ドコモに聞く

海外で決済、スピーカーと接続――ドコモが進めるNFC戦略


 これまで国内で利用されてきた「おサイフケータイ」を発展させ、支払いやクーポンだけではなく、ポスターから情報を入手したり、スピーカーやヘッドセットと接続したりする。そうした使い勝手を実現する技術として、近距離通信規格「NFC」の本格的な普及が期待されている。

 これまでもNFC搭載のスマートフォンは国内で登場していたが、今冬、各社から複数のNFC搭載スマートフォンが発表され、その一部は決済サービスも利用できるようになっている。特に、NTTドコモでは、周辺機器などとの連携を「かざしてリンク」という新ブランドでアピールするとともに、韓国の電子マネーサービスやクレジットブランドのMasterCardとの提携を発表している。

 今回、NTTドコモ フロンティアサービス部 金融・コマース事業推進利用促進担当課長の今井 和(やすし)氏と、クレジット事業部 iD戦略担当課長の北澤 敦氏に国内外における同社のNFC関連の取り組みを聞いた。

NFCとは

 まずはNFCについて、ざっとおさらいをしておきたい。NFC(Near Field Communication)は、10cm程度の距離で機器間通信を行う規格のこと。かざすだけで通信できることから“非接触型”と呼ばれる通信技術で、国内のSuica、Edy、そしておサイフケータイなどで利用されている「FeliCa」という技術と、国外で多く利用されるとともに、国内ではタバコ購入用のカードに採用されている「Type A」、日本では運転免許証や住基カード、パスポートで利用される「Type B」という技術と互換性がある。

 国内では、都市部の交通機関の多くで、タッチするだけで改札を通過できる仕組みが整いつつあり、少なくない人がカードをかざして使う、という経験を持っているだろう。ただ、日本で普及している技術は、先述したように「FeliCa」で、海外とは異なる。しかしNFC対応機器であれば、FeliCa対応の改札でも、Type A/Type B対応のリーダーライターでも、かざして利用できる、という環境が実現できることになる。

 ここで言う互換性とは、無線通信部分でのこと。たとえばNFC対応スマートフォンでも「GALAXY NEXUS」は、FeliCaのカードをかざすとデータを読み込むことはできたが、おサイフケータイとしてモバイルSuicaなどFeliCaのサービスは利用できなかった。これは、FeliCa対応の電子マネーやクレジットを利用するには、FeliCa用の“セキュアエレメント”と呼ばれる領域が必要になっているため。逆にType A/Type Bのセキュアエレメントを使うサービスも存在する。

 単にNFC対応というだけでなく、それぞれの方式のセキュアエレメントが用意されていなければ、たとえば決済系のサービスは利用できないというわけで、一口にNFC対応と言っても、利用できるサービス、利用できないサービスが存在する。紛らわしい形だが、今冬発表されたドコモのNFC対応スマートフォンのうち「Xperia AX SO-01E」「AQUOS PHONE ZETA SH-02E」の2機種については、FeliCaとType A/Type Bの両方の決済サービスが利用できる。ちなみにType A/Type Bの決済サービスを利用するには2013年2月に提供される予定の、新型のSIMカードが必要だ。この新型SIMカードには、Type A、Type Bのセキュアエレメントが搭載されている。

 またNFCには、ICカードの代わりに利用できる「カードエミュレーションモード」、機器同士で通信する「P2Pモード」、他のカードの情報を読み書きする「リーダーライターモード」が用意されている。この3つのモードを駆使して、スマートフォンをかざすだけで支払いをしたり、他のユーザーのスマートフォンと連絡先を交換したり、スピーカーと繋がったりするということになる。

 このNFCについて、ドコモでは「かざしてリンク」という新ブランドを発表して、周辺機器と連携できることをアピールした。また、あわせてMasterCardとの連携や韓国の電子マネー「Cashbee」との相互利用を発表している。

ユーザー拡大に「かざしてリンク」

――これまで国内ではおサイフケータイ対応サービスが広がり、さまざまな店舗で使えるようになっています。今回のドコモの発表では、「NFC対応といっても、決済は海外渡航時向け、国内では主に周辺機器との連携」といった印象を受けました。こうした形になった背景から教えてください。

ドコモの今井氏

今井氏
 1つは世界的なNFC展開の流れへの対応です。2004年にスタートしたおサイフケータイによって、日本では、既にさまざまな店舗で利用できる、FeliCa対応のサービスが揃っています。一方、海外ではType A/Type Bのサービスが構築されつつあるのです。ドコモがFeliCaに加えて、NFCをサポートしたのは、「このままでは、日本の環境が“ガラパゴス化”してしまう」ためです。そこで、今からType A/Type Bに対応して、日本だけではなく海外でも利用できるようにしておこうと考えました。

 もう1つは、日本のおサイフケータイの利用率向上です。ある調査データでは、「使ったことがある」という利用経験の割合が30%でした。ここからさらに利用者を拡大するには、「かざす文化」を作って、ユーザー数を広げなければなりません。そのためには、「かざすだけでスピーカーと繋がる」「ポスターから情報を入手できる」という、比較的わかりやすいサービスを用意することになりました。普段からかざして便利に使う、といった体験が広がれば、決済サービスなどにも繋がっていきます。そこで、今回は、これまで展開してきた「おサイフケータイ」というブランドに加えて、「かざしてリンク」という新ブランドを立ち上げました。つまり、今回、ドコモが取り組んでいるNFC関連の施策というのは、「ユーザー層の拡大」と「海外サービスとの両立」なのです。

――ユーザー層を広げるための「かざす文化を作らなければ」という課題は以前から見えていたのでしょうか。

今井氏
 前々からの課題と考えていました。そのために「かざす」という使い方を広めなければと考えていましたが、スムーズにはいきませんでした。というのも、たとえばFeliCa搭載のフィーチャーフォンでもICタグを読み取るといった使い方は可能なのですが、利用時には専用アプリを立ち上げてリーダーライターモードをONにして、タグに近づける、という手順が必要なのです。これは手間がかかります。一方、NFCであれば、チップのネイティブ機能によってICタグへかざすだけでURLを読み取ったり、アプリを起動したりできます。

――ユーザーからすると、手間がかからず、より手軽に利用できるようになると。

今井氏
 そうです。もちろんドコモでも、NFC搭載機種の登場以前から、そうした使い勝手を実現できるよう取り組んでおり、昨年11月からFeliCa搭載のスマートフォン向けに「ICタグリーダー」アプリを提供しています。このアプリは一度起動すると、自動的にポーリング(定期的な問い合わせ)を行い、かざすだけでICタグの内容を読み取れます。このアプリは今夏モデルからプリインストールしており、FeliCa端末でも、NFC搭載機器のような使い方はできるようにしています。

――「かざす」という使い方を広めるため、アプリ提供やNFC、といった流れになっているわけですね。周辺機器・ICタグ連携に関して、海外事業者と何らかのやり取りはしているのでしょうか。

今井氏
 そのあたりについては海外とは特にやり取りしていません。ただし実験などの動向は注視しています。海外については、どちらかと言えば、Type A、Type Bで広がりつつあるプラットフォームに、決済系サービスを対応させよう、という取り組みですね。まずは日本のユーザーに向けて“かざす”使い方を知ってもらい、利用率を高めたいと思っています。

iPhoneの影響は?

――かざして使う、というスタイルを広めたいということですが、その一方で、アップルの「iPhone」の影響はどう見ているのでしょうか。今秋登場した「iPhone 5」では、発売以前にNFC搭載が噂されていましたが、まずは「Passbook」というサービスで、画面上の二次元コードを見せてクーポンなどを扱う、といった形になっています。「かざす」という使い方の浸透を図りたくても、iPhoneでのスタイルとは違いが大きいように思えます。

今井氏
 今のところ、懸念はしていません。「iPhone 5」にはNFCが搭載されませんでしたが、次のモデルでは搭載されることも想定しています。むしろ、そうなれば、「iPhone」をきっかけに、NFCというプラットフォームが広がると期待しています。

MasterCardと提携

――FeliCa対応サービスが利用できる環境が整っている日本国内では、より一層の利用促進に向けた取り組みとして「かざしてリンク」を進めるとのことですが、その一方で、決済系サービスは、国内でNFCを広めるというよりも海外で利用できるようにする、という形になるのですね。

今井氏
 現時点でのNFCによる決済サービスに対応する機種は、現時点でまだ2機種(Xperia AX SO-01EとAQUOS PHONE ZETA SH-02E)ですから、サービス事業者さんにとってはユーザーが限られる、と言えると思います。ただ対応機種は順次拡大していく予定です。

――なるほど。決済サービスとして、韓国の電子マネーであるCashbee、そしてクレジットブランドのMasterCardとの連携が発表されています。この2つのサービスが最初に発表されたのはなぜでしょうか。

今井氏
 どちらも日本のユーザーが海外で便利に使えることを目指しています。韓国のCashbeeについては、日本人の海外観光先として、最も多い国の1つが韓国なのです。Cashbeeは、ロッテグループが提供しており、ロッテの百貨店やテーマパークのロッテワールド、免税店、地下鉄でCashbeeが利用できるのです。たまたま既に存在していたサービスが日本人観光客に向いているじゃないか、というわけです。

iDとPayPassが連携渡りに船だったCashbee

―― 一緒にCashbeeを育んだというよりも、渡りに船だったということですか。一方のMasterCardは、グローバルで使えるサービスということで提携に至ったのでしょうか。

北澤氏
 はい。既にFeliCa対応の仕組みが整っている中で、ドコモのクレジットブランドである「iD」として、NFCの普及へどう取り組むか考えましたが、今回の取り組みでは、MasterCardの非接触決済サービスである「PayPass」の技術供与を受けるとともに、PayPass加盟店でiDを受け入れてもらう形で連携することになっています。

 具体的には、ユーザーからすると、「iD」の付加サービスとしてPayPassを利用するという仕組みになります。そのためPayPass対応店舗で、そのまま「iD」が利用できることになります。交渉自体は、今年度に入ってから詰めていったことになります。

――MasterCardとの連携は、半年程度で形になったということですか。

北澤氏
 そうです。これは、NFCサービスの利用促進を図る「かざしてリンク」とは、違う流れでの動きだったと言えます。

――iDユーザーがPayPassを利用できるようにするとのことですが、たとえばプラスチックのクレジットカードで似た仕組みはあったりするのでしょうか。1枚のクレジットカードで複数のクレジットブランドをサポートしていることもありますが……。

北澤氏
 クレジットカード業界では、カードを発行する事業者(イシュア)と、MasterCardのような「ブランド」が存在していますが、「iD」もブランドの1つです。今回の考え方は、「iDというブランドに、PayPassを付けられる」という形です。イシュアサービスでの紐づけではなく、ブランドでの紐づけという考え方で整理しています。ちょっと異質な考え方かもしれません。

――加盟店にとっては、従来のクレジットカードでの決済と、今回のiD/PayPassの決済では、手数料が異なるのでしょうか。

北澤氏
 詳細は今後決めていくことになるのですが、基本的に、PayPassはMasterCardの非接触決済サービスですので、MasterCardのネットワークを利用します。PayPassと通常のMasterCardのカードとの違いは、「かざす」か「スワイプ(磁気ストライプの読み取り)」か、というインターフェイスの違いでしかありませんので、MasterCardカードでの決済と、原則的に手数料は同じという考え方になります。ただ、そこへ「iD」というブランドが加わることになりますので、そこは今後整理することになります。

――海外のお店にとっては、MasterCardの加盟店になれば、さらにiDのユーザーの利用も見込めるということになるわけですね。

北澤氏
 イメージとしては携帯電話の国際ローミングに近いですね。

――Cashbeeも、MasterCardも、どちらもゼロからシステムを作り上げるというよりも、既存の仕組みをうまく活用する、という印象を受けます。

北澤氏
 過去にグアムで「iD」が利用できるなど、「iD」の海外展開自体を行っていたこともあります。しかし、海外でアクワイアリング、つまり加盟店を開拓していくのは、日本に拠点を構えるドコモとしては難しいところがあります。そこで、既存の加盟店をそのまま使っていく、という考えがありました。そして、既存のiDユーザーにとって、できるだけ国内と同じような使い方を提供できればと考えていました。今は、ユーザーインターフェイス部分のアプリを違和感なく使っていただけるよう、調整しています。

 ただし、NFC対応の決済サービスを実現するために必要なSIMカードは2013年2月に登場する予定です。現時点ではまだ端末だけですが、SIMカードを含めて今後提供される各パーツを組み合わせていくことで、全体としてのサービスを構築していきます。

――MastarCard、Cashbeeとの取り組みが一段落すると、その次のステップは、VISAなど、他の事業者との展開ということになるのでしょうか。

北澤氏
 MasterCardとの提携と同様の仕組みで、さらに拡大していくのは、「iD」ユーザーにメリットがあるかどうかによります。また、相手のブランドにとって、そうした仕組みを許容されるかどうかも課題にあります。

 MasterCardは、たとえばグーグルの決済サービスである「Google Wallet」に対応するなど、他の事業者との協力を積極的に進める戦略を取られているように思えます。また、加盟店の店頭に導入されるNFC対応リーダーライターは、PayPassだけではなく、他の主要な国際クレジットブランドの非接触決済サービスも相乗りし、同時に普及していくと見ています。そうなると、あえてブランドを広げる必要は、もしかしたら薄くなっていくのかもしれませんね。

おサイフケータイの海外展開?

――今回の発表を受けて、「日本発のおサイフケータイが海外に」という流れに見えるところもありました。こうした点は、ドコモ社内のNFC関連の開発で、念頭にあったのでしょうか。それともユーザーの使い勝手を海外でも、という利便性の実現を追求した結果でしかない、ということでしょうか。

今井氏
 両方ありますが、どちらかと言えば、後者の要素が強いですね。そもそもNFC自体は国際標準の仕様で、それに沿った形で進めてきました。せっかく端末にNFCを搭載するのであれば、すぐに利用できる海外でのサービスを、ということになります。

 ただCashbeeでは、運営元であるロッテグループのイービーカードのあわせて、韓国の通信事業者であるKTとも連携しています。KTのサービスをドコモが使う形に近いですね。KTとは、Cashbeeだけではなく、互いに使えるサービスを、という形での協力体制を構築していく予定ですので、将来的には「日本のノウハウを海外で、海外のノウハウを日本で」ということも想定しています。

北澤氏
 MasterCardにとは、彼らのPayPassネットワーク上で「トルカ」を使ったクーポン配信のようなサービスが実現できないか、一緒に検討したいと考えています。非接触決済サービスでは、確かに日本のほうが実績がありますので、そうしたノウハウを活用できないかということも検討していきます。もっとも、まずは今回発表したサービスの仕組みを作ることが先なのですが(笑)。ちなみにCashbeeとの相互利用は2013年度上半期、MasterCardのPayPassでの利用は2013年度上半期になる予定です。

かざしたときだけ決済

――おサイフケータイ登場時にも、さまざまな不安の声がユーザーから挙がりました。たとえばMasterCardとの連携についても、知らない間に決済されていたなど、不正利用を不安視する声が出てくるかもしれません。どういった対策を取られているのでしょうか。

ドコモの北澤氏

北澤氏
 非接触ICでの決済では、おサイフケータイとリーダーライターとの間で、セキュリティチェックが行われています。おサイフケータイ内の情報を横から盗み取って不正利用することは、技術的に大変難しいと考えています。

――たとえば、PayPassのリーダーライターにかざしたときだけ決済されるという形になるのでしょうか。

北澤氏
 その通りです。使える場所を限定しましょうと。それから一般的なクレジットカードの不正はMasterCardが常々対応しています。

――知らないうちに、犯罪者がスマートフォンをNFC対応リーダーライター代わりにして、電車内で勝手にかざして決済させる、ということはできるのでしょうか。

北澤氏
 クレジットカードの加盟店情報はきちんと管理されており、事前の審査もあります。NFCの技術云々ではなく、クレジットカード業界の運用として、悪意のある加盟店が参画できないようになっています。

今後の展開は?

――NFCについては、今後の展開はいかがでしょうか。

今井氏
 現時点で見えている予定は、10月の発表会でほぼ全て公表しました。これは、できるだけ周知を図りたいということで、包み隠さす披露しようと考えたからです。

 今後期待したいところとしては、セキュアエレメントを利用しないサービスではエンターテイメント系の利用シーンの拡大を図りたいですね。それからパナソニックさんが先日発表されたような家電連携もあるでしょう。大手の印刷会社ではスマートポスターを推進されることを期待しています。

――おサイフケータイの普及期には、ドコモが資金をある程度負担して、店頭にリーダーライターを設置するという活動が行われましたが、NFCではそこまでのことはないのでしょうか。

今井氏
 我々が主体的にNFC対応のICタグをばらまく、ということは想定していません。ただ、NFCでは、リーダーライターよりも格段に安価で、場所もとらないタグが利用できますので、NFC関連サービスを展開する事業者にとって、ハードルは格段に低くなっていると思います。ドコモとしては、ユーザー側にまず経験してもらえるような啓発活動が必要だと思っています。

 ネットから情報を得る手段としてQRコードもありますが、「かざす」という行為はストレスがない行為で、一度利用していただければ、その便利さが理解していただけるのではないかと思っています。

――手軽に使えて、安心・安全に使えて、という利便性を訴求していくわけですね。本日はありがとうございました。




(関口 聖)

2012/11/21 09:00