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バーゼルワールドを見て歩き~高級腕時計とスマートウォッチの微妙な関係

 AppleとGoogleが相次いで参入したことで注目が高まっているスマートウォッチ。本誌の読者にはスマートフォンのコンパニオンデバイスとして利用をはじめたという人も少なくないだろう。特にAppleは、Apple Watchのなかでも18金ゴールドを採用したEditionモデルが128万円(税別、以下同)からと、高級腕時計の市場も視野に入れている。時計業界サイドでも、スマートデバイスとの連携は無視できない状況になっており、2015年からは高級腕時計の展示会においても「Connected」がひとつのキーワードになりつつある。まだまだ黎明期ではあるが、時計業界にとっての黒船であるスマートウォッチの登場を時計業界がどう捉えているのかを確かめるため、バーゼルへと足を運んだ。

 バーゼルは時計製造を基幹産業とするスイスにある都市のひとつだ。ドイツやフランスと国境を接する街でもある。ここで開催される世界最大の宝飾品と時計の見本市が「Basel World」である。バーゼルワールドあるいはバーゼル・フェアとも呼ばれている。展示ホールに並ぶ各ブランドのブースは、ブースと呼ぶよりもほぼブティックに等しく、外側にはショーケース、内側ではバイヤーとの商談が行われる。一方で一般入場も可能で、主催者発表によると会期中に15万人の来場者が訪れる。そのため、近隣の宿泊施設も高騰。筆者もドイツ南西にあるフライブルグ(Freiburg)から、電車での通い取材だ。

ブティックとも呼ぶべき各ブランドのブース。外側はショーウィンドウとレセプション、内側や2階では商談が行われる

 2016年の会期は3月17日から24日の8日間。会期前日にあたる16日は、全体のプレスカンファレンスと一部のブランドによるプレスカンファレンスが開催された。

 いわゆる腕時計と、スマートフォンをはじめとするスマートデバイスを接続するのは現時点で大きくふたつの方法論がある。ひとつは冒頭でも述べたように、半導体をそのままエンジンとしてOSを搭載するスマートウォッチ。もうひとつは、従来の機械式やクオーツの時計に、各種センサーとBluetoothなどを搭載して、主に活動量などを計測する「コネクテッド(Connected)」な方法だ。後者のテクノロジーは、リストバンド型の活動量計として知られるJawboneなどに搭載されているセンサー「Motion X」が現時点ではほぼ一択。2015年のBasel Worldで発表されたFrederique Constant(フレデリック・コンスタント)やBREITLING(ブライトリング)などのブランドが、2015年後半から製品の投入をはじめている。

Frederique Constant(フレデリック・コンスタント)の「HOROLOGICAL SMARTWATCH」。クオーツのムーブメントに加えて、アクティビティトラッカーとしてMotion Xを搭載する。電池寿命は2年

 2015年はMotion Xを採用する発表が相次いで、スマートウォッチとしてはTAG HeuerのみがAndroid Wearの採用をアナウンスした。いずれも市場に製品が投入されたのは2015年の後半になってから。スマートフォン業界では半年に一度は新製品が出ているようなイメージがあるが、こちらはもう少し時間の流れが緩い。こうした概要を前提として、2016年のBasel Worldの様子を数回にわたって紹介していきたい。最初はスマートウォッチを取りあげる。

TAG Heuerのスマートウォッチ

 TAG Heuer(タグホイヤー)は、17日の午前にプレスカンファレンスを開催。2016年モデルのひとつとして、同社初のスマートウォッチだった「Connected」のグレードアップモデルを紹介した。「Connected」は2015年のBasel Worldにおいて、TAG Heuer、Intel、Googleらが揃って会見し開発を発表した、Android WearをOSにするスマートウォッチである。同製品は2015年11月9日に正式発表され、日本国内でも同11月12日から販売されている。価格は16万5000円。

TAG Heuer(タグホイヤー)のブース。「Connected」はハンズオンができる

 では、その成果がどうだったかと言う部分が今回のカンファレンスで明らかにされた。Connectedは初期ロットにあたる2万台が全世界でほぼ完売状態にあり、4月をメドに6万台の追加生産および出荷を行う。また、前述したグレードアップモデルはベゼルやベルトをチタンにしたもので、こちらは8月に出荷予定としている。

日本国内でも販売されたAndroid Ware搭載の「Connected」。ベルトの色が選択できる。

 カンファレンスのスピーチでも、その後のQ&Aでもポイントとなったのは、「Swiss Made」であるか否かという部分である。本誌の読者ならご存じのとおりプロセッサーを提供するのはIntelであり、OSはGoogle製だ。TAG Heuer側はデザインはインハウスデザイン、そしてケース、ベゼル、バンド、付属品ももちろんスイス国内の製造で、パッケージングまでスイス国内で行うことを強調しており、国の基幹産業としての時計製造は堅持する構えだ。Connectedに関しては30人規模のラボをスイス国内に設置し、米国からの単なる輸入ではない仕組みを作り上げる。将来的には50人規模まで増員も予定しているという。

 Connectedの価格は米ドルで1500ドルが希望小売価格に設定されており、日本での販売価格は前述したとおりに16万5000円だ。手にするのはなかなか勇気のいる価格だが、ここBasel Worldで展示されている製品のなかでは最廉価クラスの製品である。言わば一生ものとも言える高級機械式腕時計と、製品寿命としては2年前後と目されるスマートウォッチが同一ブランドとして成り立っていくのかという問いには、「ブランドへの入り口としてあってもいいのではないか。TPOに合わせて付け替えて欲しい」という回答がなされた。

グレードアップモデルとして登場する「Connected」。仕様は同一で、ケースとベルトがチタンになった。8月をメドに出荷予定
リュウズにもTAG Heuerのブランドマーク

de GRISOGONO、170万円のスマートウォッチ

 前日のカンファレンスでは、de GRISOGONO(ドゥ グリソゴノ)もスマートウォッチの開発を発表している。de GRISOGONOはジュネーブにブティックを構える高級腕時計と宝飾品のブランド。今回のBasel Worldではサムスンと提携して「Gear S2」をベースにしたスマートウォッチを開発すると表明した。前述のTAG Heuerと同様、中核は他社製となるものの、ウォッチフェイスのデジタルデザインはもちろんのこと、ケースやベゼル、バンドもインハウスで行う。「Gear S2」の特徴的なインターフェイスであるベゼルのホイールとクリック操作はそのままに、ベゼルにはジルコニアが埋め込まれるようだ。価格は14,900スイスフランで、日本円にするとざっと170万円といったところ。

de GRISOGONO(ドゥ グリソゴノ)はサムスンと提携。Gear S2をベースモデルとして、ケースやバンドなどをインハウスデザインした製品を販売する。
ベゼルを回転させてクリックすることで操作するインターフェイスはそのまま。装飾としてジルコニアがベゼルに埋め込まれるようだ
ウォッチフェイスのデザインもde GRISOGONOが手がける。発売時に何種類のフェイスが搭載されるかは明らかにされなかった

 機械式腕時計で駆動装置にあたるムーブメントを作っている企業は限られる。ムーブメント~ケースデザインに至るまで一社で完結するブランドももちろん存在するが、ムーブメントは外注ながら、ウォッチフェイスとケースデザインを行うことで自社ブランドとして販売するブランドも数多い。腕時計以外も手がけるデザイナーズブランドの多くはそうしたシステムだ。ムーブメントは機械式からクオーツになり、今、半導体化の一端が開かれているというタイミングとも言える。

 時計製造を基幹産業のひとつとするスイスにとって「Swiss Made」をいかに守っていくかという重要な課題がある。機械式やクオーツであれば国内生産のムーブメントが維持できるが、スマートウォッチになってしまってはプロセッサーとOSをスイス以外に握られた格好であり、「Swiss Made」の第一条件であるムーブメントのスイス製が守れないというジレンマがある。仮に半導体製造を国内化できてもOSのほうはもっと厄介と言えるだろう。こうした課題も含めて、時計の世界には、機械式からクオーツ化の大きな波に等しい半導体化の波が起ころうとしている。

矢作 晃