「AXGP」説明会で屋外デモ、クラウド基地局なども紹介


 ソフトバンクグループのWireless City Planning(ワイヤレス シティ プランニング、WCP)は18日、AXGP方式による高速無線通信サービスを紹介する報道関係者向け説明会を開催した。会見の後半には、東京駅周辺の屋外における通信のデモンストレーションも披露された。

AXGPとは

 WCPが採用するAXGP方式は、ウィルコムが開発した技術「XGP」から発展した通信方式。時分割型のLTE方式「TD-LTE」と互換性があるとされ、TD-LTE端末はそのままAXGPでも利用できる。

 WCPは、ウィルコムの破綻後、ソフトバンクやファンドなどの出資で設立された企業で、当初はウィルコムがXGP方式で進めるはずだったサービスを引き継ぎ、2011年6月にはXGPではなく、AXGP方式に変更してサービスを提供する方針を発表。2011年11月からサービスを提供しているが、エンドユーザーに直接提供していない。

 エリア整備は進められつつあるが、まだ一般ユーザーはほとんど利用できない状況のWCPだが、2012年2月以降にソフトバンクモバイルがAXGPネットワークを借り受けて、MVNOとしてサービスを提供する予定だ。当初はセイコーインスツル製のモバイルWi-Fiルーター「101SI」が利用でき、その後、ソフトバンクモバイルではAXGP対応のスマートフォンも2012年中に投入する方針を示している。

屋外でのデモ

最高で下り61Mbps前後を記録

 会見後に披露されたデモンストレーションは、報道関係者がバスに乗って東京駅周辺を走り、低速で移動しながら通信して、その性能を紹介する内容となった。その経路に10以上の基地局が配されているとのことだが、通信のデモを行っている間、途切れることはなかった。

 行われたのはFTPによるファイルダウンロード、HD動画(YouTube)のストリーミング、iPadによるFaceTime(ビデオチャット)だ。いずれもファーウェイ製のUSB接続型AXGP対応端末で通信しており、3Gには接続していない。

 FTPによるファイルダウンロードでは、最も受信環境が良好だったのは、東京駅八重洲北口付近からその北にある呉服橋交差点付近にかけて。AXGPの基地局はビル屋上に設置されているものの、八重洲北口付近は道路の幅が広く、ビルとビルの間の空間に余裕があり、担当者は「電波が届きやすいのではないか」と説明。この環境で、下り最大で61Mbps前後を記録した。ファイルダウンロードのデモの間、最も低調な時でも16Mbps程度となった。ユーザーが大幅に増えたとしても、良好な電波環境であれば、一般ユーザーもこの程度の通信速度が味わえる可能性があるという。

 HD動画は、1080pで長さ4分14秒のファイルをストリーミング再生するというもので、キャッシュのダウンロードは1分18秒ほどで完了していた。

 FaceTimeは、iPadで画面を引き延ばして行ったため、やや荒く見えるところはあるが、相手とのやり取りでタイムラグを感じさせる場面はほとんどなく、遅延が少ないことを印象付けた。

HD動画の再生デモ。ツールバー周辺のみ拡大したところ。1080pで4分14秒のコンテンツだが、1分15秒程度で全てキャッシュしたFaceTimeのデモ

急増するトラフィックに有効

近氏

 説明会では、WCP執行役員CTO兼技術統括部長の近 義起氏から説明が行われた。旧ウィルコムの技術部門のトップとして活躍してきた近氏は、通信の歴史を振り返り、電話の発明、携帯電話システムの開発に続き、インターネットの普及を受けたiPhoneに代表されるスマートフォンの登場で、通信量(トラフィック)が爆発的に増加していると指摘。こうした指摘は、近年、通信業界のあちこちで挙がっているもので、近氏は「5年で32倍、10年で1000倍になる。最近話題のクラウドサービスも、モバイル業界にとっては青空ではなく曇り空」と表現し、通信量の増加への対策が急務とする。

 その具体的な対策として挙げられたのが、PHSで採用されてきた“マイクロセル(ごく小さなサービスエリアの基地局)”と、“干渉の低減”だ。基地局が増えれば増えるほど、1つの基地局が扱うスマートフォンや携帯電話といった端末による通信は分散され、負荷が減る。また基地局が隣りあうサービスエリアの端は、干渉が起こりやすい。マイクロセルを導入しつつ、干渉を抑えられれば、ある程度、急増するトラフィックに対処できるという主張だ。

ウィルコム時代からキャリアに“不都合な事実”としてトラフィックの急増を指摘してきた近氏都内のトラフィック

 さらにトラフィックの急増は都市部に集中する、とした近氏は、東京全体の通信量のうち、9割が23区内で占められているとする。繁華街の渋谷はトップクラスの通信量であるほか、屋内からの通信は全体の7割を占める。

渋谷は都内トップクラスのトラフィック
FDDよりもTDDのほうが緩衝地帯に用いる帯域が少なくて済むと主張

 WCPでは、こうした局所的な高トラフィックエリアに対応する方針だが、ここまで急増するトラフィックに対応できるのは、時分割型のTDDタイプの通信技術しかない、と語る。TDDとは、1つの周波数帯を上り・下りの通信両方に割り当て、「今は上り通信の時間、○秒後は下り通信の時間」とタイミングによって上りと下りを切り替える。一方、携帯電話の通信方式は、上りと下りで別々の周波数を使うFDDタイプで、近氏は「上りと下りの間にガードバンド(と呼ばれる緩衝地帯の電波帯域)が必要なFDDよりも、時間で区切る際にわずかなガードタイムを設けるTDDのほうが電波の利用効率が高い」として、インターネットに適したシステムとアピールする。

 TDDタイプのPHSから発展したAXGPもまたTDDタイプで、さらに新世代の通信方式であるLTE方式のTDD版である「TD-LTE」とも互換性がある。TD-LTE導入予定の事業者による業界団体「Global TD-LTE Initiative(GTI)」には中国のチャイナモバイル、インドのバーティエアテル、欧米のボーダフォン、米国のClearWireが参画しており、各社が抱えるユーザー数はあわせて10億人を超える。こうした大規模な事業者連合が進めるTD-LTEは巨大なエコシステムの構築が期待でき、そのTD-LTEと互換性があるAXGPにもエコシステムの恩恵が期待できる。

独自の“クラウド基地局”を導入

最短3カ月でエリアを増設できる

 2012年度末までに全国の人口カバー率を92%、政令指定都市の人口カバー率を99%という目標を掲げるWCPは、ウィルコムが保有していた基地局設備を活用する。携帯電話であれば半年から1年はかかるとされる基地局の設置も、WCPでは最短で3カ月とのことでスピーディなエリア整備が期待できる。ウィルコムの基地局設備の一部はソフトバンクモバイルの3Gに転用されている。WCPのAXGP基地局のアンテナはウィルコムのオムニアンテナ(全方向性アンテナ)と共用できるが、3Gに転用されていても場所自体はソフトバンクグループとして確保できていることから、ウィルコムの基地局数が減少してもAXGPの今後の基地局展開に影響はないとのこと。

首都圏のエリア展開予定図名古屋周辺のエリア展開予定図
阪神間のエリア展開予定図札幌およぶ福岡のエリア展開予定図

 複数のアンテナで通信速度を向上させるMIMO(Multi Input Multi Output)、あるいはデータを電波に乗せるための変調方式の1つであるOFDMといったあたりは、TD-LTEと共通する部分ながら、マイクロセルはAXGPならではの部分。さらにWCPのAXGPネットワークでは、“クラウド基地局”と呼ばれる技術が導入されている。

WCPがクラウド基地局と呼ぶ、基地局協調技術
消費電力やバッテリー、重量などを大幅減

 クラウド基地局とは、複数の基地局をBBU(BaseBand Unit)と呼ばれる装置で“協調”させ、制御するという手法のこと。LTEで似たような概念の技術の策定が進められているが、今回は標準仕様ではなくメーカーの技術を用いて実装した。ただしプロトコルは大きく変更していないとのこと。30~50の基地局をBBUが束ね、周波数などを調整して、干渉を抑えるなど、サービスエリアの品質を改善するという。クラウド基地局で協調することで、マイクロセルが持つ大容量の通信というメリットを活かし、同時にデメリットであるエリア端の干渉を抑える。

 LTEでは、ある程度基地局にリソースが割り当てられ、EPC(コアネットワーク)内にあるサーバーでそうした基地局を制御するとのことだが、配下の基地局数がもっと大規模になるとのこと。BBUはNTT局舎に配置され、各基地局とは光ファイバーで接続する。ユーザー数が少なければ伝送路である光ファイバーの通信速度はさほど大きくなくても済むが、それなりの規模に備えて、10Gbpsという速度が必要だったと近氏は説明。さらに「今回は30~50個の基地局を束ねて1つの基地局のように動かそうとしているという点は、光張り出し基地局との大きな違いではないか」とした。マイクロセルが実際に展開できる場所が確保できていること、そして基地局を光ファイバーで結べるということで、日本だから、そしてウィルコムとの関係があるからこそ実現できる手法と言える。これにより消費電力などコスト低減も期待できるとのことで、トータルで1/3~1/5のコスト削減になるという。もしBBUを巻き込む障害が発生すれば、複数の基地局で通信障害が発生する可能性もあるが、今回はバックアップシステムを用意しているとのことで、近氏は、PHSのように基地局単体で周囲と調整する自律分散型システムよりも信頼性は向上していると説明した。

基地局間は高速な伝送路で結ぶ必要があるクラウド基地局により干渉が起きていたエリア(青のエリア)は低減した

 このほか近氏からは、ソフトバンクモバイルが3Gネットワークと組み合わせて、AXGP端末を提供する方針であるとして、仮にAXGP対応スマートフォンが登場した場合、データ通信はAXGPに接続しつつ、音声通話の着信があれば通知して3Gネットワークに接続する仕組み(CSフォールバック、CSは回線交換、Circuit Switchedのこと)を導入していることも明らかにした。一部メディアのインタビューで既に公開されていたが、この機能について同氏に会見後あらためて尋ねたところ、MVNOからの要望があれば、ソフトバンクモバイルではなく他社の3Gネットワークとの接続も可能と説明した。なお、ソフトバンクモバイル以外のMVNOについても交渉中としたが、サービスエリアがある程度の規模にならなければ評価されないとして、ソフトバンクモバイル以外のMVNOの登場には「もう少し時間がかかるかもしれない」と述べた。

ファーウェイ製BBUこちらはZTE製BBU
ファーウェイ製のRRH(Remote Radio Head)、無線部分を担う基地局設備ZTE製RRH
ソフトバンクモバイルから出るモバイルWi-Fiルーター「101SI」画面にはMAIN AREAと表示されていた
参考展示されていたファーウェイ製端末。奥は据置型のWi-Fiルーター。手前の端末は左から3つめまでがいずれもUSB接続型。最も右がモバイルWi-Fiルーター




(関口 聖)

2012/1/18 17:00