キーパーソン・インタビュー

貿易投資総省ヒューズ氏に聞く、英国モバイル市場の現状


英国貿易投資総省のトニー・ヒューズ氏

 iモードやEZweb、Yahoo!ケータイなど、携帯電話向け専用ブラウザを搭載したフィーチャーフォン向けのコンテンツ販売に支えられた日本のモバイル市場。キャリア主導による決済手段の確立、DRMの完備といった運用面での後押しもあり、数々のコンテンツプロバイダーに大きな利益をもたらした。

 その日本市場が大きな転換点を迎えている。iPhoneをはじめとしたスマートフォンの台頭だ。2010年にはAndroid端末が日本でも躍進。よりリッチなコンテンツ、ネイティブないしWebベースの高品質なアプリを求める傾向が強まっている。

 危機感が強まる一方で大きなチャンスの予感もある。国際的に仕様が統一されたスマートフォンであれば、日本市場向け限定だったコンテンツをより簡単に海外へ展開することができるからだ。

 魅力ある海外市場だが、中でも英国は「スマートフォン先進国」だという。今回は、駐日英国大使館主催のモバイルビジネスセミナーのために来日した、英国貿易投資総省 デジタルテクノロジー&コンテンツ セクター・チャンピオンのトニー・ヒューズ氏に伺った。

ヨーロッパ、そしてデジタルコンテンツの中心地=英国

 ヒューズ氏が籍を置く貿易投資総省は、英国でのビジネスを検討する企業向けに、さまざまなサポートを行う政府機関だ。ビザの発給をはじめとした法務全般、異業種間の連携の手助け、さらにはベンチャーキャピタルの紹介なども行う。ヒューズ氏自身はテレビやデジタル関連のメディアに長く携わった経験もあり、現在は主に海外から英国進出を目指すメディア企業へのフォローを担当している。

 英国はヨーロッパの中心地であり、さまざまな国からモバイル関連企業が参入している。iTunes Storeなどのような超・国際的なサービスは当然のこと、中小の各社がサービスを競っている。仮に日本企業が海外進出するとした場合、イギリスを拠点として選ぶメリットにはどんなメリットがあるのだろうか。

 ヒューズ氏は「例えばゲームのような、クリエイティビティの高いコンテンツは、文化的背景を考えても英国にフィットするだろう」と日本と英国の近似性を指摘する。しかし、日本のコンテンツを単に翻訳しただけでは成功するとは限らず、「英国市場、ひいてはヨーロッパ的なセンスへの理解も必要になる」と補足する。

 その上でヒューズ氏は、英国がヨーロッパの地政学的中心地であると同時に、デジタルコンテンツ開発の中心地であることにも着目すべきだと主張する。「旅行アプリを作るにしても、まず交通ネットワークを理解し、そのデータをだれが所管しているか調べ、さらにアプリに実装もしなければならない」と、あらゆる段階で外部企業との連携が必要になるため、数多くの企業が拠点を構える英国の利便性は非常に高いと語る。IT企業同様、マーケティング関連企業も多いため、モバイルコンテンツの広告を行う上でも英国進出のメリットは大きいとした。

高性能スマートフォンが受容される英国市場

 ヒューズ氏は2009年11月にも来日し、本誌のインタビューに応じている。それから約1年4カ月が経過する間に、日本ではスマートフォンの存在感が急激に高まり、人気コンテンツが一変した感すらある。ヒューズ氏は「前回の来日時、モバイル市場は携帯端末ごとにフラグメンテーション化(断片化)していて、コンテンツプロバイターにもたらされる収益も相対的に少なかった」と話し、以後、iPhoneをはじめとしたスマートフォンの登場が大きな変化をもたらしたと指摘する。

 英国における国民1人あたりの携帯電話保有台数は当時1.25台だったが、最新の統計では1.3台へと増加。英国人口約6000万人で換算すると7800万台に相当する。

 ヨーロッパの他の国と比較した場合、英国のスマートフォン保有率は非常に高いが、中でもハイエンドモデルが好まれているのも特徴という。ヒューズ氏によれば、英国内で利用されているハイエンドスマートフォンは約1600万台に上る。

 アプリの利用に適した高性能スマートフォンが多い英国市場は、高性能・多機能のアプリを受け容れる土壌があることも意味する。ヒューズ氏も「日本の企業はアプリの開発経験が長く、すでに膨大な量のFlashゲームを開発済みのはず。英国でもFlash対応端末が増えてきており、これらを容易に輸出することもできるのではないか」との見解を示した。

 ハードウェア技術の進展も著しい。「英国や日本に限った話ではないが、アップルもHTCをはじめとしたAndroid勢やBlackBerryとの激しい競争に晒されている。さらにiPadなどのタブレットも市場を確立しつつある」と、大競争時代にあることをヒューズ氏は強調。英国市場も今後さらに拡大すると予想される。

 また、ヒューズ氏は、日本で人気のあるモバゲーやGREE、mixiといったモバイルでのソーシャルネットワークに依拠したビジネスモデルが、ヨーロッパにも登場しつつあると説明。その代表例はFacebookで、英国ではモバイルインターネットに消費する時間の約50%をFacebookが占めるという統計も出ている。さらに「PCだからこそ実現できた“ベスト”なアプリが、日本以外のモバイルでも楽しめる時代になってきた」と、通信回線面での発展にも言及した。

決済手数料30%は高い? 安い?

 スマートフォンの登場によってもたらされた大きな変化の1つに、アプリのオンラインストアがある。日本においては通信回線を提供するキャリアが独自のコンテンツ決済網を構築し、着うたや待受画像の料金を収受し、手数料を得ていた。しかしオンラインストア、特にiPhone向けのApp Storeではアップルがアプリ販売の手数料を得ている。キャリアは収入源を失い、アップルが受け取る手数料(30%)はキャリア課金に比べて高すぎるという不満も漏れ聞こえる(NTTドコモのiモード決済手数料は一般に10%程度とされる)。

 とはいえ、これはあくまでも日本国内の話であって「コンテンツプロバイター側が70%という取り分は、ヨーロッパでは十分良い数値」と、ヒューズ氏は苦笑混じりに語る。日本企業にとっては短期的に不利な条件ながら、国際的オンラインストアという巨大市場に容易に参入でき、さまざまなマーケティング活動への波及を考えれば受容できる範囲ではないかとコメントした。

 また、モバイルの分野ではHTML 5にも期待が集まっている。Webベースでより高度な表現ができるHTML 5が本格的に普及期すれば、アプリストアを使わず、ブラウザで直接アプリないしサービスを提供し、さらに外部の決済手段を利用する方向にも道が開ける。こういった外部決済サービス同士の競争、またAndroidでは複数のマーケットが運営される実体を鑑みれば、将来的には手数料の低減、コンテンツプロバイターの収益最大化にも繋がる可能性も高い。

 ヒューズ氏が個人的に期待を寄せている日本製コンテンツは、ずばりゲームだ。「丁寧に作られたゲーム、そして端末の特性を活かしたゲームは国を問わずに受け容れられると思う」と話す。ちょっとしたユーモア、ゲームの背景にストーリー性を用意することも重要という。ただし競争相手も多いため、アプリストアでなんらかの検索をして、上位10位以内に食い込めるだけの施策も同時に必要だと指摘している。



(森田 秀一)

2011/3/8 06:00