インタビュー

ブロックのようにスマホを組み立てる「Project Ara」の今

ブロックのようにスマホを組み立てる「Project Ara」の今

グーグルが目指す“ハードウェアの民主化”

 メインカメラは2000万画素、ディスプレイは5インチにしようかな――気分にあわせて、あるいは必要に応じて、機能を選び、モジュールを付け替える。そんなスマートフォンが現実になろうとしている。それが約1年前から米グーグルが進める「Project Ara(プロジェクト アラ)」だ。

 グーグル社内で、先端的な研究・開発を進める部門、ATAP(Advanced Technology And Projects)が「Project Ara」を担当。その責任者、ポール・エレメンコ氏は、Project Araのゴールが「ハードウェアの民主化(democratize)」だと述べる。今回、日本のメディアに対してインタビューに応じたエレメンコ氏からは、「Project Ara」について、さまざまなコメントが得られた。

Project Araとは

エレメンコ氏
 最初にProject Araの概要から説明しましょう。これは、“携帯電話のハードウェアのエコシステムの民主化”です。新たな技術をよりスピーディに採り入れられるようにする。ひいてはユーザーの手にそうした新技術がいち早く届くようにするということです。いわばAndroidのハードウェア版、つまりハードウェアにおけるフリーでオープンなプラットフォームということですね。Androidでは、アプリ開発のためにソフトウェア開発キット(SDK)を提供していますが、Project AraではMDK、モジュール開発キットがあります。開発者は、ハードウェア、モジュールを開発して、モジュールマーケットで販売していくことになります。

エレメンコ氏

 グーグルが供給するのはエンドスケルトン(内骨格)というフレームだけです。このコンポーネントだけを提供し、その他のモジュールは開発者、サードパーティが提供していくことになります。これもAndroidで言えば、コアの部分はグーグルが開発していますが、その他の部分はスマートフォンメーカーがカスタマイズしたり、アプリをサードパーティが開発したりしていますよね。同じようなやり方なんです。

モジュールとエンドスケルトン

エレメンコ氏
 昨年11月に披露した、最初のプロトタイプは外観を見せるためのものでした。モジュール化されたディスプレイ、スピーカー、カメラを取り外せる、という形でした。エンドスケルトンには、ジャンボ(大)、ミディアム(中)、ミニ(小)と3種類のサイズがあり、グーグルだけが手がけ、提供するものです。

 モジュールにもさまざまなサイズがあります。1×1(ワンバイワン)は20×20mmですし、1×2(ワンバイツー)は20×40mm、2×2(ツーバイツー)は40×40mmです。モジュールは、シェルと呼ばれるケースに入っています。シェルをデコレーションしたり、猫の写真を入れたり模様を入れたりしてデザインを楽しむこともできます。ユーザーはシェルは取り外しできますが、中の部品の重要な部分に直接、指が触れないようシールドされています。

サンプルとして、透明なケースに入ったモジュール

 モジュールの開発は、何度もプロトタイプを製作するのではなく、アイデアが出てくるたびにシミュレーションできるようにします。無線通信、電気的な仕組みなども(MDKとは別に)無料で提供する開発ツール「Metamorphosis」によって、スピーディにシミュレーションをできるようにして、プロトタイプを製作する手間を省けるようにします。そうしたツールを使わずともモジュールを開発することはできますが、ツールがあれば役立つでしょう。

エンドスケルトンはグーグルだけ

エレメンコ氏
 さきほど申し上げた通り、エンドスケルトンはグーグルだけが提供します。実際は、クアンタという企業に、ODMで製造してもらっています。現時点ではそこだけです。これはプラットフォームが細分化すると困る、という理由があるからです。Androidと同じですね。そのためエンドスケルトンはタイトにコントロールする方針です。

 将来的にプラットフォームが確立した段階で、第三者が非常に厳しい品質基準を満たせば、ライセンスで任せることはあり得ますが、現時点でそれは考えていません。

 目標はイノベーションのペースをアップさせる、イノベーションの品質を上げるということで、Androidのハードウェアのエコシステムをより多くのユーザーの手元に届くようにしていきたい。あくまでもエコシステムの確立という観点で、エンドスケルトンの独占供給で売上を立てたいということではありません。

 板状以外の形状ではもちろんいろいろアイデアがありますね。ネット上では、2つのエンドスケルトンを繋いで折りたたみできる、携帯ゲーム機のような形状といったアイデアがありますね。現時点では3種類のサイズですが、将来的に開発者からさまざまな“クレイジー”なアイデアが出てくるのは良いことでしょう。ただし、繰り返しになりますが、まずはプラットフォームを確立したいので厳しくコントロールしているのです。

まずはリサーチ、そして市場調査へ

エレメンコ氏
 Project Araは、リサーチプロジェクトという位置付けです。つまり現時点で製品、商用版ではありません。アイデアベースから、マーケットパイロット(市場調査用の先行品)にして市場調査を行い、消費者が何に興味を持ち、持たないのか、調査します。見込みがあればプロダクト化も考えられます。

最初の試作品で外観、そして機能できる姿を見せた

 発表からこの1年間、パワーが本当に必要でした。日本語でどんな表現になるかわかりませんが、この1年間の状況は「No Free Lunch(無料の昼食はない、ただより高いものはないといった意)」でした。

 一番最初は外観だけのモックアップでしたが、その後、Google I/OではWi-Fiに対応して、機能するプロトタイプを披露しました。この最初のプロトタイプでは、モジュールとモジュールの間でネットワークがあって通信し、モジュールへの電力供給が可能、ということを示しました。

1月にプロトタイプ第2弾、来年中にマーケットパイロット

エレメンコ氏
 そして2015年1月21日に実施予定の開発者イベントでは、3G通信に対応したSpiral 2(スパイラル2)と呼ぶ第2世代のプロトタイプを披露します。これは、12月に完成する予定で、最初のプロトタイプよりもはるかに頑健で、使い勝手も向上させ、モバイルネットワークで通信・通話が可能です。

 その後、1月~3月にはLTE対応のSpiral 3(第3世代)を開発します。うまく行けばSpiral 3はプリプロダクト、つまり量産前段階におけるプロトタイプに近いバージョンになります。その後、2015年中にはマーケットパイロットとして、消費者対象のリサーチを行います。

開発者向けイベントは東京でも中継

エレメンコ氏
 より多くの開発者が参加できるようにするため、1月の開発者向けはこれまでと違ったフォーマットにします。というのも2回、実施するのです。1つはアジア、もう1つは北米です。アジアはシンガポールのグーグルオフィスで実施しますが、東京のグーグルオフィス、そして台北、上海、インド・バンガロールをビデオ中継で結ぶサテライト会場になります。北米のイベントはマウンテンビューがメイン会場となり、欧州や南米、カナダをサテライトにします。できるだけ新規の事業者が、できるだけコストを掛けずに参加できるようにしたいのです。これまでのような機器メーカーだけではなく、スタートアップや大学、あるいは従来、機器製造に携わっていなかったような新たなパートナーの参加を呼び掛けます。

 1月のイベントでは、2015年中に実施予定のマーケットパイロットの詳細についても発表する予定です。このイベントは、(毎年新年直後に米国ラスベガスで開催される)CESの日程の直後、同じ時期にはならないように実施します。

まずは消費電力が課題

エレメンコ氏
 最初の課題の1つは、モジュールデバイスを支えるため、できる限り消費電力を抑制する、電力のオーバーヘッドを下げるということでした。一般的なスマートフォンと同じような待受時間、利用時間を確保しなければいけないと考えています。Project Araでは、東芝がICチップのパートナーです。デバイス上のネットワーク(モジュール間のやり取り)で消費する電力をできるだけ抑えて、スマートな電力管理を実現したい。我々は“モジュラリティのオーバーヘッド”と呼んでいるのですが、これを下げる努力をしてきたのです。

バッテリーの“ホットスワップ”も

エレメンコ氏
 バッテリーもモジュールの1つですから、さまざまなサードパーティから登場するでしょう。複数の企業がバッテリーモジュールを供給するようになり、いろいろなテクノロジーを搭載するバッテリーが今後利用できるようになる、エネルギー密度が高いものが利用できるようになる、といったことも考えられるでしょう。

 それからバッテリーのホットスワップ機能(電源ONのままパーツを交換する)もサポートしたいのです。これはエンドスケルトンに小型のバッテリーを内蔵することで実現したいと考えています。

“エアギャップ”を解決せよ

エレメンコ氏
 最初はマーケットパイロットを2015年の早い時期としていましたが、これは2015年の後半、おそらく遅い時期になりそうです。いくつかの課題に遭遇しましたが、1つは先述した消費電力です。

 もう1つはデータインターコネクト(モジュール間通信)です。モジュールとエンドスケルトンの接続は、現在のMDKではピンで繋ぐ形ですが、実はワイヤレスにして、コネクターなしで接続する形にしていきますが、これが難しかった。これは、モジュールとエンドスケルトンの間では、インダクティブカップリングという技術を、そしてMIPI(エムファイ)というプロトコルを採用しています。MIPIは、高速で、多様なパワーレベルに対応しています。なかでも2つ、大きな問題があります。1つのインダクターでとても低い周波数と、GHz級の帯域をサポートしなければならなかった。

 もう1つが“エアギャップ”です。たとえばポケットに入れたまま座ると、本体がゆがんで、エンドスケルトンとモジュールの間の隙間が変化して、インダクタンス(電磁誘導で発生する起電力の量)も変化してしまいます。

 パートナーである東芝は、モジュールのチップとエンドスケルトンのスイッチの開発に携わっています。ラボにあるプロトタイプはきちんと動作しており、東芝からは課題をクリアしたチップを年末までに受け取る予定です。

通信アンテナは2つのアイデア

エレメンコ氏
 最初はWi-Fiに対応して、開発は簡単でした。12月完成予定のプロトタイプが3G、その次の1月~3月に登場するSpiral 3はLTEに対応する予定です。で、LTEはダイバーシティアンテナ、つまり2つのアンテナが必要なんですね。これをどう解決するか、現在2つの方法を検証しており、Spiral 3でどちらにするか、決定する予定です。

 1つは、アンテナモジュールを端末のトップとボトム(上部と底部)に装着して、そのアンテナモジュールをアナログの通信用バスで結ぶ、というやり方です。これはMIPIではなく、物理的なコネクターを介して繋ぎますす。ここには4つのピンがあり、電力供給用と通信用で各2つです。ピンではなくスプリングリーフになるかもしれません。あるいは4つのインダクティブパッド(ワイヤレス)かもしれません。ピンはエンドスケルトンのほうに備え、モジュールのほうに尖った部分はありません。もしポケットに入れていてもポケットに穴を開けたりしません(笑)。

 もう1つは金属製のエンドスケルトンをアンテナ代わりにするというアイデアです。

認証プログラムは?

エレメンコ氏
 認証プログラムがあるかどうか、という点は「YES」であり「NO」という答えになります。誰でもMDKで開発できるようにする一方で、グーグルのモジュールマーケットプレイスでの販売のためには、安全の要件を満たしているという意味での認証が必要です。

 ですが、モジュールのスペック、品質に関するテストを実施することは考えていません。ユーザーからの評価、フィードバックでそうした面はわかるようになるでしょう。ある意味、Google Playにおけるアプリに似た環境ですね。現在も、スマートフォンに対してユーザーがレビューして評価を投稿することはできますが、これは“ハードウェアの民主化”の1つと言えるでしょう。

50ドルという金額の意味

エレメンコ氏
 今春の開発者イベントでは、「グレイフォン(Gray Phone)」を紹介しました。そして50ドルという金額も出ましたが、この金額は販売価格ではなく、部品表(BOM、bill of material)の金額です。つまり、製造時の、エンジニアリング上の目標です。グレイフォンはローエンドで、ベーシックな端末です。CPU、ディスプレイ、バッテリー、Wi-Fiという組み合わせでの目標額ですが、間違いなくアグレッシブな目標です。

 製造する上で、エンドスケルトン自体が高額になってはいけないということで、この目標額を発表しました。端末価格自体は、モジュールに負うところが大きい。モジュールの価格は、グーグルがコントロールするものではなく、モジュールデベロッパーが決めることになります。ですから、たとえば「Nexus 6」と同等のスペックでいくらになるか、と問われても、それはデベロッパーがモジュールの価格をどうするかによって変わってきますので、私からは何も言えないのです。ただ、ハイスペックな性能でコストが上昇するという面と、複数のデベロッパーが参入することでの競争促進による価格下落という面、それらのバランスがどうなるか、ということもあるでしょう。

 安価なスマートフォンという面では、グーグルでは新興国向けに「Android one」という廉価な機種を用意しています。次の50億人へインターネットを利用できる環境を、という面でも光回線や気球を利用した回線などのプロジェクトを進めています。

 Project Araの目標は、たとえば「Nexus 6」を安くする、といったことではなく、新しいイノベーションを導入していくといったことになります。これまでの標準的な手法ではできなかったことを実現していく。たとえば環境モニターや医療用デバイスを作ったり、あるいは最先端のバッテリーテクノロジーでよりエネルギー密度を高めたものを可能にしていったりするということです。

2015年に登場、“ハードウェアの民主化”は実現するか

 今回のインタビューでは、技術的な課題をクリアして、モバイル通信が可能なプロトタイプが開発されていること、来年後半には市場調査が行われることが明らかにされた。

 まるで玩具のブロックのようなイメージをそのまま形にしようとしているProject Araは本当に商用版として実用化されるのか。もう少し、時間はかかりそうだが、発表から1年を経て、単なる絵空事ではなく、必要に応じた機能をユーザーが選べる、といった世界が間近にやってきていることが明らかになった。まずは来年1月に開催予定の開発者向けイベントで、市場調査がどのような形で実施されるのか、注目したい。

関口 聖