私の犬のリンリン 津田 啓夢編

 今年の“俺の”一番は何にするか。あれこれ悩んだ末にもっとも驚かされたモデルにしようと決めた。不況が叫ばれる世の中なのだ、こんな時だから景気の良さそうな話も楽しいじゃないか。

 2009年にもっともビックリした端末は、auのiidaシリーズ「私の犬のリンリン」だった。iidaのArt Editionとして登場した同端末は、世界的な現代美術家である草間彌生の「作品」であるという。携帯電話は工業製品で、工業製品は後に「作品化」することはあっても、基本的には「作品」ではない。だから、最初から「作品」と言い切ってしまった「私の犬のリンリン」には大変驚かされた。草間彌生3モデルは、エディションが切られた芸術作品に位置付けられ、価格も芸術的なものとなっている。リンリンシリーズはそもそもが草間彌生の作品で、そこに携帯電話がくっついている格好だ。

 各社がさまざまな端末を投入し、デザイナーやブランドコラボした端末を開発している。「G9」や「PLY」などiidaの通常ラインナップや、前身であるau design projectではそういった優れたデザインを志向し、多くの話題を集めてきた。また、iidaではライフスタイルをデザインするというコンセプトから、ユニークな携帯用周辺機器なども送り出している。端末価格が高くなり、購入サイクルが長期化した現在、こうした試みはとても面白いのではないだろうか。

 「私の犬のリンリン」でKDDIは、工業製品のようには売れることのない現代美術の世界にチャレンジした。今年はこの新しいチャレンジにエールを送る意味でも「私の犬のリンリン」をNo.1に推したい。ただし、今回の「作品」は、すでに評価されている芸術作品に、携帯電話をあてはめただけのものだ。芸術と携帯電話が融合し、本当の意味で作品となるためには、企業としてメセナのような芸術家支援が必要だろうし、それにはタニマチとしてのガマンが伴う。

 芸術は作品を通して社会を見せたり、むき出しの感情を表わしたり、目を背けたくなるような現実に直面したりとさまざまに形を変える。より良く見せるための工夫であるデザインとは、そもそものスタンスが異なり、ビジネスにはなかなか結びつきにくいところもある。もしかしてArt Editionは今回限りなのかもしれないが、そんな不安をぬぐい去ってくれるようなiidaの「作品」を来年も期待したい。

 


2009/12/25/ 11:55