インタビュー

「モバイルプロジェクト・アワード2014」受賞者に聞く

青森で始まった視覚・聴覚障害者にiPadを教える人財育成事業

「視覚・聴覚障害のある方にiPadを教える人財育成講座」の様子

 MCF(モバイル・コンテンツ・フォーラム)が主催する「モバイルプロジェクト・アワード2014」で「MCF社会貢献賞」を受賞したのが、青森県の「視覚・聴覚障害のある方にiPadを教える人財育成事業」だった。

 「障害者にiPadを教える事業」ではなく、「障害者にiPadを教える人材を育成する事業」という、一捻り入った事業が始められたきっかけや、そこから見えてきた課題などについて、青森県 企画政策部 情報システム課の森田誠氏、同 山本俊二氏、NPO法人 あおもりIT活用サポートセンター 理事の高森三樹氏に伺った。

東日本大震災とiPadの登場

青森県 企画政策部 情報システム課の森田誠氏

――MCF社会貢献賞の受賞、おめでとうございます。まずは、この事業を始められたきっかけについて教えてください。

森田氏
 実際の事業というのは2013年度から始まっているのですが、その前に2012年度に実態調査を始めています。昨年度までは私、森田が担当し、今年度から山本が引き継いでいます。NPO法人 あおもりIT活用サポートセンターの理事をされている高森さんに協力いただき、実際の業務部分について委託という形でお願いしています。

 県として、この事業を始めるきっかけとなったのは、東日本大震災の時に障害を持っている方々が必要な情報を得られにくかった、という状況があったことです。例えば、行政の防災無線が聞こえないという聴覚に障害をお持ちの方々、目の見えない方々であれば、避難所の掲示板のところに行ってもそれが見ることができないといったような、生死に直結するような情報が得られにくいというような状況がありました。これをICTを活用して支援できないのかということで、この事業に取り組み始めました。

 ただ、実際にそういう状況下でどういう実態があったのかというと、分からなかった。そういうことが言われてはいたのだけど、実際にどうだったのかということを把握するために、2012年度に調査を行いました。青森県ろうあ協会、青森県視覚障害者福祉会にアンケート調査をお願いして、会員の方たちが東日本大震災の際にどういった状況だったのか、自分たちとしてはこういったIT機器があればよかった、といったようなニーズの調査を行いました。

 障害者に対するICT利活用での支援というのは、これまでにも市町村が中心となってやられていたケースがあるんですが、やはりすごく時間がかかりますし、継続的にやっていくには費用的な面での負担が大きく、難しいですし、一番ネックになっていたのは、それを教えることができる人が実はそんなにいないということでした。そうした人を育成するということが、非常に大事なことなんだという発想で、2013年度から「視覚・聴覚障害者のためのICT利活用サポーター育成事業」をスタートさせました。

――サポーターを育成するより、直接教えた方が早いということでは無いのですね。

森田氏
 いや、そもそも教えられる人がいないんですよ(笑)。今回、iPadを使っているんですが、その中に障害者向けの機能があるということを販売される事業者の方もよく分かっていない。だから教えられないんです。

――そもそも、なぜiPadだったのでしょうか?

高森氏
 私は普段はホームページを作ったりするような仕事をフリーランスで行っているんですが、ウェブアクセシビリティという概念のところに力を入れて活動をしていました。iPadが登場した時に障害者でも使えるような機能が入っているという風に聞いて、実際にどうなんだろうと思って、買って試してみたところ、これだったら目の見えない人でも使えそうだな、と感じました。視覚障害者にボランティアでパソコンを教えている方が知り合いにいたので、iPadに興味のある視覚障害者の方を2〜3人集めてもらって、講習会をやってみようかと言って始めたのが最初になります。

 iPadのほかにも色々な機器を試してみたのですが、やはりiPadが良さそうだという結論に達しました。Androidだと、OS自体の障害者サポート機能がiPadに比べると貧弱だったり、日本語への対応が十分とは言えなかったり、ハード面でメーカーによって違ったりするので扱いにくいといったところがありました。Windowsのタブレットも出始めて、かなり良くなった印象はあるのですが、まだまだiPadの方が扱いやすいといった状況です。

 パソコンでも音声読み上げソフトなどをインストールすれば同じようなことができるのですが、障害者向けのものは非常に高価で、気軽に買えるようなものではないんです。障害者の方はお金の面で色々な不利益を被っているところがあります。iPadの場合、買ったら最初からそういった障害者向けのオプションが入っているということが、すごく良いところでした。

 それから、健常者と障害者が同じ機器を使えるというところにもメリットがありました。障害者専用の物ではなく、健常者が使うものと同じ最先端の機器が使えるというところに魅力を感じる障害者も多かったんです。

 2年前ぐらいから、そうやって私が講習会をやっていたのですが、そこに情報システム課の方が見学に何度か来ていただいていたのですが、教えるのは私一人ですし、そんなに大人数を一度に教えられるわけでもないので、広がりに限界があるだろうということで、県の事業で教えられる人材が不足しているという状況と私がやっている講習会がちょうどうまい具合に噛み合って、そこで一緒にやってみましょうかというように話が進んで行きました。

――県の方では震災がきっかけという話がありましたが、高森さんの方では日常の生活で使うと便利というような発想があったということでしょうか?

高森氏
 どちらかというとそうですね。震災があったからと言って紐づければ格好いいですが、元々アクセシビリティについて取り組んでいたので、その延長線上だったというか、iPadという新しい選択肢があればもっと色々便利なのかなという思いがありました。個人的にiPadに興味があったというのもありました(笑)。

森田氏
 県の事業の企画としては、最初から高森さんがあったというわけでは無かったんですね。県としては、ICTの利活用の推進ということをずっとやって来たのですが、なかなか利用率が上がらないということがあって、どこに一番のネックがあるのかというと、やはり高齢者や使っていない人たちを開拓していかなければいけないという問題意識がありました。その中に障害者もあって、そういうことは頭の中に漠然としてあったのですが、大震災の話があった時に、ああ、これはもう確定的にそうだな、という風に直観しました。それぞれのきっかけはどうあれ、両者のベクトルが自然と同じ方向を向いて行ったということですね。

誰も知らないiPadのアクセシビリティ機能

NPO法人 あおもりIT活用サポートセンター 理事の高森三樹氏

――講座に参加される方はどんな方なのでしょうか?

高森氏
 やはり障害者にかかわるお仕事の方、例えば盲学校の先生や眼科に勤めていらっしゃる方の関心が高いですが、それ以外の一般の方も多いです。総じて年齢が高めの方が多いですが、障害者向けのボランティアに取り組んでいらっしゃる方も多いですね。そもそもiPadを使ったことが無いけど、参加していいんですかね、と聞いて来られる方もいらっしゃいます。

――事業としての予算の面ではどうですか?

森田氏
 講座で利用するiPadは通信事業者さんから貸与いただき、それを受講者に貸し出しているという形ですので、特別大きな予算をかけて行っているわけではありません。

――通信事業者はこうした事業に対してどの程度関心を持っているのでしょうか?

森田氏
 実は事業者向けの講習会というのもやっていまして、参加された方に伺うと、ここまで細かい話は聞いたことが無いという風におっしゃっていました。

高森氏
 事業者さんによっては、研修でチラッと触れたことはあったようなのですが、ここまで深く入り込んだことは無かったそうです。皆さん、新鮮な感覚で受け止めていたようです。障害者もそういった形で利用できるということは事業者にとってもメリットがあるわけで、そこは意識していただくようお伝えしています。

主に視覚障害に関わる機能の設定画面
聴覚障害や身体機能に関係した機能の設定画面
各種アクセシビリティ機能を、ホームボタンのトリプルクリックで素早く起動するための設定画面
視覚障害者が主に使用する、ボイスオーバーの設定画面

――実際、我々メディアとしても、こうしたアクセシビリティ機能については新鮮な感じがします。

高森氏
 障害を持っていない人でも結構役に立つような機能があるんですよ。通常、iPadだとホーム画面でズームできないのですが、アクセシビリティのオプションの中でホーム画面でもズームできる機能があって、それをONにするとホーム画面の小さい文字も見やすくできます。画面が光って眩しいという場合は白黒反転させて背景を黒くしてやると目に優しいという風に、視覚に障害がある方だけでなくお年寄りにもいいでしょう。

 iPadが出た時から言われていましたが、お店の注文用端末として使えないかという話があったのですが、ホームボタンを押されて勝手にいろんなアプリを使われてしまうということがありました。今だと、ホームボタンを押してもセキュリティをかけられるとか、画面の一部分しか操作できないといったように、専用端末のようにするということができるようになっていますが、それも元々はアクセシビリティのオプションとして追加された機能です。

 カメラを使って顔の右左の動きだけでiPadを操作するということも可能だったり、地味なんですが、いろんなアクセシビリティの機能が入ってきているので、目が見えない人や耳が聞こえない人だけでなく、体に障害がある人でも使えるようになってきているというところがあるので、iOSってすごいなと思います。Androidやその他のOSも今後に期待したいですね。

課題はいかに継続し、活動の輪を広げられるか

――課題として見えてきたことは何かありますか?

高森氏
 課題の一つは、習った方の後のフォローです。iPadをお貸ししているのですが、講座が終わるとご返却いただきますし、ご自分でiPadを買われる方もいらっしゃいますが、色々と理由があって買えないという方もいらっしゃいます。使っていないと忘れていくので、せっかく習ったことも無駄になってしまうということが可能性としてはあり得ますので、継続的な活動ができるような支援を考えています。

 それから、講座の後半は、実際に障害者の方に来ていただいて、今まで習った内容を教えるという模擬実習をやるんですが、そのモデルになってくれる人を確保するのに苦労している部分もあります。平日の夕方という時間帯というのもあると思うのですが、視覚障害者さんだと自分で車を運転して来るというわけにも行かないので、公共の交通機関やタクシーを使って来ていただくということになるのですが、来ていただくのに負担をかけてしまっているのかな、という心配もあります。知りたいと思っている方は結構いるはずなのですが。周知不足という部分もあると思うので、活動自体を広く知っていただきたいと考えています。

 個人的には高校生ぐらいの若い世代に対してもアプローチしていきたいと思っています。そういう素質がある人たちなので、やれば面白いと感じるでしょうし。

森田氏
 実は今もサポーターとして青森市内の大学生3人に参加していただいています。その方たちから広がっていく可能性はありますね。私たちとしては、そこからの広がりに期待しているところです。小学生や中学生となってくると別の問題もあってなかなか難しいところもあるかもしれませんが。

高森氏
 LINEの「既読」機能などは、考え方によっては非常に便利で、例えば、遠く離れた聴覚障害者さん同士がやり取りする場合は昔はFAXだったんですが、それが相手にちゃんと届いたのかどうかというのが確認できないので、受け取った側が「届いたよ」というFAXを送り返す手間がかかっていたんです。メールが出てきて送るコストは下がったんですが、メールも相手に届いたかどうか分からなくて、結局困るということになります。でも、LINEの場合は、「既読」かどうかが分かるということで、そこが聴覚障害者にとっては便利だということになっているんです。今、社会問題になっているような物でも、使う人や状況が変われば便利だ、価値があるんだということなるわけです。

青森県 企画政策部 情報システム課の山本俊二氏

――なるほど。今後の取り組みの予定はいかがでしょうか?

山本氏
 今と同じ形での講座は年内に2カ所で実施します。さらに先ほどお話ししたような課題を踏まえて、来年以降、さらにステップアップした形でやっていけるかどうかを今考えているところです。

 せっかく育てた方ですから、“プチ高森さん”になってもらい(笑)、さらに活動を広げていきたいので、例えば、サポーターの会などの形で組織して、習っただけでは忘れてしまうことも、サポーターとしてお手伝いいただく形で継続していただき、しっかり身につけて自分の物にしていってもらい、そういう人が残っていって、増えていくというシステムになっていけば、県としてもやった甲斐があった、人材育成したということになると思います。ですから、今の形+αで何ができるかということを模索しています。

森田氏
 我々としては青森県だけの取り組みにしようと考えているわけではありません。県庁のホームページには今回の事業で作ったマニュアルなどを掲載していますから、行政だけじゃなく、民間でも使ってもらって、他県でもこうした取り組みが広がってくれるといいなと思っています。

――お忙しい中、ありがとうございました。

講座の模様

手話通訳者を介してiPadの使い方をレクチャーする実習。他の受講者も聴覚障害者のそばに立ちサポートする

 インタビュー取材の後、青森市内で開催された「視覚・聴覚障害のある方にiPadを教える人財育成講座」の様子を取材する機会を得た。当日は全9回構成のうちの第8回となる「聴覚障害者をモデルにした模擬実習」が行われていた。

 講座では、6名の聴覚障害者を前に4名の受講者が講師役となり、手話通訳者を介して、iPadの基本操作から「Note Anytime」「Safari」「Skype」といったアプリの使い方を順番にレクチャー。4名の受講者は、機材の設定や調整不足により、多少つまずきながらも各々一生懸命に使い方を説明していた。

 実習終了後、受講者は、「教えるのが大変だということが分かった」「事前の準備をもっとやっておけば良かった」「アプリについて、まずどんな風に便利なのかを説明した上で使い方を教えた方が良かったのではないか」などと自分たちのレクチャーを振り返っていた。

 一方、モデルとして講座に参加した聴覚障害者からは、「ローマ字入力はよく分からないので、ひらがな入力で教えてほしい」「サポートしすぎ。自分で操作したい」「買おうかなと思っているので勉強していきたい」といった声が寄せられた。

 受講者の真剣さもさることながら、モデルの聴覚障害者の積極的に操作方法を習得しようという貪欲さには驚かされた。

iPadに初めて触れる聴覚障害者にイチから使い方を教えていく
サポーターを務めてきた青森公立大学の松橋美佳さん(左)、高村菊子さん(右)

(湯野 康隆)