インタビュー

本当に必要なものを突き詰めた「ARROWS ケータイ F-05G」

本当に必要なものを突き詰めた「ARROWS ケータイ F-05G」

LINEに対応するフィーチャーフォン開発の裏側

LINEに対応するAndroidフィーチャーフォン「ARROWS ケータイ F-05G」

 ドコモの2015年夏モデルとしてデビューした「ARROWS ケータイ F-05G」は、フォルムとしては二つ折りのフィーチャーフォンでありながら、OSプラットフォームにAndroidを採用した富士通製の携帯電話だ。すでに他メーカーからも同種の端末が発売されており、“フィーチャーフォンのAndroid化”はトレンドの1つとなりつつある。

 高機能・高性能な最新型スマートフォンとは異なり、F-05Gが狙っているのは携帯電話をあくまでも電話やメールを中心としたコミュニケーションツールとして見ているユーザーだ。目玉はハードウェアキー操作に最適化されたメッセージアプリ「LINE」が利用できることだが、このスマートフォン全盛の時代にフィーチャーフォンを開発するのには、最新スマートフォンとは違った意味での難しさがあったという。同社で開発を担当した森田氏と千葉氏にその苦労を伺った。

フラッグシップの開発にはない準備期間を設けた

富士通株式会社 ユビキタスビジネス戦略本部 プロモーション統括部 第2プロダクト部 森田博典氏

――最初にF-05Gの開発経緯やコンセプトを教えていただけますか。

森田氏
 スマートフォンの登場でユーザー全員そちらに移るかと思っていたのですが、携帯電話のニーズは根強くて、我々、キャリア様ともにフィーチャーフォンは今後もずっと残り続けるだろうという見方になってきました。そういった共通認識が根底にあって、携帯電話を作り続けていこうという意思はありました。

 コンセプト面では、コミュニケーションツールとして携帯電話を見た時に、「時代に即したものを」というのはあります。つまりLINEなどにも対応していけるものです。それから、今やパーツメーカー各社ではスマートフォン向けの部品が中心的に作られています。その関係で携帯電話にもスマートフォン向けの部品やAndroid OSを選択してでも市場の要求に応えるというメーカーとしてのミッションもあったので、ユーザーニーズとメーカー・キャリアの立場の2つが混じり合ったのが出発点ですね。

――F-05Gのターゲットユーザーというと、どんなところになるのでしょうか。

森田氏
 フィーチャーフォンを長く使っているユーザーの動向を調査したところでは、やはり50代の方が多かったので、そういった大人の世代に向けた商品を目指しています。「らくらくホン」や「らくらくスマートフォン」シリーズは60代以上がターゲットですが、それらとは被らない50代を中心に、40代や60代前半まで視野に入れています。この形が好き、手放したくない、という方もいらっしゃるので、「愛着」をキーワードの1つとして企画を考えたところもあります。

――2月にはauから「AQUOS K」が発売されていましたが、開発がスタートしたのはそれ以前からということになるのでしょうか。

千葉氏
 2014年に入った頃ですね。Androidにフィーチャーフォンの特色を入れる上で、それぞれで思想や作りが全く異なっているので、下準備としてどこをどういう風に直して、付け加えて、いかにフィーチャーフォンのUI仕立てにするか試行錯誤する時期がありました。最終的にはドコモ様の方でUI(ユーザーインターフェイス)のガイドラインが作られ、それを実現するためのAPI仕様に則って実装するのですが、通常のフラッグシップスマートフォンとは違い、本格的な開発の前段階があったという感じです。

――外見はスタンダードな二つ折りで、ワンプッシュで開けるボタンを備えているのが特徴と言えそうですが。

森田氏
 これもフィーチャーフォンユーザーに聞くと、ワンプッシュで開ける「オープンアシストボタン」のニーズが高いことが分かりました。実は弊社の以前の端末でも使っていて、前回のF-07Fでは搭載しませんでしたが、今回復活したということになります。

――そのヒンジのパーツを作るメーカーがもう少なくなってきているのでは?

森田氏
 今回のF-05Gでは、このオープンアシストボタンを実装できましたが、作れるメーカーを探すのが難しかったというのは事実としてあります。使えるものが限られる中で、何を選択してユーザーニーズに合わせていくのか、というのは苦労しました。

――ストレートタイプなど、別の形状は検討はされなかったのですか?

森田氏
 昔はたしかにいろいろなタイプがありました。「ヨコモーション」とかやっていましたし、スライド式もありました。折りたたみ式についても回転2軸、それにセパレート型など、全部で20種類くらいあったんです。けれど、どういう形がいいのか市場調査をしてみると、ほとんどの方が回らない折りたたみがいいとおっしゃっていました。そうじゃないと欲しくないという人が多かったんです。

――ユーザーから求められているニーズはいろいろあるようですが、その中で最も大事な機能は何だと考えていらっしゃいますか。

森田氏
 フィーチャーフォンユーザーが利用する機能は、通話とメールで、この2点は一番大事です。利用頻度を見ても、これが9割。他の機能は人によって使う使わないが分かれますが、通話とメールについては徹底的にこだわって見ていきました。

 また、機能の前に「安心感」、電池持ちとコミュニケーションツールとしての役割についても大事にしています。山奥へ行った時に通話できないなど、いざ電話をかけたい時に電池がなくなる不安があると困るので、機能面ではそこを徹底的に重視しています。従来機種の約1.5倍の連続待受時間930時間以上を目標に頑張ってきました。

――実際に発売されて、手応えはどうですか。

千葉氏
 スロースタートというか、ゆっくりゆっくり、ずっと売れていくという感じですね。

森田氏
 パッとは分からないんですよね。爆発的に売れるというものではないですし。スマートフォンだと発売されてすぐにネット上であの機能はどうだ、みたいな議論になるんですけど、フィーチャーフォンはそういう議論をネットでしない方がほとんどなので、気になるところではありますね。

重要なのは高速通信ではなく、今まで通り通話とメールができること

富士通株式会社 モバイルフォン事業本部 ソフトウェア開発センター 第2開発部 千葉敏博氏

――プリインストールのLINEアプリについては、どんなところがポイントですか?

千葉氏
 作った側の思いとしては、ただポンと載せただけではなくて、開発メンバーが汗水垂らして頑張った、というところですね。ダイレクトに文字入力できるとか、フリック操作を擬似的に再現するようにソフトキーで上下にスクロールできるようにしたとか、それらを実現するのにLINEのアプリ自体は変更できないので、外側から見える範囲の情報でロジックを組んで、ソフトキーの状態を変化させるようにしました。

森田氏
 タッチパネルの操作において、どこまでが期待値としてのスクロール量なのか。例えば、指でなぞる操作をハードウェアキーで代替する場合、どれくらいのスクロール幅をユーザーは期待しているのだろうか、と。キー1個ずつそれぞれで使い勝手の感覚を数値化していくのが難しいところでした。

――それ以外で特に苦労された部分は?

千葉氏
 今回の開発はほとんど(ソフトウェアの)作り込みに心血を注いだという感じです。スマートフォンのようにダイレクトにタッチするのを前提とした画面レイアウトと、フィーチャーフォンのようにハードウェアキーでフォーカス移動して決定していくというところは全て作り変えなければなりませんから、そこにかなりの労力を使っています。

 我々はF-07Fのようなフィーチャーフォンを作ってはいますが、実際F-05Gの開発メンバーのほとんどはAndroidベースのスマートフォンを開発していたので、「まずは思い出してくれ」と(笑)。会議ではことあるごとにフィーチャーフォンなんだぞ、まずキー操作するぞ、二つ折りでパタパタするぞ、それに終話キーでアプリ終了させるという作法にも違いがあるぞ、と確認していました。基本的なガイドラインみたいなものを改めて独自にまとめて、メンバーに周知していきました。

 ドコモ様からいただいたガイドラインでも画面に入れる要素やソフトキーの機能割り当ての考え方などが規定されていますが、事細かに絶対守りなさいというルールではないので、その考え方に基づいて我々の中でこうした方がいいだろう、という考えで開発していきました。ガイドラインでは概念的な部分が多くならざるを得ず、どこからどこまでを携帯電話としての共通の操作とするのか、ドコモ様と時間をかけて議論しましたね。

――ところで、モバイル通信はLTE非対応で3Gのみです。また、おサイフケータイやテザリングなどの機能もあえて省いたようですが、その理由は?

森田氏
 繰り返しになりますが、我々としては、今のフィーチャーフォンユーザーにとって一番大事なのは通話とメールだと考えています。また、LTEなどの高速通信ではなく、現状の料金プランで安心して今まで通りに通話とメールができることが重要だと考えました。搭載する機能をアンケートを取って簡単に決められるものでもありません。例えば、おサイフケータイは普段から使っている人にとっては生命線にもなり得ますが、全体的に見れば利用率は低い。それでも機能を載せるのか、というのは悩んだところですね。

――今回は搭載されていない指紋認証、虹彩認証についてはいかがですか。

森田氏
 富士通としては、セキュリティは今までこだわってきたところなので、やりたくなかったわけではありません。しかし、優先するべきところとして、今回はまずシンプルに、今までの携帯電話と同じ使い勝手、同じ安心感をお客様に届けたいという思いでやってきました。やっぱり価格も気にされているユーザー層でもありますから、多機能になると逆に嫌がるお客様も少なくありません。

 今回はこういう考えの商品を市場に出してみて、反応を見ながら次機種以降でどうしていくかは決めたいですね。

制約の中、「本当に必要なもの」を探ることで得た収穫

――テンキーはフィーチャーフォンそのものですが、その下には「1・2・3」の数字が振られた「お気に入り機能」キーが追加されています。

森田氏
 お気に入り機能キーは「らくらくホン」にもあるのですが、機能の考え方が異なります。「らくらくホン」は親しい人への電話やメールのショートカット機能です。一方、F-05Gは、キー一発で機能を起動できるのがスマートフォンにはない強みで、フィーチャーフォンの価値の1つかなと思いました。端末を企画していく中でフィーチャーフォンの価値ってなんだろうね、というのはずっと社内でも議論してきて、それを活かした工夫が何かできないかということで生まれたものなんです。

――ハードウェアキーのメリットというと、ちょっと話は変わりますが、ゲーマーはコンマ1秒でも早く、正確に操作するためにゲーム向けのキーボードやマウスを使うなどハードウェアにこだわるみたいですね。

森田氏
 私もゲーマーなのでわかるんですが(笑)、フィードバックがあるのがいいんですよね。スマートフォンでも、格闘ゲームのコマンド入力がどんどんやりやすくなっているとは思うのですが、入力が指に返ってこない。ハードウェアキーの良さはフィードバックにあると思っていたので、キーの押し感にもこだわりたかったんです。

――しかし、AndroidでSymbianの時と同じような表現をしようとすると、レスポンスの部分などで違和感が出やすくなる気がします。

千葉氏
 はい、ありました。初期の頃はすんなりいったのですが、機能を載せていくと、それにつれてだんだんもっさり感が出てきて、社内でもこれじゃダメだとなりました。どこの処理に時間がかかっているのか、毎週のように分析して改善を進めました。

 特にF-05Gではメモリ消費量とサクサク動くことのトレードオフが大きく、しかも512MBというフラッグシップスマートフォンよりずっと小さいメモリ容量です。快適に端末を動作させるには一部のアプリを常駐させておかなければならず、それをどれだけ残すか、というのを実験で繰り返し調整してきました。

 スマートフォンを開発していたメンバーが、Android上でアプリを動かすに当たって、スマートフォンから流用しようとしていた処理もあり、でも、それをそのまま持ってきちゃダメだよと。制約がある中でいかに快適に使えるようにするか、というテクニックは、今後スマートフォンなどの開発を行う際にも役立つところがあると思っています。

森田氏
 今回の機種では、開発メンバーとの間で「どこまで必要なの?」という議論を本当に何回もしてきました。フィーチャーフォンユーザーにとってその機能は本当に必要なのか、必要なものしか求めていないユーザーにそれはやりすぎなんじゃないのとか、すごく話し合いました。しかし、そうやっていくことで、本当に大事なところが見えてくるんですよね。必要か必要でないかの線引きはかなり意識できるようになったので、そういったところは今後の機種開発に活かせる大きな収穫でした。

らくらくホンもAndroidベースに?

――富士通のラインナップですと、現行モデルにはまだAndroidではない、Symbianベースのフィーチャーフォンもあります。これらも今後はAndroidベースになっていくのでしょうか。らくらくホンでもLINEで孫とコミュニケーションしたい、というような人もいるのではないかと思うのですが。

森田氏
 今すぐSymbianベースの携帯電話を提供しなくなるわけではなく、これはしばらく続けていくことになります。しかし、ユーザーニーズに合わせて商品開発するのが基本原則ですし、業界の事情として部品が限られてくるというのは隠せない事実で、他社も含め共通の課題としてあるわけです。でも、そういう事情だけで物作りをしていくのかというと、そうではありません。お客様が望めばAndroid化も考えたいですね。

――フィーチャーフォンは法人導入も多いと思いますが、F-05Gの法人モデルの可能性は?

森田氏
 可能性としてはあると思ってはいます。ただ、Androidフィーチャーフォンについての認識がまだ一般には広がり切っていない、もしくは我々と認識度合いに乖離があるのではないかと感じられるところもあります。

 フィーチャーフォンユーザーに聞くと、Androidフィーチャーフォンの名前を知ってはいても、「アプリが一杯入れられるんでしょ」とか、「タッチパネルなんでしょ」というような誤解が多々あります。そういう中で、法人のお客様からAndroidフィーチャーフォンが欲しいと言われた時に、スマートフォンと同等のものが欲しいのか、今まで通りセキュリティが担保された携帯電話にしたいという話なのか、見えにくいところがまだあります。このあたりは市場の反応を分析したうえで検討していきたいと思います。

――最後にぜひ注目してほしいポイントなどありましたら一言ずつお願いします。

千葉氏
 LINEは頑張って作ったのでぜひ使っていただきたいです。電池持ちに関しては、メモリを512MBに収めなかったら連続待受時間930時間というのは達成できないほどでした。あとは文字入力ですね。ATOKで気持ちよく入力できるようにしたので、毎日のように文字入力してLINEでコミュニケーションしてほしいですね。

森田氏
 今回は電池持ちとLINEを特徴としています。フィーチャーフォンユーザーのスマートフォンに切り替えない理由の上位が、「電池持ちが良くなさそう」という点ですが、F-05Gなら平日の5日間、平気で電池が持ちます。我々も開発段階でそういうレベルを目指そうとは思っていましたが、実際できあがって使ってみると本当に電池持ちがすごいなと自分でも驚くくらいです。LINEなどをスマートフォンと同じようにヘビーに使っても減りにくい電池持ちを体感していただければ、苦労した開発者冥利に尽きるかなと。

――本日はありがとうございました。

日沼諭史