インタビュー

「Ingress」のビジュアルは日本のアニメが影響?

Niantic Labsホワン氏に聞く、Ingress開発秘話

 グーグルのデニス・ホワン氏は、歴史上の人物や出来事、各地の文化などにちなんでグーグルのロゴマークが変わる「ホリデーロゴ」(Doodle)を描きはじめた人物であり、長年に渡って「ホリデーロゴ」を担当してきた人物だ。グーグルに入社して15年、社内でも在籍期間が最長クラスというホワン氏は、話題の位置情報ゲーム「Ingress」を手がけるNiantic Labs(ナイアンティックラボ)に参加。実は、Ingressに登場する初期ビジュアル、ユーザーエクスペリエンスなどを担当していた。ただ、ホリデーロゴ関連では多くのインタビューに応えてきたホワン氏だが、Ingress関連では海外でもほとんど姿を見せてこなかった。

Niantic Labsのホワン氏

 そんな中、文化庁メディア芸術祭でエンターテイメント部門大賞を受賞し、現実世界にIngressを再現するという展示会にあわせてホワン氏が来日。Ingressの開発にまつわるエピソードを聞いた。

Niantic Labsに加わった理由

――長くホリデーロゴを担当していたホワンさんがNiantic Labsに入った背景から教えてください。

ホワン氏
 グーグルでの経験は15年になりますが、Niantic Labsに入ってからの3年間はこれまでで一番面白かったですね。あれは2011年のことだったと思います。当時、僕はWebデザインやホリデーロゴを担当していました。そのとき、Niantic Labs創設を目指していたジョン・ハンケから誘いを受けました。ちょうどモバイル機器が進化し、スマートフォンが少しずつ浸透していった時期です。しかし、スマートフォンをみんなが使いこなしておらず、UX(ユーザー体験)をどうしていいか、考えていた時期でもあります。

 ジョンもさまざまなインタビューで話していますが、そのときも「スマホと接するとき、子供がスクリーンばかり見る」「人をもっと外に、美しい自然や世界と繋げたい、関係性を変えたい。エクササイズも多少入れよう」といったことを話してくれました。そうした目標に感銘を受けてNiantic Labsへ入ることにしたわけです。

――Niantic Labsに加入することになって、ハンケさんからはどういうリクエストがあったのですか?

ホワン氏
 それまでジョンと僕はお互いの存在は知っていましたが一緒に働いたことはなかった。Niantic Labsにジョインして、僕はクリエイティブな取り組みを通じてユーザーの行動を変化させることが目標になりました。当時はIngressのコンセプトはまだぼんやりとしたもので、ひとまずNiantic Labsが手がけるもう1つのアプリ「Field Trip」をやろうとしていたところでした。このアプリは、街を歩いてもらって周辺を楽しんでもらおうというもので、当時の目標は、通勤や通学途中で1ブロックでもユーザーが足をのばしたら、大成功と考えていました。しかし僕は、Webデザインなどに携わっていましたが、モバイル関連のアプリやサービスについてデザインやUXの開発を経験したことがなかった。そんな僕に任せることは、ジョンにとってはリスクだったかもしれませんね。

ハンケ氏がプロトタイプを作成、日本の文化の影響も

ホワン氏
 Ingress最初期のプロトタイプは、ジョンが自分でプログラムして開発したもので、モーショングラフィックやシェーディングといったビジュアル面もジョン自身が手がけました。ジョンはエンジニアではありますが、時にクリエイティブなアイデアを掲げ、(Ingressの)真のアートディレクターになるときもあります。

――ということは、ハンケさんがアイテムの形状・デザインを決めたのですか?

ホワン氏
 ジョンは「Ingress」のゲームデザインですとか、ポータルがどういうものであるべきか、といったアイデアを最初から決めていました。レゾネーターやバースターといったゲーム中に登場するアイテムは、「Ingress」のコンセプトを作り上げていく中で、私が原形をスケッチしていったものがベースになっています。

 僕はアメリカ生まれで、韓国で育った時期もあります。韓国で過ごしていたときには、日本の漫画やアニメの影響を受けました。ガンダムや攻殻機動隊、エヴァンゲリオン……ええと、あの青いロボットは何だったっけ?(と川島氏に質問するも回答を得られないところに思い出した様子)ああ、そうだ、TETSUJIN(鉄人28号)もそうです。

 そういった意味で、Ingressは日本の文化からインスパイアされている部分があります。たとえば攻殻機動隊では、公安9課(攻殻機動隊の劇中に登場する組織)が誰かを追跡するとき、ベクターグラフィックスで街の道路を描き、ダークな背景の中でヘリのアイコンが動く……といった描写があったかと思います。そういった部分はスキャナ(Ingressアプリの画面)のデザインに影響を与えているところがありますね。

スキャナのデザインについて語るホワン氏

――ああ、この画面デザインはそのあたりから設計されたのですか。でも、もしかしたら他の国でインタビューを受けるときには、別の作品を挙げるのでは?(笑)

ホワン氏
 あはは、そんなことはないですよ。攻殻機動隊のアニメ版を監督していた神山さん(神山健治氏)のもとには、ロスで同作品の録音が行われた時、川島さん(川島優志氏、日本人初のNiantic Labsスタッフ。本インタビューで通訳も)と僕でお手伝いに行ったこともあります。自分が好きな「攻殻機動隊」という作品の背後にいる方とお話をしたということも(Ingressのデザイン開発へ)影響したかもしれません。ジョンはわかっていないかもしれませんが、僕にとってはIngressのゲーム画面というのは、日本のアニメがパパパッとでているような仕上がりなんです。バースターはまるでロボットアニメのメカランチャーのようにね。

モバイルならではの課題

ホワン氏
 画面デザインを詰めていく中では、課題が多くありました。スマートフォンという限られた画面領域の中で、どういった情報を出していくべきか、といったところです。一例はチャット機能(ゲーム中ではcommと表記されている)です。これは、ユーザーの現在地にあわせて、周囲〇km内のユーザーの発言を表示する、というようにレンジを決める形でしたが、当初はその設定が3種類ほどしかなく、最小でも10km程度でした。しかしそれでは東京のような大都市では、人が多すぎて会話が成立しません。こうした、ロケーションゲームならではの課題のように、これまでにはない、さまざまな新しい思考が必要になることがわかりましたね。

「デザインチームは驚愕した」――Factionシンボルとロゴマーク

――Ingressのビジュアル面に関するデザインを担当した、ということで気になるのは、アプリのアイコンにも使われているロゴマーク、そしてレジスタンス陣営(青)とエンライテンド陣営(緑)のシンボルマークが意味するところです。

ホワン氏
 それらのマークのうち、先に決まったのは陣営(Faction)のマークですね。青と緑という色が決まって、ストーリーの骨格が固まっていく中で、エキゾチックマター(ゲーム中に登場する物質)を懐疑的に捉えて戦うレジスタンス、エキゾチックマターを受け入れて人類の進化を意図するエンライテンドという両陣営のスタンスも決まる。そこで、レジスタンスは、“守る”というイメージでシールドで囲う形にしました。一方のエンライテンドは人間性を進化させる、というスタンスということで、“エジプト風の目”をモチーフにして、「真実を見通す目」をイメージしました。

左がエンライテンド、右がレジスタンスのシンボル

 そして(2012年11月に)β版をローンチ。そのうち、エージェント(プレイヤーのこと)がタトゥーにしているという話を目にしたんです。その頃、僕以外にもポール・マティーニという2人目のデザイナーが加わっていたんですが、デザインチームは本当に驚いて、ちょっと動揺しました。だって、タトゥーって消えないじゃないですか。

 僕たちは、1つのプロジェクトとして、デッドラインがあって仕事として取り組んできた。でも体にタトゥーとして描くということは永遠に残る。当時はまだβ版で、いつ、どこで「Ingress」のプロジェクトが頓挫するかわからなかったわけです。でも、遊んでいる人にとっては、そんなことは関係がなくて、ソーシャルな繋がりが増え、ワークライフバランスの改善がもたらされて……そういう(Ingressを通じた)影響が大きかったんでしょうね。


 そしてIngress自体のロゴについては、とても長い時間をかけて考えました。「エキゾチックマターがあって人々が争う」ということで、緊張感を表現したかった。でも、ゲームそのものは暴力的なものにしたくありませんでした。ですから、戦争ではなく、ソーシャルなコネクションを表現したいと考えたのです。

――ちなみに青と緑という色になったのは?

ホワン氏
 ああ……いくつか選択肢があったのですが、理由は忘れてしまいました(笑)。

ホリデーロゴ担当者が集まる理由

――ホリデーロゴを創出したホワンさんと、日本ローカルのホリデーロゴ担当だった川島さんが今、同じNiantic Labsにいる、というのは何かしら狙いがあるのですか?

ホワン氏
 ああ、いい質問ですね。川島さんがグーグルに入社する際、最後に履歴書をチェックしたのは私で、その経歴には、攻殻機動隊に関わったことに触れられていました。

川島氏
 僕は米国に進出する「攻殻機動隊」について、ロスでクリエイティブディレクターのような仕事を手がけたのです。で、デニス(ホワン氏)がその履歴書を見てグーグルに入れろと言ってくれたんです(笑)。

ホワン氏
 ジョンや僕と同じように、川島さんもテクニカルな部分、アーティスティックな部分、両方バランスをとっています。たとえば今、Android Wearのプロジェクトでは、デザインを川島さんがリードしています。デザインする上でも、Bluetoothがどう動くべきか、どういう仕組みで動いているか理解している必要があります。テクニカルなこと、デザインとスイッチできる能力が必要で、これはホリデーロゴのデザインにも重要なポイントです。Niantic Labsのデザインの未来という部分でも重要なところがあります。情報がはっきり綺麗に見える、というだけではなく、状況に応じて周囲が安全かどうかなど、求められるUXは異なってきます。ウェアラブルなデバイスへのリーチなどは、難しいところもありますが、エキサイティングなところでもあります。

――ちなみに、今日、何かお見せいただける新しいアイテムなどのデザインはありますか?

ホワン氏
 いや、ええと、それはちょっと今日は……ちなみにあなたのレベルは?

――15です。(現在は最高でLv16。Lv15に達しているエージェントは筆者が知る限りでも相当の人数に達する)

ホワン氏
 ええ!? 15ですか……! いや、本当にもう、ここまでプレイしてくれる方がいるというのは僕たちにとっては、とても重要なことで、一所懸命頑張りたいと思います。

――今日はありがとうございました。

Niantic Labsのホワン氏(左)と川島優志氏(右)

2月4日から国立新美術館で展示、次のイベントは3月

 スマートフォンがリアルとバーチャルを繋ぎ、融合させる新感覚のゲーム「Ingress」をリアルで再現する、そんな展示が国立新美術館でまもなく披露される。

 2月4日〜15日、文化庁メディア芸術祭で選出された優秀な作品群を紹介する展示イベントにおいて、メディアアーティストの真鍋大度氏と協力して、3面プロジェクションを用いてIngressの世界観を表現する作品が用意されるのだ。ソーシャルメディアにおいて川島優志氏は、エージェントであればそのことを示すアイテムを身に着けながら来場することを推奨。ゲームとリアルが連動した、インタラクションのある展示になるようで、3面にプロジェクションされている3つのポータルが全て青いときにはレジスタンスに向けたメッセージが、緑であればエンライテンドに向けたメッセージが、ゲーム内のアイテム「Power Cube」を再現したオブジェの上に浮かぶ。

展示イメージ

 またこの3つのポータルは、ある条件を満たすと昨年12月に開催されたイベント「Darsana Tokyo」のログをもとにした壮大なグラフィックを目にできるという。

 このほか2月〜3月にかけてグローバルで実施されるイベントの名称は「SHONIN -証人-」になることも明らかにされている。日本では3月28日、京都で実施される予定となっており、Ingressのストーリーを揺るがす、新たな展開が期待されるところだ。

2〜3月に実施されるイベント「SHONIN -証人-」のロゴ

(関口 聖)