インタビュー

シリコンバレー・レポート

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シリコンバレーの最新動向を日本に伝えるKDDI研究所

 サンフランシスコで北米のベンチャー企業と関係を深めるKDDIアメリカだが、それとは別に、研究機関であるKDDI研究所もシリコンバレーの最新技術動向を取り入れる動きを活発化させている。KDDI研究所は、シリコンバレーオフィスを2011年に開設。新たなビジネスの芽を発掘し、日本に紹介する活動を始めて、約2年が経過した。

 KDDI開催のグループインタビューでは、同研究所に勤務する森田恵美氏、土生由希子氏、横山浩之氏の3名にも、オフィス設立の目的やシリコンバレーでの成果を聞いている。取材陣との主な一問一答は次のとおりだ。

KDDI研究所のオフィスは、「プラグアンドプレイ テックセンター」内にある。ここにはベンチャー企業に加え、各国の大手企業や投資会社などが拠点を構えている

――まずは、KDDI研究所のシリコンバレーオフィスがどういうところなのか、概要から教えてください。

KDDI研究所 シニアマネージャー 土生由希子氏

土生氏
 この建物は「プラグアンドプレイ テックセンター」というインキュベーションセンターで、シリコンバレーにいくつもあるこういた施設の中では、老舗的な存在です。イグジットした代表的な企業には、PayPalがあります。早い段階からコーポレート(企業)とインベスター(投資家)を一緒にしてきたということで、比較的名の通ったセンターですね。

 KDDI研究所のシリコンバレーオフィスは2011年5月にオープンして、今ちょうど2年が経ったところです。私自身は今年の4月に着任したばかりですが、普段何をやっているかというと、こちらでは毎日のようにカンファレンスやミートアップ(交流会のようなもの)があります。その中から自分たちの興味のあるものに参加し、見つけた人とコンタクトを取り、日本に紹介するといったことをしています。

 サンフランシスコ(KDDIアメリカ)との違いは、あちらがよりビジネスに近いものなのに対し、我々は研究所から来ているので、よりロングスパン(長期間)のものというところにあります。

森田氏
 日本では元々ソーシャルメディアの解析をやっていましたが、それに関わるメンバーが3人ピックアップされ、第一次メンバーとしてこちらにやってきました。こちらにはFacebookやGoogleもあるので、「次のFacebookは何か」「ソーシャルメディアにどういう動きがあるのか」ということを、このコミュニティの中で探していました。その中の1社とは、共同開発を進めることができ、今はいったん開発を終え、「auスマートパス」の中にもアプリは入っています。シリコンバレーにはほかにもいろいろな分野があるので、今は次のアイテムを探しているところです。

――auスマートパスに入った1社というのを、より詳しく教えてください。

KDDI研究所 Technology Development マネージャー 森田恵美氏

森田氏
 「Localmind」というアプリケーションで、ロケーションベースのSNSをやっているところです。たとえば、行きたいラーメン屋がどのくらい混んでいるのか分からないとき、同じ場所にチェックインしているユーザーにその質問を投げかけると、「今なら5分ぐらい」「今は並ばなくてもいい」というような答えが返ってきます。Android版の開発をメインに、写真をアップロードする機能や日本語化をサポートして、auスマートパスに出しています。

――数あるSNSの中で、ロケーションベースのものを紹介することになった理由を教えてください。

森田氏
 当時、ロケーションベースのサービスは「Foursquare」ぐらいしかなく、対話的な機能もありませんでした。ロケーションを元にして、リアルタイムなコミュニケーションができると便利というのがあり、Localmindを選んでいます。

――今、注目している分野やキーワードはありますか。

森田氏
 研究所では、4つのキーワードを掲げています。「ビッグデータ」「UI/UX」「モバイルヘルス」「EdTech(教育)」の4つで、それぞれにいいものがあります。アプリケーションもそうですし、プラットフォームについてもいい素材についてはピックアップして、日本に紹介しようとしています。

――Google Glassについてはどうでしょうか。

森田氏
 お金がつぎ込まれていて、こちらでは結構見かけます。根付いているという感じもしますね。ディベロッパーをどれだけ囲んで大きくできるのかというところに、みんなの関心があります。「iWatch」の噂があるように、“ウェアラブル”も今年のキーワードです。そういう観点からも、Google Glassはすごく盛り上がっています。

――KDDIアメリカでは、豊川氏がKDDIの名前はまったく知られていなかったと言っていました。それは研究所でも同じでしたか。

森田氏
 いい情報をいち早くつかむのには、まだ苦労しています。早い情報は大きなベンチャーキャピタリストにどんどん入ってきますが、その情報を流してもらえるかは信頼関係によりますね。シリコンバレーでは信頼を積み重ねることが重要で、単に協業するだけでなく、組んだ相手がどううれしいのかを考えて活動しています。

――KDDIアメリカは出資が前提の動きをしていますが、研究所はより技術にフォーカスしているということでよろしいでしょうか。

森田氏
 投資ありきではありません。人材も限られていますし、投資する・しないというのは、研究員は判断できません。ただ、いずれは投資もできれば、シリコンバレーでの活動の幅は広がると思います。

――KDDIアメリカとは、どのような連携をしているのでしょうか。

森田氏
 情報交換はもちろんしています。また、彼らが見つけてきた商材で、技術的な判断を下せないときは、こちらで調査してフィードバックを返し、彼らが出資するかどうかを決めるということはやっています。あとは、やはり人とのつながりです。人を紹介したりされたりということは、お互い地道にやっています。

――通信会社の研究所という点で、何かプラスやマイナスになることはあったりしますか。

森田氏
 こちらでもVerizonやAT&Tといった通信事業者は、古い分野の会社と見られるところがあり、スタートアップには一歩引かれてしまうこともあります。そこをKDDIの技術でどう覆していくかですね。我々は独自の技術を持っていますから、それを使ってもらうようなことをフェーズ1、フェーズ2ではやってきました。

 日本ではTwitterの解析ツールを研究していましたが、当時はTwitterをマーケティングに使う会社は、グローバルでもあまりありませんでした。我々のツールを使えば、今まで見られなかった属性が分かるというところは武器になります。ほかにもいろいろな技術があるので、その時々で「こういうことをやっているので、こう組めないか」と提案しています。

 また、無線技術に関しては標準化がヨーロッパで行われます。KDDIが今、こういうものを進めようとしているということを伝えると、「すごい」と思ってもらえるようです(笑)。3GPP(第3世代、第4世代の通信技術の仕様を策定するプロジェクト)に入って標準化に貢献していると、そういったレイヤーの方々には効果があります。

――Localmindを日本に紹介しましたが、次は何を考えているのでしょう。

KDDI研究所 Technology and Business Development シニアディレクター 横山浩之氏

横山氏
 個人的に今注目しているのが、ビッグデータのプラットフォームです。キャリアグレードのいいものは、コストが高い。これからどんどんデータ量が増えてくると、今の性能のものを入れ続けるのはお財布的に不可能になります。安いハードで、性能のいいシステムを作れる製品がないのかを探しています。

森田氏
 具体的な会社はまだ頭の中にありませんが、やはりビッグデータに関連したプラットフォームを扱っている会社は、KDDIの中で受け入れられそうです。また、M2Mのような話題は集中的に見ています。

――研究所の役割は、現地技術の調査と技術の事業化のどちらに重きが置かれているのでしょうか。

土生氏
 どちらかというと事業化で、それは日本でも同じです。研究所には、調査機関だけでは面白くないという思いもあります。まだ数は少ないですが、事業化にはつなげていきたいですね。単に協業だけでなく、事業化にもコミットしないとここでの関係が構築できません。ですから、そういったことも必要なものとして捉えています。

 もちろん、単純にお金がほしいという期待には応えられません。私たちに投資機能はないですからね。そういったときには、日本のマーケットを紹介しますというのが、彼らにとってのベネフィット(恩恵)になります。

――目をつけていたベンチャー企業が、他社に先を越されてしまうこともありますか。

森田氏
 KDDIからすると、直接の競合はNTTグループやソフトバンクグループになります。ですから、たとえばパナソニックさんのようなメーカーが先にアクセスしても、日本で組んでやることはできます。

 一方でシリコンバレーの中での日本人コミュニティは大切にしていきたいので、NTTグループとも会話はしています。シリコンバレーにはテレコムカウンシルという通信事業者系のソサエティがあり、そこでは日本だけでなく、現地のVerizonやAT&Tとも意見交換はしています。

――でも、特定のスタートアップにオファーが集中することはありますよね。

森田氏
 それはあります。逆に、「すでにOrange(フランスの通信事業者)と話を進めているから、KDDIはどう?」といった風に話を持ってきてくれるところもあります。シリコンバレーはそういった信頼関係の世界なので、地道にネットワーキングをしています。

――こちらのベンチャー企業にとって、日本市場はどう見られている印象がありますか。

土生氏
 率直な印象としては、導入障壁が高いと見られているところがあります。この界隈で日本進出を考えたことがある人は大抵分かっていますが、ディシジョンツリーと呼ばれる(意思決定をするための)ヒエラルキーが非常に厚い。スタートアップは今から3カ月間の食料(資金)しか持っていないことがほとんどですから、遅いディシジョンメイキング(意思決定)には付き合っていられないという会社も多いですね。

 ただ、一度そのバリアを超えると、非常に紳士的な付き合いをしてもらえると見られているようです。安心して付き合える市場とも言えますね。いきなり契約を反故にされるリスクは少ないですし、取っ掛かりにくいが予定は組みやすいようです。

――ちなみに、スピード感でいうとKDDI自身はいかがでしょうか。

土生氏
 もっと早くならなくてはダメだと思います。ほかの日本企業はどこも状況は一緒で、同じようなことで悩んでいます。私は赴任してまだ3カ月ですが、それはすごくよく分かるようになりました。

 こちらの企業は徹底的にユーザーオリエンテッドで、提供者の理論は通用しません。日本では、ユーザーが本当にうれしいのか首を傾げたくなるサービスもありますが、ああいうものはこちらだと早々に淘汰されてしまいます。キャリアがどう儲けるかというのではなく、ユーザーがどう喜ぶかが重要です。それを実践しているのがGoogleであり、Facebookであるわけですが、そこがなかなか伝わらないのもどかしいですね。二言目にはどうやって儲けるのかになりますが、それがダメで、面白いという感覚が共有できたら「それで行こう」とならないと、こちらの企業の考え方やスピードには合わなくなります。

――スピードを上げるために、何か仕掛けたことはありますか。

土生氏
 単純にシリコンバレーから情報を流すだけで、上手くいった会社はありません。重要なのは、日米で行き来をすることです。今年度に入ってからは、社内で広報活動をして、こういった拠点を持っていることを伝え、なるべく立ち寄ってもらうようにしています。そうすると、リアルな情報も入ってきます。メールやSkypeでは情報が薄まってしまいますし、西海岸とは時差も大きく、意外と日中に使える時間が少ないですからね。

――Localmindはauスマートパスに入りましたが、あの器(auスマートパス)はどう見られているのでしょうか。

森田氏
 あれがあるのは、とてもやりやすいですね。ああいうモデルを始めたのは世界でもKDDIが初めてで、(海外の)他キャリアからも問い合わせがありますし、スタートアップからもあのような形でレベニューをシェアできるのは魅力的と聞いています。

 あのプラットフォームはもっと活用しなければいけないと思いますし、武器にもなっています。

――ありがとうございました。

石野 純也