どうなる携帯マルチメディア放送

mmbiが追求する“スピーディな市場の立ち上げ”


 地上デジタルテレビ放送への完全移行の裏側で、「携帯端末向けマルチメディア放送」と呼ばれる新しいサービスへの参入をめぐり、NTTドコモ系列のマルチメディア放送(mmbi)と、KDDI系列のメディアフロージャパン企画が競い合っている。

携帯端末向けマルチメディア放送は、アナログテレビ放送跡地を活用する

 携帯電話をはじめとする、さまざまな機器での利用が想定されている携帯端末向けマルチメディア放送では、従来のテレビ放送のようなリアルタイムでの映像視聴だけではなく、いつでも映像を楽しめるよう蓄積しておく機能や、電子書籍などを配信する機能などの導入も想定されている。

 実現までは、まだまだ時間がかかると見られているが、その放送設備を保有できるのは1社だけ、という方針が総務省から示されている。その後、参入希望者による討論会が行われ、民主党の情報通信議連が「2枠割当」を主張するといった場面を経て、総務大臣へ勧告する電波監理審議会が判断する、という状況になった。9月3日には、再び公開説明会が行われる予定だが、今回、mmbi代表取締役社長の二木治成氏、取締役経営企画部長の石川昌行氏に、同社が掲げる計画、これまでの議論について聞いた。

 

mmbiの考え

――これまで公開ヒアリング、非公開ヒアリングが行われ、さらに9月3日にもう一度公開説明会が行われることになりました。

二木氏
 だんだんと論点がクリアになってきたかなと思います。当社としては、「充実したコンテンツ」「利用しやすい料金水準」「対応端末の早期普及拡大」という3つのポイントを掲げてきました。また第2回の公開ヒアリングでも質問があり、その場でも回答しましたが、携帯端末向けマルチメディア放送は、“最後のメディア”だと捉えています。

mmbiの二木社長(左)と石川経営企画部長(右)

 “最後のメディア”というのは、情報の受け渡し媒体として、大きく「衛星」「地上」という区分があり、その下に「通信」「放送」があり、さらにその下に「固定」「モバイル」と分けていけば、「地上」「放送」「モバイル」という携帯端末向けマルチメディア放送は、これまで実現していない形態なのです。たとえば「衛星」「放送」「モバイル」という分類として、直近では「モバHO!」というサービスがありましたが、専用端末の開発や1000円~2000円程度の料金、コンテンツのラインナップといった要因で、うまくいかなかったわけです。料金がお手頃で、端末がスピーディに普及すれば、多くのユーザーを獲得でき収入に繋がります。エリアについては、モバHO!はギャップフィラー(中継装置)を導入していましたが、エリア/料金/コンテンツという3つをうまく組み合わせなければいけなかったのだと思います。

 ですので、我々の計画では、エリアを1年目で人口カバー率60%にし、設備も効率よく配置して、50年におよぶ放送のノウハウを活かす技術で、委託事業者(コンテンツを提供するソフト事業者)向けの料金を下げ、リーズナブルに提供しようというわけです。端末についても、ドコモ、ソフトバンクモバイルに採用されることで、5年後に5000万台という目標を掲げています。端末の普及、料金、エリアの拡充と同時進行でなければ難しい事業だと思います。

――「放送」「通信」という分類のうち、「放送」側に基づいた計画にされたのは、なぜでしょう?

二木氏
 メディアとしては明らかに放送だからです。基地局数を見ると、当社は125局、メディアフロージャパン企画は865局で、当社の7倍程度ですが、携帯電話の基地局数を見るとドコモは8万局を超えています。2桁違いますよね。両社ともに、携帯端末向けマルチメディア放送は、“放送ベース”だと思っているのでしょう。当社では、東京スカイツリーが利用でき、その1つの基地局で関東平野の1600万世帯(全国世帯の1/3)をカバーできます。各地方においても山頂、あるいは都市部のタワーを利用して効率的にエリアを構築する計画です。

 

エリアについて

――今回割り当てられるVHF帯ハイバンド(VHF-HIGH)は、207.5MHz~222MHzという帯域ですが、メディアフロージャパン企画が示したシミュレーションによると、両社の描く電波伝搬シミュレーションが大きく違っている、ということですが。

石川氏
 残念ながら、メディアフロージャパン企画の示された図がどういう条件で描かれたものか、わからないという点があります。電波伝搬というものは、論理や計算、統計データをつきあわせて、現実の環境にあわせて検証することになります。

図示して説明する二木氏

二木氏
 問題は都市部で、高層ビルの影響になりますが、これは今度の説明会でも述べなければいけない点ですが、結論からすると「エリア設計のアプローチの仕方の違い」だと思っています。基本的に、高層ビルがあっても問題はないという認識ですが、確かに東京スカイツリーから発せられた電波にとって、高層ビルは障害物となります。しかし電波は回り込んだりして、前へ前へと進んでいく。十数db程度の減衰はあり得ますけれども、そうした状況を考慮したとしても十分に都市部で感度を確保できると見ています。シミュレーションでは、地形やビルを考慮しますが、ビルはどんどん建てられますので、個別に検討しなければいけない箇所もあります。

石川氏
 メディアフロージャパン企画から示された図では、東京タワーから電波を発した場合のシミュレーションとして、東京・新宿付近の高層ビルが障害物となって、東京西部方面の感度が悪くなる、という形になっています。

二木氏
 東京タワーは、高さ240mあたりにアンテナを設置して電波を発しますが、都心部の高層ビルは高さが200m程度のものがあり、遮られてしまう。しかし当社がアンテナを設置する東京スカイツリーでのアンテナの高さは倍以上ありますから、障害が少なくなります。電波は遮られたとしても回り込んだり、反射したりすることもあります。メディアフロージャパン企画が示されたように“彗星の尾を引く”ような形で電波感度が下がることはありません。また東京タワーでは補強工事が予定されている、という話もありますので東京タワーが利用できないのでは、という懸念もあります。

――1枠割当ということであれば、メディアフロージャパン企画に割り当てられた場合、あちらがスカイツリーを利用できるという形にはなりませんか?

石川氏
 それでは当社の計画と同じになってしまうのではないでしょうか。そうした点を含めて、両者の開設計画の妥当性を評価していただくことになると思います。

――建物の奥まった場所、たとえばマンションのトイレや浴室付近といった場所ではどうでしょうか。

二木氏
 将来的には、宅内用の超小型ギャップフィラーといった装置があり得ると思います。通信ですと、中継装置の設置は干渉などを考慮する必要がありますが、放送はより簡単でそのまま増幅して中継するだけでいいのです。また、ビル周辺のビル陰で感度が悪くなるような場所もギャップフィラーを設置することを想定していますが、ビル陰カバー用のギャップフィラーは1台200万~300万程度で、総額は1億円もいきませんので、計画全体に影響を与えるほどではありません。

 

電監審、評価軸について

――評価、判断という面では、今回、電波監理審議会(電監審)が判断することになりました。過去に例がない形ですが、どう思われますか。

二木氏
 2008年の電波法改正で、そうした諮問が可能になったということですので、それが今回行われたことになります。これまでにいろんな議論があって、透明性を重視する手続きとして、1つの手段なのだろうと思います。

――電監審の委員の方々は、電波や放送の専門家ではなく本当に判断できるのか、という指摘もあります。

二木氏
 これまでの議論で総務省にさまざまなデータがあり、そういった材料を使って判断されるのですから、まったくゼロから判断するわけではありません。9月3日の公開説明会という機会もありますし、総合的に判断されるのではないでしょうか。

――どのような基準で評価されるか、まだ見えていませんね。

二木氏
 当社が採用するISDB-Tmm、メディアフロージャパン企画が採用するMediaFLOはそれぞれ特徴はありますが、情報通信審議会での検討を経て、携帯端末向けマルチメディア放送の技術的要件を満たしていますので、その分の評価ではないのだろうなと思っています。

 つまり、あくまでも事業計画やその確実性というものがあるだろうと考えています。そして総合的に評価されるのでしょう。設備コストという要件はユーザー料金に反映されます。事業としての確実性という点では、優勢かと見ています。エリア品質について、メディアフロージャパン企画からは「大丈夫か」と言われていますが、安かろう悪かろうというものにするつもりは当然なく、いろんな(置局の)組み合わせによって最適なエリア設計ができると思います。

石川氏
 総務省から示された開設指針は覆っていない、と認識しています。その上での評価ですよね。

二木氏
 もう1つ、委託事業者向け料金の違いや、ISDB-Tmmは従来のワンセグ(ISDB-T)の進化系で国内メーカーは技術があり、開発しやすいという点があります。

 

「2枠」という主張は前提が崩れる

――8月6日に行われた民主党の情報通信議連で、民主党の議員から「2枠割当」を求める声があがりました。

石川氏

 基本的には、昨年11月の参入希望調査の時点でメディアフロージャパン企画も1枠を求めた、と認識しています。それを踏まえた議論を行い、ここまで来て「2枠で」と言うことになると、これまでのことをご破算することになります。総務省でも検討されたと思いますが、1事業者という内容でパブリックコメントの募集が行われ、それに対して双方異論なくここまで来たとい経緯があります。1枠という前提できていますので、2枠ということになると事業計画を見直さなければなりません。ルールを変えるなら、それなりの覚悟というか、影響が出ることを受け止めなければいけないでしょう。

二木氏
 どこでビジネスを活性化するかという話でしょう。ただ、最終的にユーザーの利便性を考えれば、方式が1つになっていることで、端末選びのときにも悩まずに済み、コストの効率化も期待できます。

石川氏
 仮に2枠ということになれば、1社あたりの帯域が現在想定されている14.5MHz幅の半分になりますので、委託事業者向け料金は倍になります。そのあたりを踏まえ、日本の産業として、国がきちんと判断をしたということだと思います。

――4月に公開されたパブリックコメントと、それに対する総務省の説明を見ると、総務省としては「ハードを1社にして、その上のレイヤーとなるソフトで競争環境を」と想定しているように思えます。

二木氏
 放送サービスにおける前例を探すと、衛星放送サービスでしょうか。さまざまな事業者がいましたが、最終的にインフラを一本化しなければ事業の継続が難しくなりました。設備投資についても、移動体通信と放送では考え方が異なります。移動体通信、つまり携帯電話であれば、細かく基地局を設置していくことで収容能力があがり、より多くのトラフィックをさばけるようになりますが、放送は一斉同報する形ですから基地局を細かく配置しても能力が倍になるわけではありません。放送というものでは、共通のプラットフォームで、その上でサービスなどの競争が行われることが望ましいのではないでしょうか。移動体通信でも、第3世代では通信方式にばらつきがありましたが、3.9世代では各社がLTEを採用することになりました。

――民主党議連の勉強会で、総務省側からは「ベンチャー企業も委託として参画できるように」といった話がありましたが、委託事業者向け料金は、mmbiもメディアフロージャパン企画もベンチャー企業にとっては高額に思えます。

二木氏
 そのあたりはいろいろと検討しなければいけません。市場を拡げるため、受託事業者がISDB-Tmmであれば、どういうことが実現できるか、委託事業を検討されている方々へお知らせすることで、早く市場を拡げたいですね。

石川氏
 委託事業者のサービス提供の在り方については、我々もメディアフロージャパン企画と同じようなことができます。ただ、「委託事業者」と「番組提供者」の線引きをどうするか、これから総務省が判断されるのでしょう。たとえば(KDDIの)小野寺社長が言うように5分ずつ区切ってコンテンツを提供、というケースの場合、コンテンツ提供者全てに免許が必要ということになるかどうかといったあたりですね。

 

月額315円というサービスイメージ

――今回はインフラを保有する受託事業者の免許についての議論が行われていますが、mmbiとドコモでは、映像配信サービスのBeeTVを例に、「月額315円」というサービスイメージを強く押し出しています。しかし、1つの番組提供者で課金という形なのか、全体での料金ということなのか、どちらなのでしょうか。

二木氏
 315円というのは、少なくとも一事業者としてmmbiが参入できれば実現したいと考えているイメージですが、1セグメント部分の委託放送事業との兼ね合いもありますし、これから総務省が委託ビジネスをどう検討されるかというところになります。ただし、そのチャンネルをどう使っていくか、並行して考えていかなければいけないのでしょう。想定はいくつかあれど、明確な答えはないという形です。

――とすれば、これまで主張されてきた内容が委託の議論を先行して行っていると捉えられたり、受託事業者としての議論をしていないのではないかと思われるという危惧はないのでしょうか。

二木氏
 本来は、受託と委託は本来一緒に考えるべきビジネスです。委託がどういう形になるか、今後議論するべきかもしれませんが、我々は現時点においても、議論の中では一緒に考えて、それぞれのビジネスを考えた上で、315円というエンドユーザー向け利用料と、年間10億円という委託料は連携が取れているので、切り分けて判断する、という話だと思います。一緒には議論していって、最後には、利用料やエリア展開スピード、端末普及スピードといった事業目標ができていくのではないでしょうか。

 

“通信と放送”の垣根

――mmbiは“放送”的な考え方、メディアフロージャパン企画は“通信”的な考え方で計画を立てられているように思えます。

二木氏
 メディアフロージャパン企画が指摘しているエリア品質も実現しますし、通信と放送の連携サービスもやりますと、両面やっていくべきだろうと思います。大容量コンテンツが通信ネットワークを圧迫するのであれば、ある時間帯で携帯端末向けマルチメディア放送を使うこともあるでしょう。委託放送事業について、どうあるべきか、総務省と意見を出し合いながら決まっていくのでしょう。

 BeeTVのようなコンテンツだけではなく、さまざまなコンテンツの組み合わせになるのでしょう。たとえば「みんなの放送局」とでも言えるようなサービスも考えられます。コンテンツと言えば放送事業者、というわけではなく、ある枠においては、個人や小さな団体が手がけた面白いコンテンツを、全国に流せる仕組みというイメージですね。通信における“YouTube”のようなものかもしれませんが、誰でも発信できるようになると、新たな市場が拡がるでしょう。いろいろと想定はできますが、実際のところ、エリアや事業領域、端末普及を考えなければいけません。思わずおっしゃられたと思いますが、KDDIの小野寺社長が「うまくいかなくても(KDDIが)責任をもってやるんだ」と言う発言があり、それも1つの考え方かもしれませんが、携帯端末向けマルチメディア放送を使ってどういったサービスが実現できるか検討することが、一番進むべき道だと思います。

石川氏
 ファイルキャスティング(電子書籍のようなコンテンツを同報配信する機能)は相当多くなると思います。チャレンジしなければいけないと思っています。単なる土管になってしまうのではなく、「自分たちができることは何なんだ」とプレゼンスを探さなければいけません。単なる土管では通信のほうが効率的な場面があるかもしれませんので、新しいチャレンジが必要だと思います。

二木氏
 モバイルと固定の違いを見ると、利用シーンが違うのだと思います。コンテンツは、放送や通信などさまざまなルートで提供できますが、携帯端末向けマルチメディア放送は、どういう場面で使われるのかと。隙間の時間をつなぎ合わせるサービスがモバイルだと思っています。“タイムギャザリング”(時間を集める)という言葉を考えたのですが、電車に乗っている時間や待ち時間を使って本を読み進めていくと、数日かけて1冊の本を読了できます。それと同じようなサービスを実現できるのは、携帯端末向けマルチメディア放送のファイルキャスティングでしょう。コンテンツを、放送波を使って、同報配信・蓄積するという形ですね。

――そうした発想を放送系の方々は受け入れているのでしょうか。

二木氏
 かつて「通信と放送の融合」という言葉が流行しましたが、私は「通信と放送の“連携”」が正しいと思います。放送波で同報配信という形態は“放送的”ですが、コンテンツの受け取り方が“通信的”ということであれば、まさに連携ですよね。それがモバイル環境で、さまざまな場面で利用していただけるようにすると。(mmbi関連の放送に携わる)身近な人たちはそういう認識です。

石川氏
 最近ではビデオ・オンデマンドのようなサービスが成長の萌芽を見せていることもあって、当社に出資していただいている放送局は「ここは新しい局面になるかもしれない」という発想になってきていると思うんです。もう少し、暖かい目で見守っていただければな、と思います(笑)。これまでの放送との大きな違いは、従来は資本の多くを放送局が持たれていましたが、今回はそうではないというところでしょう。

二木氏
 インターネットが「さまざまなコンテンツが存在する環境」とすれば、放送はある程度編成・編集されたものです。ファイルキャスティングには、レコメンド(推薦)の機能があって、ユーザーの性別や年齢、といった属性を元に「この方にはジャズ番組」などオススメコンテンツを紹介する、といったことが実現できます。何かに応募したり、通販番組で購入したりするときも、携帯電話のIDが送信されてすぐ手続きできる、といったことが実現できます。

石川氏
 早期にぐっと立ち上げて、ビジネスが成り立ちそうだという環境になれば、新たな観点でのコンテンツが出てくるでしょう。そうでなければ飽きられます。

二木氏
 やるんだったら、一気にやらなければビジネスとして成功しないと思います。

石川氏
 ガラパゴス、ガラパゴスと言われますが、これを海外に持って行きたいですね。

二木氏
 iモードのときは、さまざまな事情で十分に発展していないところがありましたが、ISDB-Tは南米を含めて10カ国で採用されました。

――今回の14.5MHz幅に対応したISDB-Tmmのデバイスはもう完成しているのでしょうか。

二木氏
 ISDB-Tmmのチップがまだ開発されていない、あるいは標準化されていないという質問を受けたこともありましたが、チップは開発されており、試作機も完成しています。もともとのISDB-Tについては、国内外メーカー10社程度が技術を持っていますので、いざというときには一気に加速できます。シャープ製の試作機をWIRELESS JAPAN 2010で展示しました。

 アンテナについては、ワンセグでも専用アンテナを設けているものがほとんどでしたが、最近では内蔵するものも登場してきたように、技術の進展があります。携帯端末向けマルチメディア放送がスタートするときには専用アンテナが必要かもしれませんが、徐々に技術で解決することになろうと思います。

――先日の公開ヒアリングでは、ISDB-Tmmの技術標準は固まり、運用規定を策定中で、とのことでしたが、そのステータスに変わりはないでしょうか。

二木氏
 そうですね。準備は進んでおり、ITU-Rについてもドラフトを提出をして勧告を待っている段階ですので、年内には……という形です。公開ヒアリングの中で、MediaFLOと比べ、標準化などが遅れていて、海外展開が難しいと言われたこともありましたが、そうではないと断言できます。

――今日はありがとうございました。

 



(関口 聖)

2010/9/2 09:16