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エージェントに喜んで欲しい――Ingressスポンサー企業担当者たちの想いとは

ナイアンティックが日本法人設立、村井説人氏が社長に

 ローソン、ソフトバンク、伊藤園、三菱東京UFG銀行、大日本印刷――これらの企業がスポンサーとなっているのが、米ナイアンティックが開発、運営するスマートフォンゲーム「Ingress」だ。

左からナイアンティック日本法人社長の村井氏、米ナイアンティックのアジア統括マーケティングマネージャーの須賀健人氏、そしてプログラムマネージャーの廣井隆太氏

 現実の街を舞台にした陣取りゲーム、各地に残る歴史に触れられる散歩ゲーム、あるいは人と人を繋げるリアルソーシャルゲームなど、「Ingress」を評する言葉はさまざまだ。既存のゲームとは一線を画し、リアルで人を動かす力を見せつけてきたIngressに対して、企業はどのような考えでアプローチし、その効果を実感しているのだろうか。

都内某所、ひっそりと佇むナイアンティックのオフィス

 12月1日付けでナイアンティックの日本法人が設立され、都内でプレスや関係者向けにそのオフィスが披露された。株式会社ナイアンティックの代表取締役社長に就任した村井説人氏は、これまでメディアにはグーグルのマップ担当者として登場していたが、実は2年ほど前から「Ingress」に関わってきた。同氏は、エージェントから多額の課金を得ずとも、「Ingress」が運営されているのはスポンサー企業の存在があるからこそ、と説明。各社担当者からのプレゼンを通じて、いずれも、熱心なエージェント(Ingressを楽しむプレイヤー)の社員が中心となって企画を推進し、何よりもエージェントに喜んでもらえることを目指す、という熱意が根底にあることが明らかになった。

軽食にもIngressの世界観
2つの陣営に分かれて楽しむIngress。そのカラーを用いたクッキー。美味しかったです
スポンサーである伊藤園からお茶も。

日本での先駆けはローソン

 約1年前の2014年11月15日、ゲーム内に突如、コンビニエンスストアのローソンが登場した。各地にある店舗が、ユーザーの奪い合う“ポータル”と呼ばれるスポットとして登録されたのだ(※関連記事)。

ローソンの佐藤氏。半年前には、A16となっていた

 それまでも、米国のレンタカーや飲料メーカー、あるいはボーダフォンといった企業が「Ingress」のスポンサー企業に名乗りを上げていたが、日本企業がスポンサーになったのはローソンが初めて。もともとローソンはネットを通じたコミュニケーションなどに積極的ではあったが、昨夏にiOS版が登場するまではほとんど無名だった、と村井氏が振り返るほど、「Ingress」のユーザー層が限られていた。iOS版の登場から半年も経たずにローソンがスポンサーとなったのは、そうした時期から進めていたことだったと、ローソンの佐藤数馬氏。

 佐藤氏は「全国に1万2000ほど店舗があるなかで、たとえ近所に店舗があったとしても少し道をそれると行ったことがない、という人がいる」と説明。これまでさまざまなコラボレーションを実施した中で、店舗の近くにまでユーザーが訪れてくれるようなものは他になかった、とIngressを評価する。またコラボといっても、店舗スタッフにとっては、ほとんど「Ingress」のことを知らなくてもいい形態。具体的な数値は明らかにされなかったが、広告的な効果や実際に店舗を訪れる人から、Ingressとのコラボはローソンにとって成功事例として認識されているようだ。

 佐藤氏は、12月中旬に沖縄で開催される公式イベント「Abaddon Okinawa」で販売されるグッズを今回初めて目にしたとのことで「社内では、(グッズの在庫が)あったら買いますか?」と言われていた程度だったという。一方、ナイアンティックの村井氏は、iOS版が登場する以前から名乗りをあげたローソンにあらためて感謝の意を表し、昨夏、佐藤氏と2人でコラボについて協議してきた、と振り返っていた。

Pepper登場のミッションはどうなっていた? ソフトバンク

ソフトバンクの池羽氏

 6月、仙台で開催された公式イベントで新たなスポンサーに名乗りを上げたのがソフトバンク。携帯電話会社として全国各地に展開する店舗が、ゲーム中の“ポータル”になっただけではなく、ゲームの世界観にあわせ、ポータルとポータルを繋ぐ“リンク”を強化するアイテム「SoftBank Ultra Link」も登場。今や日本のみならず、グローバルで「SoftBank Ultra Link」が活用されており、担当者である池羽信雄氏(BRM推進室長)は、世界観を活かしてどんなアイテムにするか、村井氏とともに一番労力をかけて、米ナイアンティックとも検討を重ねていった、と振り返る。

はじめたきっかけはローソンの取り組み
ソフトバンクで抱える課題の一部をIngressで解消できるのでは、という視点

 そんなソフトバンクがIngressとコラボすることになったきっかけは「ローソンの取り組みが面白そうだったから」と池羽氏は率直のコメント。ビジネスとして他社との関わりを強めるという部署の池羽氏は、ソフトバンクショップが単なる手続きの場になっているのではないか、という課題を解決する取り組みとして、Ingressを活用することになったと語る。

 具体的な取り組みの1つとして今夏、実施されたのが、ソフトバンクが最近注力するロボット「Pepper」を使ったもの。宮城県内や神奈川県横須賀市、それぞれで行われたキャンペーンで、池羽氏は横須賀の事例を紹介。それによれば、Ingress内で遊べる機能の1つで、指定されたポータルを巡っていきスタンプラリーのように遊べる「ミッション」機能を用いたもので、ミッション中、横須賀にあるソフトバンクショップを訪れ、店内に設置されているPepperと会話してヒントを得る、という流れになっていた。このときPepperが利用するクラウド側には、Ingress関連の用語を認識し、それに対してヒントを回答できる、という仕組みを構築。横須賀市自体もIngressを用いた観光誘致に積極的で、両者がIngressを通じて協力しあった。

Pepperを使ったミッション
クラウド側でIngress関連のワードを設定しておき、反応できるようにしておいた。どうやら全国どこのPepperからも答えを引き出せたらしい
企業のマーケティング活動でも、人と人のつながりが得られると力説
沖縄でのイベント開催にあわせてアプリもカスタマイズ

 池羽氏は、Ingressとのコラボについて、孫正義会長、そしてソフトバンクグループ代表取締役副社長で、前職が米グーグル副社長だったニケシュ・アローラ氏にはまだ話す機会がない、と吐露。今後もIngressとのコラボ企画を進めて孫氏やアローラ氏から「Ingressについて聞かせてくれ」と言われるよう頑張っていくという。

伊藤園「想像の数倍の売上に」

伊藤園の大樂氏

 現ナイアンティックアジア統括本部長である川島優志氏と、ナイアンティック日本法人の新社長となった村井氏が、ある日、やってきたことがコラボのきっかけだった、と思い返すのは、伊藤園でマーケティングを担当する大樂(だいらく)泰督氏。そのミーティングにたまたま出席し、伊藤園のコーポレートカラーが青と緑であったことから、Ingressのプレイヤーが青色のレジスタンス陣営と、緑色のエンライテンド陣営に分かれてプレイしていることにあわせて「これは運命ではないか、じゃあ企画を考えるか、とコラボレーションが始まった」とまるで冗談のようなエピソードを披露する。

 Ingressとのコラボレーションでは、伊藤園の自販機のうち、災害対策用としての機能を備えたものの一部、2000台がゲーム内のポータルとして登場。Ingressのポータル情報は緯度経度を元に、ゲーム中に配置されていると見られるが、伊藤園ではもともと自販機の位置を緯度経度では管理していなかったようで、登場当初は実際の位置とゲーム中の位置が一致しないケースも多々あった。しかしそれもユーザー(エージェントと呼ばれる)からの申告などで修正が進む。

キャンペーンの結果に驚いたという

 エージェント側からのリアクションは、そうしたポータル情報に限らず、ソーシャルメディアに伊藤園の自販機の写真がどんどんアップされる、という形にもなった。これには「自販機の写真をアップするなんて、普通、そんなことはない」(大樂氏)と伊藤園もびっくり。自販機では、特定の商品にシールが添付され、そのシールからキャンペーンに応募すると、抽選で500円分のクオカードがプレゼントされる形になっていた。クオカードに当たらずとも、ゲーム内アイテムは入手できるようになっていたが、エージェントのなかでは、これを「ガ茶(ガチャ)」と呼び、1日に何本もお茶を購入する人が続出した。筆者も期間中、十数本のお茶を購入し、ようやくクオカードが1枚当選したが、中には1500本ものお茶を購入し、クオカードが92枚、当選した人まで登場。つい先日、そのエージェントが伊藤園を訪れて、大樂氏と歓談したそう。

 ちなみにクオカードが景品になったのは、Ingressをプレイしていない人にも喜んでもらえるようにするためだった。このキャンペーンは10月下旬まで実施されたが、大樂氏はその売上が予想の数倍に達し、「ここまで売れると思っていなかった」とコメント。キャンペーン開始時には、社内でIngressとは何か、浸透していない状況だったが、エージェントがお茶を続々と購入し、自販機で売り切れるところも現われた。エージェントが伊藤園に問い合わせして補充を依頼することもあったそうで、大樂氏は「社内から、バーンアウト(ゲーム内用語、ここでは商品の売り切れという意味)したから補充してくれと言われた。バーンアウトって何のことか? と質問があったが、説明が面倒で、『売り切れということだ』とだけ返した」と笑い混じりに語る。

熱狂的に活動するエージェントも
エージェントとも積極的に関わりを持とうとしている

 街中で、新商品が無料で一般ユーザーに配付される“サンプリング”も、伊藤園では3月に京都で行われたIngressの公式イベントで実施。これに参加者であるエージェントから、のどが渇いていたところにちょうど配付された、として次々と「お疲れさまです」とねぎらいの言葉が伊藤園スタッフにかけられ、「すごい感動した」(大樂氏)。

 Ingressの公式イベントの1つで、ユーザーが主導してベテランと初心者が一緒にIngressを楽しむ「ファーストサタデー(First Saturday/FS)」に協賛する伊藤園は、お茶を会場に提供している。こうしたイベントの写真もソーシャルメディアで拡散しており、スポンサー企業としてわかりやすい効果として捉えているよう。ただ、FSへの協賛は「売上目的だけのスポンサーシップにしたくないから」という理由で行っているもので、伊藤園の社員も現地で参加し、エージェントと交流をはかっているという。

「お堅いイメージの銀行がコラボ」三菱東京UFJの場合

 ソフトバンク、伊藤園とともに6月からスポンサーとなったのが三菱東京UFJ銀行だ。6月のイベントでその発表をアフターパーティ会場で行った際には、企業ロゴが表示された段階で会場がどよめいた。「自社の企業ロゴが表示されただけでどよめくなんて経験は初めて」とリテール企画部の早川徹也氏。

三菱東京UFJ銀行の早川氏
実施中のキャンペーン

 4月の人事異動で匿名プロジェクトに配属され、その辞令を受け取った当日に、まだ顔もあわせていない部下となるチームメンバーから「Ingressやってください」と言われたという早川氏は、一般消費者向けのいわゆるリテールの金融機関として「ユーザーに寄り添い、近くに存在したい」というコンセプトを掲げる三菱東京UFJ銀行にとって、Ingressとのコラボは、親近感を持ってもらい、好意的な評価に繋がったという。さらに実際に入店まではせずとも、店舗やATMがポータルになったことで近くまでエージェントが来てくれる、という点もメリットの1つという。ゲーム内には、アイテムがときどき増える特殊な「MUFGカプセル」が登場しており、ユーザーはアイテムの“利息”を楽しんでいる。

 こうした取り組みに、ナイアンティックの村井氏も「Ingressとはどういったゲームか、一概に説明は難しい中、日本を代表する企業に選ばれたのは光栄」とコメントする。

「梶井はセンシティブだった!?」

DNPの星氏

 直近で新たなスポンサーとなったのが大日本印刷(DNP)。10月にコラボレーションが発表された後には、往年の文人、梶井基次郎の作品「檸檬」を元に、なぜDNPがIngressの世界と関わることになったのか、というバックストーリーも公開された。

 DNPで、電子書籍とリアルの書店を連動してサービスを提供する「honto.jp」に関わる星洋輝氏は、「檸檬」の一部が、Ingressを想起させる、と説明。たとえば「何かが私をいたたまらずさせるのだ。それで始終私は、街から街を浮浪し続けていた」という一文はミッションを、「軽く蹴りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた」という一文はIngressにおいてポータルを自陣営にするための“デプロイ”というアクションのことだとこじつけ……もとい、Ingressと梶井基次郎の由縁と解き明かす。多くのエージェントは、スマホアプリとして提供されている“スキャナ”をもとにIngressの世界を探求し、ゲーム中に登場する謎の物質“エキゾチックマター”と関わっている。ストーリー上、このエキゾチックマターを多量に浴びて潜在的な能力を開花させた、そんな人物は“センシティブ”と呼ばれる。ちょうど90年前の1925年に「檸檬」を残した梶井もまたセンシティブの1人だったのかも、というのがDNPの語るところ。

梶井の「檸檬」には、XMを感じ取っていたのではないかと思われる節がある

 10月下旬に発売された、小説版の「Ingress」もDNPグループの書店(丸善、ジュンク堂、文教堂)では同ジャンルの本より数倍、多く仕入れた。ところがその消化率(販売率)は、一般的な書籍かそれ以上とのことで、予想より多く売れており、地方によっては売り切れたところもあった。

 村井氏は、ナイアンティックが“adventure on foot”(自らの足で歩いて冒険する)というビジョンを掲げる中、Ingressを楽しむエージェントの多くが“知を探求する”人が多いのではないか、と指摘。“知”に関わるジャンルであるDNPの協力を得たことは、企業側が無理矢理、Ingressの世界観にあわせてきたのではなく、もともとIngressの文脈にマッチするような企業がパートナーになっている、と語っていた。

12月12日、次は沖縄だ

 ナイアンティックとして初めての現地法人設立となった今回、日本法人社長になった村井氏は、11月30日までグーグルに所属し、マップ関連を担当していた。その業績や移籍の裏話が、ソーシャルメディアにおいて、ナイアンティックアジア統括本部長の川島氏から3日朝、披露されている(※関連URL)

沖縄で販売されるパーカーを披露する3人
須賀氏が着用するTシャツも販売される

 ナイアンティック創設者であるジョン・ハンケ氏も、Google Earthの元となるソフトを開発したこともあり、かつてグーグルで地図関連を担当し村井氏の上司でもあった。2年ほど前、ハンケ氏が来日した際、Ingressを手伝ってくれ、と依頼され、グーグルの“20%ルール”で日本におけるIngressをサポートしていた。1年前、東京で開催された「Darsana Tokyo」も裏方として参画していた。これまで村井氏は、Ingressのビジネス面を担当し、日本企業とIngressを結びつける役割を果たしており、今後は任天堂やポケモン社と協力して「Pokemon Go」も推進していく。

ナイアンティック日本オフィスの一画。引越しからまだ間もないとあって、これからレイアウトなど変更される可能性はある。片隅には、なにやらたくましさを感じさせるアイテムも

 一方、Ingressでは、12月12日、沖縄県那覇市において公式イベント「Abaddon Okinawa」が開催される。Ingressにおける公式イベントは、ユーザーの交流や新規参入に繋げるファーストサタデーなど複数存在しており、沖縄では2つの陣営に分かれたエージェントが全力でポータルを奪い合う大規模なバトルが開催される。会場では、ローソンからIngressを題材にしたパーカーやTシャツも販売される予定だ。

(関口 聖)