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中高生がアプリ開発~「東北イノベーターズプログラム」

KDDIが同プログラムを支援する理由

東北イノベーターズプログラム

 KDDIとライフイズテック(Life is Tech!)は、8月18日から東北の中高生を対象にしたIT教育支援プログラム「東北イノベーターズプログラム」を実施している。今回は、その第1弾として18日~20日にかけて東北大学で開催された「KDDIキャンプ」を取材した。

 同プログラムは、東日本大震災の被災地の復興に向け、現地で未来を担う人材の育成を目指す取り組み。東松山市や気仙沼市などの地元自治体の協力のもと、同地域の中高生が参加し、スマートフォン向けのアプリやWebサービスの開発を基礎から学んでいく。テーマは「地域の課題解決」。KDDIでは、ITについての知識や関心を高めながら、社会的な自立支援や復興に寄与するような新しい産業の創出を目指したいとしている。

 ちなみに、ライフイズテックは、KDDIのインキュベーションプログラム「KDDI ∞ Labo」の第4期卒業生で、中高生向けのITキャンプなどの事業を運営している。

KDDIキャンプの模様

 KDDIキャンプは、2泊3日の集中キャンプにより、アプリ開発やWebサービス制作の基礎を学ぶという取り組み。総勢20名の参加者は、各自でアプリやWebサイト制作の基本を身につけながら、これと並行して5つのチームに分かれて地域の課題解決に向けたアイデアを企画・検討する。

 参加者の出身地の内訳は、仙台市4名、東松島市6名、会津若松市4名、弘前市2名、石巻市1名、郡山市2名、喜多方市1名。性別は男子12名、女子8名、年代別では高校生7名、中学生12名、小学生1名。

 キャンプ中は、各チームに大人が「メンター」として配置され、頼れるお兄さん・お姉さんとして子供たちが疑問を解決する手助けをする。中にはすでに2年ほどiPhoneアプリの開発経験があるという参加者もいたが、ITスキルはまちまちで、参加者の3分の1ほどはパソコンに触れるのも初めてだったという。

同プログラムの運用を担当するライフイズテック 代表取締役の水野雄介氏
参加者の椅子の背もたれには自己紹介用の脳内メーカーが貼られていた

 キャンプ最終日となる20日には、各個人が開発したアプリやWebサイトの成果発表と、チームごとに考えた地域の課題解決に繋がるアイデアの発表が行われた。

 各自のスキルのレベルに応じて、Webビデオプレーヤーアプリや時計アプリ、電卓アプリといった、あらかじめ用意されたアプリのテンプレートを自由にカスタマイズしていく生徒や、HTMLやCSSを使ってWebサイトを制作する生徒に分かれた。

 参加者からは作品発表の後の感想として、「普段は何となくスマートフォンを使っているが、自分で作ったものが動くのは楽しい」、「参加者同士の交流が楽しかった」、「頑張ってMacを買って開発を続けたい」といった声が聞かれた。

成果発表が終わった後には、みんなで作品の鑑賞会
女子らしい電卓アプリ
簡単なゲームを作る生徒も
Xcodeで書いたソースコード。改良の余地はありそうだ
地域が抱える課題を解決するさまざまなアイデアが披露された

 続いて行われたチーム別での地域の課題と解決策の発表は、1チーム3分以内という時間制限がありながらも、地元の子供たちらしいアイデアであふれた。震災の際に通信できなくなって困った経験から、警報が出た際に通信が途絶える直前の居場所を伝えられるアプリ、雪かき作業が困難な高齢者と体力があり余った高校生をマッチングするサービス、都会ほど競争が激しくないために勉強のモチベーションが上がらない地方の生徒向けにイケメン(または可愛い女子)が勉強を教えてくれるゲームアプリ、東北を元気にすることを目的に応援されたい人を応援するアプリ、道路の渋滞を解決するためにタクシーの相乗りを促進するサービス、といったアイデアがそれぞれのチームから発表された。

 今後は、チームごとにオンライン講座を受講(全5回)しながら、キャンプ時に企画したアプリやWebサービスのモックアップを制作する。あわせてコンセプトムービーの作成方法についても学ぶことで、来年3月に予定されている発表会に備える。

KDDIが支援する理由

(左から)KDDIの鈴木裕子氏と阿部博則氏

 KDDI側でこうした事業の中心となっているのは、総務部 CSR・環境推進室長の鈴木裕子氏と復興支援室長の阿部博則氏。

 鈴木氏によれば、「CSR担当になり、東北地方の課題を聞いてまわったところ、コミュニティの崩壊が大きな問題であることが分かり、KDDIとして何ができるかを考えた。人が集まれないのであれば、通信を活用することで人々を繋げられる。また、都市部への人口流出も課題の一つで、アプリ開発などは都会に出ていかなくても行えるので、地元に残る機会を創出できるのではないかと考えた」という。それもあって、今回は地域が抱える課題を解決するようなアプリやサービスがテーマに掲げられた。

 また、阿部氏は、「国は復興予算を組んで用意しているが、自治体側にはそれをうまく活用するためのノウハウが少なく、そもそも土木などの他の復興事業に人手を取られ、ICTを復興や地域のために役立てる人材を確保できない状況にある」と語る。そこで、自治体側と協議した上でKDDIの社員を出向させることにしたという。

 KDDIでは、震災後に社内に設置された復興支援室から釜石市、気仙沼市、東松島市、仙台市の4つの自治体と復興庁に1名ずつ社員を出向させており、こうした人材を経由したり、地元の教育委員会などと連携したりして、今回のプログラムへの参加者を集めたという。

 「ITスキルの底上げは、人口流出という地方の課題とともに、女性の労働力をいかに活用するかという日本全体での課題解決にも繋がる」と言うのは阿部氏。せっかく就職しても子育てで一旦職場を離れると復帰がなかなか難しいといった状況に対し、ITスキルを活用して自宅で働くことで、子育てとの両立が図れるというわけだ。

 もっとも、今回のプログラムについては、子供たちの吸収の早さには驚かされるものの、現役世代の人材育成事業とは異なり、内容的にはそれで生活していけるほどのスキルが身につけられるわけではない。これについて鈴木氏は、「地方の港の30代くらいの漁師さんにWebサイトを活用しましょうと言っても、使いこなせないと言われてしまう。それくらい若い世代でも、地方ではICTの活用に消極的というのが実情。今回のプログラムに参加した子供たちが10年後に地元でIT企業を立ち上げてくれるのがベストだが、アプリやWebサイトを上手に活用する漁師さんになってくれてもいい」と述べる。

 KDDIが今回のプログラムのサポートに熱心な背景には、人材育成を通じて地方のITスキルを底上げし、ICT産業へのニーズを高めることで、長期的に自社の顧客獲得機会を増やそうという狙いもあるようだ。

湯野 康隆