携帯マルチメディア放送の公開説明会、ドコモ・KDDIが激論


 9月3日、総務省で「携帯端末向けマルチメディア放送」の公開説明会が行われた。

 「携帯端末向けマルチメディア放送」は、携帯電話などモバイル機器で利用できる、新たなサービス。2012年からの開始が想定されており、現在のワンセグのような映像サービスや、これまで通信機能で提供されていたようなコンテンツなどを放送波で一斉同報配信する、といった使い方が想定されている。そういったサービスを構築するため、総務省では放送設備を保有する“受託事業者”と、コンテンツを提供する“委託事業者”に免許を与える方針を示し、まずは受託事業者の免許1枠を決めるため、電波監理審議会(総務大臣へ勧告する機関)へ8月、諮問を行った。

3日に行われた公開説明会

 この諮問は、電波監理審議会が誰に免許を与えるか決める、という形のもので、9月3日には非公開で、名乗りを上げているNTTドコモ系列の株式会社マルチメディア放送(mmbi)とKDDI系列のメディアフロージャパン企画株式会社から意見を聴取。さらに3日夕方から傍聴可能な公開説明会が行われた。この説明会では、10分間でA社がB社に質問し回答を得て、次の10分間でB社が質問してA社が回答すると、攻守を交代する形で行われた。抽選の結果、メディアフロージャパンからの質問でスタートした。

メディアフロージャパンからmmbiへの質問

 メディアフロージャパンからmmbiへの質問は、主にmmbiのエリア設計に対する疑念を呈するものとなった。

 挙げられた質問は、「mmbiは地上1.5mという高さでの電波試験を行ったか」「メディアフロージャパンのシミュレーション、実測データではビル陰の影響があると見ているが、mmbi側は問題ないとしているようだが、なぜか」「(歩行時のような)低速移動時は、感度が悪くなるのではないか」といったもの。

 このうちビル陰の認識については、両社で大きな隔たりがある。mmbi側は、メディアフロージャパンが示したデータは東京タワーから電波を発するという条件であり、確かにアンテナ位置が240m程度の東京タワーであればビル陰の影響はでるものの、mmbiが利用する予定の東京スカイツリーは高さが倍以上となることから、ビルの裏でもアンテナの高さが十分あり電界強度も十分で、影響はないとする。

 しかしメディアフロージャパン側のKDDI研究所 研究主幹の河合 直樹氏は、「東京タワーとスカイツリーの高さは2倍程度で、実際の影響に違いはない。新宿の都庁が遮るエリアは数km、横浜のランドマークタワーが遮るエリアは数十kmで、非常に長い陰になる」と指摘。これに対してmmbi側は「スカイツリーに対して、新宿や六本木などの高層ビルの影響を検証したが、障害は数十m。確かに横浜では影響が発生するが、それは認識しており、別の放送局を設置する計画だ」と述べた。この点については、mmbi社長の二木治成氏らが重ねて「誤解がある」と指摘。より高さがかせげるスカイツリーから発した電波は、ビルの陰に回り込んだりして、影響がないとする。

KDDIの小野寺氏メディアフロージャパンの増田氏

 説明会後の囲み取材で、メディアフロージャパン社長の増田和彦氏と、KDDI社長の小野寺正氏は、近接するビルに対する影響であれば、東京タワーとスカイツリーでは差があるとしながらも、スカイツリーから約11km離れた新宿の高層ビルや、約32km離れたランドマークタワーの影響は、東京タワーから電波を発した場合と違いはないとして、mmbi側がランドマークタワーの影響を認めたことを挙げて、メディアフロージャパン側のシミュレーションが正しいとした。

 低速移動時の視聴感度については、mmbi側が「ドコモが調査したところ、ユーザーはワンセグを歩きながら使うという点について、ユーザーから“重要ではない”とデータを得ている。現行のワンセグサービスに対し、KDDIは『危険だから歩きながら使わないように』と案内しているではないか」と指摘し、会場から笑いが起こる一方、メディアフロージャパン側からは「情報通信審議会で、受信形態として列車、自動車、歩行とあり、そこで評価しなければいけない」と反論した。

mmbiからメディアフロージャパンへの質問

 mmbiからは、主にメディアフロージャパンの事業性についての質問が多数を占めた。

 NTTドコモ副社長の辻村清行氏は、メディアフロージャパンが掲げる普及台数予測について、もしメディアフロージャパンが参入することになった場合、ドコモとソフトバンクの端末が対応しない方向であるとして、メディアフロージャパンが示す数値に根拠がないのではないか、と指摘した。

 これに対し、増田氏は「マーケットシェアが50%を超えるNTTドコモは、いわゆるドミナント事業者であり、今回の審査で競合へ対応しない、と言及するのはどういうことか、と感じている。ドミナント事業者が支持する技術が1つだけ、というのは公正競争上、ゆゆしき問題ではないか。(ドコモは実績がなければ採用しないと主張していることに対し)実績とは何かが不明瞭。魅力的なサービスであれば、未来永劫対応しない、と言っているわけではないだろう。(mmbiが採用する技術の)ISDB-Tmmを支持するソフトバンクモバイルも『(メディアフロージャパンが採用する技術方式の)MediaFLOを支持しない』という見解ではない」と反論した。

ドコモの辻村氏ドコモの永田氏

 反論を受けた辻村氏は、増田氏の指摘に「時間軸で見るとどうなるか」といった指摘はしつつも質疑の時間が限られていることもあり、別の質問へ移り、ユーザー向け料金やユーザー数の想定を尋ねた。増田氏は、調査結果から500~800円程度という料金が受け入れるとしながらも、1000円でも利用したいとユーザーが感じるコンテンツがあるとし、さまざまな料金を組み合わせると説明。料金については、コンテンツの制作・調達費からどの程度の帯域が必要か勘案して、収支が成り立つとして、設備コスト、コンテンツの多様性などから総合的に事業性を判断すべきとした。

 また東京タワーで補強工事が予定されていることから、メディアフロージャパンのサービス開始時期に遅れがでるのではとmmbiが指摘すると、メディアフロージャパンは、日本電波塔(東京タワーの運営会社)と協議しており、工事の調整が可能と回答。「交渉を始めたからその場所が使える、という後出しじゃんけんは審査のルールに従ってないのでは」とmmbi技術統括部長の上瀬 千春氏が指摘すると、増田氏は補強工事の話は、携帯端末向けマルチメディア放送の議論以前に行われたもので、現在マルチメディア放送の検討が進んでいる以上、補強工事の見直しは可能な範囲との認識を示した。

 MediaFLOがクアルコム主導で開発されたことに関連した質問として、ドコモのマーケティング部長 永田清人氏は、MediaFLOのライセンスに「特許非係争条項(NAP条項)」が入る可能性があり、開発促進を妨げるとの見方を示す。これは、公正取引委員会からクアルコムに対して、MediaFLOではなく別の技術におけるライセンスでNAP条項があったとして排除命令が下されたことを踏まえて行われたものとなる。

 増田氏は、公取委からの排除命令については今年2月の段階で、東京高裁が執行免除という決定を行い、現在は独禁法に違反したかどうか定まっていない状況であり、憶測に基づいた議論は不適切とする。さらにNAP条項については、ライセンスの締結で一般的な要素であり、携帯電話の通信方式であるW-CDMAでも含まれているとして、NAP条項はライセンサーとライセンシーの同意の上で行われるもので、研究開発の意欲を削ぐものではないとした。

mmbiの二木氏mmbiの石川氏

 このほかmmbi側からは、米クアルコムがMediaFLOから撤退を検討していると指摘。これに対して増田氏は「チップセットが本業で、技術を拡げるためにMediaFLOを運営する事業会社を立ち上げたりする。これはよくある手法の1つ。将来的にも、クアルコムの一部門が継続して技術面でのサポートを行う」と回答。小野寺氏も「クアルコムは当初からスピンオフを前提としていた。米国ではリアルタイム放送だけで、いわばワンセグ有料版みたいなものがうまくいっていないのは事実だと思う。ただ、それは技術方式とビジネスをごっちゃにしている。ISDB-Tmmを米国でやっても、という話になる」とした。

米国での事業が明日でもなくなると印象付ける議論は不適切と指摘した、クアルコムジャパンの山田純社長

 こうした回答に対し、辻村氏は「もともとスピンアウトする予定だったかどうか、そこはいいが、スピンアウトするときに日本でもメディアフロージャパンの大株主でもあるのだから、そこから撤退するのは問題では」と質問する。小野寺氏は「それは懸念ではない」として、モバイルWiMAX方式でデータ通信サービスを提供するUQコミュニケーションズでもインテルが出資しており、そうした立場の企業は、いずれ投資を回収する(イグジットする)だけとし、クアルコムがメディアフロージャパンの株主に名を連ねていようがいまいが、影響はないとした。そこへ辻村氏が「携帯端末向けマルチメディア放送はリスキーなビジネスでしょう」と問うと、小野寺氏も同意。さらに辻村氏が「(リスキーと認識する事業に対して)きちっと支えないとダメだと思う。途中で投げ出すのはどうか」とすると、小野寺氏は「KDDIがサポートするというのは従来から言っている。100%(の出資比率)でもやる。ただ、他の企業でも免許があればメディアフロージャパンへの出資を検討しているところはある」とした。

 ライセンスなどについては、7月の公開ヒアリングでも問われた点だが、同じような質問を今回も行った背景について、囲み取材に応えた辻村氏は「実際に商用サービスをしているのは米国だけで、その米国で、私どもから見ればうまくいっていない事業を、日本へ持ち込もうとしているのではないか。800億、900億という設備投資することに疑問がある」とした。

非公開ヒアリングについて

関係者の傍聴席に座り、議論に耳を傾けていた電監審 原島会長

 公開説明会終了後、本会合の開催を要請した電監審の会長を務める原島博氏(東京大学名誉教授)は、報道陣からの質問には答えず、速やかに会場を離れた。他の委員も審査中であるとして、質問への回答はできないとした。

 公開説明会に実施されたと見られる非公開ヒアリングについて、mmbiの二木氏は自社の計画性を説明したこと、今後の準備期間を踏まえ審査を速やかに行って欲しい旨を伝えたことを明らかにした。また8月に行われた民主党議連で触れられた「2枠割当」を踏まえ、ルールに基づいた審査を行うよう要望したという。エリアについても誤解があるとして、スカイツリーの利用でアドバンテージがあることを説明したとのこと。

 一方のメディアフロージャパンの増田氏は、事前に電監審から寄せられた質問に回答したほか、携帯端末向けマルチメディア放送で描くビジョンなどを説明したとする。現地を見てもらいたいか? という報道陣からの質問には、「ぜひ見て欲しい。こちらからお願いしたいくらい」として、百聞は一見にしかずとするものの、審査の当事者がそうした行動をとるのは難しい面があるようだとした。民主党議連で声が挙がった「2枠割当」については、「基本的に1枠での議論」と回答。これについて小野寺氏は「今の電監審は、あくまで1枠での議論で、どちらを選ぶかと審査している。(メディアフロージャパンからアピールしたか? という問いに)そういうことをする場ではない。あくまでも電監審は『どちらがいいか』と諮問を受けている」と補足し、現在の指針に基づく主張を行ったとした。

 



(関口 聖)

2010/9/3 21:25