ニュース

KDDI、海上保安庁の巡視船に設置した実証試験の基地局を公開

海上保安庁鹿児島海上保安部所属 巡視船「さつま」(総トン数:1200トン)

 KDDIと海上保安庁は、5月13日に発表された「携帯電話基地局の船上開設に向けた実証実験」の内容を報道関係者向けに公開した。

 KDDIをはじめ、通信事業者各社は東日本大震災の経験を踏まえ、災害対策に力を入れてきているが、KDDIでは全部門横断型の「災害対策プロジェクト」を設立し、災害初動対応に重点を「災害対策訓練」を実施したり、災害発生時の初動から復旧までの各フェーズの対応のルール化など、さまざまな形で災害発生時に対応する体制を整える一方、今までとは違った形での災害対策にも取り組んできている。

巡視船「さつま」のブリッジの上に設置された携帯電話基地局。auのロゴが描かれた白いドーム状の設備は衛星回線用アンテナ

 今回、KDDIと海上保安庁による実証試験は、海上保安庁の巡視船「さつま」の船上に携帯電話基地局を設置し、沿岸部に向けて電波を出すことで、海上からサービスエリアを復旧できることを確認するというものだ。これは商用サービスを目的としたものではなく、地震や津波などで、基地局の損壊や電源供給断、基幹路の寸断などで、携帯電話サービスが提供できなくなった状況を想定している。

 携帯電話基地局の船上開設については、2012年に総務省の中国総合通信局が主催する検討会に参加したことに始まり、KDDIでは同年11月に広島県呉市で技術的な検証を実施している。このときに挙げられた「異なる周波数及びアンテナでの運用」「使用機材の小型化」「運搬設置に関わる訓練の必要性」などの課題を踏まえ、今回の実証試験が行われることになった。

 2012年11月の広島県呉市の実証試験では、800MHz帯を利用し、62度のビーム角の指向性アンテナを利用したのに対し、今回は2GHz帯を利用し、指向性のないオムニアンテナを利用している。また、環境についても従来は広島県呉市の大迫港という瀬戸内海の湾内であるのに対し、今回は鹿児島県の大隅半島の大隅海峡で実施されており、国内初の外洋における実証試験となっている。

ブリッジの脇に設置された2.1GHz帯携帯電話用オムニアンテナ(無指向性)。ブリッジ周辺には数多くの船舶用アンテナが装備されているが、ある程度、離して設置することで干渉は十分に回避できるという
ブリッジの上の甲板に設置された携帯電話基地局。今回設置されたものは2.1GHz帯の設備。右側のドーム状の設備の中には、ジャイロを組み合わせた衛星回線用アンテナが入っている

 機材については、110×60×90cmの可搬型基地局を利用し、これに衛星回線と接続するパラボラアンテナ、無停電電源、携帯電話基地局アンテナを組み合わせる。衛星回線は通信衛星「Eutelsat172A」を使い、KDDI山口衛星通信センターを経由し、KDDIの携帯電話ネットワークに接続している。巡視船「さつま」の甲板からは最大20Wの出力で、電波を放射し、陸地側は津波などで避難していることを想定し、海抜100m程度の高台で試験が行われた。

 ちなみに、現在の法律では、携帯電話基地局は固定状態で運用されることを前提としており、船舶や車両などに設置し、移動しながら運用することは想定されていない。たとえば、東日本大震災で被災地や避難所などに出動した車載型基地局も停止した状態で運用している。ただ、これは船舶や車両などに設置した基地局が移動しながら運用することが禁止されているわけではなく、元々、そういった運用が想定されていないため、今回の実証試験の結果などを踏まえ、運用時の課題などを解決し、早期の実用化と目指したいとしている。

 携帯電話基地局を船上に設置することについては、多くの課題があるとされている。たとえば、車載型基地局や可搬型基地局など、一時的に運用する基地局は、衛星回線などを利用する。車載型基地局であれば、運用時は車両が停止しているため、衛星用アンテナを調整すれば、衛星からの信号を継続的に送受信できる。しかし、船舶は波の影響を受けるため、停泊した状態でも船体が揺れる可能性があり、衛星からの信号を安定的に送受信できなくなってしまう。そこで、船舶用に台座にジャイロを組み込んだ衛星回線用アンテナを用意することで、正確に衛星からの信号を送受信できるようにして、実証試験に利用している。

 今回の実証試験では、21日に鹿児島港で機材の搬入や設置、動作確認を行ない、22日に南大隅町沖で商用と同じ電波を出して、通信品質や音声品質を測定。23日に鹿児島県志布志湾で巡視船「さつま」の展示と説明が行われた。

 洋上での試験は3つのパターンで実施され、大隅半島の佐多岬から稲尾岳沖へ移動し、回頭後、早崎沖方面へ戻るというルートで2パターン、もう1パターンは大隅半島にある自衛隊の佐多射撃場沖で旋回運動という形で行われた。実証試験の結果は、別途、まとめられる予定だが、巡視船が陸上から10km近く沖合に離れた位置でも音声通話が利用できたという。ちなみに、音声品質については、人間が通話をするだけでなく、送信側と受信側の音声波形を比較したり、専用測定装置を使い、「PESQ値」と呼ばれる音声品質指標を測定している。

 海上保安庁鹿児島海上保安部の巡視船さつまの佐藤至船長によれば、こうした船上に設置した携帯電話基地局は、災害時の救助や支援などに役立つことはもちろん、緊急通報用電話番号「118番」の受理体制の早期確立もできるため、非常に有意義だと考えているという。同時に、被災地で活動する職員の連絡手段にも使うことができる。

海上保安庁鹿児島海上保安部 巡視船さつま 佐藤至船長が今回の実証試験の意義について説明
KDDI 運用品質管理部 高井久徳部長は、KDDIの災害対策に対する取り組みや実証実験の背景を説明
パネルを使いながら、実証実験の内容を解説するKDDI 特別通信対策室 木佐貫啓室長
今回の実証実験で使われたものよりもコンパクトなタイプの携帯電話基地局も公開された。このサイズであれば、クレーンを使わなくても個別の構成部品ごとに、人間が船舶に持ち込むことが可能だという
佐藤至船長、KDDI高井部長、KDDI木佐貫室長らと共に、巡視船「さつま」の前で記念撮影

 また、今回の実証試験の内容は、鹿児島県が主催する「平成26年度鹿児島県総合防災訓練」において、展示と説明が行われたが、この展示では実証試験に利用されたものよりもひと回りコンパクトな可搬型基地局も展示されていた。今回の実証試験で利用された可搬型基地局の機材はいずれもクレーンでつり下げて、巡視船に積み込んだが、展示されたコンパクトな可搬型基地局は、機材をある程度、バラバラにすることで、個別に人が抱えて持ち込むことが可能になるため、積み込みなどが比較的早くなる見込みだという。ただ、衛星回線のアンテナについては、家庭用の衛星放送のアンテナと同じで、直径サイズが小さくなれば、信号の利得も低くなり、同時に回線のキャパシティも少なくなってしまうため、実際の運用ではバランスを考えながら、機材を選びたいとしている。

 今回は実証試験で利用した巡視船や機材などを見た範囲だが、やはり、こうした取り組みは地震などの自然災害が多く、周囲を海に囲まれた日本にとって、有効なものであり、今後も実用化へ向けて、ぜひとも検討を重ねて欲しいという印象を得た。同時に、このしくみができれば、同じように地震が多く、周囲を海に囲まれた東南アジア各国にノウハウを提供することも可能だろう。また、ここで得られたノウハウを活かせば、最近、急速に利用者が増えているクルーズ旅行向けに、客船に船上携帯電話基地局を設置し、旅行中にも携帯電話が利用できるサービスなどにも発展させていくことができそうだ。

法林岳之