インタビュー

「Ingress」「Pokemon GO」の米ナイアンティック川島氏に聞く

ARへの意欲、開放されたミッションデイ、フジテレビとの関係は

 3月、現実世界を舞台にした「Pokemon GO」のフィールドテストがついにスタート。2月にはフジテレビから出資を得るなど、次々と話題を提供する米ナイアンティック。現実世界を舞台にしたスマートフォンゲーム「Ingress」を提供する同社は、今、何を考えているのか。

川島氏(左)とアジア統括マーケティングマネージャーの須賀氏(右)

 今回、香港での公式イベントを終えたばかりの同社アジア統括本部長である川島優志氏とアジア統括マーケティングマネージャーの須賀健人氏にインタビューした。

ARとは「現実を少し面白くするもの」

 3月、米オースティンで開催されたイベント「サウスバイサウスウェスト(SXSW)」でナイアンティックCEOのジョン・ハンケ氏が講演を行った。川島氏によれば、SXSWでハンケ氏は「AR」(拡張現実)と「VR」(仮想現実)をテーマにした講演を行ったという。

 「テクノロジーの進化により、外出する機会が減ってきた現代に対し、いかに人々を動かし、外で遊んでもらうか」というコンセプトは、これまでもさまざまな場でハンケ氏自身が語ってきた内容。SXSWでも、ハンケ氏はそうした点を指摘しつつ、テクノロジーでそうした状況を解決できるのではないか、という想いがナイアンティックをARに動かしているのだと説明した。

 ハンケ氏は、「ARとVRはいとこのようなもの」としつつ、VRは現実をより面白いものに置き換えるもの、一方でARは現実世界を強めていくものと定義して、本質的な違いをもたらしているとする。

ハンケ氏によるARの定義
ARのキラーアプリのひとつはナビ

 ARは、ウェアラブルのメガネタイプのデバイスなど、特定のハードウェアについて語られることが多いものの、実際にはすでにリストバンド型の活動量計、スマートウォッチといったデバイスは拡張現実のひとつの形であり、ゼロから新しいものが生み出されるというよりも、既にある製品やサービスがさらに進化していくのがARの行く末ではないかと予言。「現実の、その場所で得られる体験を行いつつ、より強めて、ユーザーに恩恵を提供するコンピューティングのひとつのスタイル」がARとして、キラーアプリのひとつが「パーソナルナビゲーション」だとする。

 既にナビアプリはスマホ向けでは定番のサービスだが、たとえば自動車向けではフロントガラスにナビを投影したりするなど、ナビとARは期待されている組み合わせのひとつだ。川島氏からは、国内外で人気サービスとなっている飲食店検索サービスもまた、現実世界に情報を加えるAR的な存在であることなどが紹介され、ARで現実世界を少し面白くしていくという未来像が語られる。

Field Trip、Ingressで学んだもの

 ARがもたらす未来を現実にすべく、ナイアンティックがこれまで手がけてきたアプリは、Field Trip(フィールドトリップ)、そしてIngressだ。Field Tripは日本ではさほど利用されていないが、ARを用いてロケーション情報などを通知してくれる。もし自然の絶景を楽しめる名勝を訪れれば、それに関連する情報を得られる。

 このField Tripを通じて課題もいくつか浮かび上がった。たとえば現実で訪れた場所にあわせて情報をプッシュで配信しようとしても、「前触れなしでの音声案内は大変難しい。いつユーザーに話しかければよいのか、状況の繊細な理解が求められる」という。

場所を訪れて、その地にまつわる情報を提供するField Trip
Field Tripで得られた知見

 またiOSにしろ、Androidにしろ、通知はユーザーに気付いてもらうために設計されており、Field Tripでナイアンティックが目指した「邪魔をしない情報伝達」のためにはデザインされていない、というのもポイントのひとつ。この部分は、Ingressを楽しむ人であれば、普段のプレイのなかで、攻撃通知や最新の情報の通知、あるいは他のユーザーから送られてきたメッセージの通知といった部分で「なるほど」と思うことがあるかもしれない。

 「正しいコンテンツ」「正しい状況」がマッチしたなかで、摩擦のない情報伝達が実現すれば「本当に魔法のよう」と川島氏。

 そうした経験を踏まえて設計されたIngressは、ナイアンティック流にユーザーの振る舞いをいかに変化させ、行動を一押しするきっかけを作り出すか、ノウハウが込められたものと言える。

Ingress、A8以上のユーザーの傾向とは

 ナイアンティックが先般、レベル8(日本のユーザーではエージェントレベル8、略してA8とも呼ばれる)以上のユーザーから得たアンケート調査の結果も披露された。

 世界で1450万ダウンロード、エージェントと呼ばれる参加者の総移動距離が2億5800万kmに達するなど、世界中で熱心なファンを多く獲得するなか、A8以上のエージェントのうち33%が、Ingressを通じて20人以上の新たな現実での友人を作ったと回答。15%はその友人の数が50人を超えている。

 またエージェントのうち30%は、出会った誰かとデートしながらIngressをプレイしている……というが、これはあくまでグローバルでの数字。川島氏によれば、日本ではもっと少ないとのことで、デートしながら楽しんでいる人は5~10%程度だという。

 そしてIngressは現実で人を動かす、とされるが、実際のところはどうなのか。アンケート調査では「90%がIngressをプレイするため他の都市へ旅行する。33%は10以上の都市、5%は50以上の都市、そして19%が別の国へ旅行し、9%は別の大陸まで旅している」ことが明らかになった。ほかにもIngressによる徹夜の経験、現実で費やした金額などが判明。そしてテレビ視聴など「座って行う活動」が週に1時間ほど減った人が85%、3時間以上減った人は33%、6時間以上減った人は9%、存在するとして、現実世界で動き回る人々を生み出していることが示されている。

 Ingressを通じて、多くの人々が冒険に乗り出したことは、ナイアンティックにとって大きな自信に繋がっているよう。たとえば20世紀終盤に登場した映画「マトリックス」で、人類は機械に繋がれ、動かないまま、仮想現実のなかで生きる姿が描かれたが、川島氏は「そんな未来を恐れる人も多いだろうがARで希望の多い未来に行けるのではないか」と語る。

2015年にはレジスタンス(青)陣営のエージェントが欧州全域を覆うという巨大な作戦にチャレンジ。150人以上が参加した「Summer Breeze作戦」では、フィールドを構築するためのポータルキーを交換して、中東のクウェート、大西洋のカナリア諸島、北欧ノルウェイという遠く離れた3カ所を結んだ

Pokemon GOにも活かされるIngressのポータル情報

Pokemon GO

川島氏
 Pokemon GOは、「いろんなところでポケモンを発見できる」というもので、Ingressのポータルを活用しています。歴史的な遺跡、公共のアートといったポータルがゲーム中に登場している。実際にポケモンに遭遇すると、ボールを投げます。

 もうひとつがオプションの「Pokemon GO PLUS」です。Bluetoothでスマートフォンと連動するもので、バイブレーションとLEDで、ポケモンと出会ったり、近くにロケーション(ポケストップ)があれば教えたりしてくれます。プレイヤーにとってはスマホを出すことなくプレイできるようになるわけです。任天堂さんが開発してくださっていますが、「Pokemon GO PLUS」があれば、お子さんに持ってもらって、親御さんと一緒に歩きながらプレイできるのではないか、と思っています。

2015年9月の発表会で披露された「Pokemon GO PLUS」

――ナイアンティックの場合、ARの基礎となるのがさまざまな場所の情報、Ingressでは「ポータル」とされているものですね。Ingressにおけるポータル情報が、Pokemon GOなどのコンテンツで利用されるわけですが、そのときポータル情報はどういった考え方で扱われることになるのでしょうか。たとえば、どのポータルを使う/使わないですとか。

川島氏
 まずポータル情報をちゃんと整備していかなければならない、という課題があります。Pokemon GOに限らず、プラットフォームとしてやっていく上で、「こういうポータルを出したい/出したくない」という話はあると思います。ミュージアムだけ出したい、お店だけ出したいという話に応えられる仕組み作りは大事で、どう実装していくか考えていくと。

 Pokemon GOのフィールドテストが始まって、いろんなフィードバックが得られています。今のテスト(フィールドテスト版のPokemon GO)は最終的な物ではありませんが、参加してくださる方も安全にプレイできるのかなどと真剣に考えてくださっていて、ちゃんと耳を傾けて良い物にしていきたいですね。

――ちなみにPokemon GOのフィールドテストはいつ終わって、正式なサービスが提供されるようになりますか?

川島氏
 それはまだ(言えない)ですね。

地図上の情報をいかに管理するのか

――ナイアンティックがARを推進するなかで、肝となるのがIngressで言う「ポータル」ですね。こういった位置情報の管理運営について教えてください。たとえば最近、ポータルが減った、あるいは増えたという話がエージェントの間で取り沙汰されています。

川島氏
 体制は以前から同じで、Ingressのチーム内に審査する部門があり、優先順位を付けながらリクエストに対応しています。

――体制そのものに変更はないと。

川島氏
 はい。またエージェント自身が審査する仕組みについても、以前、お伝えしていましたが、このプロジェクトは現在も進行しており、近い将来、リリースできるのではないかと思っています。ポータルに関する考え方ですが、地方では現在、大量に発生しています。これはまず、ポータルの密度が低いエリアが対象です。ポータルが少なくてプレイできないようなエリアをできるだけ優先したもので、現地のエージェントの力を借りて最適化するというアプローチができないかと考えています。

 一方、たとえば東京はポータルが非常に多い。多すぎるところもある。ポータルとしてふさわしいかどうか、ちゃんと見ています。歩くことの楽しさ、というのはポータルのクオリティによるところもあります。次のポータルを見に行きたいと思ってもらえるようにしていきたい。今、そうした動きはどんどん進んでいきます。こうした状況の変化を楽しんでもらえたらと思います。

 エージェントの力を借りなければ、そうした動きは進みません。ぜひ意識して協力していただけたら嬉しいですね。たとえばポータルをテイクダウン(取り下げ)したりですとか。

――説明文を追加したりですとか。

川島氏
 そうですね。

ナイアンティックの体制について

――ナイアンティックの現状の体制について教えてください。Pokemon GOのリリースが近づくなかで、今、どうなっているのでしょうか。

川島氏
 開発陣はフレキシブルに対応しています。実際、Pokemon GOはリリースが近いこともあって、フィードバックを活かせるよう、適正な人数を配置できるよう雇用も進めていますし、多くのエンジニアを配置しています。でもIngressにもちゃんとエンジニアを割り当てていて、改善も進めています。

須賀氏
 Pokemon GOの開発もずっと進めていて、フィールドテストが開始されたからといって変わりはなく、たとえばIngressではローソンパワーキューブ(ローソンとのコラボで実現した新アイテム)や新しいグリフ(ゲーム中のミニゲーム)も追加されています。両方にリソースを投入し続けています。

――人員は増やし続けているのですか?

川島氏
 もちろん、米国で実際に増やしていますし、日本でも増やしたいです。フォーカスしているのは開発陣ですね。大事なのはプロダクトそのもので、そこに集中して人材を投入できるようやっています。須賀が倒れる前に日本のスタッフも増やさないとですね。

須賀氏
 仕事量は増え続けていますからね(笑)

ミッションデイをオープンに

――さてここ数カ月の出来事を振り返ると、たとえばミッションデイがよりオープンな仕組みになったようです。新しい場所へエージェントが行きたくなる一方で、一度ミッションデイを開催した街にとっては再訪してもらうための仕組みはどうなるのだろう、とも思います。

川島氏
 それはすごく面白いポイントですね。我々としては、もっともっと多くのところがミッションデイに興味を持ってくれるかな、とよりオープンな形にしました。地方自治体や地方のエージェントがもっと開催できる仕組みになればと思っているのです。もっと多くのところで開催できれば楽しいだろうと。

 ミッションデイがカウントできる仕組みも、現在、どんな建て付けでやるか、あらためて考えているところですが、どんどん訪れるモチベーションになればと思います。

 再訪すると言う点については、一度、訪れたら動機がなくなるという点はそうかもしれません。でも、その街の魅力をどれだけ伝えられるかは、むしろ(地元の)エージェントの腕の見せどころじゃないですけども、実際東北を昨年6月のミッションデイで訪れた方のなかには、また行きたいと思われる方がたくさんいると思います。一度訪れれば、心理的な距離が縮まります。

 これまで香港や台湾で公式イベントを実施すると、多くの国からエージェントが訪れました。自分自身のなかで距離が縮まることもありますし、周囲の友人から話を聞いて近く感じることもあるでしょう。今度は家族で来てみようと思う方もいるでしょう。ミッションデイをひとつのきっかけにして、もっと身近に感じられる場所になるような取り組みとなれば嬉しいですね。

須賀氏
 これまで各地のエージェントや自治体が自主的にイベントを開催されることもありましたが、公式イベントとの違いが何か、明確なラインを引けていませんでした。Ingressの持ってる力をもっと活用して欲しいという想いが我々にはあって、ミッションデイをカウントできるようにする、そしてミッションデイの数を増やしていく、という二段構えにしました。Ingressは、あくまでエージェントの背中をちょっと一押しするものです。ミッションデイによって、そのちょっとを活かしていただければと。

川島氏
 (主催側になるエージェント、地方自治体が)来て欲しいというより他の地域に行ってみる、というのが大事なのではないでしょうか。行くことで、はじめて訪問先の人が「〇〇から来てくれた。じゃあ今後は〇〇へ行ってみようか」となるかもしれない。行くことで次のことへ繋がるのではないかと。

――ミッションデイの開催頻度はどんどん増えていきますか。

川島氏
 そうですね。頻度が上がることで、そういう機会が増えて、お互いにどんどん行き来するようになればいいですね。

――ちなみに、ミッションデイの仕組みを通じて、ナイアンティックとしては地方自治体から収益を得ているのですか?

川島氏
 我々の収益にはなっていないですね。

須賀氏
 (収益に)したいなとは……。

川島氏
 そこはね、できたらなと思いますが、今のところそうなっていません。

フジテレビとの関係「期待して」

――2月下旬、フジテレビからの出資が発表されました。当時、エージェントの間では実写化か!? などと話題になりました。

川島氏
 今、鋭意進めていますので、乞うご期待! というところですね、はい(笑)。
(川島氏、何か言いたいけど言えない、口ごもるような雰囲気で笑顔に)。
 形になったところでお話したいです。

須賀氏
 みなさんをガッカリさせることは絶対にないです。フジテレビさんもナイアンティックとIngressをすごい愛してくれています。

――ということは、フジテレビの中にもすごいエージェントがいると……。

須賀氏
 そうですね。一部で、心配する声もあったようですが、その心配はあたりません。いいことしかありません。

――屋外中心のIngressを、GPSでの位置情報を得られない巨大な商業施設などでも活用できれば、フジテレビの手がけるイベントや番組と連動して……とつい想像してしまいます。

川島氏
 形になったところで発表したいですね(笑)。いろんなアイデアが考えられますよね。フジテレビさんとのミーティングでは、すごく熱意が感じられて、どうすれば面白くできるか話し合っています。そのなかで、そういう形でバラエティ番組のようなものでできないか、アニメはどうか、いろんな話が出てきています。我々は、より多くの人にIngressを知ってもらうのもすごく大事だと思っていて、ここからどういう形で、より多くの人に触れてもらう機会を作っていけるか、フジテレビさんが力強くサポートしてくださる時期が来るんじゃないかなと期待しているところです。

――このほか、Ingressのパートナー企業についてはいかがでしょうか。つい先日、「(仏の保険金融グループ)AXAのポータルが消えたか!?」と、ごく一部で話題になりましたが……。

川島氏
 AXAについては言えば(ポータルやアイテムは)消えていません。Ingressのスポンサーシップの形態は非常に特殊なものなんですよね。たとえば、ローソンさんにとっては、さまざまなコラボレーションを普段実施していらっしゃる場合、ひとつひとつはごく短期ではないでしょうか。ところがIngressだと1年、2年と長期です。どの企業さんもその形には凄く驚いていて、模索しながらやってくださっている状況です。パートナー企業の方々には、本当に力を尽くしてくださっています。これから、このパートナーさんがいなくなった、あるいは増えたということがいろいろとあり得ます。でも、Ingressという特殊なパートナーシップのなかで、すごく協力してくださる方々への感謝の思いは強いです。そのおかげでIngressの世界が維持されているところもあります。イベントではステージに登壇してくださったりして、すごく熱意を感じます。

4月24日、東北でイベント開催

――多忙のなかで、おふたりともソーシャルメディアを通じて、ユーザーとのコミュニケーションを欠かさず続けていますね。

須賀氏
 そこがナイアンティックの良さだと思います。特に日本でのエージェントとの距離の近さは、川島が作り上げたもので、根付いていますね。いくら忙しくても、これからもどんどんやっていきたいと思っています。

川島氏
 倒れない範囲で(笑)。顔が見えるようにやっていきたいと思っています。ジョン(ハンケ氏)もいろんなところに顔を出していて、4月24日に東北で開催されるイベントにもジョンは訪れます。

 24日の東北でのイベントでは、現在、ストップしているポータルの申請を限定的に解除します。世界中で止まっている申請ですが東北だけではできる、ということで、世界のエージェントがうらやむ企画になるんじゃないかと思っています。東北出身のプロダクトマネージャーの河合(敬一氏、元グーグルでマップなどに携わる)もジョンと一緒に来日します。震災から5年、という時期でもあり、変化した東北を見る機会になれば嬉しいですね。

 参加してくださるエージェントには、「initio(イニシオ)」というゲーム内のメダルが配付されます。これは、2014年5月に石巻で開催したイベント(※関連記事)で配付したものですが、それ以降にIngressへ参加された方もたくさんいて、initioを得られる機会になりますね。「initio」のメダルデザインは、石巻のヒーローをモチーフにしたものです。ラテン語で「initio」は、“始まり(beginning)”という意味です。新しい始まりになればと思っています。

――石巻イベントのときでは、もうひとつ「interitus(インテリタス)」というメダルもあって、それは破壊を意味するラテン語ということで、「破壊と再生」というメッセージが込められていましたね。

川島氏
 はい、訪れるたびにどう変化していくのか、思うところがたくさんあるでしょう。

須賀氏
 ポータル申請は4月24日だけではなく、その前後の1週間か2週間か、できるようにする予定です。具体的な期間はまだ未定ですが、24日以降の大型連休の時期にも訪れていただければと思います。有志による企画も開催されます。

川島氏
 5日中に発表されますが、ウィラートラベル(WILLER TRAVEL)さんと東北行きバスのプランを企画しています(※関連記事)。

――なるほど。今日はありがとうございました。

関口 聖