【mobidec 2010】
夏野氏が提言、「モノづくりから仕掛け作りへ」


夏野剛氏

 11月25日に開催されたモバイル業界の講演イベント「mobidec 2010」の基調講演では、元NTTドコモで、現在は慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科 特別招聘教授をはじめ、ドワンゴなどの取締役も務める夏野剛氏が登壇し、「モバイル日本再起動のために」と題した講演を行った。

 夏野氏は、スマートフォンと従来型のフィーチャーフォン、双方の動向に注目が集まる現在の市場環境を踏まえ、「2000年代に入り、あらゆることが変わった。この10年、何が起こっていたのか、正しく振り返りたい」とこれまでの市場の流れを解説するとともに、業界のプレイヤーに対して夏野氏の視点から提言が行われた。

夏野氏が振り返る、過去10年の携帯電話業界

 夏野氏によれば、2000年代の業界は、2007年頃までを前半、それ以降を後半に分けられるという。前半は業界にとって「黄金期」で、初期のブラウザ、メール対応をはじめ、Javaアプリ、Flash、おサイフケータイなど多くのサービスが世界初として投入され、「スマートフォンと呼ばれるものより機能が多い。良くも悪くもキャリア主導のモデル」で発展してきたと説明する。端末価格についても「ゲーム機やコピー機と同じで、ハードを安く売って通信料で回収するモデル。良いも悪いもなく、ビジネス判断」と当時の状況を振り返る。高機能な端末に買い換えることでARPUが上昇するという好循環だったというこの時代には、デジタルコンテンツ市場が創出されたことも注目であるとし、「漫画市場の10%はデジタルコンテンツだといわれるが、そのほとんどが携帯」とその実績にも触れた。

 2008年には携帯電話の契約が1億件を突破。市場が成熟したと言われる時期に入り、「総務省が介入した」と、販売奨励金の事実上の廃止と料金プランの分離を求めた施策を挙げ、「販売数が30%減少した。業界のWin-Winの関係が崩れた」と、この時期を境に大きな変化があったことを示した。この際、キャリアがなぜこの販売奨励金廃止の施策を受け入れたかという部分について、夏野氏は、「キャリアは過当競争を嫌い、利益額を確保しようとして、販売奨励金を減らしたかった」と内情を分析。「キャリアは短期的には利益額を確保し、端末メーカーは打撃を受けた。良いか悪いかは別として、そういうことが起こった」と述べた。

 2008年に入るとiPhoneが日本に登場する。iPadを日常的に使っているという夏野氏は、「スマートフォンの価値は、ユーザーから見ると、インターフェイスの価値だ。そのほかの機能はガラケー(従来型の携帯電話/フィーチャーフォン)で事足りるものばかり。一番大きく変わったのがこのタッチパネルによるインターフェイスで、キャリア、メーカーを含めてガラケーはここが遅れた」と指摘。iPhoneの登場により、インターフェイスへの要求や価値観が大きく変わった様子を示した。

2000年代前半2008年以降

 

世界におけるデータ通信の普及のタイミング。欧米のWAP失敗の経緯も解説した

 携帯電話によるインターネット、データ通信への取り組みについては、欧米でWAPが策定された経緯を同氏の経験談から紹介する。「海外のメーカーは通信専門で、コンピューターを作っていない。当時、話をしても、驚くほどインターネットへの知識が乏しく、懐疑的で、インターネットに距離を置いていた。そんな彼らが、“インターネット業界に乗っ取られる”という危機感から作ったのがWAPだったが、大失敗だった。何億台もWAP端末が出たが、日本のような市場にはならなかった。日本では公式サイトをお手本として導入し、勝手サイトを(トラフィック収入につながるため)歓迎しているが、多くの海外キャリアのWAPでは、公式サイト以外は定額制の対象外になっていた」と、同氏が失敗例とする欧米での経緯を説明。その隙をついて普及したのがBlackBerryであり、後のiPhoneにつながったとした。

 また、こうした変化は日本でも見られるとし、「2008年以降では、どこのキャリア発表会も同じようなプレゼン。自社で開発した商品でないものをプレゼンしている。これは、インターネットプレイヤーが主流になった証明」として、アップルやサムスンなどが日本においても台頭し、メーカーとキャリアの関係性が大きく変わっている様子を指摘した。

「スマートフォンの普及、バラ色ではない」

“ガラケー”ではアイテム課金などでコンテンツ収入が伸びている

 こうして、世界市場で3G世代のスマートフォンが普及し始めたことに呼応する形で、日本でもスマートフォンが注目を集めている。しかし夏野氏は、「コンテンツプロバイダー(CP)にとって、スマートフォンはビジネスになっていない」と現在の課題を鋭く指摘する。

 同氏はここで、ガラケーと呼ばれる従来型の携帯電話のコンテンツ収入が、なお伸びているという調査結果を示し、「ガラケーは押されているような印象の報道が多いが、日本で今一番元気な会社はミクシィ、DeNA、グリーで、ガラケーの会社が伸びている」とし、「スマートフォンの最大の課題は都度課金。今月は50万ダウンロードでも、来月には関係ない。ゲームで900円などという価格もあるが、1ダウンロードで終わり。ビジネスモデルにならないのが実態」と現在の課題を、コンテンツプロバイダーの視点から厳しく指摘。「スマートフォンの普及はバラ色ではない」として、課金や決済に柔軟性が出ない限り、CPにとってスマートフォンの普及は追い風にはならないという見方を明らかにした。

 夏野氏はまた、スマートフォンが売れている理由について、別の側面からも言及する。同氏はスマートフォンが好調な、最大の理由のひとつが「価格」であるとし、本誌の価格調査の結果を例に示しながら「スマートフォンでインセンティブ(販売奨励金)が復活しているのでは?」と、フィーチャーフォンよりも安く販売されている実態を示す。その上で、講演に集まった関係者に向け「安いからという理由で買っている人がいるという事も理解しないといけない」と語りかけた。

現在ではまだスマートフォンのコンテンツ利用は相対的に少ないと指摘価格が安いことも、スマートフォンが好調な要因とした

 

モノづくりから仕掛け作りへ

グーグルとアップル、“ガラケー”それぞれのターゲット。赤丸が注力している分野。実は競合していないという見方を示す

 今後の戦略について話題を移した夏野氏は、「グーグルとアップル、ガラケーは、実は競合していない」という考えを示す。これは、フィーチャーフォンはネットワーク(トラフィック)収入を目的とし、グーグルは広告収入、アップルはハードとサービスの収入をターゲットにしているという考え。この観点からは、アップルと端末メーカーは競合している。

 そして、今後の展開として、グーグルは広告収入を極大化するための取り組みを進め、アップルはサービスと連携してユーザーの囲い込みを拡大させるという。夏野氏はこれらを「モノづくりから仕掛け作りに移行している」とし、端末メーカーに対しは、「モノづくりだけでいいのか」と疑問を投げかけた。

 また、今後のトレンドとしては、「キャリアはプレゼンスが低下し、土管(インフラだけを提供する事業)化が進む。アップルは“iWorld”を強化していく。全世界で、中・高位機種はAndroidになる」との予想を示し、「iPhoneに対抗するためには、メーカー独自ではダメ。モトローラはRAZRで成功したがその後に失敗した。社長が交代して全機種Androidを採用すると宣言すると、出てきた製品は好調で、モトローラは復活したと言われている。サムスンもAndroidを拡大し、成功している」と世界でも勢いのあるメーカーの動向を分析する。

 一方、「日本メーカーは乗り遅れている。キャリアも、もっとAndroidをやるべきではないか」と日本企業の対応の遅さを指摘。「私がもしキャリアで決める立場にいたら、ガラケーをAndroid化したい。ガラケーをAndroidにしても何も問題はない」と語り、Androidを標準的なプラットフォームとして採用できるとの見方を示した。

時代は、モノづくりから仕掛け作りへ移行していると指摘各勢力の今後の展開を予想

 

キャリア、メーカー、CPへの提言

キャリアへの提言

 夏野氏からは最後に、キャリア、端末メーカー、CPへの提言が示された。キャリアに対しては、「インターネットスタンダードの積極的な取り込みをもう一度やってもらいたい」とし、LTEといった通信技術主導の発想を「通信アタマ」と切って捨てる。「通信アタマからネットアタマへ。LTEで何ができるのか? 動画はすでにある。ハイビジョンを携帯の画面でみるのか? LTEで何ができるのかをちゃんと説明していかないといけない」と語り、インターネット標準のサービスの提供などを明確に示すことが重要だとした。

 また、純増数の競争にも疑問を呈し、「純増数は(現在では)競争にはならない。企業力とは関係がない」と指摘。「ビジネスモデルの再考が必要。メーカー、CP、ユーザーのWin-Win-Winの関係をもう一度考える必要がある」とした。

 このほか、端末が共通化される傾向の中では、全社が同じ方向を向いていると、シェアが均等となって現在1位のキャリアのシェアが落ちるだけと指摘。暗にドコモを指す形で事業の方針に差別化が必要とした。

 メーカーに対する提言では、「キャリアの顔色をうかがうのを止めないと大変なことになる。日本を含む世界で生き残るのか、事業を辞めるかのかの二者択一。後発で普通に作ったらサムスンには勝てない。新しい価値で世界に出ることが重要」と語り、「勇気のない経営者は早く去るべき」と、より大きなリスクをとる勝負が必要な、峻烈な競争環境になることを示した。

 CPに対しては、競合の動向に釣られて安易に海外進出したり、投資家にそそのかされたりといった行動に釘を刺す。また、事業拡大や世界進出ではお金、人などリソースの確保が重要になるとも指摘する。一方で、チャンスは常にあるとして、十分に検討した世界戦略が必要と説いた。

 夏野氏は講演の最後に、「日本にはまだまだポテンシャルがある。しかし使わないうちに負けそうになっている。我々が作ってきた道を世界が辿ってきている。世界の動きを取り入れ、エコシステムを構築し、再び世界に提案するということはまだまだできる」と集まった業界関係者にエールを送って講演を締めくくった。

メーカーへの提言コンテンツプロバイダーへの提言

 



(太田 亮三)

2010/11/25/ 18:13