気になるケータイの中身

クアッドコアに向かう「Snapdragon」の戦略とは


 4インチ超のHDディスプレイ、LTEなどの高速通信方式への対応、そしてクアッドコアCPUの登場と、スマートフォンの進化は今なおとどまるところを知らない。本誌では、スマートフォン・タブレットに搭載される技術の中でも、CPUやモデムなど、チップセットの進化に注目し、エヌビディア、クアルコム、テキサス・インスツルメンツの3社の担当者にそれぞれインタビュー取材を行った。3社が描く未来や戦略は、その出自の違いもあり、それぞれに異なっている。

 第2回目は、「Snapdragon」シリーズを提供するクアルコム シーディーエムエー テクノロジーズのマーケティング/ビジネス開発統括部長、須永順子氏に話を伺った。

 



クアルコム シーディーエムエー テクノロジーズ マーケティング/ビジネス開発統括部長の須永順子氏

 

ARMベースの独自開発コア、非同期動作に強み

――スマートフォン・タブレットの進化が著しい中、一部では搭載されるチップセットやCPUで選ばれる傾向もあります。スマートフォンが2機種目、3機種目というユーザーには、そうした選択で不満を解消したいという考えもあると思います。こうしたユーザーに応えるようなソリューション、あるいは端末のトレンドに対して、クアルコムはどう取り組んでいるのでしょうか。

 スマートフォンに変えて最初の不満点は電池の持ちといわれます。私達はこれに対して、個々の構成部品の消費電力を下げる努力だけでなく、スマートフォンの特徴的なユースケースを元に、システムとしての消費電力を下げる取り組みが不可欠と考えています。

 私達の取り組みとして、まずは、ユーザーの実際の利用シーンにおいて、電池の持ちを悪くしている原因を突き止め、そこに対し貢献できる部分を探すというものです。フィーチャーフォン時代では電池の持ちは連続待受時間で語られることが多かったですが、スマートフォンでは、例えばメールや動画再生を繰り返した時などに電池消費が激しいと感じますよね。こうしたケースの時に、最もアクティブに動いている回路を特定し、主にソフトウェアやアルゴリズムの最適化で省電力化を図るというものです。そしてこの取り組みに多くのエンジニアを投入しています。待受時の消費電流の追い込みはμAを積み上げていく世界なので、誤解を恐れずに言えば、そこに大勢のエンジニアを投入しても、スマートフォンのユースケース上、効率的とはいえません。

――LTE端末では、クアルコムのチップセットの採用が増えています。夏モデル以降ではそうした取り組みの効果も出てくるのでしょうか?

 LTE端末向けには、デュアルコアCPUを採用した「MSM8960」を提供します。プロセスルールが従来の45nmから28nmに変更され、スタンバイ時のリーク電流は28nmのほうが不利ですが、周辺部品を含むシステム構成やソフトウェアの工夫で解決しています。

 Snapdragonに搭載されるコアはARM v7命令セットと互換性を保ちつつも、クアルコム独自設計というのが最大の特徴です。第1世代は「Scorpion」と呼ばれるコアを搭載していましたが、今回の「MSM8960」では第2世代の「Krait」(クレイト)と呼ぶコアを採用し、内部の構造も変えています。ARM純正のコアと比較して、クロックあたりのMIPS値(CPUの1秒あたりの性能を示す指標)の向上、低消費電力化を図っています。コアの最大速度は製品によりスケーラブルに変えることができ、「MSM8960」では1.5GHz、「MSM8960 Pro」では1.7GHz駆動となっています。

 動作速度が上がった場合でも、ピークで1Wを超えないように工夫しています。「MSM8960」でもコアを独立して制御できる機能は踏襲していますので、各コアに対して必要な電圧のみを供給できる仕組みになっています。

 まだまだシングルスレッドでしか動作しないアプリは多く、どうしても2つのスレッドを動かさなければならないアプリは、それほど多くはありません。また、アシンクロナス(非同期)で動作できることは、ほかのチップセットよりも消費電力上有利だと思います。


「MSM8960 Pro」の概要

 

クアッドコア、発熱対策、ワンチップ

――端末の上でバターが溶けていく比較動画が公開され、話題になりました。発熱に対しても注力されていることの表れでしょうか。

 現在のデュアルコアに加えて、今後はクアッドコアの製品を出していくことになります。発熱の問題に関しては、発熱をモニターする機能も入れますし、発熱が一定のレベルに達した場合はクロックを下げるようなフィードバック回路も搭載されます。このフィードバック回路の搭載は、クアッドコアの最初の製品ではなく、2製品目以降になる予定です。

――発熱に関しては、国内では一部モデルでクレームが出るケースもあるようですが、クアルコムとしてサポートしていく部分はあるのでしょうか。

 もちろんサポートしていきますが、トレンドであるクロックアップは発熱を上げる方向にしか動きませんので、コア性能の向上、フィードバック回路のブラッシュアップで、性能低下と発熱を同時に抑えるような取り組みをしていきます。


発熱に関するデモで示されたサーモグラフ

 

――クアッドコアの話が出ましたが、クアルコムの今後のロードマップはどうなっていますか。

 まずは、クアッドコア搭載アプリケーションチップの始動です。今年の後半から搭載端末が出てくるでしょう。クアッドコアについては、携帯電話向けに必要かという議論もありましたが、蓋を開けてみると、多くのメーカーに採用していただいている状況です。チップセットとして携帯電話に対応可能なパッケージに収める事ができました。

 クアルコムの最初のクアッドコアチップセットは、LTE/3Gデュアルモードモデムチップの「MDM9x15」と、クアッドコアアプリケーションチップの「APQ8064」を組み合わせたものになります。

 LTEに対応した初代の端末には、モデムとして「MDM9x00」シリーズが使われていますが、回路的に冗長な部分があり、消費電力の低減化は思ったほど進みませんでした。「MDM9x15」は二世代目のLTE/3Gデュアルモードモデムチップになります。

 また、「Tegra 3」が注目されたこともあり、クアッドコアをタイムリーに提供すべきということになりました。加えて、クアッドコアのCPUとモデムのワンチップ化も進めています。2013年の後半にはこのワンチップが搭載された端末が市場に投入される予定です。


クアルコムのロードマップ。モデムでは、Q2 2012はMDM9x15、Q2 2013はMDM9x25が予定されている

 

――端末進化の過渡期では、モデムとCPUを分ける2チップの体制になるということでしょうか?

 ネットワークの進化とアプリケーションチップの進化がそれぞれ早いスピードで進んでいる時は、モデムとCPUを分ける2チップ構成で(メーカーなどの)ニーズにタイムリーに応えるのが役目と思っています。

 ドコモのLTEサービスの開始からすでに1年半が経過し、日本、北米、韓国では積極的なLTEへの投資が進められており、LTE カテゴリー4の運用や、LTE Advancedの議論も始まっています。モデムチップでは「MDM9x15」がLTE カテゴリー3をサポートしますが、LTEモデムとして第3世代となる「MDM9x25」ではLTE カテゴリー4、LTE-Advanced、HSPA+ Release 10(84MbpsのDC-HSDPAを含む)に対応できるモデムチップとして開発を進めています。


3G/LTEモデムのロードマップ

 

Wi-Fi連携を強化、車載とM2Mも

――通信速度以外にトラフィックの問題に目を向けると、各社が力を入れているWi-Fiとの共存は、スムーズな切り替えという面などでうまくいかない場合も多いようです。クアルコムとしてサポートできることはあるのでしょうか。

 Wi-Fiとの連携は必須といえるもので、クアルコムのポジションを高めるものです。私達は「コネクティビティ・エンジン」として、3G、LTE、Wi-Fiをスムーズに連携させる端末用のソフトウェアを開発しています。キャリアによって仕様に違いがありますが、そうしたキャリア独自の仕様を積極的に取り込もうとしています。モデムにバンドルされるソフトウェアなので、アプリに依存する事なく動かせます。アセロスの買収により、Wi-Fiを含めて強力な提案ができる環境が整いました。

――クアルコムとして、今後ほかに注力していく分野はありますか?

 車載とM2M(Machine to Machine/機器間通信)は積極的に推進していきます。ただし、モデムが主たる用途の市場では競合が多数存在します。我々としての優位性の出し方を考えているところで、ここでもWWANとWLANの連携は活きると思っています。

――競合のひとつであるエヌビディアはこの分野でもグラフィックスの処理能力を売りにして、特に車載用で積極的です。

 私達にはモデムがあります。まずは組込み向け機器に対してLTEの市場を開拓し、そこに私たちのAPとLTEモデムチップを提供するというのが我々のフォーカスです。

 

SOCのノウハウ「他者より数年は進んでいる」

――CPUでみると、スマートフォンではテキサス・インスツルメンツ(TI)のOMAP、エヌビディアのTegraなどがありますが、クアルコムの優位点とはどこでしょうか。

 独自コア搭載の非同期アーキテクチャ、ということになるでしょう。スマートフォンやタブレットなどのバッテリー駆動の組込機器では、非常に有効です。

 また、SOC(System On Chip)は、フィーチャーフォンの時代から何年にも渡って手がけており、内蔵機能と外部部品のインタフェース、ターゲットコスト/性能に応じたソリューション提案など、SOCのノウハウを持っています。この点では他社より数年は進んでいるでしょう。

 また、Snapdragonはローティアからハイティアまで、複数の製品群を持っています。Snapdragon上で動くシステムソフトウェアのAPIは基本的には共通化されているため、メーカーはある端末向けに開発したソフトの設計資産を、異なるセグメントの製品に流用することが可能です。つまり、メーカーは廉価版端末からプレミアム端末、タブレット、Windows RTに至るまで、異なるセグメントに向けてタイムリーに複数の端末を投入することが可能になります。これはクアルコムにしかない強みです。


 

――チップの供給の話が出ましたが、「MSM8960」は供給不足の話が聞こえてきます。世界的にニーズが高いということでしょうか。

 需要はものすごく高いです。4月にもコメントを出していますが、予想を超えてLTE化とマルチコア化が進んでおり、それに対応するソリューションとして「MSM8960」が選択されています。このチップの前にもデュアルコアチップ、LTE対応チップは提供していますが、第2世代となりブラッシュアップされたというのも、ニーズの高さに繋がっていると思います。

 我々は、キャリアと長い関係を築いています。最近の例では、ISDB-Tmm(モバキャス)への対応があります。諸事情により、方式が決定されてからのチップの開発となりましたが、キャリア、メーカーとの連携のもと、予定通りに端末を出荷して頂きました。

 キャリアのネットワークやサービスの進化をタイムリーにサポートするためには、キャリアとの良好な関係が不可欠です。多くの製品を採用頂いているというのは、そうした関係がうまく回っているということではないでしょうか。

――本日はどうもありがとうございました。

 




(編集部)

2012/7/20 10:00