論的に可能です。ただし、販売網から端末メーカーさんまで含めた、サポート体制などへの影響が大きいため、「理論的にできる」ということと、「実際に実施する」かどうかは、別問題と考えています。

 スマートフォンではOSアップデートによる機能追加が当たり前のものになりつつあります。フィーチャーフォンにもその概念が及んでくるでしょうから、そういった意味でもケータイ文化が変化してくるだろうとは想像しています。

 ただし、現状の携帯電話をアップデートするとしても、その機能の評価試験を行って、正しく使えるかをメーカーが保証する必要があります。対してスマートフォンは、半年に1回程度のペースでOSがアップデートすることを前提に開発されています。この違いは、商品としての品質やサポートレベルの違いはもちろん、ものづくりの思想にまで及ぶ、比較的大きな変化点になります。

――スマートフォンとフィーチャーフォンを区別している垣根は、今後も少しずつなくなっていくのでしょうか?

 できることの技術的な差は、すでにほとんどありませんよね。ですがauでは、スマートフォンとフィーチャーフォンをそれぞれ展開し、フィーチャーフォンについては機能追加を目的としてファームウェアアップデートは行わない計画です。

 というのも、フィーチャーフォンは、シンプルな家電としての利用感を確保していきたいからです。携帯電話は本当にさまざまな層の方にご利用いただいていますので、「ある日、アップデートで突然ユーザーインターフェイスが変わっていた」としたら混乱されてしまう方もいらっしゃるでしょう。機能がフィックスしてるからこその使いやすさもあるはずです。

――なるほど、ありがとうございました。



(関口 聖 / 森田 秀一)

2010/6/25 06:00