ソフトバンクと東大、携帯で障がい児向けの学習支援プロジェクト


 東京大学 先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授の研究グループとソフトバンクモバイルは、携帯電話を使用した、障がい児のための学習支援の事例研究プロジェクトを実施すると発表した。6月より全国5カ所ですでに事例研究が開始されており、9月末まで調査が行われる。

 両者が実施するのは、携帯電話を利用して障がい児の学習支援を行い、有用性について事例研究を行うというもの。研究結果は事例集として、障がい別、携帯電話の機能別にまとめられ、冊子やWebサイトを通じて公開される。また、セミナーなどを通して事例を発表するとともに、教育機関や障がい児の親などに向け啓発活動も行っていく。

 携帯電話は、ソフトバンクモバイルの3G携帯電話、iPhone 3G、Windows Mobile搭載のスマートフォンが用いられ、特別なアプリなどは用意せず、メモやボイスレコーダー機能といった、携帯電話搭載の機能を応用する形で活用される。従来であれば、場合によっては複数の学習支援機器を卓上に広げたり、持ち運んだりするといったことが必要だったが、携帯電話であれば多くの機能を有し、1台で済むことから、その活用方法と事例の研究が行われる。香川県、和歌山県、山口県、愛媛県、北海道の合計13カ所の学校で実施され、北海道以外は障がい者施設学校だけでなく普通学校も含まれる。

プロジェクトの目的や実施方法携帯電話が障がい児の学習支援に役立つことを事例で検証する

テクノロジーが引き出すコミュニケーション

東京大学 先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授

 30日には都内で記者向けに説明会が開催された。中邑賢龍教授は、学習に困難をかかえる発達障害の子供は小中学校に約68万人、全小中学生の約6.3%におよぶとし、学習の遅れからくる不安や絶望が、不登校や非行の一因となっていると指摘。テクノロジーで障がいを補うことが可能な現在でも画一的に「努力」を強いられるケースが多いといった実情を紹介した。また、いわゆる「ニート」約201万人のうち、約2割が軽度発達障がいの疑いがあるとし、発達障がいの児童に対する取り組み不足、あるいは現在の教育における治療の限界が、結果的に社会問題の一因につながっていることを示した。

 中邑氏は、自身がひとりの障がい児を通して経験した、テクノロジーを活用することによる障がい児とのコミュニケーションの確立にヒントを得て、今回のプロジェクトに至ったという。1995年に中邑氏が出会った「あきちゃん」は、発話が無く、視線が合いにくい、コミュニケーションが苦手な少年だったというが、電子手帳やポケベル、その後に登場する携帯電話などを使いこなしてコミュニケーションを確立し、学校、日常生活、アルバイトなど、社会参加を実現していったという。また、相談を受けた別の少女は、IQ60と判定され、日常会話や書き障がいなどのコミュニケーション障がいを抱えていたものの、メールにおいては、時間をかけて漢字交じりの普通の文章を作成でき、教授とコミュニケーションを行っていたという。

発達障害の子供は小中学校に約68万人という利用できるのにもかかわらず、テクノロジーは活用されていない

 今回の取り組みでは、メモ、メール、カメラ、音声読み上げ、録音、タッチパネルなど、標準状態でもさまざまな機能を搭載している携帯電話を活用することで、障がい者の社会参加を促進することを目標としている。同氏はまた、障がい児の大学進学率の低さにも触れており、センター試験や入試での利用も含め、総合的に、支援ツールとしての携帯電話の利用を訴えていく構え。「10年後には、読み書きに障がいのある子が東大に入学するのが、我々の目標」と意気込みを語り、長期的な視点で取り組んでいく姿勢を示した。

ソフトバンクモバイル 総務本部 CSR推進部の梅原みどり氏

 ソフトバンクモバイル 総務本部 CSR推進部の梅原みどり氏からは、同プロジェクトに参加した経緯が説明された。ソフトバンクモバイルでは、2008年度にCSR(企業の社会的責任)で3つのテーマを策定している。そのうちの一つである「夢と志を持つ次世代を育む」について、同社のICTを最大限に活かせるの分野が障がい者支援とし、今回のプロジェクト参加に至っている。

 梅原氏は、「携帯電話は実に多くの機能を備えているが、有効に活用しているのは携帯電話に詳しい人、若い人に限られているのが現状。これを機に、あまり使われていない機能についても活用することで、子供からお年寄りまで、生活の質の向上に寄与できると考えている」と語り、多機能化した携帯電話の存在を改めて見直し、これまで活用されてこなかった分野でも利用を提案していく姿勢を明らかにした。

 

(太田 亮三)

2009/6/30 18:09