クアルコム、実使用ベンチマークの重要性を強調


 クアルコムは、現地時間の7月24日午前9時(日本時間25日午前1時)より、サンフランシスコにて「Benchmarking Workshop」と題したクローズドイベントを開催した。

 全世界のメディアや著名ブロガー、合わせて20人程度が招待された同ワークショップでは、クアルコムのモバイルデバイス向けチップセットであるSnapdragonの最新モデル「Snapdragon S4」シリーズに関する解説が行われたほか、最新の「Snapdragon S4 Pro APQ8064」を搭載したリファレンス機(MDP)となる新型タブレット製品も発表し、参加者が自由に端末に触れて試せるようになっていた。

 新型タブレットは海外の通販サイト「Bsquare Store」にて同日より販売が開始され、価格は1299ドル(約10万円)となっている。

ベンチマークテストの究極のゴールは“AR”

Jon Peddie Research のJon Peddie氏

 ワークショップではまず初めに、マーケティング調査や経営コンサルティング、ベンチマークテスト結果の提供などを行っているJon Peddie Research(JPR)の代表Jon Peddie氏が登壇。同氏によれば、数多くの機能を備えるモバイルデバイスにおいて、個々の機能についての性能を測る小さなプログラムはあまり意味がないという。「大多数のユーザーの感覚が反映され得る、確固たるテストスイート(アプリ)が必要だ」と語り、「その究極のゴールが、ARによるテストだ」とした。

 ARを用いたベンチマークテストでは、カメラや画像合成の処理、通信、センサーのコントロールなど、端末内のあらゆる機能を同時に並行稼働させることになる。端末にとって最も負荷の高い、ユーザーが実際に使用する際のワーストケースを想定できることから、ARによるベンチマークテストの有効性を訴えた。

クアルコム Travis Lanier氏

 次に登壇したTravis Lanier氏は、主に最新のSnapdragon S4の優位性についての解説を行った。Snapdragon S4のARM命令セットには互換性をもたせているため、過去のARM CPUにおけるプログラム資産が無駄にならないこと、SIMD命令のデータパスが128ビットと広帯域であること、非同期マルチプロセッシング(aSMP)技術を搭載していることなどを紹介した。

 Snapdragonにおけるパフォーマンス向上に対する取り組みについても言及。モバイル機器においては、必ずしもCPUコアの数が多いほど高速になるというわけではなく、「ベンチマークを実行すると、しばしば2コアのほうが4コアのシステムより優れたパフォーマンスを示した」と話し、その理由として、主にCPUコア1つあたりの発行可能命令数に違いがあることを挙げた。

 パフォーマンスを向上させるには、CPU(コア)数を増やすか、命令発行数を増やすかの2通りの方法がある。前者の方法ではアプリケーションのプログラム書き換えが必要というデメリットがある。後者の方法では、既存のアプリケーションを変更することなく、すぐにパフォーマンス向上の恩恵を受けられる。たとえばクアルコムのSnapdragonは、1コアあたり4個の命令を発行可能だが、他社製品ではコア数が多いにもかかわらず命令発行数が2個であるために、既存のベンチマークでもパフォーマンスが出にくい原因になっているという。

 さらに、新しい「APQ8064」においては、各CPUコアにそれぞれ異なる電圧を供給することにより、動作周波数をコアごとに変化させるという非同期マルチプロセッシング(aSMP)技術を搭載していることにも触れ、他社製品では実現していないクアルコムの大きなアドバンテージであることを強調。ベンチマークのあり方についても、ムービー再生のみ、ゲームプレイのみ、といった測り方ではなく、ユーザーの利用スタイルに基づいたものであるべきだとした。

Snapdragon S4が備える新GPU「Adreno 320」の性能

 Snapdragonが内蔵するGPU「Adreno」の詳細については、Tim Leland氏が解説した。Snapdragon S4シリーズ(MPQ8064/APQ8064/MSM8960T)では、最新の「Adreno 320」を搭載する。このAdreno 320では、シェーダーにおいて他社製品よりも優れたポイントがあるという。

クアルコム Tim Leland氏

 シェーダーは、主にテクスチャーの描画に関連する“ピクセルシェーダー”と、頂点の描画に関連する“トライアングルシェーダー”の2つがある。多くのモバイル端末向けGPUでは、それぞれのシェーダーが独立しており、グラフィックの描画1フレームごとにピクセルシェーダーとトライアングルシェーダーが費やすことのできる処理は50対50に固定されている。たとえピクセルシェーダーが早く処理を完了できても、トライアングルシェーダーの処理にかけられるパフォーマンスは50のまま変わらない。しかし、Adreno 320はユニファイドシェーダーとなっており、それぞれのシェーダーは、動的に処理を振り分けられる。グラフィックの実際の描画においては、フレームごとにシェーダーの負荷が変化するため、より効率的に処理できるようになるというわけだ。

 また、Adreno 320は、自動で適切なレンダリングモードを選択して実行する「FlexRender」を備える。フレームバッファに直接描画する“ダイレクトレンダリングモード”と、グラフィックスメモリを介して画像を一部ずつフレームバッファに渡す“ビンニングモード”のいずれかが描画内容に応じて自動で選択され、プログラマーが使い分けを意識することなく常に高速に描画することが可能になる。さらに、OpenGL ES 3.0とGPGPU(CPUの演算処理の一部をGPUが代替えする)にも対応することが明らかにされた。

クアルコムが提供する数々の開発者向けSDK

クアルコム Liat Ben-Zur氏

 最後に、クアルコムのLiat Ben-Zur氏が“次世代のモバイルユーザーエクスペリエンスを解き放つソフトウェア群”として、開発者向けの各種SDKを紹介した。

 Snapdragonが備える各種機能をすぐに利用できるように、同社では「QDevNet」という開発者向けサイトを運営し、SDKを配布している。「AllJoyn」「Vuforia」「Fluence PRO」「FastCV」、そして「Snapdragon SDK」という5種類のSDKを入手でき、これらが包含しているAPIを活用することで、Snapdragonの数々の機能を短期間でアプリに実装できるという。

 それらSDKのうち、「AllJoyn」はP2P通信を容易に実現するもので、Wi-FiやBluetoothを利用して近くにある他の端末と高速に連携できる。対戦ゲームはもちろんのこと、お互いの端末上のメディアプレイヤーで再生している楽曲の共有や、画像の受け渡しなども可能。Java/C++/C#などをサポートし、Snapdragon搭載機にも限らないため、多くのAndroidスマートフォンのほか、タブレット、PC、テレビ(スマートTV)などで利用できるのも特長。開発者は通信プロトコルなどを一切学ぶことなく、わずかな労力で自分のアプリに通信機能を加えられる。

 「Vuforia」はAR技術を使ったアプリの開発を支援し、「Fluence PRO」は5.1チャンネルステレオ音声を実現。「FastCV」は動画認識技術を高速化するもので、たとえばテレビ映像を端末のカメラ越しにのぞくとその映像内容に合った情報を受け取れるアプリや、自動車の走行中に前方のクルマとの車間距離を表示するアプリなどにおいて、数十%の速度改善を図れるという。また、「Snapdragon SDK」には、画像処理や端末のセンサーの活用がより簡単になるAPI、カメラにおける笑顔検出や視線追跡といったAPIも提供され、開発者の手間を大幅に軽減する。同氏いわく、「開発者が(Snapdragon専用アプリ開発の)第一歩を踏み出せるようにする」SDKとなっている。

「FastCV」のデモ

新端末の検証・ベンチマークと、SDKのデモを体験

 イベント開催日の午後は、大半の時間が実機を用いたデモセッションに割かれた。参加者2、3人に1台ずつ、「Snapdragon S4 APQ8064」を搭載した新型タブレット製品が貸与され、実際に触れて体験することができた。今回のイベントは「Benchmarking Workshop」と称されていることもあって、端末には同社製、他社製を問わず複数のベンチマークアプリがあらかじめインストールされており、CPUやGPUの性能を細かくテストできるというのが大きな特徴だ。

「Snapdragon S4 APQ8064」を搭載した新型タブレット
ベンチマークテスト中の参加者

 最新タブレットを試用できる一方で、隣のミーティングルームでは同社が「QDevNet」で提供しているSDKを用いた複数のデモを展示。そのうちの1つは、同社の独自技術であるaSMPを確認可能な、4つの動画を1画面内に並べて同時再生するデモだった。

 画面の四隅に各CPUコアの負荷が表示されており、全ての動画を再生すると4つとも数値は1GHz前後を示す。しかし、動画を1つずつ停止していくと、その動画再生を担当していたCPUコアの負荷のみがゼロになることがわかる。すべての動画を停止しても、1つのCPUコアだけはOSのバックグラウンド処理などに必要なため負荷はかかったままだが、この技術が低消費電力に大きく貢献することは間違いない。他社製品の場合、コアが複数あっても電圧供給は共通のため、1つでも高い周波数のコアがあれば、他のコアも同じ周波数で稼働せざるを得ない。このあたりの技術は、クアルコムが他社より一歩先んじていると言える部分だろう。

ホーム画面AnTuTu 安兎兎ベンチマーク
AnTuTu 安兎兎ベンチマークBasemark ES 2.0 Taiji Free
Basemark ES 2.0 Taiji FreeCF-Bench
CF-BenchQuadrant Standard Edition
Smartbench 2012Smartbench 2012
Vellamo Mobile Web BenchmarkVellamo Mobile Web Benchmark
aSMPの動画再生デモ

 「Fluence PRO」を用いたデモでは、5.1チャンネルサラウンドを体験できるよう、5つのスピーカーとアンプ、大画面テレビを組み合わせ、スマートフォンで撮影した動画を再生していた。撮影時にはやはり5つのマイクを使ったとのことだが、高品位なサラウンドサウンドを手軽に録音・再生できるソリューションは多くないだけに、「Fluence PRO」の採用が広がれば、スマートフォン上での映画コンテンツやゲームなどへの応用も進みそうだ。

「Fluence PRO」のデモ
「AllJoyn」のデモ

 「AllJoyn」のデモでは、対戦格闘ゲームやカードトレーディングゲームをスマートフォンあるいはタブレットでプレイできるようになっていた。Wi-Fi接続ということもあるが、接続相手の端末の検出は一瞬で行われ、対戦格闘ゲームでの遅延も今回のデモでは15ミリ秒前後とごくわずか。カードトレーディングゲームでは、タブレットの画面内にある半分見切れた回転テーブルを回すと、隣に並べたもう1台のタブレットのテーブルも連動して回転し、まるでマルチディスプレイかと思うような高速連携を実現していた。

 また、「AllJoyn」と顔認識技術を利用したスマートTVも展示されていた。ディスプレイに接続されたセットトップボックスは同社がデモのために開発したもので、このセットトップボックスにも「APQ8064」を搭載。他のタブレットで撮影した画像をすぐにテレビに送って表示できるほか、ディスプレイ上部に設置されたカメラでテレビの前にいる人物の顔を認識し、データベースに登録されている情報と照合してその人に合わせたメニュー項目やコンテンツをすぐに画面にロードできる。

スマートTVのデモ

ARベンチマークテストをはじめとする“実使用に沿ったベンチマーク”に期待

 今回のワークショップは、“ユーザーエクスペリエンス”が一つのテーマだった。他社にはない3G/LTEなどを実現するモデムチップの開発や、モデムを含む各種機能のチップセットへの統合、aSMPによる低消費電力への取り組み、SDKの提供をはじめとする開発者支援など、最終的にユーザー利益につながる活動を多数行っていることからも、同社の姿勢には共感できるところが多い。

 モバイルデバイスにおいて、最近は“デュアルコア”や“クアッドコア”というキーワードがクローズアップされる傾向にある。カタログスペックや“コア数が多いほど高性能”といったようなイメージだけが先行し、ユーザーが実生活の中で使ったときのパフォーマンス、ユーザビリティーはどうなのか、という議論は脇に追いやられがちだ。

 その点、まだ一面的であるとはいえ、多数のベンチマークによる端末性能の検証は、実使用に沿ったパフォーマンスにある程度近い結果が得られることもあるという点で、意義は大きいのではないだろうか。“ARによるベンチマークテスト”という一定の方向性が新たに示されたが、ワークショップで繰り返し叫ばれていたように、“ユーザーの実使用に沿ったベンチマーク”が早期に登場することを期待したい。

フルHDの3Dも実現
HTML5で実現しているアクアリウムデモ。最適化の違いでパフォーマンスに大きな差が出ている




(日沼諭史)

2012/7/26 12:30