インタビュー

カシオ計算機社長の樫尾和宏氏に聞く

「WSD-F10」への期待と携帯電話事業再参入の可能性

 1月に米ラスベガスで開催された「CES 2016」で、Android Wear搭載のスマートウォッチ「WSD-F10」を発表したカシオ計算機。このスマートウォッチは、アウトドアに用途を限定。バッテリーを長持ちさせるために通信機能をオフにして時刻のみ表示する2層液晶を採用するなど、ライバル製品にはない、さまざまな工夫が盛り込まれている。こうした斬新さが評価され、CESでは媒体各社が主催するアワードを9つも受賞した。

 WSD-F10は、カシオにとって初のスマートウォッチと位置づけられた商品だ。これまでも、「G-SHOCK」や「EDIFICE」のブランドでスマートフォンと連動するモデルはリリースしていたが、Android Wearを搭載し、アプリを追加可能な機種はなかった。では、なぜこのタイミングでカシオは、スマートウォッチを手がけることにしたのか。WSD-F10の話をきっかけにしながら、ウェアラブルに関する戦略や、会社全体としてのモバイル分野への取り組みを、同社 代表取締役社長 樫尾和宏氏に伺った。

カシオ計算機 代表取締役社長 樫尾和宏氏

「WSD-F10」開発の理由

CESで披露されたAndroid Wear搭載のスマートウォッチ「WSD-F10」

――まずは、WSD-F10に関して、開発経緯や、CESでの手応えをどのように感じているのかを教えてください。

樫尾氏
 スマートウォッチ自体は、数年前から開発していました。他社で色々なものが出てきている一方で、カシオは、時計をやっていて、なおかつ情報機器端末も手掛けています。カシオペアのようなPDAや、ノートパソコンだけでなく、携帯電話やスマートフォンも作っていました。本来なら、もっと早くうちで出さなければいけないという、強い思いがありました。

 そのために、携帯電話やデジタルカメラ、情報機器端末をやっていたメンバーと、時計のメンバーを融合した新しいチームを作り、今回の発表に至っています。そこの部分は、とにかく早く出したかったですね。

 ただ、Apple WatchもAndroid Wearも、まだまだアーリーアダプターが買っている段階です。本当にテクノロジーに詳しくない普通の人でも毎日使いこなせる商品になっているかというと、まだそこまでの域には達していないのではないかと思います。

 実際の商品は、スマートフォンのコンパニオン機能が中心です。スマートフォン自体が取り出せない状況でこそ、強みを発揮するはずです。ところが、スマートフォンが取り出せないという状況が、日常的にはそんなにない。我々は「創造 貢献」を社是にしていますが、今までになかった「必要なもの」を生み出してきた自負があります。同じスマートウォッチを作るにしても、使われないものを作るつもりはありません。単なるスマートウォッチを作ってしまうと、海外の市場を見れば分かるとおり、価格競争になってしまいます。

 そこで、スマートフォンを取り出せないシーンはと言うと、やはりアウトドアになります。フォーカスしたのは、山登り、サイクリング、トレッキング、釣りという、手がふさがっている状況です。スマートフォンが取り出せないとき、本当に使える時計を目指し、そういうアプリもきっちり入れた上で、防水仕様にしました。残念ながら、「G-SHOCK」までの耐衝撃性は入れられませんでしたが、使うシーンに特化して作らせていただきました。

 万能のスマートウォッチではなく、アウトドア向けのスマートウォッチとして出せたことが、色々な方から評価を受けている理由ではないでしょうか。時計機能にしても、通常のスマートウォッチは、電池寿命を伸ばすために、使っていないときは表示が完全に消えます。ですが、それはユーザーにはストレスになる。時間を教えてくれない時計は、本来の機能を果たしていないですからね。そこに2層液晶を採用して、常に時計の表示はできるようにしました。

広がる可能性

――アウトドア以外では、カシオならではのスマートウォッチとして、どのようなものが考えられるのでしょうか。

樫尾氏
 普段使いのスマートウォッチという領域も、もちろんあると思います。それには、やはり腕の上でしか得られない情報を、もっと掘り起こす必要があります。もしかするとゲームなのかもしれませんが、それでもスマートフォンと同じ機能だけだと、生活の主役にはなれません。そこに何か新しいニーズを見出せたときに、普段使いのスマートウォッチができるのだと思います。

 また、うちでは法人向けのシステム事業もやっています。その中の代表的な商品が、ハンディターミナルです。倉庫で持ち歩いて在庫管理をしたり、運輸会社のドライバーさんが使ったりする商品ですね。B2Bの世界でも、ハンディターミナルやリストターミナルというニーズが多分にあります。

 もちろん、今回出した商品だけで、そのまま使えるとは思っていません。色々な世界に対してエントリーしていけたらと考えています。

――スマートフォン無しで、単体利用できるものも考えられますか。

樫尾氏
 絶対にあると思っていますし、目指している方向の一つです。たとえば、トライアスロンなどでは本当に使いたい。今だと、時計は海の中に入れても、スマートフォンは入れません。そういうところも含めて、単体で使えるものは必要です。電話ができるということだけでなく、機能やサービスまで作っていかないと、スマートフォンのコンパニオンデバイスの域を脱することができません。そこは、積極的にやっていきたいですね。

――カシオは、かつて、携帯電話も作っていました。そうしたノウハウは、まだ生きているのでしょうか。

樫尾氏
 結果的にやめる形にはなりましたが、そこで一緒にやっていたメンバーも、全員ではありませんが戻ってきています。通信系のみならず、システム事業でPDA、ノートパソコン、タブレットも作っていました。ですから、そういったノウハウはきちんと持っています。

――スマートフォンとつながるG-SHOCKもありますが、ああいった形での連携とは、どのようにすみ分けているのでしょうか。

樫尾氏
 時計事業部で色々と発信していますが、既存の時計の方向の一つです。お知らせ(通知)だけをしてくれれば、あとは横にあるスマートフォンを見ればいい。誰かから電話がかかってきたなど、最低限の情報が出れば十分というものはあると思います。

 そこで提供している価値は、あくまでスマートフォンのお知らせです。また、女性は特にそうですが、時計のボタンを押してスマートフォンを探せる機能は、男性よりニーズがあります。その辺のところにも入っていけたらいいですね。うちは、まだ女性向けに弱いところがある。「BABY-G」はうまくいっていますが、そこはある種、G-SHOCKがあってのBABY-Gです。機能が入っていて、なおかつ時計で、女性向けという領域は、個人的にもあると思っています。

――なるほど。確かにすべての時計がAndroid Wearのような形で操作できる必要性はないのかもしれません。

樫尾氏
 今は機能を盛り込み過ぎていて、どうしても大きくなってしまい、女性には持てないものがほとんどです。唯一(女性が身に着けているものに)Apple Watchがありますが、どの時計も基本的にはスマートフォンを小さくして、ベルトをつけただけですからね。ベルトの装着感など、細かいところのノウハウは、やはり実際の時計メーカーでないとというのはあります。

 これはメガネ型のウェアラブル端末もそうで、自分がいいなと思っているのは、JINSさんのものだったりします。やはりメガネはメガネなので、最低限、メガネのデザインになっていないと、誰もつけません。そこでは重さや装着感が、ものすごく重要になります。身に着けるものは、デザインの優先順位も高いですからね。

 時計もそうで、女性がしないもう1つの理由は、機能以前の問題なのだと思います。

カシオの強み

――少し全体的な話になりますが、カシオの強みとはどこにあるのかを教えてください。

樫尾氏
 カシオらしいモノ作りができることです。今もカシオのファンがいて、カシオらしいモノ作りを徹底的に追いかける、追求心のようなものが、うちの資産です。代表的なものが時計で言えばG-SHOCKですし、カメラにも中国でヒットしている「TR」シリーズがあります。単に商品を作っているのではなく、お客さん、ファンと一緒になって、新しいニーズを作り、そこに応え続けることがカシオの強みです。

――それは、お客さんとコミュニケーションしながらモノ作りをするということですか。

樫尾氏
 必ずしも、コミュニケーションとは限りません。お客さんに答えを聞いても、今までになかったものは出てこないですからね。本当に欲しいものを、企画担当が考えて先回りする。お客さんに迎合するのではなく、本当に必要なものを提案して、使ってもらうところに価値があります。

 うまくいっていない商品やジャンルは、それができていません。コンパクトカメラや、携帯電話、スマートフォンでも、みんなが同じことをやってしまう。そうすると、間に入る販売店の話を聞き、あとは価格勝負になります。お客さんが求めているものを、無視してしまうんですね。結果として、お客さんがお店に入ってきても、ものが売れない。

 携帯電話事業の事例も含めて、そこは十分分かっているつもりです。ただ単に新しい商品を出せばいいのではなく、本当に使われる商品を作るのが、一番大事なことです。

――そういった商品を作るためには、どうしたらいいのでしょうか。

樫尾氏
 商品に携わる事業部や営業が、今一度、市場に対する認識をしっかり持つことが必要です。たとえば中国の若い女性に受けているデジタルカメラのTRシリーズで言えば、マーケティング担当や事業部の人間が足しげく中国の現場に通って、実際にどういう使われ方をしているのかを見てやっています。

――スマートウォッチも同じですね。

樫尾氏
 実際、みなさん山に登ったり、釣りをしたりしていますね(笑)。

――開発者の趣味のようなものが感じられる商品も多いですね。

樫尾氏
 うまくいっているものは、特にそうですね。

――とは言え、失敗することもあります。そこを恐れない秘訣はありますか。

樫尾氏
 いいモノ作りをするために、もっともっと失敗を恐れない挑戦ができるようにしたい。社是である「創造 貢献」で言えば、世の中になかった新しいニーズを開発することが、一番大切です。G-SHOCKも、それまでの時計ではなく、時計の中に新しいジャンルを作りました。売れなければ失敗というよりも、何がやりたかったか。新しい市場を作りにいき、そこでまったく売れなかったら失敗かもしれませんが、少しでも新しいニーズに共感してくれる人が見つけられたら、それは成功だと思います。

――クラウドファンディングのような仕組みを使い、まずは世に問うてみるというやり方もありますが、いかがですか。

樫尾氏
 アイデアだけがよければいいのではなく、最低限、カシオらしい技術は必ず入れていきたいですね。そこがないと、単なるアイデア勝負になってしまいます。社内向けにそういう仕組みを採用するケースもありますが、そこだけになってしまうと、アイデア勝負でベンチャー企業とまったく同じになってしまいます。

――それは、今回のWSD-F10で言うと、液晶だったり、防水だったりというところですね。

樫尾氏
 そうですね。

 ただ、これも、まだ進化の途中ではあります。たとえば、今はモーメントセッターという機能が入っていて、今いる場所でとるべき行動を、必要なタイミングで教えてくれます。もっと突き詰めれば、腕にはめているからこそ分かることも出てきます。Androidでも、Googleが何時に電車に乗れば間に合うのかを教えてくれますが、車で来た人には車で行くルートでの結果を返すというように、行動分析をしてあげないと、十分な情報が提供できません。腕にはめているからこそ分かることをもっと追求する意味でも、モーメントセッターはもっと強化していきたいと思います。

携帯電話事業、再参入の可能性は?

タフネスケータイ「G'zOne TYPE-R」(2005年発売)

――こうしたコンパニオンデバイスがある中で、スマートフォンそのものがないのは少々もったいない気もします。携帯電話事業を、再び始める可能性はどの程度ありますか。

樫尾氏
 ゼロではありません。携帯電話に限らず、うちの耐衝撃性能は時計以外にももっと広げていってもよかったと思っています。ただ、携帯電話は、どうしてもハードウェアだけの勝負になってしまう。ソフト面も含めてきちんと提供できる形が取れるのであれば、ですね。

 G'zOneも、本来の意味でカシオらしかったのは2つ折りのものだけで、あれは使い勝手もよかった。スマートフォンのG'zOneは、本当にカシオらしいかと言うと、実際はどうでしょう。最初のころは、本当にカシオらしく、ファンもついてくれました。辞書がついていたりして、本当に使い勝手がよく、それだけで次も買うという人がいました。

 ところがあるとき、プラットフォームが標準化されて、うちらしい差別化ができにくくなりました。カシオらしさが入れられなくなったから手を引いたというのも、理由の一つとしてあります。やはり、オリジナルのものを、ソフトからハードまで全部作れないとカシオらしさが出せない。汎用品になると、結局価格の争いになってしまい、どこかでマネされてしまいます。

――揚げ足取りのようになってしまいますが、WSD-F10のAndroid Wearも汎用OSです。これを採用したのはなぜでしょうか。

樫尾氏
 スタートとしてはAndroid Wearが最適なOSということでやっています。ですが、Android Wearではできないことも、もちろんやっていきたいと思っています。

――本日はありがとうございました。

石野 純也