インタビュー

スマホで地図アプリを快適に使える理由

スマホで地図アプリを快適に使える理由

ゼンリンの地図制作現場を訪問

 今やスマートフォンに欠かせない機能の一つとなった「地図アプリ」。iOS 6が登場した際にあった混乱を思い起こせば、多くのユーザーにとって地図やナビゲーションといった機能の重要性がかつてないほどに高まっていることが理解できるはずだ。

 そんな地図アプリやナビアプリの基本となるのが、地図データだ。そんな地図データがどのように作られているのか、GoogleやYahoo!などに地図データを供給するゼンリンを取材した。

人の手で作る「おもてなし」の住宅地図

ゼンリンテクノセンター

 ゼンリンの地図データ制作の拠点となるのは、北九州市にあるゼンリンテクノセンター。同センターでは、研究・開発部門、地図整備部門、あわせて約1000人のスタッフが働いており、ここで普段我々がスマートフォンやカーナビ上で目にする地図データが制作されている。

 ゼンリンでは、全国に調査拠点を約70地点設けており、調査人員は約1000人。実際に調査スタッフが現地を歩いて調査する「歩行調査」と、高性能のGPSやジャイロセンサー、360度カメラなどを装備した特殊車両を走らせて調査する「走行調査」の2通りの手法を用いて全国各地を隅々まで調査している。こうして調べられた情報がテクノセンターに集約され、データ化されていく。

ゼンリン 制作本部 制作統括室 業務管理部の新真希氏

 1948年に「善隣出版社」として創業したゼンリンでは、長らく住宅地図を基本に地図を整備してきた。「ターニングポイントとなるのは、1984年のデータベース化」と語るのは、同社制作本部 制作統括室 業務管理部の新真希氏。同社ではまず東京23区から全国の住宅地図の電子化に着手。この際、「行政界データ」「道路データ」「家枠データ」「文字データ」といったレイヤー構造で地図データを整理し、ニーズに応じて提供できる体制を作った。現在では、このレイヤーの数は1000枚ほどにまで細分化されているという。

 調査用の紙の住宅地図を持ち歩き、そこに赤ペンで差分を記録していくという歩行調査は地道な積み重ねだが、住宅地図のデータ化の過程もまた地道なものだ。パソコンの横には調査用紙が貼り付けられた大型のタブレットがあり、これをハンドデジタイザと呼ばれる特殊なマウスを用いて線画に落として行く。

調査員が歩行調査で集めた情報をハンドデジタイザでデータ化していく

 こうした作業風景からは、同社の住宅地図に対する並々ならぬこだわりを感じられるとともに、地図の表面には表れない数々のデータの重要性が垣間見ることができる。例えば、自動車のナビゲーションを行う上では、進行方向の規制や通行可能時間帯といった情報が大事になる。一般的な地図では、一方通行の方向ぐらいは記載されているかもしれないが、時間帯による規制や右折禁止といった情報は省略されている。実際のカーナビなどでは、このような規制情報を加味した上でルート案内されるため、目に見えないデータの蓄積が最終的に精度の差を生むことになる。

 さらに、同社では建物の入り口へのアクセス経路を歩行調査により調べ始めている。「目的地付近に到着しました」とカーナビに言われたが、本当の目的地は川の向こう側だった――というのはレアケースかもしれないが、通常のナビゲーションシステムでは、目的地の緯度経度に最も近い道路上の地点を案内する、というアルゴリズムになっているため、着いたと言われたが行きたい建物が見当たらない、という事象が発生する。そこで同社では、建物の入り口への経路を建物ごとに確認し、誘導するのに最適な道路と紐づける、という「Door to Door」データの制作を行っている。

住宅地図の元になるデータは1000枚ほどのレイヤーで管理されている
建物と道路が紐づけられている様子。Door to Doorのナビゲーションには欠かせない

 東京五輪誘致の際には「おもてなし」という言葉が使われたが、まさしくこうした目には見えない「おもてなし」の心がゼンリンの地図作りの現場にも見て取れる。我々がカーナビを使ったり、スマートフォンで歩行者ナビサービスを使ったりする場面や、ネットショッピングやモバイルコマースで購入した物が素早く確実にユーザーの元に届けられる裏側では、こうした緻密な地図データが活用されているのだ。

細道路の整備工程。特殊車両で記録した交差点の風景を元に、進行方向や時間帯といった規制情報を地図上に落として行く。以前は2人の人間が並行して入力作業を行うことでミスをチェックしていたが、最近は画像の自動認識技術を導入して制作効率を高めているという
新しい道路の開通情報は官報などから収集、管理されている
入手した図面から道路情報を整備。さらに高精度GPSを搭載した特殊車両で実走し、標高データなども細かく収集して精度を高めている。標高データはナビゲーション時に燃費の節約などの目的で活用されている
歩行者ナビ用のデータ整備。エスカレーターの方向や屋根の有無なども細かく調べられている
地下街のテナント情報も住宅地図同様に調査員が現地を回って収集している
誘導情報の整備。交差点への進入方向ごとに標識データを作っていく
実走してデータを収集する高精度計測車両。GPSや3軸ジャイロ、車速センサーなどのシステムは市販のカーナビよりも精度が高いものを搭載している。カメラで記録される映像データは1日5~6時間の走行で300GBに及ぶ
こちらは細道路の規制情報収集車両。屋根の上に取り付けられた360度カメラで標識等の情報を収集する

何を見せて、何を見せないか

 地道な作業を継続するとともに、地図のデジタル化を進めてきたゼンリンだが、スマートフォンのような新たなデバイスが次々に登場してくる中で、蓄積したデータをどう表現していくかは大きな課題となっている。そんな新たな課題に挑戦しているのが、福岡市にあるゼンリンの子会社、ジオ技術研究所だ。

ジオ技術研究所 管理部 営業担当課長の三毛陽一郎氏

 同社では、ゼンリンが保有する多種多様な地図データを利用して作成した3D「Walk eye Map」を提供しており、この「Walk eye Map」は、ゼンリンデータコムが運営するスマートフォン向けのナビゲーションサービス「いつもNAVI」や車載カーナビなどで活用されているほか、最近では景観・建築シミュレーションなどにも応用され始めているという。

 「3Dで表現するということよりも、きちんとナビゲーションできることが大事」と語るのは、ジオ技術研究所 管理部 営業担当課長の三毛陽一郎氏。一見すると、地図の表現がリッチになっただけと感じるが、現実の風景に近くなるだけに、作り方次第では現実と地図とのギャップに違和感を覚えることになってしまう。

 例えば、同社ではAR関連の取り組みも行っているが、実写の上に建物の情報を表示する場合、その場から見えていないビルの情報は省略し、見えているビルの情報のみを表示するなど、バックグラウンドにある膨大なデータの中から状況に応じて必要な情報だけを分かりやすく伝える工夫が施されている。

ジオ技術研究所が開発した「Walk eye Map」
ARナビへの応用例。目的地とその場から見えるビルの情報のみが表示されている

 なお、「Walk eye Map」などの最新技術を駆使した地図ソリューションは、10月15日~18日にかけて東京ビッグサイトで開催される「ITS世界会議東京2013」の中で披露されている。

北九州小倉のゼンリン本社には「ゼンリン地図の資料館」が併設されている。入館料は100円(中学生以下は無料)
貴重な古地図を多数所蔵。地図の進化の過程を眺められる
手書きで地図を制作していた時代の道具の数々。ワープロの前身となるペンピューターも展示されている

湯野 康隆