通信制のルネサンス高校でスマートフォン教材、クアルコムが支援


 ルネサンス・アカデミー株式会社運営の通信制高校のルネサンス高等学校は、スマートフォン向けの教材で学習し、高校卒業資格取得を支援するプロジェクト「スマートフォン×デジタル教科書」を開始する。これはクアルコムの支援を受けて実施されるもので、auのスマートフォンが利用される。

 27日、都内で記者会見が開催され、ルネサンス・アカデミー代表取締役社長の桃井隆良氏、クアルコムジャパン代表取締役会長兼社長の山田純氏から説明が行われたほか、慶應義塾大学教授の中村伊知哉氏からデジタル教科書の現状が語られた。

左からクアルコムの山田氏、中村教授、ルネサンスの桃井氏

 

ルネサンス高校の取り組み

 ルネサンス高校は、2006年4月に開校した広域通信制の高校。本校所在地は茨城県大子町(だいごまち)にあるが、通信制とあって全国から入学できる。生徒数は、今年7月1日時点で2136名で、インターネットを利用して生徒が学習を進めて個別指導を行う一方、1年に1回、大子町で生徒が集まって体験学習を行う。

 株式会社による学校運営は、教育特区だけで可能な形態。運営元のルネサンス・アカデミーの株式は、ソフトバンクグループのブロードメディアが63%、能開予備校などを運営する教育事業会社のワオ・コーポレーションが37%を保有する。これまでの卒業率は98%とのこと。また、学習指導要綱では、学校側が独自に設定した科目が高校教育課程の一部単位として認められるようになっており、今回のスマートフォン活用プロジェクトは、その学校側の裁量による科目として導入される。

今回のプロジェクトの意義を語る桃井氏

 設立当初の同校では、デジタルペンとタブレット、パソコンを使った科目と、紙の教科書と紙の問題による科目の両方をこなす形だったが、「道具はデジタルだが回答はアナログ」(桃井氏)とあって、教員側の負担が大きく、翌2007年からは選択肢の中から回答を選ぶ択一式問題を導入。さらに従来型の携帯電話を使って学習できるようにした。さらに2011年からはスマートフォンを活用する今回のプロジェクトが実施され、択一式問題と客観的問題が学習できるようになる。

 プロジェクトでは、生徒に500台のauスマートフォン(IS03/IS04/IS05)が提供される。この端末は、クアルコムが世界的に進める社会貢献プログラム「Wireless Reach(ワイヤレスリーチ)イニシアティブ」の寄付を受け、生徒に対して無償で進呈されるもの。ただし毎月の利用料は生徒側が負担する。

 このスマートフォンで、ルネサンス高校が開発した教材にアクセスして、生徒の好きなタイミングで学習を進めることができる。今回の会見では、英語、理科、社会の教材が披露された。択一式問題だけであれば、従来型の携帯電話でも利用できるが、スマートフォンでは、たとえば英語でネイティブの発音を再生して書き取る(ディクテーション)が行いやすいなどの利点がある。ちなみに英語の穴埋め問題のように、生徒が任意のワードを入力するような場面では、予測変換が利用できない形にするとのこと。タブレットではなく、スマートフォンにした背景として、桃井氏は「スマートフォンや携帯電話は、子供にとってお守りだと思う」と説明する。これは携帯電話が若年層に浸透して常に利用されていることが、学習に活かせる、という見方で、タブレットとの大きな違いとする。

プロジェクトの概要生徒・教員からの反応
同校の目標の中でも最も難しい「やる気にさせる」点でスマートフォンが活躍

 通信制である同校では、不登校や学校を中退した生徒も少なくなく、その理由に学習の不適応がある、とした桃井氏は、一般的な高校生のうち、6割~7割は小学校4年生~5年生で学ぶ分数の計算ができない、として、「1/3が実はひっかかったまま、中学や高校へ進み、勉強に対して苦手意識を持っている子供が多い」とする。桃井氏は、そうした生徒に向けて、同校では「教える」「やらせる」「やる気にさせる」という3つを目指しているものの、「やる気にさせる」が最も難しい、と語る。教え方では、漢字学習で象形文字など由来を伝えて、楽しく分かりやすい教え方は可能で、「やらせる」という点ではパソコンや携帯電話によるEラーニングは、漢字書き取りのような繰り替えし学習にも適している。しかし「やる気にさせる」だけは、ネット経由の学習だけでは「100%できると思っていない」(桃井氏)として、身近なスマートフォンというデバイスからこそやる気に繋がるのでは、と期待感を示した。また、試験的に導入したところ、これまでの携帯電話による学習よりも「勉強時間は5倍くらい増えたのでは」と、現段階での知見を示し、効率的な学習が行われれば、教員にとっても生徒と1対1で指導できる時間がより多く持てるという。」

 

デジタル教科書の現状

現状を紹介した中村教授

 会見の冒頭、壇上に立った中村教授は、東日本大震災の影響から振り返り「63万冊の教科書が流されたという。デジタル化してクラウドに上げておいて(教科書が流れた直後でも)みんな勉強できる、というのが今後の復興策においても重要ではないか」と語る。

 海外でも議論が進み、南米のウルグアイでは2009年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)による“100ドルパソコン”が導入され、教育に活用されている。この原案は、中村教授とアスキー創設者の西和彦氏がMITで10年前にプレゼンしたもので、日本政府にも同時期に打診したものの「けんもほろろだった」(中村教授)が、政権交代と技術の進展によるタブレットやスマートフォンなどの登場で、日本国内でもデジタル教科書の議論が進みつつあるという。昨年には「2020年に全ての小中学生にデジタル教科書の導入を行う」と閣議決定したものの、それでは遅い、と民間による取り組みで「2015年までの導入」を目指すとした中村教授は、デジタル教科書による学習は日本の強みを活かす道ではないか、と説く。

 この背景に、世界よりいち早く若年層に携帯電話が普及し、インターネットサービスの活用も進んでいることを挙げ、さらに今年の受験シーズンに話題になった京都大学のカンニング事件についても「文部科学省では“学びあい、支え合い”を政策目標に掲げている。携帯電話は1つのモデルではないか。どうやって(カンニングのような事例を)止めるか、ではなく、どのような人材を育てていかに選抜するかそこに社会が追いついていないことの表われで、見直しのきっかけになるのではないか」と問いかけた。現在はまだ、デジタル教科書のような新たなツールへの漠然とした不安が、導入を阻む大きな要素とした中村教授は「これまで導入が進まなかったのは、既存の教育制度が成功を収めたからではないか。今後は、具体的なプロジェクトが進み、成果が出てくると保護者からも求める声が上がって、早期に(不安が)解消されるのでは」との見方を示した。

 

山田氏は米国での事例も紹介
米国でも通信と教育の連携に関心が高まっている

 一方、寄付を行ったクアルコムの山田社長は、Wireless Reachイニシアティブについて「当初は発展途上国の教育への貢献、という主旨で始めたが、昨今は成熟した先進国でもできることがある、ということで日本でも拡大している」とし、昨年には、第1弾として山間僻地において遠隔で血圧測定できる実証実験が開始されたことを紹介した。

 今回、日本では第2弾となるWireless Reachイニシアティブの取り組みだが、米国でも通信技術を教育に活用することへの関心が高まっているという。ノースカロライナ州で行われたプロジェクトでは、現地の9年生(日本の中学3年生相当)150人にスマートフォンと数学教材が提供され、その結果プロジェクトに参加した生徒の習熟度は、参加していない生徒よりも30%向上して驚きを与えたという。昨年開催された「Wireless Education Technology Conference」というイベントでは、FCC(米国連邦通信委員会)委員長による講演も行われ、米国全体で注目が高まっている。

 社会貢献活動の一環として行われているものの、教育分野のビジネスの可能性については、「我々の部品を使った製品の普及促進に繋がるのではないか。今回はスマートフォンだが、より教室に適したデバイスの開発も進むだろう。通信機能が前提となり、新たな市場が教育分野から発信されるだろう」とした。

 また山田氏は「1年前の医療分野のプロジェクトはトライアル、実証実験的だったが、今回は実際に数百名の生徒に使っていただき、単位取得まで行われる。トライアルの枠を超えた実例になる。今回を皮切りに、日本においてもモバイルラーニングがうまくいくよう、支援していきたい」と語っていた。

 




(関口 聖)

2011/7/27 17:44