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石巻を舞台にした「Ingress Meetup」開催、グーグル副社長も登場

被災地巡り、ゲームを通じて震災前後を知る――iPhone版はまもなく

ゲームのメインエリアの1つ、日和山にも多くのポータル(スマートフォンの画面は明度・コントラストを加工)

 緑の陣営と青の陣営に分かれて、日々、街中にある“ポータル”を巡ってバトルするスマートフォン向け位置情報ゲーム「Ingress」(※参考記事)。グーグルが開発したこのゲームを、東日本大震災の被災地、宮城県石巻市で楽しむというイベント「Ingress Meetup in Ishinomaki」が、5月10日に開催された。かつてGoogle Earthを開発し、現在はIngressを開発した部門のトップでもある、米グーグルNiantic Labs(ナイアンティックラボ)副社長のジョン・ハンケ氏も姿を見せた。本記事後半では、イベント翌日に行われたハンケ氏のインタビューもお届けする。

国内外のプレイヤーが参加した「Ingress Meetup in Ishinomaki」

 普段は、1人1人のプレイヤー(ゲーム中ではエージェントと呼ばれる)が個々にプレイし、ときおり数人のグループでプレイする「Ingress」は、街中にあるポータルを緑・青の陣営に分かれて奪い合い、複数のポータルをリンクさせて自陣を広げていく陣取りゲームだ。グーグルの社内スタートアップ、Niantic Labsが開発した。

旧北上川沿いで石ノ森萬画館をのぞみながらプレイするエージェント(Ingressを楽しむプレイヤー)

 そのプレイヤーの数は、「グローバルで200万〜300万の間。日本のユーザー数は世界で10番目の規模」(グーグルNiantec Labsの川島優志氏)と一定の規模に達する。世界各国で、Ingressプレイヤーが一カ所に集まり、その日だけの成績を競い合うようなイベントも開催されており、日本でも3月に京都で公式イベントが開催。今回は、それに続き、グーグルが地元団体やJTBと協力し「Ingress Meetup in Ishinomaki」が実施された。このイベントでは、ポータルを奪い合い、その獲得数や、ポータル同士を繋ぐリンクの数、あるいは自陣(コントロールフィールド)の構築数などを元に得点が算出され、優劣を競い合う。さらに同日、韓国や中国でも同内容のサブイベントが開催されており、世界規模でのイベントとして、海外での得点も加えての勝負となった。

日和山から望む風景。この日はよく晴れていたが風が強かった。眼下には津波を受けて今は更地になったエリアが見える
スタート地点で説明を行うNiantic Labsの川島優志氏(右)とNPOのIshinomaki 2.0代表の松村豪太氏
開始時にパケット(小袋)が配布された
中にはゲーム内アイテム、そしてミニゲームのヒント

 この日までに石巻市内の日和山公園に60カ所、川の中州にあたる中瀬エリアと駅周辺の商店街エリアに各30カ所、あわせて約120カ所のポータルが設置。こうしたポータルは今回のイベントに向けて登録されたものだが、そもそも人が多く住んでいた場所で被害が大きかったエリアは、「面白がりながら歩くべきではない」として避けている。日和山は石巻の海岸方面を一望できる場所でありその景色を楽しめる一方で津波の被害規模もすぐ理解できる場所だ。中瀬は津波で被害を受けて、今はなくなったり移設されたりした施設や公園がある。そうしたところには震災前の写真を使ってポータルにしており、初めて訪れる人にも震災前後の姿がわかる。そして商店街は来店を促せる場所であり石巻ゆかりの漫画家、石ノ森章太郎の作品に関するモニュメントが多くある場所として選定された。イベント中は、ある時間は日和山、次は中瀬と場所を移しながらバトルする形。これに対して、東京や大阪、岩手など国内からのプレイヤー、そして、米国や韓国、オーストラリア、香港から訪れた人、地元のプレイヤーや、東北各県から直接訪れたプレイヤーあわせて約80人がポータルを奪い合った。

今は更地になった場所
かつては遊具のある公園だった。今回、ポータルで往時の姿を確認できるように
作戦を練るエージェント
開始直後はレジスタンスが機敏にスタートしたように見えた
自転車を持ち込んだり、レンタサイクルを利用するエージェントも
こちらもポータルで再現された石巻ハリストス正教会。建物は大きく損傷したとのことだが、流出はまぬがれ、現在、別の場所にある
多くのポータルが用意された
エージェントたちのバトルでポータルを所有する勢力はどんどん入れ替わる
朝はレジスタンス(青)が広大なフィールドを展開したが、午後にはエンライテンドがやり返した

 一方で、イベントは、石巻だけの戦いではなかった。イベント開始の前、当日朝には、青の陣営(レジスタンス)が北海道の釧路や千葉県などを繋いで、東北の太平洋側を覆う広大なフィールド(自陣)を作り出す。それに対して、緑側も応戦して青のフィールドを破壊し、その後、同様に岩手県や千葉県を結ぶ広大なフィールドが構築するなど、石巻だけではなく、他の地域のエージェントが戦いに参加した。そして石巻では、エージェントたちが敵軍のポータルを破壊してはフィールドを構築、数秒後には敵軍に奪われる――という戦いを繰り広げ、さらにはボーナスポイントが得られるポータルなどでしのぎを削る。同時に、低レベルプレイヤーでも楽しめるよう、ヒントを元にジョン・ハンケ氏を探すというゲームも実施された。13時からスタートしたイベントは、夕方まで行われ、目的地探しの最終ゴール地点には、緑のエンライテンド陣営に属するプレイヤーが一番乗り。このプレイヤーは、石巻からほど近い、松島でプレイしているとのことだが、他のプレイヤーとも連携しながらゴールにたどり着いたよう。タイムアップを迎えた後、海外での結果も加味し、最終的には、緑のエンライテンド陣営の勝利となった。

 なお、今回のイベントの最後には、7月にふたたび、石巻でIngress関連のイベントが開催されることが明らかにされた。

ミニゲームとして、“行方不明になったジョン・ハンケ氏を探すミッション”をプレイしていると、途中で女性キャラクターのクルー(Klue)が次の場所へのヒントをくれる

復興だけではなく楽しめる街へ

 東日本大震災の津波により出た、4000人ほどの犠牲者は被災地で最も多く、その後の流出で、震災前より約1万人、人口が減った石巻。そのような場所でイベントとしてゲームをプレイすることはまだ適当な時期ではないのではないか、と見る向きが、もしかしたらあるかもしれない。イベント開催にあたり、そうした視点はもちろんグーグルや石巻側も考慮してきた。

イベント開始前、一行は、津波で甚大な被害を受けた地域に、有志が立てた看板「がんばろう!石巻」を訪問。黙祷を捧げた(写真は黙祷前、この場所について説明を受けている場面)

 グーグルでは、今回、突然、石巻でイベントを仕掛けたわけではない。震災間もない時期から復興支援活動をスタートさせており、約1年前の2013年5月から新たなプロジェクト「イノベーション東北」を開始。また石巻では街づくりに関するNPO法人として活動する「ISHINOMAKI 2.0」「イトナブ石巻」と協力しており、たとえば学生がアプリ開発やWebサイト開発を学べる機会を提供するなど、さまざまな取り組みを続けてきた。今回の取材時、筆者からすると、誰が石巻側のスタッフで、誰がグーグル側のスタッフなのか、迷ってしまうほど両者は馴染み、深い関係を築いているように見えた。そんな両者の協力の一環として実施されたのが、今回の「Ingress Meetup」だ。

 ISHINOMAKI 2.0代表の松村豪太氏は、「自分の足で出向き、出会うこと。震災前に気付いていなかったような価値を知ってもらうことが大事になる。部屋から出て街に行く。知って出会っていく」と説明。人口が減り、もともと観光地ではなかった石巻において「いかに人を呼ぶか」という観点から「楽しむことが大事になる」として、リアルに街中を歩き回って楽しむIngressは、そうした要素を凝縮したゲームであり、今回のイベントに繋がったとした。

松村氏
JTBの毛利氏

 東京から石巻を訪れるプレイヤー向けには、JTBが協力するパッケージツアーも用意されていた。JTBイノベーション東北デスク チーフディレクターの毛利直俊氏は、東日本大震災で被災した太平洋沿岸側のほとんどの自治体で、復興計画の一環として、交流人口の拡大が指摘されていると説明。これまでJTBではボランティアツアーなどを企画してきたが、最近では新造のまぐろ漁船の乗船体験ツアーなども企画するなど、より楽しめるものを用意しつつある。今回のIngressのイベントにあわせたパッケージも「Ingressの強みを活かして回遊性の観光を作る。石巻に長く関わるために良い素材ではないか」として、そうした流れに沿うものと語った。

 今回のイベントではプレイヤーに「破壊」と「再生」を意味するゲーム内アイテムが配布された。こうしたことからも、災害からの復興、そして次のステージを見据えて活動していく、というグーグルや石巻の関係者からのメッセージが読み取れる。

Googleハンケ氏インタビュー

インタビューに応えるハンケ氏

 11日、石巻においてジョン・ハンケ(John Hanke)氏が取材陣の合同インタビューに応じた。Niantic LabsのミッションやIngressの将来、近い将来に予定されているIngressの新機能、はたまたiPhone版のローンチについてなど、幅広い質問にコメントした。Ingressのエージェントのみならず、Niantec Labsの根底にある考えなど、多くのユーザーにとって興味深い回答だ。

――今回、石巻を訪れた理由は?

ハンケ氏
 「Ingress」は、街中にある美しいもの、新しいものを見つける、さらには地域にあるコミュニティにも出会えるということが、大きな目的の1つです。石巻は大きな災害に見舞われましたが、その一方で新たな芽吹きもたくさん見つけられる、ということで今回訪問した次第です。

――Ingressとして、今後、どういった方向に向かうのでしょうか。

ハンケ氏
 大きな構想としては、プラットフォーム化です。たくさんのクリエイターがゲームを作れるような形にしていきたいのです。世の中には、携帯ゲーム機やスマートフォンで楽しめるゲームが多くありますが、外に出て遊ぶことを誘うようなものは多くはありません。ゲーム産業は今、ある分かれ道に差し掛かっていると思います。1つはバーチャルリアリティで、現実と隔絶してゲームを楽しむというもの。もう一方は顔と顔をつきあわせて遊ぶようなゲームです。私としては、もっとテクノロジーで人と現実を結びつけ、出会いを促すようにしたいのです。

――外に出て遊ぼう、もっと出会おうというコンセプトは、どういった考えが背景にあるのですか。

ハンケ氏
 根本にあるのは、人々をどう幸せにできるか、という点です。そのためには大きく2つの方法があると思っています。1つは、エクササイズ。体を動かすと気分が良くなります。もう1つが人々を繋げることですね。

 私はGoogle MapsやGoogle Earthなどの開発に携わってきました。これらのツールは、現地訪問の前、事前準備に役立ちます。また実際に出かけた後でGPSログを使って地図上で軌跡を楽しめます。こうした使い方を知ってから準備を自宅でするだけではない、あるいは外出してもただ歩くだけではなく、なにか改善できないかと思ったことがありました。

――(ハンケ氏がトップを務める)Niantec Labsのミッションをあらためて教えてください。

ハンケ氏
 技術を使って、人々とリアルを繋ぐということです。バーチャルで遠隔地の情報を知るだけではなく、身の回りをどう感じ取れるか、ということに変化をもたらしたい。バーチャルを変化させるのではなく、リアルを、現実をもっと興味深く、もっとミステリアスに変化させたい、というものです。いわば「HDリアリティ(高精細な現実)」ですね。

――HDリアリティですか。AR(拡張現実)ではなく。

ハンケ氏
 ARという言葉はあまり使いたくありません。(XMというゲーム内の物質やポータルを探し出せるスキャナーに見立てており)実際、Ingressはスマートフォンをかざして見る、といったスタイルではない。現実の体験を重視しています。

――Ingressはもちろん、Niantec Labsが開発したGoogle Glass対応アプリ「Field Trip」もそれに沿って提供されたものということですね。

ハンケ氏
 はい、そうです。

――Google MapsやGoogle Earthは現実をデジタル化したものと思っていましたが、今の話はアナログな現実を改善するというものですね。

ハンケ氏
 たとえば子供が生まれると、スクリーンの前だけでは過ごせなくなりますよね。一緒に外へ出かけなければいけない。そのとき技術を使ってどう体験の質を上げられるか、ということです。今日も(石巻でIT関連の場を提供するNPO)イトナブ石巻を訪れて、子供がゲームを開発しているのを見て感銘を受けました。と、同時にスクリーンの前だけで過ごすことは好ましくないとも思いました。何か、大人と子供がゲームを一緒に楽しめるものができないかと思っています。

――なるほど。

ハンケ氏
 私が生まれた街は、米国テキサス州で、住民が1000人もいないような小さな街です。以前は、自分の街に興味を持てないようなところでした。今回訪れた石巻は、石ノ森章太郎氏の作品をフィーチャーして、街の活性化に繋げようとしていますよね。私の生まれた街には、その後「コナン・ザ・バーバリアン(英雄コナン、映画の邦題は『コナン・ザ・グレート』)」のミュージアムができたんですね。今、私の両親がそのミュージアムでガイドをしています。牛と牧場、そしてミュージアムしかないような街に、世界中からファンが訪れるようになった。これがすごく面白かった。そういう施設ができたことで、理解が深まり、地域に対して愛着が出てきて、自分の育った場所に誇りを抱けるようになりました。

Niantic Labsの川島氏(左)とハンケ氏(右)

――Ingressのコンセプトに繋がるエピソードですね。さて、ゲームとしてのIngressについて、もっと教えてください。たとえば最近では新たなアイテムとして、複数のアイテムを格納できるカプセル(Capsule)、そしてピンポイントで攻撃できるというウルトラストライク(Ultra Strike)という新たな武器が登場しました。

ハンケ氏
 Ingressは、2週間ごとに改善を行っています。今、注力しているのは初心者にとっていかにわかりやすくするかという点です。そして高レベルなプレイヤーがより楽しめるようにするということです。後者についてはたとえばバッジの導入で、ハック数などで達成感を得られるようにした。これまでレベル8が最高でしたが、先週、LV9〜LV16まで開放しましたが、これも同じで、経験値(AP)が必要なだけではなく、一定の実績を達成していることが条件になっています。「ウルトラストライク」という新たな武器を導入したのは、もっと戦略的な楽しみ方を実現するためです。既にシールド用のアイテムが強化されていましたが、今回、それを破壊する力も強化されました。

――ユーザー間のコミュニケーションを促進するような取り組みは考えていますか?

ハンケ氏
 いろいろと計画は立てています。たとえばインストラクターメダルのようなものですね。あるいは、Ingressを新たにプレイしはじめたとき、コミュニティやIngress関連のWebサイトへ誘導できるような形も考えています。

――今回の石巻でのイベントでは、高レベルのエージェントが多く集まり、瞬時にポータルを奪い合う形になりました。Ingressが広まればいずれはこの風景が日常になったりするのでしょうか。

ハンケ氏
 Ingressは1人でプレイできるようデザインされており、隙間時間の数分だけで楽しめます。その一方でグループでも遊べます。一緒にプレイすると楽しい、今回のようなイベントがありますが、毎日がそうなるとは思っていません(笑)。ゲームとしてのIngressは今後、もっと戦略的に楽しめるようにしたい。ハック、攻撃もいろいろとスマートに進化させたい。実際に、アイテム、武器のアイデアもいろいろあります。

――以前導入されたグリフハック(Hackボタンを長押しすると、一筆書きの記号が複数表示され、それを覚えて入力すると通常のHackより多くアイテムがもらえる)もそうした進化の方向に沿ったものですか。

ハンケ氏
 その通りです。ベースになるのは、ポータルを三角形で結んで陣地を作る、というシンプルなルールですが、戦略的な遊び方という方向を志向していき、地域や国、大陸を超えてリンクが繋がるという状況にもなってきました。ポータルとポータルをリンクする際には、鍵(Portal Key)が必要、というルールを採用していましたが、この仕組みを導入していたおかげで、想定以上の遊び方もされるようになってきました。

――鍵の交換は、ドロップして、それを他の人が拾うという形ですが、繁華街でドロップすると見知らぬ人に拾われる可能性もありますし、渡す相手が目の前にいたほうが安心ですよね。

ハンケ氏
 そうです。たとえば航空会社で働く人が鍵を運び、空港で鍵を交換する、というケースも実際にありました。そのためだけに飛行機で飛んだという話もあるくらいです。

――なるほど。

ミニゲームのハンケ氏捜索ミッションを最初にクリアしたエージェントと話しこむ

ハンケ氏
 これから導入する機能についても触れておきましょう。1つは、ポータルを発見する(※編集部注:ポータルはユーザーからの投稿を受けて運営側が審査し、OKが出ればゲーム中に登場する)ことだけを楽しんでいる人がいる、ということです。Ingressの中でもディスカバリー(発見)の魅力の部分ということですね。

 もう1つはミッションに関するものです。これはユーザーがあるミッションを作成すると、他のユーザーがプレイでき、達成するとメダルを得られる、というものです。石巻には石ノ森章太郎に関する像がたくさんありますよね。そこで、いわば「漫画ミッション」と言えるようなものを作ります。街中にあるキャラクターの像を巡るようなコースを作って登録する、という感じです。

 そして、iOS版、ですね。

――iPhone版の登場は、一番重要な質問です(笑)。

ハンケ氏
 とてもとても近い時期(very soon)です。
(※編集部注:iOS版についてはこれ以上触れようとしない)

――たとえば第三勢力の登場は?

ハンケ氏
 (にやりとしてこめかみを人差し指で叩く)もしかしたら、ね(Maybe)。

 それから最後に、今回の石巻のイベントには、韓国や米国などからも参加者がいました。Ingressは、エンライテンド(緑)であろうとレジスタンス(青)であろうと、はたまたアメリカ人でもロシア人でも、人々の出会いを助け、国籍や人種に関わりなく、1つのミッションをこなしていくものです。そうした環境をIngressを提供しているというのはとても重要なポイントです。

――なるほど。今日はありがとうございました。

約400年前、支倉常長ら慶長遣欧使節が乗ったサン・フアン・バウティスタ号が復元され、公園として整備されている。ここにポータルが設置され……
サン・フアン・バウティスタ号がアメリカ大陸で最初にでたどり着いたメンドシノ岬にもポータルがあり、サン・フアン・バウティスタ号からリンク、という広大なミッションが11日に実施された。距離が離れすぎており、ハワイで中継した。このミッションは両軍が協力しあわなければ実現しないもので、普段は戦う相手ながら同じゲームを楽しむ者同士として、ミッションが進められた

(関口 聖)