「SH-06D NERV」担当者インタビュー

スマホになった“ヱヴァケータイ”開発の舞台裏


 NTTドコモが発表した2012年の夏モデルには、特徴的なコラボモデルがラインアップされている。1つは、人気コミックとのコラボとなる「L-06D JOJO」、もう1つが「SH-06D NERV(ネルフ)」だ。

 「L-06D JOJO」については、別途、インタビューを掲載するが、今回は今秋公開予定の映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の世界観を反映し、劇中に登場する組織「NERV」の官給品、しかもその流出品という設定で開発された「SH-06D NERV」について、NTTドコモ プロモーション部の岡野令氏、プロダクト部の小川洋介氏の話をお届けする。

SH-06D NERV

 両氏からは、「SH-06D NERV」に搭載されるコンテンツや機能の狙いや裏話はもちろん、どういった考え方で「SH-06D NERV」が開発されたのか、先代モデルのiモード機「SH-06A NERV」からの積み重ねなど、エヴァファンならずとも興味深い、多岐に渡るエピソードが紹介され、2年以上にわたって注がれた情熱を垣間見ることができた。

ドコモにとってのコラボモデル とは

――ドコモの“エヴァケータイ”としては今回2機種目になるわけですが、先代の「SH-06A NERV」が発売されたのは2009年夏でした。まずは開発の経緯から教えてください。

ドコモの小川氏(左)と岡野氏(右)

岡野氏
 私自身は、ドコモのコラボモデルのプロデュースを担当しています。ですから、「L-06D JOJO」も私の担当です。振り返ると、ドコモのコラボケータイは、iモード時代からデザイナー、服飾ブランドなどとの協力が多く、スマートフォンのラインアップの中にも、そうした機種を提供しています。

 ところがスマートフォンは、外観でデザインできる余地がiモード端末と比べて少ない。端末の半分はディスプレイです。これまでもコンテンツが重要でしたが、スマートフォンでは、さらに“画面の内側”の重要性が増します。外観だけを追求しては、スマートフォンならではの魅力を引き出せないと思っていました。デザインコラボを進めつつ、もう一方で、我々がコンテンツコラボと呼ぶ、カリスマ的なパワーを持つコンテンツとのコラボを進める必要がある、と考えました。

――そこで出てきたのが……

岡野氏
 1つがこの「SH-06D NERV」、もう1つが「L-06D JOJO」です。ベースとなった「SH-06D」はNOTTV対応で映像との相性が良い機種です。一方「L-06D」は電子書籍に向いた画面サイズです。

 なぜエヴァなのか、なぜジョジョなのか。「L-06D JOJO」についてはまた別の機会にお話しますが、エヴァについては、現時点で“動画分野で頂点となるコンテンツ”ということがあります。また、2009年夏の「SH-06A NERV」の発売時、既に「次も」と、担当者レベルで話は出ていたのです。当時のデバイスやOSでは実現できなかったことがたくさんあり、そこへスマートフォンが徐々に登場しつつあったので、2010年初頭から内々には動きはじめ、その段階から「次はスマートフォン」と決めていました。

iモード機「SH-06A NERV」にも3Dを意識したコンテンツがあった

 たとえば、今回、特徴的な3Dに関しては、先代の「SH-06A NERV」でもエヴァの世界観を反映させるため、3D風のコンテンツを収録していました。しかし3D液晶が普及しておらず、リアルな3Dは実現できなかった。またデコメ素材やキャラクターボイスなどを当時、配信で提供しましたが、本当はリッチなアプリケーションも提供したいと思っていたのです。
――ちなみにiモード機の「SH-06A NERV」は発売後、どうだったのでしょう。

小川氏
 実際に先の年末(2011年12月)に調査したところ、まだ2万数千台が利用されていることがわかりました。2年半以上、大事に使っていただいています。

――通常は、2年以上経過すると、どのくらい利用し続けているものでしょうか。

岡野氏
 だいたい3割程度だと思います。もちろん都市部、地方で状況が異なり、一概には言えません。予約時には、用意した3万台(追加分を含め3万7500台が販売された)を求める方々で、システムもパンクしました。

iPhoneの後追いはしない

――あれから3年ですが、エヴァケータイとして、先代の「SH-06A NERV」がいかに愛されているか、顕著に示されていますね。

岡野氏
 ですから今回の開発でも、長期間、大事に使っていただけるモデルを目指しました。そうした方は「SH-06A NERV」だけを使っているのではなく、iPhoneなどと併用している方が少なくない。便利に使える機種があっても、これ(SH-06A NERV)は手放せない、という方々なのです。私も小川も個人的にiPhoneも利用しています。ドコモとしてもiPhoneは良い製品で、否定はしません。しかし、エヴァケータイは、iPhoneを使う方にもプラスアルファで利用していただけている。

――それはエヴァンゲリオンという作品だからこそ、でしょうか。

岡野氏
 もちろんそれは大きいですが、それだけではないと思います。なによりも先代の「SH-06A NERV」はブレがなかった。これはカラー(新劇場版の企画、制作を手掛ける)さん側も、我々もそうです。ビジネス的なことを優先して考えたのではなく、関与したメンバー全員、「エヴァンゲリオン」が大好きで、欲しい物を突き詰めました。むしろ商売っ気は一切無くて、正直言って、採算はとれていません。どちらかと言えば、ファンである自分たちが満足できる物をきちんと作り上げれば、同じファンであるユーザーの方々にも欲しいと思っていただける製品になるはずと考えました。上層部からはいろいろと言われましたが、やるべきことを突き詰めて1つも妥協することなく、今回の「SH-06D NERV」も開発してきました。商品を企画する上で妥協したり、商売っ気や欲を出すと決して良いものはできません。

小川氏
 さきほどiPhoneのことが出ましたが、もう1つ、重要だと思っていたのは、「Androidでどこまでできるのか見せたい」ということでした。スマートフォンを追求していくと、どうしてもiPhoneに似る部分が出てきます。また、報道などで「日本メーカーに元気がない」とも言われます。そうじゃないんだ、と以前から示したいと考えていました。日本独自の製品、日本メーカーが手がけるスマートフォンとして、海外でもアピールでき、幅広い年齢層で認知されているエヴァンゲリオンの世界観を借りて、スマートフォンを開発しようと考えたのです。

3DかLTEか

――そして2012年夏に登場、ということになったわけですね。

岡野氏
 このタイミングになった理由の1つは今秋公開予定という映画です。こちらの開発と、映画の制作は同時期に進められる格好ですから、その内容はまったく知らず、「SH-06D NERV」が劇中に登場するかどうかわからないのですが、前回「官給品を開発した」ということもあり、映画にあわせようと考えました。もう1つは、“スマートフォンとしてのタイミング”を待っていました。ちょうど昨年頃から、ある程度機能、OSが安定し、市場への普及が見込めるようになりました。コラボモデルを最も完成度の高い状態で投入できるタイミングはどこか考えると、2012年夏だろう、と判断したのです。

――「SH-06D」をベースにしたのはなぜでしょう。

岡野氏
 そもそもゼロから作り上げるのではなく、ベースモデルありき、となることについてですが、「好きな食材を何でも選んで、8万円のコース料理」を提供することは簡単ですよね。店頭価格は、最終的に店舗が設定することですが、「SH-06D NERV」は先代モデルよりも製造コストを下げており、できるだけユーザーへ安価に届けたい、ということで一貫して、ベースモデルの選定から開発まで行っています。もし今回の“ヱヴァケータイ”をゼロから開発すると、とんでもない価格になります。

小川氏
 ですから「SH-06D NERV」は、あくまで「SH-06D」のカラーバリエーションとして提供されます。別の型番、別の機種にすると、その分コストが上積みされるのです。

岡野氏
 ベースモデルが「SH-06D」になったのは、いくつか理由があります。Android 2.3搭載ですが、これはAndroid 4.0へのバージョンアップを行う予定で、あまり判断を迷う要素ではありませんでした。画面サイズ(約4.5インチ)はちょうどよく、2年~3年経っても平均的なサイズだと見ています。

 そしてベースモデル選定では、3D対応機種か、LTE対応機種か、ずいぶん悩みました。「Xi」を進めるドコモとしては、LTE対応機種という考え方もあるのですが、現時点でまだLTEのサービスエリアは都市部が中心です。全国にいるファンのことを考えると、3DとLTEのどちらが喜ばれるのか。購入すると周囲に自慢したくなるはずですよね。高速通信でさくさく楽しめることも重要ですが、「これはすごい」と喜んでもらえるのは3Dだろうと考えたのです。

スタンドに「NERV ONLY」

小川氏
 春モデルベースとはいえ、デュアルコアのチップセット、ROM(ストレージ)やRAM(メモリ)など、性能的には夏モデルに引けを取らないと考えています。

――今後、Android 4.0へバージョンアップが行われると、何か新たな要素・機能が追加されることはあるのでしょうか。

岡野氏
 その可能性はありますが、ただ、Android 4.0になることでパフォーマンスが落ちるようなことはしたくないのです。チューニングに目処がついたところで、プラスアルファで検討できればと思います。

――ホームアプリの「MAGIホーム」を初めて目にしたときは、これまで目にしたことのある、どの3Dコンテンツよりも、3Dにぴったりという印象を受けました。

岡野氏
 ありがとうございます(笑)。しかし、開発当時、3Dテレビはビジネスとして成功している、とは言えない状況で、社内には3Dの搭載を見送るべきという意見も多くありましたが、あきらめず、3Dならではのコンテンツを企画し、カラーさんにもとても魅力的な動画を制作いただけたことで、結果的にうまく行ったと思います。

“流出品”になったワケ

――iモード版があったからこそ、今回、企画はスムーズに進められた、という印象です。

岡野氏
 設定の検討は非常にスムーズでした。前回は「官給品」という設定に落ち着くまで、半年、いや1年ほどかかっていますから。

――「SH-06A NERV」に続き、「SH-06D NERV」も官給品という設定になったのはなぜでしょう。

岡野氏
 先代モデルの企画当初は、いろんな路線を考えました。たとえば登場人物の(綾波)レイやアスカ(新劇場版では式波・アスカ・ラングレー)、あるいはEVAのカラーである紫、緑を基調にするなど、キャラクターに軸を置いたものですね。ただ議論を重ねて最終的に「劇中で登場人物が使うもの」にしようとなり、実際に前作(ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破)で登場しました。そして今回、先代で定まった官給品という路線はキープしつつ、全く同じでは面白くありませんから、さらに議論を重ね、設定をアップデートしました。

――今回は官給品、でも、その流出品という設定ですね。官給品であればユーザー自身が「NERVの一員」と世界観を味わえると思えますが、流出品にすると、そのあたりはどうなのでしょうか。

岡野氏
 前作の劇中では、登場人物、中でも(碇)シンジや(葛城)ミサトが先代モデルを手にして、コミュニケーションツールとして使っていました。現実では3年前に発売されたモデルですが、今秋公開の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の時間は、前作の直後とされています。ですから、“サードインパクト”(劇中で、発生が危惧される大爆発)が起ころうかというタイミングで「SH-06A NERV」を使っていたキャラクターが「SH-06D NERV」に機種変更していることはないだろうと。そこで前作で「SH-06A NERV」を手にしていないキャラクター向けの機種、と考えて、碇ゲンドウや冬月、リツコさんといったNERVの幹部・技術開発局の人物が手にする機種として、“MAGI”(劇中に登場するNERVの情報処理システム)にリモートアクセスできる機能を持った端末として設定しました。しかし、幹部が持つ機種が簡単に手に入ることはありません。従って流出品……となるわけで、手にする方にとっては、NERVの秘密を垣間見れる面白さがあるのではないでしょうか。

MAGIにアクセスするユーザーインターフェイス

――コンテンツもずいぶん凝った内容のようです。

岡野氏
 グラフィックデザインは、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」で、モニターグラフィックと呼ばれる、劇中の基地内ディスプレイのデザインなどを担当するTGB design.の市古(斉史)氏に担当していただいてます。そのためホームアプリ「MAGIホーム」のデザインは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」とも連動しています。

――プリセットのゲームは、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」のエピソードが元になっていますね。今秋に「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」が公開されれば、コンテンツが追加されることはあるのでしょうか。

岡野氏
 「Q」についてはストーリー展開を僕らも知らされていませんから、ストーリー性のあるコンテンツは「破」をベースにしたものになっています。「Q」公開後、連動コンテンツ配信の可能性はありますが、発売後のコンテンツ配信は、ドコモではなく外部(エヴァ関係会社)が運用する体制を予定しています。先代では、発売後のiモードコンテンツをドコモが無料で提供しましたが、スマートフォンの場合、アプリ1つとっても、一定額の投資が必要ですから、有料・無料を含め、きちんとしたコンテンツビジネスとして提供いただくのが良いと考えています。

ウィジェットで埋め尽くされたホーム画面

――先に3Dを重視した、と説明がありましたが、ホーム画面は奥行きがあって、独特の雰囲気がたっぷりです。

小川氏
 ドコモが進めるPalette UIをデフォルトにすることも検討しましたが、着せ替えのイメージが強くなるため、プリセットでPalette UIのオリジナルデザイン版を用意しつつ、デフォルトのホームアプリは独自のものにしました。これもTGB design.の市古氏に担当していただいていたこともあり、「MAGI」にリモートアクセスするディスプレイというデザインにしています。ロック解除時に表示される画面は、全てウィジェットで埋め尽くされています。

――これが全てウィジェット、というのもすごいですね。

ホーム画面のアイコンはカスタマイズ可能

小川氏
 最近のモデルはRAMを増加させていますが、以前の機種ではこれだけウィジェットを設置すると、パフォーマンスに影響するでしょう。シャープさんも、操作性のチューニングを以前より追求していますし、“ぬるぬる感”の操作性は、今回我々も追求した部分です。

岡野氏
 ウィジェットだらけで、一瞬わかりにくいと思われるでしょうが、2日もあれば慣れます(笑)。

小川氏
 その一方で、アプリ一覧(ドロワー)は一般的なスマートフォンと同等です。

岡野氏
 試行錯誤を重ね、いくつか前のバージョンでは、アプリ一覧もカスタマイズするものを検討しましたが、ユーザビリティとして、アプリ一覧は見やすさを重視しました。

小川氏
 その一方で、ウィジェットと並べるホーム画面上のショートカットは、デフォルトアイコンのほかに、100種類ほど用意した好みのアイコンを選択できます。そのなかには、世界観を反映し、オレンジや緑を強めたデザインもあります。

オリジナルアプリ、3Dムービーも

――収録コンテンツも独特のものばかりです。

岡野氏
 アプリについても、100種類以上検討しましたが、最終的には3Dムービー、ゲーム「Attack of the 8th Angel」、NERV職員専用アプリに絞り、リッチで魅力的なコンテンツを実現すべく、予算を集中投下しました。ちなみに外装デザインについても、きせかえパネルは2種類を用意しましたが、その他、数十個のアイデアを出した上で絞り込んでいます。普通の機種は、そこまでやりません。開発途上での“ボツコンテンツ”“ボツデザイン”は、特設サイトで動画として紹介します。

小川氏
 Palette UI用の壁紙には、貞本義行氏(エヴァンゲリオンのキャラクターデザイン、コミカライズなどを担当)によるイラストが収録されています。貞本さんのイラストは、そう簡単に利用させていただけるものではなく、「SH-06D NERV」に収録されていることの重みはファンの方にはすぐご理解いただけると思います。

岡野氏
 職員アプリは、登場キャラの1人である伊吹マヤとのテキストチャットを楽しめる、というものですが、自由にテキストを入力するのではなく、バーチャルな形でのチャットを楽しめます。使いこんでいくと、徐々に仲がよくなって、電話がかかってきたり、目覚ましとして利用したりできるようになります。当初は伊吹マヤだけですが、今後、キャラクターは増える予定です。このアプリは、ドコモ社内のスマートフォン用イントラネットアプリがきっかけなんです。社員録や社内メール、スケジューラーへアクセスできるスマートフォンアプリで、NERVという組織でも同じようなツールがあれば便利だろう、ということで作りました。社内のシステムがアイデアとして役立ったなあと思います(笑)。

小川氏
 3D動画も今回のために新たに起こしたシーンを収録しています。1カ月ほどかけて、試行錯誤を繰り返しながら、かなり注力して制作されたものです。

岡野氏
 「Q」の制作に入る前に、カラーさんが自ら手がけたものですが、3Dは初めてということで、かなり力を入れて制作してくださいました。これまでの作品で、3Dが際立つシーンを集めつつ、まったくの新しいシーンも追加していただいたものです。

小川氏
 3Dモデリングデータの表示機能もありまして、これは子供の頃に親しんだ“怪獣大百科”のようなイメージのコンテンツです。使徒などのレンダリングデータをカラーさんからいただいて、「破」までのメカニックやEVA、使徒、メカニックはほとんど収録しています。

岡野氏
 レンダリングデータは、アニメ作品用のもので、背景などが付加されてアニメとして、一般の目に触れることになります。

――ということは、このレンダリングデータは、「SH-06D NERV」以外では……。

岡野氏
 見られませんね。さらに、この液晶にあわせて調整もしています。

――スマホ用なのですか。

岡野氏
 画面サイズによって、3Dコンテンツは見え方が違うのです。たとえばテレビ画面のサイズに適した3Dコンテンツをスマートフォンで視聴すると、飛び出しが弱すぎて3Dに見えません。焦点距離、飛び出し量など、立体的に見せつつ、快適に楽しめるよう調整しているのです。こうした取り組みでわかったのは、「3Dは、単に2Dをそのまま変換するような、楽をしちゃいけない」ということですね。カラーさんの取り組みを見ていて、そう思いました。

【お詫びと訂正 2012/6/12 11:58】
 記事初出時、画面サイズと3Dコンテンツの効果に関する記述に誤りがございました。お詫びして訂正いたします。

“エヴァ”ファンを満足させたい

――スマートフォンではデザインの余地が少なくなった、ということですが、「SH-06D NERV」のリアカバーは2種類用意され、ずいぶん凝ったデザインです。

岡野氏
 3月の発表時は1種類だけ披露しましたが、ファンの期待へ応えるため、サプライズとしてもう1種類用意し、計2種類のデザインを提供することは最初から決めていました。1つは「特殊装甲」で、もう1つは「通常携行用、MAGIとの親和性を高める有機素子膜合成仕様」という設定です。デザインを決める際には、官給品を彷彿とさせる先代モデルのDNAは継承しつつ、同じ物は避けたいと考えていました。先代モデルの外観は男性っぽいと評価されることが多いものの、実際のユーザーの25%は女性だったのです。もっと女性は少ないと思っていたのですが、今回はより幅広い層に向けたデザインが必要と考えました。

2種類用意されたカバー

――なるほど。

岡野氏
 特殊装甲用としているデザインは、先代モデルのデザインを踏襲したものですが、先代はディスプレイを回転して折りたたむ機構を採用し、あまり凹凸がつけられませんでした。しかし今回は、クレードルがあるとはいえ、制約が前回ほど厳密ではなく、金型で深く凹凸を付けて、ざらざらとした質感を加えています。そして、このカラーリングは、実は印刷なのです。

――どういった処理なのでしょうか。

岡野氏
 印刷は非常に難しく、変に光沢が出ると安っぽく見えてしまいます。通常、リアカバーは2~3の工程で処理されるのですが、“特殊装甲用”のリアカバーは7~8工程かけています。正直に言って、歩留まりも非常に悪く、採算度外視なのです。

――通常の倍以上の手間をかけているのですか。

岡野氏
 印刷ですので、印刷ごとに版が異なり、版を重ねるごとにずれが生じてしまいます。この調整に、(製造担当の)シャープさんは大変苦労しています。丸みをつけた形状という点も、さらに難しくしています。今まで使ったことがないような技術まで試しました。

 シルク印刷(孔版印刷、隙間からインクを通す印刷)やパット印刷(シリコンの型に塗料を乗せ、素材に転写する印刷)もやってみましたが、たとえばシルク印刷ですと、ダークな色合いのプラスチックの素地が反映され、どうしても明るいグレーが表現できません。マスキングして塗装すると、色と色の境目がぼやけてしまいます。

小川氏
 結果的に普段、あまり携帯電話には利用しない、インクジェット印刷を採用しています。

岡野氏
 インクジェットでは、空中の静電気で、インクの飛び方が影響を受けるのですが、これにより色味のブレが発生し、苦労しました。こちらは厳しい基準を掲げつつ、シャープさんには何度もトライしていただきました。

――5月16日の発表会で目にしたときにはきちんとした仕上がりでしたが……。

岡野氏
 発表会に用意するような、少量の生産では対応できるのですが、量産レベルとなると色のブレに課題があると判明しました。ですので、目処が立ったのは5月末です。

――しかし最近は、スマートフォンでケースを使うユーザーは少なくありませんね。

岡野氏
 「SH-06D NERV」に限った話ではないのですが、作り手としては、本来市販ケースの利用はできればして欲しくありません。デザイン的には、そのままの状態が完成形であり、ケースを装着して他のデザイン要素を入れて欲しくない、という考えがあります。Androidの液晶ディスプレイは強化ガラスを用いており、背面もiPhoneのようにガラスではありませんので、保護という観点でもそれほど必要性がないと思うのです。iモード機ではほとんどケースを付けていなかったので、それと同様、という考え方で、そのまま持ち歩いてもらえることが一番幸せなのです。もちろんサードパーティで、そうしたビジネスが展開されること自体はビジネスの拡がりとして良いことだと思いますが、ドコモとして積極的に推していくわけではありません。他キャリアはオプションとしてケースを販売していますが、ドコモではやっていません。このあたりで明確に戦略の違いが出ていますね。

ユーザーとの対話

――前回に続き、今回も販売数が3万台ですね。増やすことは検討したのでしょうか。

岡野氏
 もちろん検討しました。しかし数が多すぎるといけませんし、限定は外せないと思っていました。物理的にも、先述したようにリアカバーの生産といった課題があります。

――発表後の反響はいかがですか。

岡野氏
 手応えはあります。海外からの反響も多いのです。YouTubeで公開している開発エピソードに関する動画も好評で、(取材時点で)5万5000回ほど視聴されています。

――動画の音声は英語なのですね。

岡野氏
 先述したように、ドコモの製品はiPhoneと比べて何がいいか、説明できないことが少なくありません。しかし、その点をきちんと答えられる製品を作らなければなりません。いまはもう無理ですが、スティーブ(ジョブス氏、故人、アップルCEO)に良いねと言ってもらえるものを作らなければ、ということです。そのためには、日本だけではなく、海外からも「欲しい」と言ってもらえなければいけません。プロモーション動画の音声を英語にしたのは、そうした考えもあってのことで、海外へ「SH-06D NERV」が流出する、といったところまで僕らは期待していたりします。

――エヴァンゲリオンのテレビ放映開始は、17年前(1995年)でした。

小川氏
 フィクションでありながら、細部にわたる設定で、現実世界に馴染む作品ですよね。キャラクターの個性なども、緻密に組み上げられていますし、コラボモデルを開発する際には、その緻密な世界の中へ自然に溶け込める端末を作りたかったのです。

――熱心なファンも少なくないでしょうから、そうした方々からの反応を考えると怖さもありそうです。

岡野氏
 そうです。ただ、個人的に「エヴァンゲリオン」は、作り手が一方的に提供するのではなく、反応を見ながらユーザーと対話している作品だと感じています。今の時代に、あらためて新劇場版が提供されているのも、まさにそういう面があると思っていて、その凄さを「SH-06D NERV」に取り入れたかった。また一定層だけに受け入れられる作品ではなく、カルチャー、ファッションとしてもお洒落なところがあって、普通の人が支持するほどに成り立っている。これはエヴァンゲリオンの大事な要素で、それを再現したつもりです。

――このインタビューでは、機能面のお話が中心になるかと想像していましたが……

岡野氏
 機能についてはカタログやパンフレットでお伝えできますが、やはりユーザーの皆さんには、「SH-06D NERV」がどういった背景、思想で開発されたかお伝えしたいです。まるっきり普通の携帯電話とは違うのだと。実は、「SH-06D NERV」の前に、私は「TOUCH WOOD」(木製パネルのiモード端末)を担当し、ユーザーから直接お話を伺う対話会を開催したこともあります。今回も何らかの形で、ユーザーさんとの対話の方法ができれば幸せですし、そこで得られたものは、今後に活かしたいですね。

――ありがとうございました。





(関口 聖)

2012/6/7 12:30